軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第49話

クワンダ国へ無事入国を果たし、テイラー男爵夫人邸で立ち往生していた私達の目の前に現れたのは、フードを目深に被った女性だった。

「なぜ……貴女が……?」

そう呆然と言ったのはキースだ。私なんか、あまりのことに大口開けてまじまじと馬車の中の女性を見つめるだけ。

「ふっふっふ。その顔が見たかったのじゃ」

したり顔をした女性は、ひっひと肩を揺らす。その振動でフードの中に隠れていた長い髪の毛が一房こぼれ出てきた。艶やかに風になびき、一見黒に見紛うその髪は深い深い深紅色。

神秘的な紫色に光る瞳を携えた彼女の名はエスメラルダ・エル・クワンダ。言わずもがな、クワンダ国女王その人である。

「え、あ……エ、ル?」

エル、というのは私が留学時代に当時第一王女だった彼女に呼ぶことを許された名だ。今や一国の王となった彼女に対しては口にすべき名ではないが、呆気にとられている私にそれを気にするだけの余裕がなかったのだ。

「なんじゃ、そんなに驚かんでもいいであろうが。我が心友ともあろうものが、妾が姿を見せた如きでそんなになるとは情けないのう」

妾がどんな行動をするかくらい頭を働かせよ、となんて理不尽極まりない発言である。

そもそも私が混乱するのは仕方が無いことだろう。相手はクワンダ女王なのだ。こんな所で、しかも胡散臭さ満載の馬車から顔を出すなんて誰が想像しただろうか。それが出来る人がいたら、是非とも私の目の前に連れてきた欲しい。スカウトしてグラン国へ連れて帰るから。

「いい加減、その間抜け面を止めよ。キースもじゃ!」

ピシッと突き付けられたのは品の良い扇子だ。地味なフードとのアンバランスさに、なぜか正気を取り戻してしまう私。そう言えば遠い昔に同じ光景を見たわ、と思わず現実逃避である。

「はっ、馬鹿やろう! なぜこんな所まで出しゃばってくるんだ!!」

自分の主君に向かっての言葉遣いじゃない。

「出しゃばるとは随分な言い方ではないか。妾がこうやって迎えに来なければ、どうやって入城する気じゃ。テイラー男爵夫人はもう城におるのだぞ」

プンプンと態とらしく頬を膨らませる女王にキースはうぐぐと唸る、唸る。その気持ちが手に取るように分かって、ほんのり涙が出そう。臣下を振り回す主君って厄介だよねぇ。マイラ様は可愛いから許せるけど。

「では、テイラー男爵夫人が陛下をここに寄越したのですか?」

口を挟むのはどうかとは思ったが、ヤンスに持たせた手紙はテイラー男爵夫人に直接手渡すように厳命したのだ。それなのにテイラー男爵夫人ではなく女王が迎えに来るとは、一体どんな状況になったらそんなことになるというのだ。だから私はそう訊いた。それなのに女王は私の問いには答えず、スンと目を据わらせ、

「妾はエルじゃ。もう一度言うぞ。よいか、妾は其方の心友のエルじゃ。親しいの親友ではないぞ。心の友、唯一無二の心友じゃ!!」

「…………」

「エ・ル・じゃ!」

つまりは陛下呼びするな、と。

「…………………………………………エル」

「うむ、それで良いのじゃ」

エル呼びした途端にっこりである。変わり身の早さにまたうっかり十年前を思い出す。ついさっきの光景といい、このやりとりといい、十年前の再現かのよう。思わず苦笑と共に気が抜ける。

「ではエル。さっきの質問の答えは?」

私はもう開き直った。というか開き直らないと話が進まないと判断したのが正しい。本来であれば名を呼ぶことを許されようが遠慮する行為ではあるが、エルの言うとおり心友として接することにしたのだ。ぎょっとキースが私を見やるが、知ったことではない。彼女がそれを望んでいるのなら、それを叶えずにして何が心友だ。駄々を捏ねられると面倒臭い、という本音は別として、時と場合を考えて対応すれば問題なし!

「おぉ、そうじゃったの。その答えは中にある」

そう言ったエルの扇子は馬車の中を指している。

「ほら、早よ乗りや。モタモタしている暇なぞないわ」

モタモタさせたのはどこの誰のせいですか、という私とキースの共通認識は口に出さず、視線を馬車の中に向けた。だが、エルが向ける扇子の先には何もないように見える。

「何をしておるんじゃ。早よ乗れと言うておろうが」

ペンペンと扇子を馬車の窓枠に叩き付け急かしつける女王に、私とキースは顔を見合わせ小さく頷いた。他の選択肢はない。

「中で詳しく訊かせて貰いますからね」

「おうおう、話してやるわ。じゃから早よせい、早よ早よ!」

そう急かされるまま、キースが先に乗り込む。その際に小さく「あっ」と声をあげたキース。

「どうしたの?」

私から馬車の中は見えない。乗り込んだキースが何とも言えない顔で振り向き、私に手を差し出した。エスコートと言えば聞こえはいいが、そんなに良いものではない。ただの補助である。

