作品タイトル不明
第1078話 勇者と大将軍(3)
「ったく、ザメクの野郎も人使い荒いぜ……大人しく下ったのは失敗だったかなぁ」
酒場で飲んだくれた冒険者が管を巻くようにブツブツと呟いているのは、六人目の六聖将であるユーマという男。
苗字は無い。ずっと流離の傭兵として西部を点々とし、勝ったり負けたり騙されたりしながら、飄々と生きてきたのだが――――西部統一を目指すザメクが台頭してきたことで、戦働きの機会が嫌でも巡って来てしまった。
生まれは辺境の山岳地帯で暮らしていた猟師。自然の山野で生きる術、戦う術は、全て両親から叩き込まれたが、肝心の金を稼いで豊かに暮らす術は一切教わることは無かった。こんな生活御免だと家を飛び出し傭兵を始めたユーマの身の上は、ロンバルトに限らずパンドラ大陸のどこにでもあるような、ありふれた話である。
しかしユーマには才能があった。ただの猟師を超え、実戦を経験した射手さえも上回る、圧倒的な才覚。
勝敗に関わらず、戦場を一つ、また一つと生き抜く度に、弓の腕前は加速度的に成長してゆく――――そうして、初めて戦場でザメク率いるロンバルト軍を相手に、大敗して命からがら山へと落ち延びたその日の晩に、ユーマは加護を授かった。
『嵐弓聖テムジン』。
授かるまで名前すら知らなかった、黒き神々の一柱。
だが知らないのはユーマが無知なのではなく、西部で広く知られた神では無かったためである。色々と調べてようやく、遥か東に広がる大草原の国パルティアに伝わる弓の神であることが判明。
もっとも、分かったところで何が変わるワケでもないが。ユーマはその才によって、加護を授かったその日の内から、己の弓術に新たな力を組み込み、研鑽を始めていた。
所詮、自分に出来ることは、自分で経験したことだけ。加護の力も、使える分だけ使う。そして戦場から生きて帰った時にでも、神様に感謝の祈りを捧げれば良いのだ。
そうしてユーマは、数々の戦場でロンバルト軍と幾度も戦った。無論、西部を瞬く間に飲み込んでいったロンバルト相手に、勝てた戦場など数えるほどしかない。
だが激戦の連続でユーマの弓の腕はさらに磨かれ、その上で加護の力も増して行った。
いつしかユーマは『弓聖』と呼ばれ、ロンバルトに抗う国々に破格の報酬で雇われるほどとなっていた。
そして最後の戦場として参加した、西部最大の海戦にて、弓で敵艦を何隻も沈めるほどの大戦果を挙げ……それでも戦況を覆すには至らず、海の上では逃げ場もなく、弓聖ユーマもついに捕縛されてしまった。
「おお、ようやく会えたなぁ! お前があの名高い弓聖であるな! 全く、お前には散々手を焼かされたものよ、がっはっはっは!!」
ある戦場ではザメクの暗殺を狙って、超長距離で矢を射かけたこともある。勇者ロイさえいなければ、確実に脳天をぶち抜いたであろう。
思えば、ずっとロンバルトと戦ってきた。弓聖の二つ名は伊達ではなく、他にもロンバルト軍には多くの損害を与えてきた。
ザメクからすれば、厄介な敵でしかない。それも高名な将軍などではなく、ただの傭兵風情。さぞや不愉快であったことだろう。
出来れば、怒った勢いのまま一発で首を刎ねてくれればいいけど、と悟った心境のユーマだったが、
「弓聖ユーマよ、一つ聞かせてくれ。何故、お前はこれほどまでに我がロンバルトと敵対し続けた?」
「あ? あー」
「ロンバルトがお前の故郷を焼いたか? 親友か恋人を殺したか? 深く余を恨む、理由があるのか」
心の底を見通すような真剣な覇王の眼差しを受けて、ユーマは困惑した。
理由なんて、何もなかった。
親兄弟は今でも元気にあのド田舎の山ん中で、モンスターを狩って一喜一憂する生活を営んでいる。
流浪の傭兵だから、業界に顔見知りは多いが、特別に仲良くなった者もいない。まして嫁など、迎えるなんて考えたことも無かった。
たとえ弓聖と称賛されようとも、自由気ままな根無し草であることに変わりはない。所詮はただの傭兵風情。自分の命よりも大切なモノなど持たないが故に、どこまでも流れて行ける。
