軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第50話

「女王陛下ぁ、そろそろ着くでやんすけど、オイラはここでおさらばしちゃっていいでやんすよね?」

ヤンスがそう声をかけてきたのは教会の近くだった。十年前にも来たことのある場所で、昔と変わりのない風景がそこにはあった。

「おぉ、そうじゃの。おぬしはここまでで良いわ。後はこちらからの連絡を待つが良い。そう待たせはせんと思うぞ」

「承知したでやんす! では姐さん、後は陛下が案内してくれるでやんすから、オイラはガスパールの旦那の所に戻っておくでやんすね」

「え?」

私を置いて話が進んでいくので、一瞬返事に詰まる。が、冷静に考えてヤンスとここで別れるのは当然のことだと納得した。だってこの先は恐らくクワンダ国の機密だろうから。

「分かったわ。ガスパールに私は大丈夫だと伝えて」

馬車を降りてヤンスに言付けを頼んだ。あんな別れ方したからきっと心配しているだろうしね。

「承知でやんす」

にかっと出っ歯をのぞかせて笑うヤンスに手を大きく振って見送る。そして残った私達はエルが手招きするがままに着いていく。てっきり教会の中に入っていくかと思いきや、手招きされたのは教会の裏手だ。

「こっちじゃ」

はよはよ、と私達を急かして辿り着いたのは古びた井戸。

「ここですか?」

周囲をぐるりと見渡しても建物は教会だけ。井戸も比較的に大きめだとはいえ、おかしいところは見当たらない。てっきりエルしか知らない隠しルートとかで、このまま王宮に直行だと思っていたのに拍子抜けだ。

「まぁ、そう焦るではないわ」

私がそんな風に思っていたのが分かったのだろう、エルは徐に 釣瓶桶(つるべおけ) を井戸に投げ入れた。吊るしのカラカラカラと軽快な音と重なって聞こえてきた奇妙な音に私は片眉を上げる。

「ほれ、見てみよ」

エルが顔を傾け井戸の中を指す。どこか楽しそうな雰囲気を醸し出すエルに促されて井戸を覗き込んで、その意味が分かった。

「階段、ですよね、これ」

井戸の壁面に螺旋状に生えている複数の突起物。これを階段と呼ぶにはお粗末ではあるが、用途は間違いなく階段だ。吊るしの音に重なって聞こえた奇妙な音は、恐らくこの突起物の仕掛け音なのだろう。

ふふん、と鼻を鳴らすエルの顔が扇で隠していても得意気なのが分かる。

「再現度、高かろ?」

「え?」

再現度って何が? である。

「なんじゃ、そなた。覚えておらんのか」

やれやれ、とエルは肩を竦めた。そして私の背後にいるキースを見上げ、

「ほれ、追われた王女が己の騎士と共に王宮に舞い戻る為に使ったカラクリがあったであろうが。そなたから借りた本じゃぞ。忘れたのかの?」

「……あぁ、あれですか…」

言われて思い出した本のタイトルは『悲恋の人』である。確かに内容の中盤にこのような場面があったのは覚えている。だが私はエルに『悲恋の人』を貸した若かりし頃は純粋な気持ちで読むことが出来ていたが、今は手に取る気すらしない。『悲恋の人』自体が悪いわけではないが、どうしてもアレらの顔がちらついてしまうからだ。むしろ内容すらも思い出したくないくらいに敬遠してしまっている。

「悲恋には興味はないのじゃがな、あれに出てくる珍妙なカラクリには心惹かれるものがあっての、作らせたのじゃ」

いい出来であろう、と胸を張るエルの隣でキースが「職人は泣いていたがな……」と呟いたのが切ない。空想の中のカラクリを実際に作らせるとか、なんて権力の無駄遣い。これを実現させた職人さんにあっぱれである。

