軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第199話 ランク5モンスター

ウィルハルトとセリアの二人は、すでに夜中であるにも関わらず最短距離の下山ルートを選択し、深い山中を駆け抜けていた。

光源は『 灯火(トーチ) 』の小さな火の輝きだけで、足元と一寸先までしか照らし出す事はないものの、セリアの先導によってかなりのハイペースで進むことができている。

「ハッ!」

走りながら、闇夜の向こう側へ向けて、セリアの腕が一閃。

小さな鳴き声と共に、ドサリと地面へ落下する何かの音。

走り抜けること数十秒後、ウィルハルトは足元にミナトカゲの水色の死骸が転がっているのを目にした。

脳天に黒塗りの投げナイフが突き立っており、一撃で絶命している。

このように、二人に近寄る低ランクモンスターは全てセリアの攻撃によって排除されるため、今のところ足を止めるに至っていない。

「ウィル様、ショートカットします」

返事をする前に、セリアはその細身の体でありながら、ウィルハルトの体を軽々と抱きかかえた。

いくらもやしっ子と呼ばれようとも、ウィルハルトは剣を振れる程度には筋肉がついているし、なにより背丈は180センチにギリギリで届くほどの長身である。

160センチを少し越える背丈のメイドが、そんな彼を軽々と抱き上げるその姿はどこか違和感のある光景だろう。

だが、ウィルハルトはセリアのパワーに驚きもしなければ、メイドに抱えられる男として少しばかり情けない現在の状況も、文句一つ漏らさず受け入れる。

なぜなら、彼はこの護衛兼メイドのセリアを心の底から信じているのだから。

「しゃべらないでくださいね、舌を噛みますよ」

ウィルハルトが小さく頷いた次の瞬間、二人の体は小高い急斜面の崖へと躍り出た。

長身の男性1人を抱えながらも、全くバランスを崩す事無く、ほとんど垂直に近い崖をセリアは自由落下するかのような速度で駆け下りていく。

そのままの勢いで、あっという間に崖を下り終え、草の生い茂る地面へと軽やかに着地を決めるセリア。

ウィルハルトが再び地に足をつけるこの時まで、彼はほとんど揺れというものを感じなかった。

「行きましょう」

「ああ」

そして、また二人の逃走劇が始まる。

一体どれだけの時間走っただろう、実際にはそれほどの時間が経っていないのだが、どちらにせよウィルハルトはすでに悲鳴をあげて倒れこんでしまいたくなるほど体力の限界が近い。