「いや、別に恨みなんか無ぇよ。俺はただの傭兵、ちょうどロンバルトを相手にする依頼を、連続で受けただけだ」
「うむ、そうか、それは良かった! ならば余も心置きなく誘えるというものよ――――弓聖ユーマ、お前をロンバルトの六聖将に迎える!!」
断れば殺されるかもしれないから、引き受けただけの話。
正直、大将軍なんて柄じゃあない。無学で粗野な傭兵上がりなど、すぐにお役御免だろうと高を括っていたが……なるほど、ザメクは伊達に覇王を名乗っちゃいない。
自分を筆頭に、六聖将という位には悉く、ロンバルト軍の西部統一を阻んできた英雄達が揃っていた。
早々にザメクの下についていたのは、『幽姫オフィーリア』の加護持ちであるマイアくらい。それでも彼女はロンバルトの将ではなく、統一が終わるまでの間は同盟国の所属であったが。
元、敵ばかりの六聖将。しかしザメクはその力を的確に活用し、西部統一を果たしたロンバルトの地盤固めを推し進めた。傭兵上がりの自分にも、それとなく分かりやすい仕事ばかりが回って来たので、なんやかんやで止める理由が見つからず、今日という日を迎えていた。
「ここ最近は温い仕事ばっかで、俺も平和ボケしちまってたかもなぁ」
そんな自省もあるが、だからといって久しぶりに立ったデカい戦場は、あまりにも熾烈を極める激しいものだった。
上空では空飛ぶ古代兵器がぶつかり合い、本気で戦う勇者と真っ向から勝負できる魔女が怪物同士の空中決戦を繰り広げている。
その下では見たこと無い数の大艦隊が、巨大な結界越しにバカスカ撃ちまくって、目も耳もイカれてしまいそうだ。
そんな中を、ユーマは古代製のステルス機能を搭載した 小型戦闘艦(ウォーボート) に乗って、聖歌隊の守りの外まで出て行き、勇者と戦ってる化物を狙撃しに行く真っ最中である。
うっかり砲戦の流れ弾が飛んで来ても死ぬ。狙撃を外してあの魔女に睨まれても死ぬ。
「やっぱ俺、恨まれてんじゃね……?」
ついそんな懸念を呟いてしまうが、だからと言ってジン達と一緒に敵の旗艦に乗り込んでくるかと言われたら、絶対に嫌である。コソコソ動いて暗殺の真似事する方が、まだマシなような気がしないでもない。
「まっ、請け負った以上は、やりますか」
ダラダラと文句ばかり漏らしていても、受けた依頼は力を尽くして挑むのが、ユーマの持つ数少ない信条。もう傭兵ではないが、それでも長い間に己が戦場で培ってきたルールである。
「流れる星も落として見せよう――――『嵐弓聖テムジン』」
加護の発動は、静かなモノだ。
光り輝くようなオーラは無く、敵を圧する魔力の気配を放ったりもしない。ただ独り言をボソっと呟いただけのように、ユーマには何の変化も見られない。
しかし、それは表向きだけの話。そもそも彼は猟師であり、弓の神であるテムジンもまた草原を駆ける狩人であった。
狩猟の基本は、隠密。獲物に存在を気取られず、必殺の間合いで一撃で射貫く。
故に、この加護は獲物から隠れた状態で発動させても、一切の気配を漏らさない。
「流星なんて落としたこと無ぇけど……あの魔女を落とせば、俺にもちったぁ箔がつくってもんだ」
六聖将の中で、明らかに自分が格落ちの自覚はある。他の奴らは何だかんだで、由緒正しい魔王の花嫁達の加護を授かり、何れも故国防衛のためロンバルトに最後の最後まで抗った真の英雄達。傭兵として参戦し続けただけの自分とは、生い立ちから覚悟、何から何まで違う。
今更、優れた他人と比べてコンプレックスを抱いてウジウジ悩むような年頃ではないが……六聖将を名乗るのに、恥ずかしくない程度の武功は欲しかった。
「しっかし、ただ暴れてるだけで、こんな狙いづれぇことあんのかよ……」
ユーマは伊達にザメク暗殺を請け負ったワケではない。戦場のドサクサに紛れて敵将を撃ち抜くのは、自分にとって最小の労力で最大の報酬を得られる方法。一つの獲物に集中する、と狩りに通じる部分もあり、狙撃には自信がある。
