軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

水野さんは運がいい

「ま、待って、壱野くん。話についていけないんだけど――えっと、そんな薬本当にあるの?」

「あの、壱野くんと言ったかしら? それっていくらくらいするものなの?」

水野さんと水野さんのお母さんが質問する。

「ええと、うん。俺が作ってる。販売価格は数百万くらい?」

「「「――っ!?」」」

「だけど、俺なら無料で手に入ります。それに、かなり余ってるんですよ。市場に出し過ぎると、簡易調合や鑑定で生計を立てている人の生活に支障が出るから、一定本数以上は市場に流せないって止められてるんで。これもここだけの話でお願いします」

水野さんたちだから話している。

まぁ、ダンポンと政府と押野グループの三つの後ろ盾ができた以上、この程度は周囲に知られても問題なくなってきたんだけど、念のためだ。

「ここだけの話って」

「水野さんだから話してる話ってことで――」

俺はさっき明石さんが置いて行った資料を見る。

「レベル10までは経験値7000だから7本飲んだらレベル10になります。そこから必要な経験値も増えていくから、さらに薬が必要になる感じ。それこそレベル29から30になろうと思ったら経験値薬を1000本以上飲む必要が出てきますね」

「1000本? 数百万が1000本で……何十億円も?」

「値段のことは気にしないで。さっきも言ったように無料みたいなものだから。ああ、そうだ。俺が持ってる指輪とこのリボン――それぞれ経験値が2割増し、二つ一緒につけたら4割増しになる効果があるから、今日はとにかく五、六本飲んでレベル10にしてみませんか?」

とさらに五本の経験値薬を取り出した。

「壱野君? それで、これをいくらで売るつもりだい?」

「お金はいりませんよ。本当に捨てる程余ってるんで。俺はもうレベル36ですから、これ飲んでもあんまり意味ないんですよ。いまでは喉乾いたときに水代わりに飲んでることもありますが」

と俺はさらにインベントリから鞄経由で十本の経験値薬を取り出した。

「じゃあ、これを条件に娘を鍛冶師として雇おうと?」

「別にそういう意図もありません。ただ、水野さんが戦わずにレベルを上げたいって言ったので、これならレベルを上げられるかなって思っただけですよ」

「……君はさっき、これを日常的にも飲んでいると言ったね? 副作用とかはないのか? 中毒性とかは」

「ちょっと、お父さん、何言ってるのよ。壱野くんに失礼よ」

「そんなのありませんよ。娘さんに未知の薬を飲ませるのが怖いというのなら、もしよかったら飲んでみますか? 変な幻覚作用とかがないのは直ぐにわかると思います」

「いいのか?」

「もちろんいいです。水野さんのお父さん――ダンジョンに行ったことは?」

「取引先と付き合いで潜ったことがある。レベルはまだ1だが」

どんな付き合いなのだろう?

でも、潜ったことがあるのなら、ステータスも表示できるな。

「どうぞ」

と俺はもう一本薬を取り出した。

「ああ……」

水野さんの親父さんは経験値薬の匂いを嗅いだあと、一口飲み、そして残りを一気に飲み干した。

そして、水野さんの親父さんは虚空を見詰めた。

ステータスを見ているのだろう。

「お父さん?」

「レベルが上がっている。レベル3だ。それ以外は体調に変化もないな」

「本当に? 凄い――」

どうやら信じてもらえたようだ。

「じゃあ、私も飲んでみていいかな?」

「指輪とリボンを忘れずにな」

通常の鑑定だけでなく詳細鑑定でも確認済みだ。

水野さんはリボンを三つ編みの尖端に結び、そして指輪を――

「左手の薬指はダメだぞ」

「わかってるよ!」

親父さんに注意されながら右手の薬指に指輪を嵌める。

そして、水野さんは経験値薬を飲んだ。

「……っ!? 凄い、本当にレベルが上がってる。レベル4になってるよ」

「じゃあ、このままレベル10になるか」

「うん」

水野さんはさらに四本の経験値薬を飲む。

小さい瓶とはいえ、さすがに五本目はきつそうだった。

「レベル10になったよ。新しいスキルが二つも増えたよ!」

「どんなスキルなんだ?」

「ちょっと待って。ステータスを読み上げるね」

と水野さんはステータスを読み上げる。

――――――――――――――――――

水野真衣:レベル10

換金額:0(ランキング:-)

体力:23/23

魔力:0/0

攻撃:95

防御:12

技術:91

俊敏:30

幸運:7

スキル:基礎鍛冶 装備修理 装備強化

――――――――――――――――――

攻撃と技術が馬鹿高いな。

逆に体力と防御がかなり低い。

攻撃こそ最大の防御と言っても限度がある。

鍛冶師が危ないと言われるのがよくわかる。

「体力と防御はレベル3の俺より低いな……」

と水野の親父さんが言う。

この三つのスキルはネットでも情報があったな。

基礎鍛冶は、素材を使って装備を作ることができる。

装備修理は壊れた装備の修理ができる。折れた剣なんかだと時間がかかる。

装備強化は素材を使った武器の切れ味を上げたり防具を強化したりできる。

どれも鍛冶師の基本スキルだが、レベル10で二つを一度に覚えるというのは幸先がいいのではないだろうか?

