軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第200話 最初の試練

夜間の見張りはもっぱら俺のお仕事だ。

イルズ村で購入した『新人セット』に含まれていた小型テントの中で、リリィとフィオナの二人は姉妹のように仲良く並んで就寝中である。

これは決して彼女達が可愛いから優遇している訳では断じてない。

ほとんど疲労のたまらないやたらタフな俺の肉体とは違い、フィオナは純粋に人間である。

冒険者のセオリーからいって、魔法をメインに行使するクラスのメンバーを多く休息させるのは当たり前のことだ。

そしてさらに、リリィは子供の肉体であるため、尚更に休息を必要とする。

リリィはエレメントマスターの中で最も強い力を持っているが、それは元の姿に戻った場合に限る時間制限付き、つまり強さが不安定であるとも言える。

普段のリリィも冒険者から見ればかなりの高レベルにあるのだが、もしもの場合を考えれば常に少女リリィへ変身できるよう万全の状態を保っておくべきだ、『 紅水晶球(クイーン・ベリル) 』は身体にかかる負担がゼロの万能なアイテムではないのだから。

そんなワケで、今夜も俺は一人寂しく見張りについているわけだ。

森の中に少しだけ開けた場所を野営地と定め、その中央でぼんやりと輝く焚火の火を見つめながら、静かな時間がゆっくりと過ぎていく。

こういう時は暇つぶし、というワケではないのだが、黒魔法の改良開発を行っている。

特に思いのほか使い勝手の良い『黒髪呪縛「棺」』があるので、より強力で効率的な『 影触手(アンカーハンド) 』の術式を考案中だ。

様々なイメージが次々に湧いてくるのは、果たして俺の頭が冴えているからなのか、それともグローブに宿る黒髪メイドさんのサポートか。

夜が明ける頃には上手く考えが纏まりそうだな、なんて前向きな感想を抱いたその時、ふいに気配を察した。

それははっきりとしたものでは無く、気のせい、とでも言うべき直感的なものだったが、俺は顔を上げて目の前に広がる暗く深い森の奥へ視線を向けた。

「なんだ、この感じ……」

これでも気配や魔力の察知は人並み以上には敏感なつもりだ。

敵意や殺意があれば、モンスターでも人間でも察することが出来るし、そんな感覚は機動実験の頃から慣れ親しんだものである。

だが、今この瞬間に感じる‘気配のようなもの’は、これまで感じたどんな感覚にも属さない奇妙なものだった。

俺はソレがなんなのか確かめるべく、より注意深く意識を周囲に向ける。

変化が起こったのは、その直後だった。

「……光った?」

森の奥、俺の良く利く夜目の視界のさらに向こう側で、かすかな赤い光が灯ったのだ。

小さいながらも、それは見間違いなどでは無く確かにこの目に映っている。

謎の赤い光、そう認識した時、一つの予想が頭をよぎった。

試しに右目を閉じてみると、赤い光は変わらず闇の向こうに浮かび上がったまま。

だが左目、そう、ミアから貰った‘神の眼’である赤い瞳の方を閉じてみれば、ろうそくの火が吹き消されたように、その光は掻き消えた。

「そこに、試練があるのか?」

呟くが、神出鬼没な自称神様は現れず、俺の問いかけに答える事は無かった。

だが、明確な回答をあの子から貰わずとも、半ば確信めいたものを持てる、やはり、その赤い光の向こうに、加護を得るための‘試練’が待ち受けているのだと。

さて、この場合どうするべきか? 考えるまでも無い、答えは決まっている。

「フィオナ」

「ふぁい、なんでしゅかクロノさん?」

テントに向かって呼びかけてみれば、少し寝ぼけたような声音だが、すぐさまフィオナから返答される。

「急いでここを――」

出よう、と言おうとしたその時、

ガァォオオオオオオン!!