身体能力を強化して縦横無尽に暴れ回る猛将から、何枚もの防御魔法を隔てて守りを固めた魔術師団長など、ユーマは見つかりさえしなければ、確実に当てられる。あのザメクにさえ、完璧に虚を突いて直撃コースだった。アレに反応できる勇者がおかしいだけ。
そして今、その勇者様は味方として存分に戦っている。失敗要素は無いはずなのだが、
「――――『 海流城壁(アクア・ランパートデファン) 』」
発動した魔法名が、その絶大な効果に伴って、遠く離れた船の上に立つユーマの耳元にまで聞こえてくるようだ。
炎の翼を羽ばたかせる箒に跨った魔女は、 戦闘機動(マニューバ) の真っ最中に牽制のように無詠唱の防御魔法を展開。
これほど動きながら、上級範囲防御魔法を無詠唱で発動させるだけでも一流の魔術師だというのに、威力は精鋭の魔術師部隊が気合を入れて放ったような規模である。
本来の『 海流城壁(アクア・ランパートデファン) 』は分厚く大きな水の壁を作り出すのだが、ユーマの視界に映るのは巨大な海上竜巻だった。
それも一本ではなく、十数本も発生している。ただの比喩ではなく、視覚的に明らかな天変地異だ。
いくら海水を利用できるからといっても、あんな規模にまで拡大できるのか。
しかもただ水を操っているのではなく、膨大な海水が渦巻く竜巻からは、激しい雷撃と風の刃も無数に散っている。ただの自然であんな殺意の高い竜巻は発生しない。
魔法は専門外なユーマでも、魔女が範囲防御のついでに、風と雷の攻撃魔法も一緒に乗せてばら撒いている、という状態なのは理解できた。
「ただ魔法連発するだけで、勇者様抑え込めるとか、ありえんて」
ウンザリするような口ぶりはしかし、裏を返せばこれほどの大魔法を行使しても、勇者ロイを抑えることしか出来ていないということ。
自分ならあの殺意の嵐の中に巻き込まれたらひとたまりもないが、神々しく輝く七色の光を身に纏い、果敢に魔女へと追いすがる勇者の姿は、むしろ着々と相手を追い込んでいるように見える。
自分が手を出さなくても、このまま放っておけば勇者が魔女を倒してくれるのでは……と甘えた考えが浮かぶが、ユーマはすでに構えた弓を下ろすことはしなかった。
「あの感じじゃあ、まだ奥の手を二つも三つも抱えてるんだろ? おお、怖い怖い」
魔女も底は見せていない。
開幕で前衛艦隊を吹っ飛ばした、超威力の大魔法。あんな一撃をまた繰り出さないとは限らない。そもそも魔術師は狡猾な策士。ただ前に出てきて戦うだけ、何てことは無いだろう。
あの魔女も明らかに自分が出張ることで、勇者というロンバルト最強の個人戦力を引き付けているのが目的だと理解できる。ならば、そのまま勇者に力押しで負ける、なんて間抜けなことはありえない。
一体、どんな策を抱え込んでいるのか――――未知数だからこそ、それを抱えたまま葬り去るのが最善なのだ。
「頼むぜ神様」
全身全霊の集中。構えた弓には、今の自分が誇る最高の力を込めている。人事を尽くした、故に後は天に祈るのみ。
この一撃が、ロンバルトに勝利をもたらすことを願って。
「射落とせ――――『流れ星』」
「――――『 金剛返し(ダイアモンドカウンター) 』」
魔女が見せた一瞬の隙へ、渾身の一撃を放った……と思った直後である。放たれた矢は、ありえない軌道で曲がり、明後日の方向へと飛んで行く。
狙いが逸れたのではない。捻じ曲げられたのだ。たとえ防御魔法でガードされようとも、諸共に貫く必殺の一撃『流れ星』を。
「テメェ、何者だ……」
ユーマは逸れた矢の先を目で追うことも無く、即座に視線を妨害者へと向けた。
百戦錬磨、弓聖と呼ばれる男の静かな殺意を、海面へさも当然のように立っている黒衣の男は、同じく静かに見返した。
「ルーン第二執政官、ソージロ・テオ・レッドウイング。六聖将、『嵐弓聖』ユーマ殿とお見受けします」
「なるほど、テメぇがルーンニンジャの頭だな」
隠すことなく晒された、銀髪に眼鏡の嫌味なほどに整った顔立ちの男の正体を、ユーマは察した。