「何じゃ、そんな顔をされるような真似をした覚えはないのじゃが!」

プンスカしても自分の騎士の顔を見てごらんなさいよ。めちゃくちゃ疲れた顔してますよ。

「まぁ、よいわ。モタモタしている暇はないからの。さっさと行くぞ」

自分でこの話題を振ってきておいてのこれだ。相変わらずのマイペースに苦笑は漏れるものの嫌いじゃない。

「妾が先に行くから、次はマーシャが降りてくるのじゃ。キースは最後でよいな。あ、じゃがドレスの中を見たければ先に降りても「さっさと降りろ」……つまらんのぅ」

うん、ドスの利いた良い声ですこと。それにしても自分付きの騎士とは言えども随分と仲がいい。どこか姉弟のようにも見えるやり取りだ。エルの慣れた動きで井戸を降りていく姿を見ながら、なんとなくそう思った。

「おい」

エルに続いて降りようと井戸に手をかけた私にキースから制止がかかる。

「なに?」

首だけを捻って振り返るとキースが上着を脱いで私の肩にかけた。

「別に寒くないわよ?」

この上着の必要性が分からずそう言うと、キースは残念な子を見るように、

「汚れるからだ、馬鹿」

そう言われて、思わずお口があんぐり。

「何だよ、その顔は。素直に受け取るのか受け取らないのかはっきりしろ」

「い、いえ。有難く使わせてもらうわよ。せっかくだもの」

悪夢に魘された時にお茶を淹れてくれたときのような気遣いではなく、これは俗に言う『女性扱い』である。なにごと⁉ と私がびっくりしてしまったのは仕方がないと思う。

「気を付けて降りろよ。足を踏み外したら怪我じゃすまないぞ」

「ちょ、怖いこと言わないで。足が震えたらどうするのよ!」

普通の螺旋階段ではないのだ。手すりなんてついていないし、エルは慣れた動きで身軽に降りたようだけど、そんな風に言われると緊張するではないか。

「だから慎重にな」

「分かっているわよっ」

一体何のいじめだ。洋服が汚れるから、なんて『女性扱い』しなくていいから余計なプレッシャーをかけないでほしい。

「あー、もう。びっくりした」

ふぅ、と大きく息を吐いて心を落ち着かせる。下からエルの「何をしとるのじゃー?」と急かす声もするので焦って仕方がない。

その時だ。どこからともなく感じた視線に私は顔を上げる。

「どうした?」

キースの怪訝そうな声に私は小さく 頭(かぶり) を振った。

「……いえ、何でもないわ」

騎士であるキースが何も感じなかったというのなら、きっと気のせいだと私は思ったのだ。それから私は気を取り直し、ゆっくりと階段を下りて行った。

「こ、これは思ったより怖いわね」

慎重に降りていくものの、井戸に差し込んでくる光は降りていけば行くほど暗くなっていく。恐らくエルがいるところだろう所に光が見えるのが、私の足元は薄暗く今にも竦んで動けなくなりそうだ。それでも壁にへばり付きながら必死に降りて行った。

「遅いのじゃ」

「私が遅いのではなく、エルが慣れすぎなんです!」

やっとのことでエルの元までたどり着いた私は、緊張から解き放たれた安心から大きく息を吐いた。いくらなんでも、この階段もどきを軽々は降りれない。

「柔じゃのぉ。それにしてもなんでキースの上着を着ておるのじゃ?」

「上で汚れるからって貸してくれたんですよ」

それ以外の意味なんてないでしょうに。私とて上着を渡されたときは吃驚したものの、紳士が女性に対して起こす行動だと考えれば、別におかしいこと何もない。

「主である妾には何もないのにのぉ」

「陛下はローブを着ているだろ」

不満を漏らすエルに、私に続いて降りてきたキースは呆れた口調で言った。

「……確かにそうだが」

「そうですよ」

何がそんなに気になるのか、エルは物言いたげな視線を投げつけてくる。

「何を言いたいのかしらないが、俺は陛下に騙されたことをまだ許していないからな」

「人聞きの悪いことを申すな。妾は騙した覚えはないのじゃ!」

「いえ、あれはむしろ洗脳レベルかと。質が悪いのはエルの方です」

こればかりはキースの味方である。

エルが余計なことを話さなければ、美化されたマーシャリィ・グレイシスは作られなかったし、何より今回のキースとの出会いから今までの面倒事がもっとスムーズに進んでいただろうと思う。つまり私の心労はもっと軽くすんだ、ということだ。いくらエルが心友だろうが、この件に関しては一切味方をするつもりはない。

