軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1004話 大遠征軍の最期(2)

戦場を漂う、白い霧が晴れて行く。

「くっ、そ……やっぱり、王家には勝てねぇって、ことなのかよ……」

諦めまじりにそんな言葉を呟きながら、十字教司祭である青年、ウルスレイはついに膝を屈した。

崩れ落ちた膝は、ガシャリと音を立てて砕ける。そこにはもう、血の通った肉体はなく、ただ白い骨だけが残る。あまりにも強力な『 吸収(ドレイン) 』に晒された生物が、骨だけ残す死に様となることは、他でもないその使い手である自分が一番よく知っている。

自らの骨を晒すということは、完膚なきまでにドレイン使いとして敗北を喫したことを示していた。

「――――最後に、名前くらいは聞いておいてあげるの」

真白の濃霧そのものと化した霊体のウルスラは、ジワジワと膝から先の肉体も消失してゆくウルスレイの前に浮かぶ。

精霊同様の体を持ち、文字通りに人間離れした姿のウルスラの目には一切の慈悲はなく、絶対的な死を与える決意だけが灯っている。

それでも彼の名を問うたのは、今や数少ない同族としての憐れみだ。

「俺の名はウルスレイ……王家を守護する『月の番人』、多分その、最後の一人だ……」

「そんな男が、十字教司祭とは。イヴラーム人として、恥を知るがいいの」

「イヴラームはもう滅びただろ……それとも、アンタは本気で王国を復活させる気なのか?」

「私が、何故?」

「おいおい、まさか自分がイヴラームの姫だと、知らないワケがねぇだろ」

「……知らない」

ガシャン、と更に音を立てて、ウルスレイの腰骨が崩れ落ち、その身は仰向けに転がった。

「ははっ、マジかよ……自分の血筋も知らずに、それでも『 死者の書(メナス) 』の秘儀を習得してんのか……」

「魔女の師匠に教わった」

「そうか、そうかよ……イヴラームの契約は、まだ守られているのか……」

その身に最早、痛みはないのだろう。ジワジワと溶けるように腹部が消え去って行っているにも関わらず、ウルスレイは自嘲するように笑い声を上げた。

「最後に教えておいてやる、お姫様よ。アンタのその力は、イヴラーム人にとっては夢そのものだ。王家の血と力を継ぐ、何よりの証。『呪王エイヴラハム』の一人娘、ウルスラ・セム・アリーヤ・イヴラーム――――お前を待つ同胞が、シンクレアに山ほどいるぜ」

