軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 張り切るトム

フローラは三歳の誕生日から乗馬を習っている。彼女の愛馬は賢くおとなしい性格を見込まれて選ばれたが、最初はなかなか言うことを聞いてくれなかった。

しかし今では愛馬と意思疎通が図れるようになって楽しくてたまらない。ずっと前から母を誘いたかったが、父に止められていた。

我慢ができなくなっての、今日である。案の定父は渋い顔をしたが、どうしても母と馬で出かけたかったのだ。

自分の知っている母は夢の世界の人のようで、今にもどこかに行ってしまいそうな人だった。

それがしばらく前から自分をちゃんと見てくれるようになった。その変化は子供の自分でもわかった。お母様は良くなっているのだ。

朝ごはんのあと、心配げに見送る父を置いて、二人は馬に乗って出かけた。騎士たちもその後に続く。乗馬がしばらくぶりの母なのに、とても上手く乗りこなしていてフローラは驚いた。

公爵家の敷地を抜けて街道を走り、野草の花が咲く草むらまで来て二人は馬を降りた。

「お母様がそんなに乗馬が得意だったなんて知りませんでした」

「私は馬男爵の孫だもの。このくらいは当たり前よ」

母が自分を見て朗らかに笑っている。

やっとお母様は私のいる世界に戻って来てくれたのだ、とフローラは思った。そして母に抱きつき、首に腕を回して母の耳に唇を近づけて「おかえりなさい、お母様。ずっと待ってたの」と囁いた。マリアンヌはフローラを抱きしめていい匂いの髪に頬ずりして返事をした。

「ただいま。私のお姫様。やっと帰ってきたわ」

マリアンヌは長く閉じていた心の扉がゆっくり開いたような気持ちだった。

フローラとの乗馬の日からマリアンヌの体調ははっきりと快方に向かっていった。心配性のアレクサンドルは「慌ててはいけない」とか「もう少しのんびりしても」とか言っていたが、マリアンヌは笑ってうなずきつつも活動を始めていた。

自分が精神的に参っていたとき、物言わぬ庭の木々や花々がどれだけ心を癒やしてくれたことか。それを思ってせっせと庭仕事に精を出した。トムは大喜びでマリアンヌに付き添い、あれこれと助言するのも嬉しそうだ。

「ねえトム、私のように心が弱ってしまった人がのんびりお散歩したり、子育て中の人が子供を遊ばせたりできる場所を作ってみたいの」

気力が戻ってからずっと温めていた案を口にする。

「それはお庭を屋敷とは別に作るということでしょうか」

「ええ。お城や邸宅に素晴らしいお庭はたくさんあるけれど、それは屋敷の持ち主や王宮の関係者しか入れないでしょう?誰でも入れてくつろげる場所を作りたいの。できれば安らげる感じに。美しい公共のお庭って感じに出来たら嬉しいのだけれど」

トムが若干上気した顔で尋ねる。

「マリアンヌ様、もしやマリアンヌ様が土地を買うところから始めて一般の人々が庭を愛でる場所を作るということでしょうか?」

「そうね。たくさんの木や花、それを座って眺められる木製の長椅子、それと歩きまわって運動にもなるような小道もあるといいわね」

「それは、なんと申しますか、庭師にとっては夢のような仕事でございますね!」

トムの鼻息が荒い。

「でもトムは忙しいから無理でしょう?」

「いいえ!屋敷のお庭はジョンがおります。マリー牧場時代から私がみっちり教え込んでいますから、問題ございませんよ。土木仕事は領民に頼めば現金収入が喜ばれます」

マリアンヌはトムの意気込みに思わず笑いだしてしまった。大きな庭を白紙の状態から作り上げるのは、素人からすればとんでもなく面倒なことに思うが庭仕事の専門家には魅力たっぷりのようだ。

早速公爵家の執事のフロイドにその話を相談したところ

「管理の目が行き届きやすく、奥様も気軽に使えるよう、公爵邸の近くで探しましょう」

と即答した。

候補の土地はすぐにふさわしい場所が見つかった。近くの広葉樹の林だ。小川が流れ緩やかなアップダウンがあり、多種多様な木が生えている。

フローラを連れて馬でゆっくりとトムとマリアンヌがその土地を見て回った。

「マリアンヌ様、ここはようございますね」

「でも木が多過ぎない?切り開くのが大変よ?」

「そこは考えようです。普通の庭園のように芝生と花壇の庭にするのではなく、自然の景色を生かしながら木の根元に花を植え、花に日差しが届くように木を間引きましょう」

「なるほど。新しい考えね」

「流れている小川はうねらせて両岸に可憐な花を咲かせて可愛い橋をかければ、散策する人の気持ちにも変化をつけられます」

マリアンヌがじっと林を眺めて、トムの造る庭を想像している。

「いいわ!それ気に入ったわ、トム」

すると明るい声が割って入った。

「遠くからその素敵なお庭を見に来る人のために有料のロッジも作って欲しいわね。地元の食材でお昼を出せば、地元の雇用も創り出せるわよ」

「カタリナお姉さま!」

「久しぶりね、マリー。会いたかったわ」

「ご心配をおかけしました」

「心配はする側が好きでしていることだからあなたが気にすることないわ。それより、いいわねぇ、みんなに開放された庭園。私もそこを歩き回りたいもの。整備されつくした庭よりお出かけ気分になれていいわ!」

「商売の女神がそう言うなら人気が出ることはまちがいなしね」

フローラは生き生きと構想を練る母を見て(お兄様たちが仰っていた『元気な頃のお母様』って、これなのね)とニコニコしていた。

この話を聞いたアレックスはまた心配したが、今のマリアンヌは笑い飛ばして前に進むエネルギーがあった。

この話で興奮した人がもう一人いた。

八歳になったニコラスである。