軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1005話 大遠征軍の最期(3)

ネロがリィンフェルトの下へと向かった後、ネルは大遠征軍の司令部である天幕に残っていた。

一人残された捕虜、もとい魔王軍の使者であるネルだが、その扱いを気にするほどの暇はすぐに無くなった。ネロがのこのこクロノの前に姿を見せた時点で、勝負はついている。

司令部に飛び交う怒号か悲鳴のような報告によって、首尾よくネロを『 黒の魔王(オーバーエルロード) 』に引きずり込んだことはすぐに察せられた。

そうして大遠征軍に残る最後にして最大の希望であった第十三使徒ネロが次元魔法によって隔離されたことで、魔王軍は悠々と本陣攻略を開始した。

「それでは、そろそろ私も行きますね」

誰に言うともなくネルは立ち上がり、真っ直ぐ司令部の天幕を出て行く。

その姿に制止の声を上げる将校もいたが、『アンチクロス』に名を連ねるネルに睨みつけられれば、その瞬間に言葉を詰まらせた。

ネロがいなくなった時点で、大遠征軍の幹部ばかりが詰めかける司令部には、ネルを抑えられる実力者は一人もいないのだ。ここの護衛を任された騎士は、近衛などと名ばかりの腰巾着ばかり。

真に優秀な精鋭騎士は、とっくにレーベリアの戦場へと送り出している。

故に司令部を出たネルの行く手を遮ったのは、本陣に残されたまともな予備戦力である、ネオ・アヴァロンの 近衛騎士団(ロイヤルガード) であった。

「司令部へお戻りください、ネル姫様」

「貴方は、確かリュートでしたか」

とても戦場の只中にいるとは思えぬ澄まし顔でネルに相対するのは、近衛騎士団の部隊長に抜擢された少年の騎士だ。

名はリュート。アヴァロンでは特に目立つことも無かった家柄の少年であり、本来ならネルのような天上人が顔と名を覚えることはない身分である。

しかし、すぐにその緊張に強張った顔に見覚えがあると思い出せたのは、他でもない、親友たるセリスの婚約者とされていた少年だったが故。

アヴァロンを代表するアークライト公爵家、その長女であるセリスが何故、こんな格下の家の男を迎えることを良しとしたのか。帝国学園にいた頃から疑問に思ったが、今では十字教としての繋がりを重視したものだったのだと理解できる。

すなわち、彼もまた最初から裏切者の立場であった。

「貴女は今でも、アヴァロンの姫君。御身に傷一つつけることまかりなりませんが……それでも、何があっても魔王の下へ帰すなと言うのが、聖王陛下より受けた命令です」

「通してくれませんか。これ以上、無益な血を流す必要はないでしょう」

リュートの警告などそよ風のように聞き流し、ネルは迷うことなく歩みを進める。

言葉だけでは止められないと、リュートはその鞘から剣を抜き放つ。さらには彼を援護すべく、部隊員たる騎士達もネルを囲うように並んだ。

「止まってください。これが最後の警告です」

「仕方ありませんね。やはり力ずくで押し通るしか――――」

「いいえ、その必要はありません、ネル姫様」

その凛々しい声音に、弾かれるように振り向いたのはリュートであった。

「セリス……先輩……」

「お迎えに上がりました、ネル姫様。今ならまだ、魔王陛下の決着に間に合うかと」

現れたのは、暗黒騎士団を率いたセリス。

サリエルより指揮権を託され、プリムを筆頭に機甲鎧の暗黒騎士達が誇る火力と機動力をもって、真っ直ぐ本陣まで突っ込んできたのだ。

ここで司令部の防衛を担うリュートの近衛騎士もまた、同じく機甲鎧を装備こそしているものの、この苛烈な戦場を潜り抜けてここまで辿り着いた、血濡れの暗黒騎士を前には彼らも気圧されてしまう。

最早、ネル一人の動向に注意していられる暇はなくなった。

「ありがとう、セリス。それでは、この場はお任せしますね」

「はい、姫様はどうぞ、陛下の下へ」

静々とお辞儀を一つしてから、ネルは白翼を広げると、風を纏って一足飛びに跳躍。そのまま空を飛んでいるのではないか、と思えるほどの速度と飛距離をもって、クロノの下へと向かって行った。