ロンバルトでも、確証はないが噂にはなっていたのだ。ルーンが抱える影の軍団『忍』、その首領が若くして第二執政官にまで昇り詰めた、レッドウイングの嫡男ではないかと。
宰相に次ぐ政治の中枢にいながら、諜報部の長をそんな若い奴が務めるなんてありえない。そんなこと出来るのウチのギルフォードくらいだろう、と思っていたが……今この場にソージロが存在することが、分かりやすい答え合わせであった。
第二執政官と名乗りはしたが、コイツは忍として自分を暗殺しに来たのだ。
魔女の暗殺を狙った射手を暗殺に来るとは――――見つからなければ射殺せる、という前提が崩れた瞬間であった。
「我らが魔女と勇者の一騎討ちの邪魔はさせませんよ」
「ああ、俺も野暮だとは思ったんだけどなぁ」
研ぎ澄ました殺意を全く漏らすことなく、ユーマは気安く応える。
こちらの暗殺が失敗し、今度は自分が狙われる側となった。所詮、自分は六聖将の末席。肩書だけ立派になっただけの、しがない傭兵根性のまま。
ここは素直に退いて、出直すのが最善の選択。再び姿をくらませれば、必ず次の機会は巡って来るのだから。
「アンタを殺っても、武功は十分だぜ」
「暗殺に長けた貴方は非常に危険だ。ここで消えて貰います」
ユーマはソージロとの戦いを選んだ。
傭兵らしい損得勘定ではなく、ただ一人の狩人として強い獲物を前に、挑む気になってしまった。
つまるところ、天変地異の如き大魔法を連発する魔女の暗殺も、目の前に現れた忍の長との対決も、やりたいからやった。本当に嫌なら断れるし、逃げられる。
それでも、ああだこうだと愚痴りながらも、自ら死地へと踏み込む……それこそ、西部統一を果たした大帝ザメクに挑み続けたのも、そんな己の本性が故。
だからこそ、弓の神テムジンは加護を授けたのだ。
大いに狩りを楽しめ――――そんな囁きを聞いた気がしたユーマは、躊躇なく甲板から飛び出し、自らも海へと降り立ったのであった。
◇◇◇
「――――狙われていましたか。助かりましたね」
自分の死角と隙を突いた完璧な狙撃だった。と、大きく逸れていった弓の神の加護が強く宿った一矢をチラと見て、フィオナは状況を察した。
弓を撃つなら、六聖将で弓聖と呼ばれる者だろう。その男であれば、勇者と決闘している真っ最中の自分目掛けて、一撃必殺の矢を射かけることも可能。事実、それは半ば以上実現していた。
ルーンが誇る忍の長であるソージロが、ギリギリで防いでくれたのを確認して、フィオナは再び勇者の相手に集中した。弓聖の相手は彼一人で十分である。
「うぉおおおー、待てぇーっ!」
「ふぅ、まだまだ元気一杯ですね」
海上竜巻と化した水の防御魔法を、一刀のもとに斬り伏せて勇者ロイが迫りくる。
聖剣は『天獄悪食』のように、強力なドレイン能力を持っているワケではない。しかしその刀身に宿す絶大な力でもって、ただ力業で防御魔法を切り裂いてい来るのだ。
フィオナの目的は時間稼ぎ。無理してロイを討ち取る必要はない。
故に攻撃よりも回避と防御に重点をおいて立ち回っている。常に箒で飛び回り、剣の間合いまで決して近寄らせないよう、それでいて相手の動きを阻害するように防御魔法を繰り出している。
出来る限りの時間を稼ぐをために、扱う魔法も低コスト低負担を重視して選んでいる。防御魔法といえば信頼と実績の土属性だが、ここは広大な海の上。土は遥か海底で、魔力で構築するにしても、普段の地上戦で使う時よりも消費魔力は増大する。
よって、この場でメインとして使うのは海水を利用できる水属性が相応しい。
火属性が得意、と一言で片づけるには超越的な適性を誇るフィオナだが、水属性も普通に扱える。火属性だけが突出しているのであって、闇と光を除いた全属性に適性を持つのは、ただそれだけで天才の素養だ。
本人としては苦手な方という意識はあるが、
「なんだか連発していたら、ちょっと慣れて来ましたよ――――『 海流城壁(アクア・ランパートデファン) 』」
「むうっ、またその魔法……ってなんかちょっと動いてるっ!?」
