軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アヤメの休日#side東アヤメ

私の名前は壱野アヤメ……違った、まだ東アヤメです。

その日は日曜日だったんですけど、試験期間のためダンジョン探索は休みだったので、私は久しぶりに姫路のお婆ちゃんの家に来ました。

安倍川留(あべかわとめ) 、年齢はまだ六十五歳で、実は現役の探索者です。

レベルは62と私よりも低いけど、いまでも毎日散歩感覚でダンジョンに潜ってはお金を稼いでいます。

今日、お婆ちゃんの家に来た理由は、私の呪いを見てもらうため。

「おやまぁ……私が施したネズミの呪いを完全に消し去っている。これは養蚕守護だね」

「お婆ちゃん、わかるの?」

「これでも専門家だからね。そして、さらに蛇の力を完全に抑え込んでいる。一体、誰に施してもらったんだい?」

「えっと、伏見稲荷でミコトっていう女の人に。聖獣様らしいんだけど」

壱野さんと相談して、お婆ちゃんにだけはミコトさんのことを話すことにしました。

「ミコト……伏見稲荷……まさか 宇迦之御魂(うかのみたま) 大神(のおおかみ) かいっ!?」

「え? なに? その長い名前」

「お稲荷様の名前だよ。別名、 倉稲魂命(うかのみたまのみこと) とも呼ぶ」

うかのみたまの…… みこと(・・・) 。

そうかもしれない。

ううん、正確には違うんだっけ?

「えっと、そのお稲荷様への信仰心から生み出されたお稲荷様の力を持つ聖獣様――って感じの人みたいなんだけど」

「なるほどね。よくわからないけれど、理解したよ。アヤメ、安心しな。この封印は完璧だ。これならちょっとやそっとじゃ呪いが解けることはない」

「本当にっ!?」

「あぁ、本当だ。いままでよく頑張ったね……本当に」

お婆ちゃんはそう言って私を抱きしめた。

その肩は震えている。

私は知っている。

お婆ちゃんの留という名前の由来は、呪いをお婆ちゃんの代で留めるためだったという。

結婚も許されず、ずっとその身体の中に呪いを押しとどめて次の代に残さないようにと。

だけど、お婆ちゃんはその約束を破ってしまった。

好きな人が出来て、一夜共に過ごし、子どもを――私のママを身籠った。

幸いというか、呪いはお婆ちゃんの中に残っていてママには呪いが伝播していなかった。お婆ちゃんは安心していた。これで自分の役目を果たせると。

私に呪いが移るまでは。

「お婆ちゃんがお母さんを産んでくれなかったら私は生まれなかったんだよ」

「……あぁ」

「お婆ちゃん、私ね、好きな人ができたの。とっても素敵な人で、呪いを封印できたのもその人のお陰なんだ」

「……あぁ」

「私、いまとっても幸せなんだ。だから、ありがとう」

お婆ちゃんの抱きしめる力が強くなる。

私はそっとその細い身体を抱き返し、お婆ちゃんが落ち着くまでその背中を撫でていた。

かつてお婆ちゃんにそうしてもらったように。

お婆ちゃんが今度、私の好きな人を連れて来るように言ったので、私は快く頷いた。

このままだと、両親への紹介よりも先にお婆ちゃんに紹介することになりそうだと思いながら、自宅近くの駅に到着。

お母さんに頼まれていた買い物をするために、近くのデパートに向かったところ――

そこに壱野さんがいました。

その偶然に喜んだのは一瞬でした。

壱野さんは見たことない女の人と腕を組んで歩いていたんです。

少しウェーブのかかった長い髪、大きな瞳に大きな胸。

服装もどこか大人の女性という雰囲気を漂わせています。

思わず隠れてしまいました。

少し前の私ならば、壱野さんの恋人ではないか? と勘ぐってしまっていたでしょう。

でも、私も成長しました。

なんといっても、私、壱野さんと結婚しているんですから。

壱野さんは三人の女性と婚姻関係にあることを除けば誠実な人です。

きっと、あの女性は悪徳キャッチセールスに違いありません。

壱野さんは優しいから断れずにいるのでしょう。

ここは私が出ていって壱野さんを助けに行きましょう。

「壱野さ――」

「ちょっと、 葵(あおい) さん。くっつき過ぎですよ。歩きにくいです」

「いいじゃない、タラちゃん。結婚したら私たち家族になるんだし」

「それはそうですけど……」

私は次の瞬間、スマホを取り出してミルクと押野さんに助けを求めるメッセージを送っていました。

二人は即座にやってきました。

家から自転車で十五分程のミルクはまだしも、京都に住んでいる押野さんがどうしてここに?