「見れば分かる」

そうキースに言われて、不思議に思いつつもエルの言うようにモタモタしている時間はないのだ。エルも特段変わった様子はないし、危険ではなさそうだと判断した私はキースの差し伸べられた手に自分の手を重ねた。その途端だ。

「きゃあ!」

まだ乗り込んでもいないのに、ガタンと大きな音を出し馬車が動き出して肝が冷えた。というか、肝が冷えただけで済んだのはキースが馬車から転げ落ちる前に私の身体を引っ張り上げてくれたお陰だ。私はその勢いのままキースの胸の中にダイブしてしまったが、難なく受け止めてくれたので私には何の害もなく無事に済んだのだ。ふぅ、吃驚した。

「……陛下……」

私が内心で冷や汗を拭っていると、低い声で陛下を呼んだのはキースだ。彼の胸の中で顔を上げると、目の据わったキースがそこにいた。

「わざとですよね、今の……」

わざとですって? 聞き捨てならないキースの台詞に、私は体を起こしつつエルを見やった。

「おや、おかしいのぅ?」

そんな私達の視線を物ともせず、エルはきょとんと首を傾げている。

「何がおかしいんです?」

私にはエルが首を傾げる意味が分からない。ただキースが言った『わざと』が正しいのだったら、それは大問題である。

「うむ、其方は気にすることは無い。キースも人聞きの悪いことを言うのは止めよ。気のせいじゃ、気のせい」

気のせいって貴女、と私とキースが軽く睨め付けると、さっと視線をそらすエル。どう見ても気のせいじゃなさそうである。

「さて、早よ王宮に戻らねば皆が心配する。さて急ぐかの」

さらっと話題を変えて誤魔化そうをするエル。しかし、そうは問屋が卸さない。こちらは一歩間違えれば大怪我を負う大惨事になったかも知れないのだ。それがどんな問題を呼ぶか、それが分からない一国の主ではいけないのだ。

「エル?」

「陛下?」

そんな軽い言葉で許すわけないよね? と二人がかりで圧力をかけさせて頂きます。逃しません。

「……そんな顔をするでない。なぁに、ちょっと吊り橋効果を狙っただけじゃ。そんなに怒ることでもなかろうて」

ぶぅ、と口を尖らすにエルの台詞に、

「「はぁ⁉」」

私とキースのドスの利いた声が見事に重なった。吊り橋効果って何を考えているんだ、この心の友は。これは文句の一つでも言わないと気が済まない。だが私が口を開く前にキースが爆発した。

「馬鹿なのか一国の主がやることじゃあない馬車から落ちてしまえば大怪我を負う大惨事になるとわかっていての行動なのかよもや軽く考えていたなんて言うつもりはないよなしかも吊り橋効果って何だよ不安や緊張から引き起こされた高揚感を異性への好意と錯覚するあれを故意に起こそうとか思ったりなんかしたわけではないよなそれって一歩間違えれば犯罪なんだが犯罪もちろんそんな訳がないとは思うがまさかなぁ?」

抑揚もなく息継ぎなしで一気に言い切るキース。これは随分と腹に据えかねている。

「……キースがおるから怪我の心配はいらんじゃ、ろ……?」

「…………」

怯んだ様子を見せながら言ったエルにキースは無言で返答である。殺気交じりで怒濤の息継ぎなしのお説教も怖かったが、こちらもこちらで怖い。

「キースとて嬉しかろが? 其方の長年の想い人じゃぞ。ちょっと協力をしてあげよういう妾の親切心じゃ」

船の中でその拗らせ勘違いは砕け散ったと宣言を頂いた後です。協力には全然なっていません。心の友よ、残念でした。それは間違いなくキースの怒りに油を注ぐ誤回答です。

「な、なんじゃ。マーシャもマーシャではないか。初心も初心じゃった其方が異性の胸に抱きかかえられるという胸キュン展開じゃぞ。もっとこう、頬を赤らめるとか恥じらうとか、なぜせんのじゃ!」

冷たい視線を浴びたエルの反論だが、残念極まりない。

「…………そう言われましても」

胸に飛び込むくらいで胸キュンしていたら、とっくの昔に誰かと恋に落ちてるよね、私。キースの胸だけではなく、ダグラス様やライニール様の胸板の厚さも知っておりますとも。これだけを聞くとちょっとした痴女だがそうじゃない。ここ数ヶ月に及ぶグラン国近衛騎士第二部隊隊長殿の特訓が、私のかすかに残っていた乙女的恥じらいをどこかに放り投げてしまったのだ、ふふふ。

