軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28 理想の相手

公爵家の潤沢な資金を使って購入された土地の広さは、大きな牧場が楽に三つは入る面積だ。

公開庭園は五つのエリアに分けることになっていて、本来ならば何箇所か同時に工事をした方が経済的なのだが、「費用の節約よりもマリアンヌの体調を優先すべし」とアレクサンドルが厳命したためひとつのエリアずつ造っていくことになっていた。

ある日、ニコラスがハロルドにこんなことを訪ねた。

「お兄様、どこの夫婦もあんなに仲がいいものなのかな」

「いいや、うちの両親は特別に仲良しだと思うよ」

「やっぱりそうか。そうだと思った」

「王宮にいると、僕が子供と思って安心してるせいか、使用人さんたちが私的なことを喋っているんだけどね。なかなかえげつないよ」

「えげつない? どんな?」

「奥さんの他に外に仲のいい女の人を作ってる人が結構いるみたいなんだ」

ニコラスは母を溺愛している父しか知らないのでたいそう驚いた。

母が病気になったときも、父は子供のニコラスが心配になるほど献身的な態度で母を 労(いたわ) っていた。ゴルデス王国に長期に出かけていて、帰国後も公爵としての仕事が山積みだったにも関わらず、帰国した父は母のそばにいることを最優先していた。

結果、父の眠る時間が減り、今思い出してもあの頃の父は顔色が良くなかった。

「僕、お父様とお母様の子供でよかったよ」

ハロルドがしみじみした口調で言う。ニコラスも同じ思いだ。

この兄と弟の会話を聞いていた者がいた。ソファの下に入り込んでいたフローラである。

フローラは居間の三人がけのソファの下に入り込むのが好きで、床と同じ低い視線で部屋を眺めると自分が小人か妖精になったような気持ちになれるのが気に入っている。

レイアは「そんな場所に入ってはいけませんよ」と言うが、マリアンヌはニコニコして自分も入りこみ「ちょっと体が冷えるわね」と言うだけだった。

フローラはそんな少女のような母が大好きだった。その母を大切にする父はなんて素敵な人だろうかと思う。

(結婚するならお父様みたいな人にするわ!)

少女の心に理想の男性像ががっちりと刻み込まれたのを誰も知らない。

庭園造りの最初のエリアは馬車や自動走行機の駐車場を兼ねた香りの豊かな草花のエリアだった。

ローズマリーやラベンダー、ローズゼラニウム、イベリス、オレガノなどを色良く配置してある。

どの季節に訪れた人にも優しい気持ちになってほしいという意図である。一見野草の野原に見える花壇が広場を囲み、区画の仕切りも芝生の代わりに地味ながら良い香りの草花が植えられている。

二つ目のエリアは森林エリアだ。

広葉樹の林に小道をたどって入り込むと、ところどころに木製のベンチが置いてある。

夏は木陰になり冬はひだまりとなるよう計算された位置に置かれたベンチは暗い緑色に塗ってあり、周囲の景色に溶け込んで視線の邪魔をしない。

マリアンヌはフローラとニコラスを連れてそのベンチに座っていた。

「生きてるって素晴らしいことだわ。ニコラスもフローラも、自分の人生を豊かに生きてほしいと願ってるの」

「お母様は幸せなの?」

「ええ、お母様はとても幸せよ、フローラ」

「僕にもお母様みたいな人が見つかるかなぁ」

「見つかるといいわねえ」

「私は絶対にお父様みたいな方を見つけるの」

「見つかるよう祈ってるわ」

ニコラスは今のところ公爵家の跡継ぎなので、常識的には有力貴族の令嬢の中から相手を見つけることになる。

ロマーン公爵家は王家に次ぐ資産があり、長男ハロルドは次期国王だ。

公爵家は地位も名誉も資産も手に入れている。

よって、ハロルドにもニコラスにも既に多くの家から婚約の話が持ち込まれていた。

アレクサンドルはマリアンヌにはその件は伝えてはいないが、社交界にほとんど顔を出さないマリアンヌでもさすがにその辺は察しがつく。

アレクサンドルとマリアンヌは相談して「我が家の子供達は本人が希望しない限り十五歳までは婚約の話を進めない」と決めていた。

それでも山のように縁談は持ち込まれていた。

そんな時期にハロルドの婚約の話が王宮を通して持ち込まれた。

相手は隣国ホランドのランバルド侯爵家の長女、アンネガルドである。

兄とはいえ国王の前でアレクサンドルは露骨に迷惑そうな顔になった。

今はマリアンヌの回復で大切な時だと言うのに、それを承知のはずの兄は何故こんな厄介な話を持ってくるのかと思う。

「そう嫌そうな顔をするな。ホランド王国は我が国とは強い結びつきのある国だ。無下には断れないよ。一度顔合わせだけでもどうだい?」

兄の言うことはいちいちもっともで、公爵家の家長としては反対する理由がない。しばらく思案したあとで「本人の考えもありますから、確認してみます」と答えるにとどめた。

本心を言えば「兄上は自分が政略結婚で苦労してるのに、よく甥のハロルドに同じ道を進ませようとするものだ」と怒りが込み上げる。

また一方で兄にそういう面倒な立場を全て背負わせて、好きな相手と結婚して幸せな自分に若干の負い目もある。

「まずはハロルドに聞いてみるか」

貴族として多くの恩恵を受けて育っている以上、仕方がないと言えば仕方がないのだが、ハロルドが断ってくれたらいいと思う。本人の意思を尊重することは前々から兄に伝えてあった。

意外なことにマリアンヌがこの話を聞いても頭から反対することはなかった。

「その令嬢がどんなお人柄かわからないままじゃ話が決められないから、一度会わせてみてもいいかもしれないわ」と言う。

マリアンヌは自分が最初は避けていたアレクサンドルと結婚し、とても幸せになれた経験を踏まえて前向きに考えていた。

「出会いの形はどうあれ、二人の相性もあるでしょうから。まずはハロルドに聞いてみましょう」