自分はその夢を選ばなかった。願わず、祈らず、十字教へと屈した。

いつの日か王家の生き残りが現れ、再びイヴラームの民が救われるなどという、絶望の底で見るだけの哀れな夢物語など。

けれど、よりによって彼女は自分の前に現れた。

『月の番人』でありながら、王家への忠誠を捨て、同胞を裏切り、怨敵たる十字教の走狗へとなり下がった、こんな自分に。まるで、その不義不忠を裁くかのように。

「ふざけんなよ、どうして今になって……最初からお前が……貴女様がおられれば、イヴラームは救われた!」

本当は自分もそう願いたかった。両親の意志を受け継ぎたかった。弾圧される同胞を救い、再びイヴラームの王道楽土を築き上げる、その一助となりたかった。

けれど、二等神民の孤児に夢などない。そんなモノは持ちえない。

求められ、許されるのは、ただただ白き神への恭順のみ。

「……いいえ、私がいても、イヴラームは救われない」

何故なら、ウルスラもまたただの孤児として、シンクレアの最底辺を生き残るに必死だったのだから。

もしもニコライ司祭に連れられパンドラ大陸へと渡らなければ。クロノと運命の出会いを果たせなければ。師匠フィオナが教える気にならなければ。

たとえシンクレアでウルスラを本物の姫と見出して祭り上げられたとしても、この力を得るには至らなかったことは間違いない。

「今の私があるのは、クロノ様、魔王のお陰だから」

迷いのないウルスラの言葉に、ウルスレイは怒ることも失望することなく、ただ納得してしまった。

魔王クロノの帝国は、十字軍が滅ぼした国を奪い返して拡大してきた。イヴラームもまた、その内の一つに過ぎないのだと。

すでに胸元にまで白骨化が迫ったウルスレイは、もう次が最後の言葉になるだろうと悟る。そうして紡ぎ出した言葉は、

「頼む……イヴラームを、同胞を、救ってくれ……ウルスラ姫、貴女になら、それが出来る……」

「……約束はできないの」

けれど、僅かでも迷ったような表情を見せてくれた。

それだけでいい。微かな希望を、本当に自分が抱き続けたかった夢を再び手にして、逝けるのだから。

ウルスレイは穏やかな笑みを浮かべて、直後には完全に白骨化し、戦場に倒れる屍の一つとなるのだった。

そんな悲しき同胞の最期を見送ったウルスラは、

「イヴラームのお姫様になれば、クロノ様と釣り合いがとれるかもしれないの」

浮かんできた笑みを隠すように、『 死者の書の紡ぎ手(メナス・アナスタシア) 』を解除した。

野蛮なバルバトス人。幼い頃に浴びせられた罵倒の意味を理解できたのは、初めて獣と化した日のことだった。

『 戦獣顕現(レクスベルム) 』。

その血に宿る霊獣の力を解き放つバルバトス戦士の奥義にして、王を決める戦いに参加するための資格でもあった。

レキトリウスは、幼くしてソレを自らに発現させた。

一言で言えば才能。かつてのバルバトスであれば、将来有望どころではない、王にまで登り詰めることも十分ありえるほど、恵まれた天才であると一族から賞賛されたに違いない。

しかし、この力が目覚めたのは、アヴァロンの孤児院。その当時、武技も魔法も習得していた姉貴分であるリンがいなければ、大惨事になっていたかもしれない。

薄れゆく意識、高鳴る鼓動。胸の奥から湧き上がって来る強烈な衝動は戦意であり、殺意であり、渇き。

これほど恐ろしいと思ったことはない。自分が自分でなくなる感覚。人から獣に堕ちてしまう――――以来、彼はこの力を嫌悪した。

リンのお陰で、最低限のコントロールが出来る修行をすることは出来た。自らの意志で発動し、獣人と化して敵も味方も分からぬ本能のまま暴走することもなくなった。

さらに鍛えれば、往年のバルバトス獣戦士を超える実力を身に着けることも出来ただろうが、そうなる前に、リンは不運にも帰らぬ人となってしまった。

この恐ろしい力は、自分と仲間の身に危機が訪れない限りは、使うまい。そう強く戒めて、レキトリウスは今まで生きてきた。

平和が一番。早く戦争が終わればいい。だからネロには、一刻も早くパンドラを統一して、争いのない平和な世界を作って欲しい――――それが自分の心からの願いであり、聖女リィンフェルトと共に大遠征軍に同行した理由である。

「GULULU、GaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

戦場に轟く咆哮は、最早どちらのものか区別がつかない。

ここにはただ、荒れ狂う猛獣が二体だけ。

レキという同郷の少女にして、『 不滅霊獣(ベオウルフ) 』を宿す獣戦士。

相対するレキトリウスは、『 金剛霊獣(ティガウルム) 』の獣戦士。

白銀と黄金の毛並みを鮮血で彩りながら、二人の戦いは他の騎士が介入できないほど苛烈さを増してゆく。

胸の奥で真っ赤に燃える闘争本能。未だかつて、これほどまでに熱く滾ったことはない。

目の前で牙を剥くベオウルフに共鳴するかのように、戦意は天井知らずに高まって行った。

闘争の灼熱で真っ赤になった脳裏に、レキトリウスの理性がかすかに浮かぶ。

「ああ、楽しい」

素直に、それを認めてしまった。

初めて全力を出す解放感。これまで力を制御しようと、必死に抑え込んできたのが、馬鹿らしくなるような気持ちだ。

「僕は獣だ」

この『 戦獣顕現(レクスベルム) 』を扱える者こそが一流の戦士として認められる。そして最強の獣の力を持つ者が、バルバトスの王として君臨する。それが遥か昔からの掟である。

くだらない。実に野蛮で暴力的な、未開の蛮族そのもの。

セントユリア孤児院で、ネロのお陰でそれなりに恵まれた環境で生活してきたレキトリウスは、自分の故郷をそう評した。嫌悪する力を至上とする暴力主義など、冗談ではない。そんな場所に、そんな力が讃えられる時代に、生まれなくて良かったと。

「これが僕の、本当に求めていたモノ」

だが、今こそ思い知った。

自分の本性。自分の正体。バルバトスのイカれた文化も。

抑えられないのだ。この力を、その血を継ぐ者は。大いなる獣に連なる力と意志は、ただの人間という器だけで御しきれるものではないのだ。

同じ獣戦士。異なる獣。

宿命の戦いに臨んだその時、バルバトスの戦士は真に己を理解する。

だからこそ必要だったのだ。バルバトス人には、王という名の最強戦士を決めるための場が。

どれだけ時が経とうと、廃れるはずがない。その血の宿命。大いなる獣は強さこそを求めるのだから。

「僕は、王になりたい――――」

「王になるのは――――私だぁっ!!」

そして、その境地に至ったのはレキもまた同様。

バルバトスの定めた北限の地ではないが、今この戦いは二人の獣戦士による神聖な決闘に違いない。

血で血を洗う死闘。

互いに常人では持ち上げることもできない大型武器を軽々と振るう強靭な筋力を発揮し、その破壊力を受けても驚異的な再生力で傷が塞がる。

パワーは『 金剛霊獣(ティガウルム) 』が。スピードと再生力は『 不滅霊獣(ベオウルフ) 』が上回る。しかし宿した霊獣の力の差は、勝敗を決定づけるほどの違いは無かった。