強烈で、凶悪な、禍々しい咆哮が夜の静寂を破って轟いた。

ただその遠吠え一つだけで、俺には理解できた。

この咆哮の主は、これまで戦ってきたどんなモンスターよりも強い。

そして、このモンスターの討伐こそ、俺に架せられた試練なのだと。

ガラハド山脈全土に響き渡ったのでは無いかと思えるほどの咆哮を聞いた直後から、俺たちの行動は早かった。

説明するまでも無く、強力なモンスターがこの近辺に出現したことをフィオナもリリィも悟った。

焚火を消し去ると、テントをそのまま『 影空間(シャドウゲート) 』に沈め、出発準備は完了。

俺は手短に試練のために未だ見ぬモンスターを討伐する旨を二人に説明すると、

「もともと強いモンスターと戦うためにランクアップ目指してましたからね、向こうから現れてくれてラッキーですね」

「リリィ頑張るの!」

と、二つ返事で了承を得た。

果たしてモンスターを倒す際に仲間の手を借りても良いものなのだろうか、と一瞬疑問に思ったが、考えても仕方のないことだと思い至る。

どっちにしろ、加護の獲得は半信半疑、あれこれと勘繰るよりも、大人しくパーティ全員の経験になることこそ重視するべきだ。

「それで、そのモンスターがどこにいるのか分かるのですか?」

普通なら分からない。

目に見えない範囲にいるモンスターの気配を辿るなど、それ専門の魔法の行使が必要だからであり、俺は勿論、フィオナもリリィも習得してはいない。

だが、今回に限っては‘神様が教えてくれる’のだ。

「ああ、俺についてきてくれ」

森の奥に輝く小さな赤い光点は、未だ俺の左目に映ったままであった。

果たして、その光の先には、

「……いないな」

モンスターは影も形も無かった。

木陰に身を潜めて、赤い光の消えた地点を注意深く眺めてみるが、そこには奇妙に開かれた雑草生い茂る空き地があるだけ。

これはとんでもなく恥かしい俺の勘違いだったか、と思ったその時、ソイツは現れた。

現れた、というより降って来た、とでも言うべきだろうか、気がついたら全高5メートルを遥かに超える巨躯の大型モンスターが、空き地の中央に降り立った。

「うわ、アイツ相当だぞ……」

その黒毛と赤毛のツートンカラーの凶悪な見た目にビビったのではない。

俺が直感的にヤバいと感じるのは、あんな巨体でありながら、ほとんど気配も音も無く出現してみせた事だった。

ミノタウルス・ゾンビのパワーすら凌駕すると一目で分かるほどの体つきでありながら、その静かな身のこなしは夜の闇に舞う 暗殺者(アサシン) の如く洗練されたもののようだ。

それだけで、このモンスターがリリィに瞬殺されるランク3モンスターなどとは一線を画す実力を秘めているのだと理解できる。

「見たことの無いモンスターですね」

隣に控えるフィオナが静かに言う。

「俺も見たことない、リリィは?」

リリィも俺の足元でフルフルと首を振るう。

どうやら完全に初見のモンスターということだ。

さて、どう攻略するべきか、と考えたその時、二つの人影がモンスターの待ち構える空き地へ勢いよく躍り出た。

「冒険者がいたのか」

「追われていたのではじゃないでしょうか」

二人の人物は、周囲に小さな『 灯火(トーチ) 』を灯しているので、その姿はフィオナにもリリィにもはっきり見えただろう。

一人は背の高い細身の男、あの見慣れた黒いブレザーに赤マントはシモンに教えられたとおり幹部候補生の出で立ちに間違いない。

神経質そうな細面にかかっているモノクルが印象的だ。

もう一人はエプロンドレスを見事に着こなした女性、どこからどう見てもパーフェクトにメイドさんな彼女はこの場において違和感ありまくり。

しかしながら、両手にダガーナイフを持ち、幹部候補生の男子生徒を先導して登場したところを見ると、ただのメイドでは無く、この『黒髪呪縛「棺」』に秘められた彼女と同じように護衛役なのだろう。

ついでに、その整った顔立ちは少女というよりも大人のお姉さんといった感じか。

「ああいうのが貴族の道楽で冒険者やってるってヤツなのか?」

いい気なモノですね、と辛辣な言葉がフィオナの嘘をつけない素直なお口から飛び出す。

まぁそういうのは真っ当な冒険者からすれば見ていて良い気分のする存在ではない。

「けど、見捨てるのも忍びない」

気がつけば、メイドがさらなる『 灯火(トーチ) 』を発動し、俄かに周囲一体が明るくなる。

モンスターの存在に気づいたメイドは、主を逃がそうとでも言うのか、一歩前に出て勇ましくダガーナイフを構えている。

その姿は形だけのモノでは無く、かなり堂に入った見事な構えと気迫をここからでも感じる、護衛メイドは伊達ではないようだ。

「あんまりゆっくり作戦を考えている暇は無さそうだ」

彼女がいかな実力者であろうとも、このプンプンのように長い耳を生やしたモンスターに一人で敵うとは思えない。

一撃でやられることはないだろうが、それでも長く持たないだろう。

「では、ここから一発撃ち込みましょうか?」

「いや、折角奇襲できるチャンスがあるんだ、確実にいきたい」

俺は第八使徒アイとの戦闘で、半ばまで成功しかけた『 影触手(アンカーハンド) 』の拘束から『 黄金太陽(オール・ソレイユ) 』のコンボ攻撃を思い出す。

今回もコレでいこう、どうせ相手の力量が初見なので分からないのだ、最大火力を一気に叩き込むのが最善。

「でも『 黄金太陽(オール・ソレイユ) 』を防ぐ手段がないから、決めるのはリリィだ」

手短に俺の考えを伝えると、二人は即時に理解を示してくれる。

さて、この一発で倒せるなら良いのだが……