またしても行く手を遮るように立ち昇って来た海上竜巻を前に、ウンザリしながら大振りの一撃で切り拓こうとした矢先、ロイへと竜巻そのものが襲い掛かる。
よく見れば、それはただ海水が渦巻いているだけでなく、明らかに竜の形を象っていた。
「ぶわぁーっ!!」
大海の覇者たる海龍のような姿で、自らロイへと襲い掛かる。
その体は激しい海水の渦だけでなく、バリバリと雷鳴が轟き、風の刃が乱舞していた。
『 海流城壁(アクア・ランパートデファン) 』に、『 雷鳴震電(ライン・フォースブラスト) 』と『 大嵐剣舞(エール・フォースブラスト) 』、雷と風の上級範囲攻撃魔法も一緒に乗せているからこその現象である。
現代魔法(モデル) では、一つの魔法に他の魔法を組み合わせて使うのは、中級者辺りから積極的に取り入れるテクニックだ。
組み合わせは術者の自由だが、相性というのも当然、存在している。火を風で煽ればより大きくなり、水に雷を撃てばよく通る。
フィオナは今回、海の上で使うにあたって、海上竜巻の形にすることで、水で物理的な防御をしつつ、激しい風と雷を含んだ嵐によって範囲攻撃も同時にできるよう、魔法を組み合わせた。
激しい落雷を伴う嵐という自然現象が存在する以上、魔法的にもその組み合わせは相性が良い、ということになる。自然で発生する、しやすい現象ほど、魔法での再現も容易になるからだ。
だがいくら相性が良いとはいえ、この規模の大魔法を片手間で連発するのは、フィオナでも魔人化状態でなければ出来ないことだ。
ただの時間稼ぎとはいえ、リリィを相手する時のように本気を出さなければいけない。事実、ロイにはまだまだ余裕が見えた。
「盟約霊剣――――四の型『 貫(とおし) 』!」
完全に海龍竜巻へ飲み込まれて行ったロイだったが、勇ましい掛け声と共に、そのど真ん中を一直線に輝く剣閃でぶち破って来た。
「ふぅー、中は普通の竜巻で良かったぁ」
本物の海龍に飲み込まれていたら、こんなモノじゃ済まなかった、と言いたげな様子でずぶ濡れになった体を振るった。その動きだけで、ロイの体からは余計な水分が飛び、ついさっき部屋から出てきたかのような、綺麗な姿へと戻る。
「その盟約霊剣という剣術、いつから使っていますか?」
「『サロスダイト』を抜いた時からですよ。最初は一の型だけ、だったけど」
「戦うごとに覚えていったのですね……それで、体調が崩れたり、気分が悪くなったりしたことは?」
「聖剣に選ばれたその時から、僕は勇者です。だから風邪もひきません!」
ロイの子供らしい認識の返答だが、あながち間違ってはいない。
聖剣『サロスダイト』は確かにただの少年でしかなかった彼を、本物の勇者足らしめている。体調さえ管理し、病にかかるなどもってのほか。
常に万全の態勢でロイを勇者として戦わせている。
「まだ一度も対価を払っていない、と……なるほど、高い取り立てになりそうですね」
ロイの力は使徒と同等。勇者としてさらに成長すれば、それ以上にもなるだろう。
ただの少年が、それほど絶大な力を、何のデメリットも無く授かっているのは、正に使徒と同じ掟破りの存在だ。
しかし、どこぞの神が白き神のように理に反するほどの無理を押し通している、という風には感じない。もし本当に、聖剣の神が絶大な加護を授けているだけならば、フィオナがロイを『 煉獄結界(インフェルノフォール) 』に捕らえた瞬間、勝ちが確定する。
加護頼みの者は、その加護が弱まれば、ただの人へと戻るのは道理である。
しかし、ここまで戦い続けた中で、フィオナは確信できている。ロイの力の源は嘘偽りなく、その全てが手にした聖剣によるもの。他の加護を弱体化させる己の領域たる『 煉獄結界(インフェルノフォール) 』の中にあっても、聖剣を握り続ける限り十全に力を発揮し続ける。
加護の弱体化効果が通じない相手に、消耗の激しい 次元魔法(ワールドディメンション) を使うのは割に合わない。
ならば聖剣は使徒の加護よりも優れているのか――――否。
