軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.ソレイユ、人生初の解釈違い

ダミアンとのダンスが終わり、私とロザリア様は会場を後にした。

パーティはまだ中盤のため、背後から音楽と笑い声が聞こえてくるが、廊下は一転して静まり返っていた。

人気のない廊下に、コツコツとヒールの音だけが響く。

そして曲がり角に差し掛かろうとした、その時だった。

「ロザリア様の……」

「絶対そうですわ……」

ひそひそとした女性たちの声。血の気が引いていく。

こんな場所での噂話は経験上、ろくな話ではない。

ロザリア様の耳に入れる前に止めないと。そう一歩踏み出した瞬間、場違いなくらい明るく、華やかな声が聞こえた。

「ヴェル様とダミアン様、実は秘密の関係なのではないですか?」

(…………は?????????)

私の全身の筋肉が硬直した。

この声はミラリス伯爵令嬢だ。アストレイヤの会で、空気の読めなさを遺憾なく発揮していた令嬢である。

すると別の令嬢が、落ち着いた声で返した。

「流石に、それはあり得ないと思うのですが……」

(そうだそうだ!! ありえんぞ!!!)

心の中で全力同意する。

しかし私の必死な応戦など意に介さず、ミラリスは熱弁を振るった。

「いいえ! 絶対にそうですわ! 先ほど顔を近づけてお話しされてましたし!」

確信に満ちた彼女の声が、廊下に容赦なく響く。

ミラリスは恍惚とした声で言葉を続けた。

「きっとロザリア様の"犬"というのはカモフラージュで、ヴェル様はダミアン様とお付き合いなさっているんだわ……!!」

(そんなわけあるか──っ!!)

今すぐ飛び出して、全力で否定したい。頬を往復ビンタして正気に戻したい。

だが、体が動かない。全身に鳥肌がたち、指がピクリとも動かない。

この感覚に私ははっとする。

(こ、これは……「解釈違い」という状態では……!?)

前世、「花キミ」のオタク友達と語り合っていたときのことだ。

コミケ参戦を終えた夜、戦利品を抱えたまま、いつもの居酒屋に流れ込んだ。

テーブルの上には空き皿とジョッキ、そして推し語りの熱気が渦巻いていた。

その時、「どうしても解釈違いのカップリングがあって」と友人が零した。私はふと素朴な疑問を投げかける。

「解釈違いのカップリングを見たときって、どんな感じなの?」

「そうね……全身の血の気が引いて、鳥肌がたつ感じ? 考えるより先に拒否感が押し寄せて、"見るな聞くな感じるな"ってアラームが鳴るの」

あまりにも具体的な表現に、私は思わず目を瞬かせた。

その頃の私は解釈違いという概念がなく、「そういう解釈もあるよね」と受け流せる、ゆるいオタクだったのだ。だから、その感覚がよく分からなかった。

だが、今ならはっきりと分かる。あの時、友人が言っていたことは誇張でも何でもなかった。

私はまさに今、その状態に陥っているからだ。

(私に矢印を向けられるのが、こんなに苦痛なんて……!!)

内心で絶叫する。

前世では、「花キミ」の夢小説も楽しんで読んでいた。

だがそれは私自身ではなく、あくまでオリジナル女性キャラクターとして物語を楽しんでいたのだと気づく。

この世界ではダミロザしか許さない私。

さらに自分への矢印が無理な私。

それなのにミラリス令嬢はまさかの「ダミアン×ヴェル(私)」などという禁忌をぶち込んできた。解釈違いの役満にもほどがある。

精神が悲鳴をあげて、言葉を失っていたその時だった。

隣にいたロザリア様が歩き出し、角を曲がった。令嬢たちは一斉に顔色を変え、「ご機嫌よう」と挨拶をすると、蜘蛛の子を散らすように去って行った。

が、ミラリス令嬢だけは、何故か私に向かってウインクをしてくる。ぞわぞわと鳥肌がたつ。なんだそのウインクは。やめてくれ。

廊下に静寂が戻り、ロザリア様は私の方を向く。

「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……助けてくださったのですか?」

「……あなた、今にも人を殺しそうな顔をしてたわよ」

ドン引きしながら答えられる。

思わず両手で頬を包む。そんな殺意に満ちた表情を、ロザリア様にお見せしてしまったなんて。

(一生の不覚……!)

しゅんと肩を落としていると、ロザリア様は去って行った令嬢たちの方向を見つめた。そして、ふと問いかけてくる。

「ヴェル、いつの間にダミアン様とそんな関係になっていたの?」

「違います! 誤解です!!」

即座に全力否定する。すると、ロザリア様は楽しそうに笑った。完全に面白がっている。

私は解釈違いで大ダメージを受けているというのに。

だけど推しにからかわれるも嬉しい自分もいて、大変複雑な気分だ。

私は少し強い口調で言った。

「大体! 公爵家の方が、国の端っこにしか領地を持っていない弱小貴族の令嬢を選ぶわけありません!」

私の言葉にロザリア様はくすりと笑い、軽く肩をすくめた。

「まぁ身分差の恋は、滅多にないから本や舞台のテーマになるものね」

「そうですよ!」

ロザリア様の言葉に、両拳を握って同意する。

そもそも、この世界で一番大切なのは、ロザリア様が幸せであることだ。

そして、その隣にダミアンがいてくれるのなら、それ以上に望むことはない。

私なんかの恋愛なんてどうでもいいのだ。

私はロザリア様の侍女でいられれば、それで幸せなのだから。

──そう、思っていたのに。

半年後、私はエルフェリア王立学園の庭園にいた。

目の前には、銀髪と青灰色の瞳を持つ、現実離れした美貌の青年。

何故か私は校舎の外壁に押しつけられ、逃げ場を塞がれていた。彼の片腕がすぐ横に突かれ、距離は息が触れるほど近い。

私は震える声で口を開く。

「こ、これは何の真似でしょう?」

「んー?」

イケメンはにっこりと目を細め、楽しげに首を傾げた。ふざけた態度なのに、顔が良すぎて全てが絵になるのが腹立たしい。

私は唇をひくりと震わせ、声を張り上げた。

「このようなお戯れはおやめください──第二王子!」