「むぅ。まぁ、よいわ。この件に関してはこれからが大切じゃからな!」

この件もどの件もありませんけどね、と突っ込みたいのは山々だが、取りあえずは顔を背けて拗ねるエルに対して、私とキースは肩を竦めて笑った。

それから再び私たちはエルに案内されるまま歩き出す。

「それで、今の状況はどんなですか? グラン国の皆はどうしています?」

私はずっと気にしていたことをエルに尋ねた。

「表面上は静かなものじゃ。内心、どう考えておるのか分からぬ狸もいるがの、ひとまずグラン国の者達がよくやっておる。そなたが行方不明であることを周囲に全く気付かせておらん」

「……誰一人として欠けておりませんよね?」

これが一番心配していたこと。

特例親善大使として、留学生全員を無事にクワンダ国へ送り届ける、というのは当然のことではある。だがそうじゃない。山賊に襲われたということは、怪我をした人がいるかもしれない。最悪、取り返しのつかない事態になっていてもおかしくはないのだ。

「留学生だけではなく、同行した文官も護衛も皆ピンピンしておるわ」

「それは良かったです」

大丈夫だと信じてはいたものの、やはり確証が得られると心が軽くなる。

「では今回なぜこのような事態になったのか、何が起こっているのかきちんと説明して下さいませ」

一番に気にかかっていた事が解消されたら、次に気になるのは当然私が巻き込まれている現状を招いた原因だ。

「もちろん全てを話そう。じゃがそれは全員がそろってから話そうぞ。二度手間になるし、そちらの方が都合が良いのでな」

「……全員?」

関係者が集まってから、という意味だろうか。そして都合が良いの意味が分からない。疑問に思えども、エルにそう言われては追及も出来ない。

「取りあえず、マーシャにはこれから行われる夜会で、今回の山賊襲撃を企てた阿呆どもに一泡吹かせて欲しいのじゃ」

「一泡吹かせる、と言われましても…」

もの凄く困る。首謀者すら私は知らないのだ。

「そなたが夜会に出るだけで一泡吹かせることができるのじゃ。その為に妾が迎えに行ったのじゃから、何も考えず夜会に出ればよい」

「……何を隠しているんです?」

頑なに情報を与えないのはなぜ? ここまで巻き込んでくれたのだから少しでも情報を開示してくれなければ、私だってどう動けばいいのか分からない。

「隠したいわけではない。ただ、そなたには先入観なしで判断してもらいたいのじゃ。その為に今は話せん」

そう言われてハイと答えられる人間がどれだけいるだろうか。

「……貸し一つです。それで許してあげます」

私がそう答えられたのは、エルのことを信用も信頼もしているから。

「流石、妾の心友じゃ」

「そうですよ。だから絶対に裏切らないでくださいね」

「当然じゃろ」

なら、今はそれでいい。全員が集まったら話してくれるというのなら信用する。

「それにしてもじゃ、今回のグラン国の者は全員有能じゃの。まぁ、 クワンダ国(うち) の連中も負けてはおらんが、特に、うん、っと、あの者は何と申したかの…、確かエッグタルトであったかな?」

「多分ノア様ではないでしょうか。エッグタルトではなくノア・レッグタルト外交書記官ですわ」

エッグではなくてレッグだから。卵ではなくて脚のほうだ。

「おぉ、その者じゃ。あれは随分と出来る男よの。そなたが行方不明になった時も焦りもせずに淡々と混乱を収めたと聞いたわ」

そうでしょう、そうでしょう。何と言っても私の『恩人』様ですからね。出来る人の上に優しい方なんですよ、うんうん。

「あと誰よりも気になったのが、あの娘じゃ。特例親善大使の侍女殿として同行した赤毛の!」

絶対にそなたのお気に入りじゃろ? とエルは笑う。

「彼女…、シエルが何か?」

確かにエルの言うようにシエルは私のお気に入りではあるが、エルがシエルをそんなに気に留めたのか。

「そなたが行方不明であることを誰も知らんと言うたろ。王都に入る前までならそれほど難儀ではなかったとしてもじゃ、王宮に入ってからもそなたの不在を誰にも悟られんよう隠し通すなどそう容易ではないわ。それをやり遂げた立役者こそがその令嬢じゃ!」