そしてこの場に残されたのは、二つの騎士団。相対するセリスとリュート。かつて婚約関係を結んだ男女であった。

「すでに勝敗は決している。大人しく降伏しろ、リュート」

「セリス先輩、どうして……なんで裏切ったんですかぁ!!」

そのあまりにも感情の籠った叫びに、まるで聞き取れなかったとでも言うような表情を浮かべて、セリスは言った。

「一体、何を言っている。裏切者は貴様らの方だろう」

アヴァロン国王ミリアルドに反旗を翻したのだ。これを反逆と言わず、何とする。

勝手に王子を担ぎ上げ、王位簒奪を目論んだ。絵に描いたような反乱劇であり、そんなことは自分の父親たるアークライト公爵とて承知のことであろう。

だと言うのに、アヴァロンのミリアルド王に味方した自分を指して、裏切者とは。

「僕は婚約者だ! 貴女が何を思っていたのか分からないけれど……それでも、僕に話してくれれば、必ず味方した! 貴女の力になれたのに!!」

なのにセリスは何も言わず、語らず、ある日突然、ミリアルド王を連れてアヴァロンから逃げ出した。

あの時リュートは、全てを失ったような心地だった。遥か遠いカーラマーラの地で父親が死んだ、と聞かされた時よりも。

ネロが聖王として玉座につき、ついに十字教が復権した今、自分とセリスが結ばれれば、これからの新時代を統べる聖なる一族として歴史に名を刻む――――本気でそう思っていた夢が、全て儚い幻想と散ったのだ。

「それは十字教に、背いてでもか?」

「はい……僕は貴女のためならば、神を裏切ることだってできる」

それほどまでに、愛している。

理想的な夢は破れた。

けれど、それでも、今こうして再び目の前にしたセリスに対して、恨む気持ちは一つもない。

彼女は今でも、リュートにとっては憧れの人。清く正しく美しく、そして強い女性だ。

諦められない。絶対に。

「そうか、リュート。お前はそこまで、私のことを思っていてくれたのだな」

セリスは自分もまた、随分と鈍感だったのだなと自嘲した。

男装の麗人だった学園時代、キャーキャーと黄色い声を上げて好意をストレートにぶつけてくる女子ばかりだったせいだろうか。ハッキリ言ってくれなければ、自分のことを好きなのだと思うことはなくなった。

リュートとの婚約も、親が決めたこと。だが貴族の結婚など、それが当たり前。逆らうなんて、安い恋愛小説の中での出来事に過ぎない……はずだった。

「だが、無理なんだ。何故なら、私の心はもう――――」

とっくに奪われてしまっていた。気づいた時には、遅かった。

どうして自分が、アークライトの一族として十字教に目覚めなかったのか。

どうやら父は、一族に代々受け継がれてきた聖書を一読すれば、必ず白き神の信仰に目覚めると頭から信じ切っていたようだ。

あの用意周到で狡猾な、如何にも貴族の当主らしい父が、セリスを十字教に引き込むことに関してだけは、全くの無策であった。自分が裏切った時、きっと父は本気で信じられない、といった顔をしたことだろう。