まぁ、これで変な男の手に引っかからずに済むという意味では、特訓の成果が出て良いことなのではあるのだが、ほんの少しだけ私の乙女心が泣いている。

「あのですね、エル。そういう問題ではありませんからね。心の友と言えどもやって良いことと悪いことがあります。今の私はグラン国特例親善大使としてクワンダ国にいるんですよ。女王自ら同盟にひびをいれるような真似をするなんて何を考えているんですか。いくら何でもこれはダメですよ!」

わかりましたか! と人差し指を立ててエルに向かって私は言った。ここで優しくしたらつけあがるのは目に見えているのだ。締める時はしっかり締めなくては、後で痛い目を見るのは私ですからね。それは十年前に学習済みです。失態は繰り返さない、これ大切。

「わ、悪かったのじゃ……」

「私にだけですか?」

キースのお陰で私に怪我はなかったから良かったが、エルの大きなお節介は間違いなく彼の長年こじらせた勘違い片想いの心の傷に塩を塗りまくった。

「……すまぬ、キース」

「許さない」

「そこは許すという所じゃろが!」

「嫌だ。長年騙されていた恨みもあるし、俺は今陛下を許したくねぇ」

「だ、騙してなんか、おらんのじゃ……」

いえ、結構騙していたよね、エル。だがそれを言っても詮無い話な訳で。

「キースの気持ちは分かるけど、今は止めておきましょう。無理に許さなくていいと思うけど、まずは今私達がやらなければならないことを優先させるべきよ。そうでしょう?」

「……分かっている」

ならいいけれど、さすがに長年こじらせてきた片想いだもんね。その幻想を作ってしまったのはキース本人とはいえ、エルからの間違った情報さえなければもっとマシだったろうに。

「ほら。お互いに子供じゃないんだから、頭を切り替えて。話を戻すわよ」

いいわね、と私が言うと、渋々だが二人して頷いた。あぁ、なんか小さい頃のマイラ様とマリィのお世話している気分。私は心の中で苦笑せざるを得なかった。

「で、なんでエルがここに居るの?」

最初に馬車の中で話すと言っていた内容に、とりあえずは戻しましょう。

「……あやつが手紙を持ってきたところに出くわしただけじゃ」

くいっとエルの扇子が御者に向けられた。外からでは幌に隠れてまったく姿が見れなかった御者がこちらの箱からは丸見えだ。フードを深く被っている御者は、私がいる後方へ顔を向けるわけにはいかないからか顔は見えないが、こちらの会話が筒向けだったのだろう、話しかけてきた。

「さすが姐さんでやんすね。一国の王に説教なんてそうそう出来るもんじゃないでやんすよ……」

それは聞き覚えのある声に、独特の話し方。

「ヤンス⁉」

「どうもでやんす~、ってヤンスって誰でやんすか?」

おっと、ついうっかりである。ヤンスはヤンスって名前ではなかった。何か言い訳でも、と思ったが、

「あ、だからさっきキースは見れば分かるって言ったのね」

何も聞こえなかったことにしよう、と私はそう言った。ちなみに、さっきというのは馬車に乗り込んだ時に小さく声を出したキースに私がどうしたの?と訊いた時のことだ。確かにキースが驚いたのは居るはずもないヤンスが御者をして居たら声も出るよね、うんうん。だからほら、追及しないで話を続けるわよ。

「出くわしたって、まさか貴方王宮に忍び込んだの?」

エルと出くわす場所と言ったら王宮しかない。

「ドジっちゃったでやんす、えへへ」

「全然可愛くないから」

テヘペロと舌を出して誤魔化そうとするヤンスを容赦なくぶった切る。

「馬鹿なの? 首飛ぶわよ?」

冗談抜きで、だ。出くわしたのが面白がるエルだったから良かったものの、他のそれこそ騎士に見つかっていたら間違いなくヤンスの首と胴は離れていた。

「えーっと、だって姐さんがテイラー男爵夫人に直接手渡せって言うから、オイラ頑張っちゃったでやんすよ~」

「連絡手段持っているって言っていたわよね?」

だからお願いしたのだ。なにも王宮に忍び込めなんて言っていない。

「そうなんでやんすけど……」

ヤンスはチラリとエルを見る。と言っても馬車を扱いながらなのでほんの一瞬だけですぐに正面を向き直したが。

「妾は別にやましいことはしておらんぞ」

私達が何かを言う前にエルは堂々と言い放つ。そういう風に言い切る時こそ、何か仕出かしているんだろうな、と声には出さないけれど内心思った。それは私だけではなくキースも同じ事を思っているんだろうな、というのは彼の目が口ほどに物を言っていたからだ。

「まぁ、いい。その話はじっくりと後でさせて貰おう」

「そうしてちょうだい」

私とキースのその会話に、エルの口端がピクリと震えたのは見なかったことにしてあげる。