「ねぇ、アヤメ。本当に二人が結婚するって言ってたの?」

「はい。結婚したら家族になるって……壱野さんも頷いてました」

「 Thayers(ありえない) 」

押野さんが頭を抱えて英語で叫びます。

「しっ、壱野さんに聞こえちゃいますよ。ねぇ、ミルク……ミルク?」

「葵さんだ……」

「え? ミルク、知ってるの?」

ミルクの顔が真っ青になっている。

タダ事じゃないことがそれだけでわかります。

「うん、近所に住んでたお姉さん。戸成葵さん……泰良の初恋の相手。私も子どもの頃何度か遊んだことがある」

「え?」

私の中で何かが崩れていく音が聞こえました。

「壱野さんっ!」

私は壱野さんの前に出ました。

「え、アヤメ? それにミルクに姫もっ!?」

「壱野さん、その人は誰ですか?」

「タラちゃんの友だちね。はじめまして、私は 戸成(となり) 葵です。そっちの子、ミルクちゃんだよね、大きくなって」

「うん。うちの近所に住んでるお姉さん」

と壱野さんは悪びれもせずに言いました。

聞きたいのはそういうことじゃありません。

「今度、結婚するって本当ですか?」

「もしかして聞いてたの? 来月式を挙げる予定なんだ」

壱野さんは悪びれもせずにそう言いました。

「……っ!? そ、そんな。私、聞いてませんよっ!?」

「あれ? 言ってなかったっけ? お腹の子どもが目立つ前に結婚式を挙げることになったんだ」

子どもっ!?

え? 壱野さんと葵さんとの間には既に――

「葵さん、妊娠してるの? 相手って――」

とミルクが尋ねました。

すると、葵さんは恥ずかしそうに――

「うん、イチくんの子ども。五か月目でやっと安定期に入ったんだ」

五ヶ月……それって私と出会うよりも前にっ!?

そんな、それじゃむしろ私たちの方が浮気相手ってことに……

「本当に楽しみですよ。俺に甥っ子か姪っ子ができるんですから」

と壱野さんは嬉しそうに子どもの誕生を喜び――

って……甥っ子? 姪っ子?

「あの、壱野さん。葵さんってどなたと結婚なさるんですか?」

「俺の兄貴とだよ?」

私は壱野さんと葵さんに勘違いを謝罪すると、二人とも最初は驚いたけれど、笑って許してくれて、五人で近くのファミレスに移動しました。

「まさかそんな勘違いされてるとは思ってもいなかったよ。今日はただ、兄貴の誕生祝を買いに来ただけだし」

「そうそう。タラちゃんはカワイイ 義弟(おとうと) だもん。昔から可愛くてね、弟にするならこんな子がいいなって思ってたんだけど、本当に義弟になってくれるなんて」

「俺がなりたくてなったわけじゃないですけどね」

壱野さんが苦笑して言う。

家族になるってそういうことだったんですね。

今考えると、壱野さんのことはタラちゃんって呼んでいて、結婚相手のことはイチくんって呼び方を変えていましたね。

「それにしても、タラちゃんも隅に置けないわね。こんなカワイイ女の子が三人も心配して駆け付けてくれるなんて――」

「いやぁ……」

「でも、泣かせるようなことはしたらダメだよ?」

「もちろんです。大切な三人ですから」

壱野さんはキッパリとそう言った。

少しでも彼を疑った自分を責めたいです。

「そっか……いったい誰が義妹になるのかな」

葵さんはクスっと笑って私たち三人を見ました。

私たち、既に結婚してるんですよ――と言えない私たちは笑顔で返しました。