強い力を授かるには、それ相応の条件を満たすか、対価が存在する。
手にした瞬間、素人でも凶悪な力を発揮する呪いの武器は、怨念に体を乗っ取られるなど、様々な呪いの影響こそが、対価と言うべき存在だ。本人の意志も生死も無視して、狂気のまま振るわれる力であるが故に、どれほど強くとも呪いの武器は忌避される。
だがロイには、そんな呪いの影響らしきものは欠片も見えない。
本人の自我はそっくりそのまま、何かしら感情的、あるいは思想的な悪影響も、その言動からして全く無いのは明らか。自分を見出した大帝ザメクに忠義を誓い、西部統一を戦い抜き、純真な少年らしい心をもった強く優しい勇者に相応しい人物像である……と、どれだけ調べても、そう判断せざるを得ない経歴だった。
加護ではなく、呪いの狂気も無い、聖剣という存在。
正に使い手を選ぶ神聖な剣として機能しているとしか思えないが――――その力の対価は、必ず存在する。
だが、今すぐ取り立てられるモノで無い限り、ロイはこの戦場においては無双の勇者であり続ける。体力と魔力が尽きたり、露骨な弱体化が起こることはまずないだろう。
「あの、もしかしてお喋りして時間稼ぎ、みたいな感じですか?」
「そうとも言えますね」
「それ、あんまり意味無いと思いますよ。魔女さんの方が、その状態は長続きしないですよね」
「そうですね、加護の力ですから」
「でも僕にはそういう制約はありません。それに、ここで僕が貴女を倒し切れなくても、先にあっちの勝負が着く方が早そうです」
ロイがスっと遠く離れた艦隊決戦の方角へ切先を指せば、その瞬間にフィオナも異変を察知した。
「……『 太陽神殿結界(ヘリオスフィア) 』が、破れかかっている」
自分で組み上げた魔法だからこそ、その状態もよく分かる。
艦隊からロイを引き離すために、露骨に距離をとっているが、それでも大結界の強い魔力の気配が、大きく揺らいでいるのを感じられた。
「エミリアさんは、ただの歌姫じゃありませんから。歌の女神ミクゥーに愛された、本物の御子ですよ」
「ええ、どうやら、結界魔法では聖歌隊に分があるようですね」
単純にフィアラが結界維持の力が尽きたワケではない。
エミリアの方から結界破りに挑んできたようだ。フィオナも今まで一度も感じたことが無い不気味な魔力の波動が、『 太陽神殿結界(ヘリオスフィア) 』に大きな影響を与えていることが察せられた。
ただ強力な広域結界を展開するだけでなく、相手の結界に干渉する術まで持っているとは……結界勝負では、負けを認めざるを得ない。
そして『 太陽神殿結界(ヘリオスフィア) 』が破れた瞬間、連合艦隊の命運は決する。
「行かせませんよ。ここから先は、僕の方が時間稼ぎをさせてもらいます」
幼くとも、戦の機微は心得ているようだ。
ロイは艦隊のある方向を背にして、フィオナの行く手を遮るように浮かぶ。
『 太陽神殿結界(ヘリオスフィア) 』はまだ維持できるが、残された時間は、あまり多くは無い。
無理を押して、勇者ロイをこの場で倒すべきか。刺し違えても、いいや、相打ちでは艦隊の救助へ行けず、意味がない。
確実に勝利を掴むには、ここでロイを倒し、そしてエミリアのいる聖歌隊も壊滅させなければならない――――如何にフィオナでも、あまりにも背負うには重すぎる。
「はぁ……仕方ないですね」
死力を尽くして、無理を押す覚悟を決めたその時。
またしても、その覚悟は次の瞬間に翻る。
「今回も助けられましたね――――クロノさん」
「っ!? こ、この気配は……まさか!!」
自分が察したように、ロイもまた鋭敏な第六感で感知したのだろう。
遠く離れた艦隊決戦の戦場。そのさらに向こう側から、凄まじい速度で接近してくる、絶大な黒き魔力の気配を。
「魔王が来た」
目の色を変えて、ロイがその隠すことのない気配の方へと向く。
だが、その視線の先に、今度はフィオナが立ちはだかる。
「行かせませんよ。あともう少し、私の時間稼ぎに付き合ってもらいましょう」
傾きかけた戦況が、今、再び動き出そうとしていた。