それほどまでに信じがたい出来事だったのだ。聖書を読んでも目覚めない、一族の者がいることに。

だとすれば、確かに『聖書の呪い』と呼ぶべき強烈な暗示、あるいは洗脳の力でも隠されているのだろう。

ならば自分は、呪われなかっただけ。そして呪いにかからなかったのは、きっと今この時代で最も強大な神の反逆者、魔王に心を奪われてしまっていたからだ。

「こんなに愛していたのに……どうして僕じゃなくて、魔王なんかについたんだ!!」

「リュート、本当に聞きたいのか?」

どうして魔王の陣営についたのか。

どうしてクロノを選んだのか。

神を裏切るとまで言ってのけたリュートは、本当に残酷な真実を知りたいのだろうか。

「私は暗黒騎士団、副団長。クロノ魔王陛下に身も心も全てを捧げると誓った」

「『 聖痕(スティグマ) 』解放っ!!」

やむにやまれぬ事情など、セリスにはない。自分の助けなどいらない。そもそも助ける余地などない。

元婚約者の自分など、最早セリスにとっては一切関わり合いになどなりたくもない人間だと。

そう、最悪の事実を突きつけられたリュートは、もう近衛騎士として戦うより他に道は無かった。

「ありがとう。私も、君が敵として立ちはだかってくれる方が助かるよ――――大地を鳴らせ、『天元龍グラムハイド』」

加護の発動と共に、セリスの鎧は解放される。

しなやかな彼女の肉体を包むのは小さな布面積の黒い下着と、暗い紫色の輝きと共に現れる黒紫の竜鱗。

鎧の代わりに鱗と甲殻を纏い、龍を象徴する角と尾が生えた姿は、より彼女が龍の神へと近づいた証。

一歩踏み出せば、荒れ狂う重力によって地面が陥没した。

「すでに敵司令部よりネル姫様は脱した。残っているのは、ネロに与した裏切者ばかり――――ただの一人たりとも逃がすな。殲滅せよ」

かくして、ただ一人アヴァロンに忠を尽くした女騎士は、忌むべき反乱劇のケリをつけるべく、龍神の力を以て蹂躙を開始した。

レーベリア会戦から一夜明けた、氷晶の月1日。

草原の彼方より日が昇り、いまだ各所で濛々と戦場の残り火が灯る草原がすっかり照らし出された頃。

「おはようございます。帝国軍報道官エリナ・メイトリクスです」

どこよりも早く帝国軍の勝利を伝えるべく、エリナはすでに戦場跡へと乗り込んできていた。彼女はレーベリアの前哨基地となるジグラートに滞在し、昨日の夕方には勝利の一報が伝えられたと同時に、列車へ飛び乗り戦場へと向かったのだ。

無論、この最速の報道は帝国軍の方針であり、やってきたエリナ達報道陣は忙しない決戦直後にあっても、快く迎えられた。

「こちらは、パルティア北部のレーベリア平原。昨日、我らがエルロード帝国軍と大遠征軍が激突した決戦場です。集った敵軍はおよそ10万。第十三使徒ネロが率いる恐るべき軍勢は――――クロノ魔王陛下の指揮下、帝国軍が完膚なきまで撃滅しました。帝国の大勝利です。魔王陛下万歳! オール・フォー・エルロード!!」

そうして、ひとしきり輝かしい帝国軍大勝利を存分にアピールしてから、エリナは詳しい現場実況へと移る。

「現在、戦闘は完全に終結しております。10万もの大軍を相手に、たった一日で壊滅にまで追い込み、撤退すら許さなかった帝国軍の威力は、正に圧倒的。これも魔王陛下の卓越した戦略眼と、それを可能とする帝国の精鋭達が揃ってのことでしょう」

わざとらしいほどの魔王賞賛を挟みながらも、エリナは簡単に大まかな決戦の流れを解説した。

特に魔王クロノが一対一で、大遠征軍の元凶たるネロを討った、という部分は念入りに語られた。実際、それは創作でも誇張表現でもなく、紛れもない事実である以上、この上なく戦勝を彩る逸話となるに相応しい。

「今回の大会戦において勲一等は魔王陛下をおいて他にはありませんが、多くの帝国騎士もまた、多大な戦果を上げております」

エリナはその中でも、取材の都合がついた者を選んで、この場でのインタビューを取り付けていた。

「こちらは十字軍の司令官を捕らえた、『 帝国竜騎士団(インペリアルドラグーン) 』団長、クリスティーナ様です」

「おぉーほっほっほ! 私が栄えある『 帝国竜騎士団(インペリアルドラグーン) 』の団長、青き雷光カエルレウスを駆る帝国一の竜騎士、クリスティーナ・ダムド・スパイラルホーンですわぁ!!」

古典的なデッカい縦巻き髪の金髪を靡かせ、ドレスのような漆黒の重鎧を身に纏い、堂々と名乗りを上げるクリスティーナの姿は、さながら大御所女優が如き貫禄を放っていた。

そのあまりに堂に入った姿に、エリナは彼女のアイドル性を垣間見た。

「クリスティーナ団長は、自ら敵の空飛ぶ船の旗艦へと乗り込んだそうですね?」

「ええ、ええ、かのセントパウラ号は聖堂結界に守られ、その防御は正に鉄壁! でしたが、この私が率いる 竜騎士(ドラグーン) による急降下爆撃によって、ついにその鉄壁も崩れ去ったのですわ!」

「では、そのまま撃沈することも可能であったと」

「無論、木っ端みじんに吹き飛ばすことも出来ましたけれど――――あの船は敵の最新兵器。対策するにしろ、研究するにしろ、現物を鹵獲するのが最善。そして何より、参陣してきた十字軍を率いた人物は、今の総司令官アルスの右腕と目される、重要人物ですの」