「お父さん、お母さん、これなら私も鍛冶師になれそう」

「だが、さっきレベル29から30になるのに経験値薬1000本以上必要になると言っただろう? 一流の鍛冶師ならばレベル40や50になる必要があると聞く。いつかダンジョンに潜るように強制されることはないか?」

「その時になれば、俺も深い階層に潜って効果の高い経験値薬を用意できるようになるかもしれませんし――あぁ、強制的にダンジョンに潜らされるのが困るなら、会社と雇用契約するのではなく、俺と個人的に雇用契約する方法もあります。その場合だと基本、会社の命令に従う必要はありませんから、強制的にダンジョンに潜らされることはありませんし、会社の福利厚生は受けることができます。給料もさっき言ってた額と変わらない分渡せます」

この辺りは土曜日に姫から詳しく話を聞いていた。

福利厚生の内容を聞いたのはついさっきだったが。

「ねぇ、壱野くん、なんで私にそこまでしてくれるの?」

「なんでって――んー、水野さんだからかな? 他の鍛冶師だとこんなことはしないよ」

「それって、もしかして……」

「水野さんが不幸になったら、俺がクロとシロに怒られるんだよ。二匹とも水野さんのことが大好きだからな。それに、一生懸命頑張ってる子は、ちゃんと報われるべきだって思う。それで納得がいかなかったら、運が良かったって思えばいいよ」

「運が?」

「そうそう。俺がEPO法人の理事になったのも、こんな風に経験値薬を大量に入手できるのも運がよかったからなんだ。だから、水野さんも運がいいんだと思えばいいよ」

「そっか――私、運がいいんだ」

水野さんは笑った。

いつもの彼女の笑顔だが、しかし、今日初めて見せてくれた笑顔だった。

詳しい契約は今度の水曜日、学校が早く終わるときに梅田の事務所で行うことにして、俺は指輪だけ返してもらって、経験値薬を何本か置いて家に帰ることにした。

これで水野さんがやっぱり鍛冶師にならないってなったら、その時はその時だ。

俺がやるべきことは全部やった。

あとは彼女が決めることだ。

※ side 水野 真衣 ※

壱野くんが帰って、私はもう一度自分のステータスを見る。

本当にレベルが10になっていた。

夢じゃない。

ダンジョン局の人だとレベル10になるには何十日もダンジョンに潜る必要があるって言っていたのに、こんなに簡単にレベル10になれるなんて、こんなの世間に知られたら大騒ぎになるよ。

いくらなんでも私たちのこと信用し過ぎじゃないかな。

それに――

「運がいい……か」

「どうしたの?」

「私ね、自分が不幸だって思ったことがないの。お父さんもお母さんも優しいし、優太も愛理もカワイイし、生まれ変わってもまた水野真衣に生まれたいって思っている」

「「……真衣」」

「でもね、他の人はそうは思わないの。私のことを同情的な目で見て……中には直接かわいそうって言うおばちゃんもいて――でも、壱野くんは私のことを運がいいって――それがうれしかったの」

たぶん、壱野くんは思ったまま言ったのだろうけれどね。

でも、私のことが好きだから協力したいって言ってくれた方がよかったかな?

たぶん、壱野くんは私が男の子でも同じように助けてくれたと思う。

彼は見返りを一切要求していない。

「で、お父さん。お母さん。契約する前に一つ、私と契約してください」

「「契約?」」

「私はこれから働こうと思います。そして、給料の半分を家に入れます。お父さんとお母さんは絶対にそれを受け取ってください」

「お前……」

「会社員が給料の一部を家に入れるのは当たり前のことです。その代わり、残りの半分は私がちゃんと貯金します。もう、勝手にお父さんとお母さんの財布の中にお金を入れたりしません」

私は二人の目を見て言う。

お父さんとお母さんは顔を見合わせ、そして深く頷いた。

普段なら頑なに自分の意見を曲げようとしないお父さんも。

硬い鉄を打ち、自分の思う姿に変えるのが鍛冶師の仕事だとするのなら、真正面からぶつかってお父さんの硬い意志を変えさせたこの瞬間、私は鍛冶師としての第一歩を踏み出したような気がした。