「まぁ…!」

それは素直に感心した。確かにシエルは私が吃驚するくらいに知識も豊富で頭の回転も速い子である。だが典型的な貴族令嬢として生きてきた彼女が、こうも完璧に人を欺けるなんて思いもしなかったのだ。才能も度胸もあるとは思っていたが、私が思う以上に彼女は逸材のようだ。もちろん私が彼女を気に入っているのはツンでデレな所なのだけれども。

「まるでそなたを見ているようであったわ」

アッパレ、と言わんばかりにシエルを褒めるエルに鼻高々である。

「それはシエルが私の代わりに奸計を企てた、という意味ですか? それとも私の替え玉をシエルが勤めた、とか?」

どちらも意味だろう、それは単純な疑問だった。けれど私の疑問に対して、それはそれは楽し気な笑みを浮かべたのだ。

「どちらだとそなたは思うのじゃ?」

「どちら…そうですね。もしかしたら両方ですか?」

だからそんなに楽しそうに笑っているのではないか、そう私は考えた。けれどエルは私の答えを聞いて、どこから出しているんだという笑い声を立てたのだ。

「ひっひっひっひっひ!」

「陛下…、その笑い方はどうかと思うぞ…」

激しく同感である。まるで魔女のようだ。

「残念だが不正解じゃ」

キースの苦言を軽やかにスルーしたエルはそう言った。

「では正解はどちらです?」

そしてその魔女のような笑い声を出した理由はなに?

「まぁまぁ、そう慌てるでない」

エルは立ち止まり、隠し通路の壁に灯っていたカンテラを手に取った。そしてそのカンテラを引っかけていたフックを引き抜いたのだ。それと同時にゴゴゴと重い音を立て、壁が左右に開かれた。

「正解は見れば分かるのじゃよ」

それは悪戯っ子のようだった。促されるまま左右に開かれた壁の先に進むと、そこは豪華に飾られた部屋だった。そしてその部屋のドレッサー前に三人の人がいた。一人はシエル、もう一人は高身長の女性。

「…………え?」

けれどその二人に挟まれて鏡の前に座っている女性に私の目は釘付けだった。私達に気が付いたその女性が振り返り、目が合った瞬間に心臓が大きく飛び跳ねる。

薄い栗毛に線の細い華奢な体。儚い雰囲気を持っていながら、その瞳には知性が宿っている女性。

「……………お母さ、ま…」

遠い昔の記憶にしかいない、母の姿がそこにあったのだ。

「え、うそ、そんなまさか……?」

母は私が十一歳の時に亡くなっている。だからここに居るはずがない、と分かっているのに目の前にいる女性は間違いなく存在しているのだ。まさかこれは夢だろうか。頭の中は大混乱である。