「なるほど、そこで敵将の捕縛と敵艦の鹵獲に踏み切ったと」

「爆発、炎上する飛行船! 天馬騎士に連れられ、今にも逃げ出す寸前のところを、私が単独で抑えたのですわっ!!」

爛々と目を輝かせて自身の活躍を声高に語るクリスティーナだが、決して誇張表現ではなかった。

飛行船を守る結界機が限界を迎えて聖堂結界が消失した直後、語った通りに敵旗艦へ乗り込むことを決断したクリスティーナは、十数人の部下と共に燃え盛る甲板へと降り立った。

逃げ惑う十字軍兵士や船員を薙ぎ払い、司令室と思われる場所へと突撃。

しかし火の手の回った司令室はもぬけの殻。これ以上は危険だ、と叫ぶ部下の声に撤退を考えたが、その時に脳裏に過ったのは、ヴァルナ空中決戦にてリリィに連れられ、逃げる寸前だったルーデル大司教を捕縛した場面。

これほど大きな飛行船なら、必ずいざという時に脱出できるよう天馬騎士を配置しているに違いない。

そして飛行船の外観から、恐らくは後部付近に緊急用の発進口が設けられているだろうとアタリをつけて、今にも燃えてバラバラになりそうな船内を走った。

部下は先に戻るよう命じた後、自分はこの自慢の鎧である『 狂姫乱舞(ジェノサイドプリンセス) 』の防御力を信じて、炎の通路を突っ切り――――

「捕縛したリュクロム大司祭は、総司令アルスの側近として色々と十字軍の機密も知っていることでしょう。少しでも多く、帝国軍の戦略に役立つ情報が得られることを祈っておりますわ」

「素晴らしい、正に英雄的な活躍でした。魔王陛下もお喜びになるでしょう」

「うふふ、戦功交渉を楽しみにお待ちしておりますわぁ!」

炎上、墜落したものの原型を保っている旗艦セントパウラを背景に、高笑いを上げるクリスティーナのカットで、次のインタビューへと移る。

それ以降は部隊長級の者を中心として、詳しい戦場での様子を窺う内容が続いたが……

「ええぇ、突然ですが、これより魔王陛下より、お言葉を賜ります」

それは本当に突然決まったことだったのか、エリナの周囲が急にザワつき始め、慌ただしく場が整えられていった。

ひとまずは、それらしい説明を並べ立ててエリナが時間稼ぎをしている内に、ようやく準備が終わったようだ。

魔王が姿を見せるに相応しく誂えられた、司令部の大天幕へとカメラが向かい、エリナはその入口で跪いた。

「魔王陛下のお成り」

完全武装した暗黒騎士団長サリエルと副団長セリスが、入口を閉ざす垂れ幕を上げると、そこに魔王クロノは立っていた。

苛烈な大会戦を終えたとは思えぬほど、磨き抜かれて黒光りを発する『 暴君の鎧(マクシミリアン) 』をその身に纏い、いまだ敵軍と相対しているかのような威圧感を発している。