けれど、嵐のような攻撃の応酬の果てに、先に屈したのは『 金剛霊獣(ティガウルム) 』のレキトリウス。

「戦いは、力だけじゃ勝てないですよ、坊や」

勝負を分けたのは、技量と経験。

力を野蛮なモノと嫌悪し遠ざけてきたレキトリウス。

同じ孤児の身の上だったレキも、暴走するほどの力を抑え、隠すように生きて行くはずだった――――その力を導く、クロノと出会うまでは。

自ずと『 戦獣顕現(レクスベルム) 』に目覚めたレキトリウスの方が、才能は上であったことだろう。

しかしレキは開拓村でクロノの指導を受けて戦士として歩み始め、カーラマーラまでの逃避行で誰かを守るために戦う戦士の矜持を知り、そして恐ろしい魔女によって『 戦獣顕現(レクスベルム) 』の力を目覚めさせるにまで至った。

自分のためにも、誰かを守るためにも、必死で戦い、戦って、戦い続けてきたのがレキである。冒険者として、戦士として、その力が磨き抜かれてきたのは当然の結果。

その胸に今も燦然と輝くミスリルのギルドカードは伊達ではない。

「もっと……もっと、戦えば、良かった……」

鍛錬と実戦の果てに、自分を超えた獣戦士レキを見上げて、レキトリウスは最後にそう悔やむ言葉を呟いた。

「私の――――レキの勝ちデス!」

大剣でその首を跳ね飛ばし、『 不滅霊獣(ベオウルフ) 』は勝利の雄たけびを上げる。

これで一歩、王へ近づいたと。

「――――まぁ、勝ったのはいいけどよぉ、二人とも力使いすぎだろ」

「ううぅ……強敵だったのぉ……」

「レキも強敵だったのデース……」

見事に厄介な敵のエースを討ち果たしてきたレキとウルスラであったが、戻って来た二人は明らかにヘバっていた。

これでまだ戦いが終わったワケではないというのに、ぐったりした様子にカイは珍しく呆れたような溜息を吐いた。

「しょうがねぇ、お前らちょっと休んでろ」

「センキュー!」

「ああぁー、魔力ポーションが体に沁みるのー」

疲れ切ったオッサンが熱い湯舟に沈んだ時のような呻き声を上げながら、二人は後方で砲撃を続ける四脚戦車の上に寝ころんだ。

「コラァー! 勝手に車体の上で寝るにゃー!!」

戦車隊長のライラの怒鳴り声が聞こえてくるが、今の戦況を思えば些細なことだろうとカイは振り向かなかった。

「すっかり出遅れちまったな。本陣はもう暗黒騎士団が乗り込んでやがる」

「しょうがないじゃない、こっちはそれなりの守備隊を相手にしてんだから」

残念そうに口を尖らせるカイに、やれやれと息を吐きながら杖を肩に担いだシャルロットが言う。

ついに守りの要である、リィンフェルトも抑えられたのだろう。本陣の立つ丘を丸ごと覆う『 聖堂結界(サンクチュアリ) 』が消えたことで、戦況は決定的となった。

戦車隊、魔術師部隊、そして黒竜陸戦隊。情け容赦のない砲撃が小さな丘を更地にするような勢いで叩き込まれ、その砲弾と灼熱の嵐が過ぎ去った後に、暗黒騎士団とテンペストの混成軍団が一気に突入し蹂躙を開始している。

カイ率いる第一突撃大隊の方には、レキとウルスラが倒した二人を含む迎撃部隊が粘りを見せたことで、聖堂結界が消え砲撃に晒された後も、すぐに本陣まで突入することは叶わなかった。

敵の迎撃部隊と守備隊を片づけている間に、暗黒騎士団が本陣の制圧に乗り込んでいる状況であると、リアルタイムの妖精通信で報告されている。

そして今、この決戦の終わりを告げる報告が届けられた。

「ネロが死んだ」

「そう、やっぱり……そんな気がしたの」

「俺もだ」

魔力の気配を感じる第六感ではない。胸がザワつくような、小さな違和感を感じ取っただけ。

気のせい、と普段なら済ませられるような感覚はしかし、やはり親友の死を感じ取ったものであったのだと、ネロ討伐の情報によって証明されてしまった。

「最期は、ネルが看取ったってよ」

「うん、それなら良かった……良かったのよ、これで……」

シャルロットが震える。その金色の瞳からは、大粒の涙が溢れだす。

かける言葉など、見つからない。

だからカイは、ただ黙って彼女の肩を抱き寄せた。

「――――馬鹿野郎。どうしてこんなことになるまで、突っ走っちまったんだよ、ネロ」

悔恨の言葉は、虚しく戦場の空へと消えた。