そんな私を正気に戻したのは、シエルの凄い勢いで飛び込んできたタックルだった。

「おっふ…っ!」

胃の圧迫が凄すぎて胃の中身がこみ上げてきそうで、思わず口を手で押さえる。

「馬鹿、馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁあああ!」

うわーん、と子供のように泣き出したシエル。ぎゅっとしがみついてくる力はちょっと痛いけれど、それだけ心配してくれたのだと思えば愛しさすら覚える。

「ごめんね、シエル。心配してくれてありがとう。そして女王陛下から聞いたわ。すごく頑張ってくれたんだって?」

「貴女の、うぇ、た、為なんかじゃ、ないん、だからぁぁ!」

「うんうん。そうだね。でもよく頑張ったね。ありがとう。助かったわ」

ぎゅっとシエルを抱きしめ返すと倍の力で抱きしめ返される。うむ、なんて可愛いの。

「だから言ったでしょう、シエルリーフィ嬢。こいつはそう簡単にくたばるようなタマではないんですよ。図太いを代名詞と言ってもいいくらいです」

母と見違えた女性の口からした聞きなれた声に、混乱していたのが何だったのかと思うくらいにストンと合点がいった。エルが見れば分かると言ったのも納得だ。

「図太いとは失礼よ、お兄様! それに何度も言うけれど私のシエルにちょっかいかけないで頂戴!」

「行方不明とかふざけた状態になったお前が悪いんだろう、妹よ」

「お母さまと同じ顔でその口調は止めて。美しい思い出が汚れるわ!」

似てる、とは思っていたけれど、兄がこんなに母とそっくりだとは思わなかった。

「妹の為に頑張った兄に対して、その言いぐさは何だ。もっと兄を褒めろよ」

「すっごぉぉぉぉく綺麗よ、お兄様。身代わりありがとう」

「…………兄は『綺麗』より『格好いい』と言われたい、妹よ」

「それは無理!」

だって本当に美しいもの。女装がこんなにはまるとは我が兄ながら恐ろしい。

「流石ですね、素晴らしい手腕ですわ」

私はにっこりと微笑み、こちらを微笑まし気に見ていた長身の女性に向かってそう言った。

「まぁ、ありがとう。久しぶりに会えて嬉しいわ、マーシャ」

蜂蜜色に赤いメッシュの豊かな髪を靡かせて、ゆっくり近寄りハグをくれたこの女性こそ、類い希なる美貌と才能を持つ実業家テイラー男爵夫人だ。

「私も嬉しいです、テイラー男爵夫人」

そして私の初めての友人でもあった。

「本当は私が迎えに行くべきだったのに、そうしなくてごめんなさいね」

「それは仕方がないですよ。どうせエルが無理を言ったのでしょう?」

もうその様子が目に見えるようだ、と私は笑う。

「ところで、エル。なんでそんなに笑っているんです?」

珍しく会話にしゃしゃり出てこないなぁ、と思ってはいたものの、声を出さず顔を真っ赤にして今にも呼吸困難になりそうなくらいに大爆笑していたのだ。その傍らで死んだような顔しているキースがいるものだから、私が感動の再会をしている間に何かがあったのは間違いないだろう。

「キース、大丈夫?」

なんか今にも燃え尽きそうなくらいに真っ白になっているけど?

「………………兄……だと……?」

「え、あぁ、そうね。紹介するわ。私の兄、ケイト・グレイシスよ」

「…………姉では、なくて……?」

「えっと、だから私の替え玉を務める為に女装はしているけれど、私の兄よ?」

素晴らしい女装にびっくりしているのかと思ったけれど、このキースの反応は吃驚というよりショックを受けているように見える。

そんな私達の様子に、兄が進み出てきて、

「初めまして、ケイト・グレイシスと申します。貴方様が妹を助けてくれたと聞いております。兄として感謝を。本当にありがとうございます」

そうよそ行きモードで頭を下げた。

「………………いや、大したことは…………兄?」

「正 真 正 銘 兄 で す !」

にっこりと断言した兄に、キースの体が崩れ落ちた。と同時に轟くエルの大爆笑。

「あーはっはっっはっはっっっはははははは、哀れ、哀れじゃのぅ、キース!」

「………………………………………………………………」

「え? え? 何事??」

混乱しているのは私だけではない。私も兄も目を丸くしているし、シエルなんかは怯えてさえもいる。冷静に微笑んでいるのはテイラー男爵夫人だけである。

「まぁだ分からんのか、マーシャ。相変わらず鈍いのぉ!」

相変わらずは余計である。

「キースはの、そこのケイトに一目惚れしおったのよ。一瞬で砕け散ったがの!」

そう言い放ったエルと、ますます沈み込んだキースの様子に、それは事実なのだと皆がそう思った。

「…………あー、それは、何というか………………すまん」

ケイトのその微妙な謝罪はエルを除いた全員に気不味い空気を齎し、また更にキースの心を抉ったのであった。