誰一人として声を上げず、物音も立てず。その静寂をもって、魔王の言葉を待った。

「まずは、此度の戦に臨んだ全ての帝国軍と臣民に感謝を。我らの勝利を喜ぼう」

当たり障りのない戦勝の言葉には、心からの喜色が含まれていないことが、画面越しでも分かるだろう。

誰もが理解する。魔王はただ帝国の大勝利を祝うべく、この場に姿を現したのではないと。

「この戦勝はパンデモニウムへ戻った後に祝おう。よって、これから送る言葉は、我が帝国臣民に向けたものではない――――おい、見ているか、アイ?」

この放送は、ネロのいた司令部にて鹵獲した小型モノリスを用いた通信機も利用して発信されている。

これによって、黒色魔力によって制御していない、十字軍側が制圧しているモノリスにも映像を流すことは出来る。

完全な制御は白色魔力に染めた向こうが握っているので、この映像を遮断することも自由だが、名指しで呼べば必ず届くだろうとクロノは確信をもっていた。

「ネロは死んだ。俺が殺した。これでパンドラに残る使徒は、お前だけだ」

第十二使徒マリアベルはアヴァロンで。第十一使徒ミサはヴァルナで。

そして昨日、第十三使徒ネロはレーベリア平原で、虚しく果てた。

こちらが知り及ぶ限り、十字軍に残っている使徒はもう、第八使徒アイのみ。

「次はお前だ。スパーダを返してもらうぞ」

真っ直ぐカメラへ指をさし、魔王クロノは宣言した。

「――――いやぁ、参ったにゃあ」

と、ニヤニヤと嬉しそうに口元を歪めながら、瓦礫に埋もれかけた小さなモノリスの画面に写る、クロノ直々の宣戦布告を、アイは確かに見届けていた。

「まさか、こんなにアイちゃんとの再戦を熱烈に思ってくれているなんて、感激だよ!」

アイが歓喜の叫びを上げると同時に、眩い閃光が瞬き、モノリスを破壊するほどの大爆発が炸裂した。

駆け抜ける灼熱と爆風に揺らぐことなく、アイはその身を翻して、フワリと柔らかな雪原の上へと舞い降りた。

「ええい、ネズミがちょこまかと」

「あの男が噂の使徒という奴らしい」

「ヘラヘラ笑いながら、逃げ回っているだけではないか」

「気持ちの悪い奴め」

そんなアイへと、余裕の感じさせる罵倒が降って来る。その声音は、貫禄のある熟練した騎士といった感じではなく、年端も行かぬ少女達の愛らしいものだった。

「いやぁ、残念だよ。折角ここまで来たのに――――」

アイの下へと次々と降り注ぐ情け容赦のない光線の嵐。高ランク冒険者であっても、瞬く間に骨すら蒸発する苛烈にして強力に過ぎる攻撃だが、アイは滑るように真白の雪原を駆け抜けて回避してゆく。

「――――ハイエルフの女王様の顔も見れないにゃんて」

「下郎がっ!」

「貴様如きが、エカテリーナ陛下の前に立てると思うなぁ!!」

ここはパンドラ大陸北部に君臨する大王国オルテンシアの国境線。

ハイエルフの王族がいる、という噂を聞きつけ十字軍の北部遠征について行ったアイは、北側への壁となるアスベル山脈を超えた後は、正に破竹の勢いでもって突き進んだ。

それは昨年に、ダークエルフの美女を求めてファーレンを侵攻したのと同様。自ら先頭に立ち、城門をぶち破り、陣を構える敵軍を蹴散らし、使徒の強さを十全に発揮して北部を蹂躙していった。

立ち塞がる国々の防備を歯牙にもかけず、真っ直ぐ縦断していった十字軍は、年明けにはオルテンシアを臨む位置にまで辿り着いた。

そして奇しくもレーベリア平原にて魔王軍と大遠征軍が雌雄を決する大会戦を始めたのと同じ日、アイの十字軍もオルテンシア国境線を侵した。

昨日までは、これまでと同じ。多少は他国よりも厚い防衛網に、粘り強く抵抗する兵士たち。エルフの国ということもあって、その弓と魔法による遠距離攻撃の威力と多様さは驚異的。彼らを前にすれば、ブラスター部隊でさえも撃ち合えば負けてしまう。

しかし、使徒を倒せるほどではない。

アイは易々と国境砦を陥落させ、明日には町を占領してエルフ美少女を集めて酒池肉林だと夢見て眠っていたところに――――早朝、オルテンシアによる逆襲を受けた。

現れたのは、白銀の鎧兜に身を包んだ、巨人。

「まさか本物の『 戦人機(ナイトフレーム) 』を繰り出してくるとは思わなかったよね」

そう、今まさにアイを一方的に追い込んでいるのは、古代兵器『 戦人機(ナイトフレーム) 』である。それも一機ではない。五機編成の小隊だ。

重機であったタウルスとは違う。古代の戦争に用いられた、あの時代の本物の主力兵器である。

シンクレアでも、占領したパンドラの土地でも、発掘される戦人機は何れも残骸ばかり。大きな人型の基礎骨格が残っていれば御の字といった程度であり、とてもタウルスのように復活させることは出来なかった。

如何にあのジュダスといえども、壊れきったパーツだけでは、当時の機体を完全に組みなおすことは出来ない。

だがしかし、このオルテンシアには本物の戦人機があった。流石に小隊編成で現れた時は、アイも命の危険を感じて跳び起きたものだ。

「君らと遊ぶのも楽しそうだけどぉ……ごめーん、フレに呼ばれたので抜けますねぇ」

「逃がすかぁ!」

「二度とオルテンシアの雪を踏めると思うな!!」

煽るような言葉と目くらましのような反撃だけを繰り出して、アイはそのままオルテンシア戦線から離脱した。

「クロノくんが待ってるんだ。急いでスパーダに戻らなくっちゃあ」

そうしてアイは、戦人機の逆襲によって蹂躙される十字軍を放り出し、友達と遊ぶ約束を取り付けた子供のような気分で、スパーダへと真っ直ぐ帰還を果たすのであった。