だが、それでも歯を食いしばって走り続ける。

よく回る頭で、そうすることが最善なのだとこれ以上無いほど理路整然と解答を導き出している、文句など、つけられるはずもない。

「……ウィル様」

唐突に、先行するセリアの足が止まった。

苦しそうに息を切らせながら、ウィルハルトの胸に嫌な予感がよぎる。

意味もなく、こんなところで止まるとは思えないのだ。

「はぁ……はぁ……な、なんだ?」

「私が足止めします、逃げてください」

思わず息を呑む、心臓の鼓動が一つ跳ね上がる。

どういうつもりだ、馬鹿な事を言うな、ふざけるな――言いたいこと、言うべきことは沢山ある、だが、どれ一つとして口から出る事は無かった。

彼女がどういう意図でその言葉を言ったのか、どうしようもなく理解できてしまっているから。

「ضوء شمعة تضيء ثلاثاء――『 灯火(トーチ) 』」

押し黙るウィルに背を向けて、すでに道を仄かに照らす魔力の灯火があるにも関わらず、セリアは同じ魔法を重ねて使用した。

花火のように火球が空へと打ちあがり、夜空に赤々と炎の華を咲かす。

それは天井からつるされて光り輝くシャンデリアのように煌々と周囲を照らし出した。

新たな『 灯火(トーチ) 』で一気に明るくなったことで、自分が今どんな場所に立っているのかが分かった。

ゴブリンが集落でも作ろうとしたのか、山林を無理矢理に切り開いたような、中途半端な緑の空き地、そこにいるのだと分かる。

「なにっ!?」

そして、まるで始めからそこに存在していたように、黒地に赤毛の巨躯を誇るモンスターが空き地の中央に立っていた。

その大きな姿は初めて目にするが、このモンスターこそ、遠吠え一つでプンプンを退散させ、自分達が逃げることとなった原因なのであると、すぐに悟る。

「ラースプンだ……」

呟くように、その目の前に立ちはだかるモンスターの名を口にしたのは、セリアでは無くウィルハルトだった。

「ご存知なのですか?」

セリアはスパーダ周辺に限らず、冒険者ギルドのモンスターリストに載るようなモンスターの名前は最新のものまでしっかりと把握している。

だが、彼女はモンスターマニアでは無い、無数に存在する古今東西全てのモンスターについて知っているわけではないのだ。

故に、古代の文献にしか記されていないような伝説上のモンスターにまで詳しいウィルハルトこそが、この見慣れないモンスターの名を言い当てたのだった。

「十年に一度現れるかどうかの‘どマイナー’なモンスターだ」

滅多に現れることの無いモンスターは、それだけ知名度が低いということとなる。

彼らが記されるのは、モンスターの発見や生態が報告される専門書の中でのみ。

冒険者であっても、かなり情報収集、あるいは勉強熱心な者しか、そこまでの知識を知りえないだろう。

そして、とあるモンスターの生態研究書の1ページに、この目の前に立つ存在と特徴が一致する記述があったことを、ウィルハルトは即座に思い出すことができたのだった。

モンスターの名は『ラースプン』と、奇妙な響きに聞こえるが、その生態を知れば納得するだろう。

なぜならラースプンは、元々はプンプンから派生する突然変異種であるのだ。

その気性は極めて凶暴、僅かな刺激で激怒し、それを与えたものに対して猛然と攻撃をしかけ、相手が死体となっても攻撃の手を止めないほど狂った怒りを持続させる。

故に『 憤怒(ラース) 』という古代語を名前にいただくこととなった。

だが、そんな僅かばかり明らかになっている生態を、この場で長々とセリアに解説などせず、ウィルハルトは最も重要な情報だけを彼女に伝えることにした。

「ラースプンの強さはランク5だ、セリアでも、勝てる相手じゃない……」

危険度ランク5のモンスター、それはつまり、冒険者として最高位であるランク5のパーティとなって始めて太刀打ちできる強さを単独で秘めていることを指す。

セリアは強い、それこそ一人でスパーダの第二王子の護衛を任されるほどに。

だが、彼女一人でランク5の冒険者パーティに匹敵する力があるかと言えば、肯定することなどとても出来ない。

「大丈夫です、時間稼ぎくらいは出来ます」

決して勝てない相手であることは、ウィルハルトの言葉で即座に理解できただろう。

それでも、セリアはいつもと同じ何てコトの無い仕事をこなすかのように、静かに言い放った。

「くっ……」

彼女を止める言葉は、ウィルハルトには無かった。

当然だ、護衛は主の命を守る為に存在しているのだから。

ましてウィルハルトはスパーダの第二王子という身分、そう易々と死んでよい人間では無い、それこそ、多少の命を犠牲にしたとしても。

王族とは、そういうものだ。

そして、それが分からないほどウィルハルトは子供では無い、2年前に成人をした17歳、すでに大人の一人なのだから。

だが、護衛の命を差し出して自分だけ生き残るその行為を、一切の抵抗感なく実行できるほど老成してはいなかった。

「ウィル様、早く」

迅速な行動を促すセリアの言葉には、僅かな焦燥を感じられた。

事ここに至って、悩む時間すら残されていない。

「く、くそぉ……セリア……」

そして、ついに決心をしたウィルハルトは、彼女を見捨てる一言を、その見慣れたエプロンドレスの後姿へかけようとした。

その時だった。

「『 影触手(アンカーハンド) 』」

空き地のど真ん中に立つラースプンに向かって、どこからか無数の黒い触手が伸ばされ、その全身に絡みつく。

一体、何が起こったのか、そんな疑問を抱く間も無く、状況は目まぐるしく変化を始めた。

「صخرة على نطاق واسع لمنع الجدار――『 岩石防壁(テラ・ウォルデファン) 』」

触手の拘束を脱しようともがくラースプンの姿は、その足元から隆起した岩の壁、いや、触手を遮らないよう隙間の空いた岩石の牢獄が現れ、赤と黒の巨体を一瞬の内に覆いつくした。

そして、次の瞬間には、

「تألق نجوم تحطم يهلك――『 星墜(メテオストライク) 』」

そして、ついには頭上に巨大な白い光の魔法陣が描かる。

見たことの無い、 現代魔法(モデル) とは全く別な系統のデザインだ、というのを一目見て理解した頃には、その魔法の効果は発動する。

黒き触手に縛られ、岩の牢に閉じ込められたラースプン、その頭上に、虹色に輝く光の塊が降り注いだ。

あまりに一瞬の出来事、ウィルハルトもセリアも、その流星のような一撃が眩い光を発して炸裂するその時まで、ただ呆然と眺めていることしか出来なかった。