作品タイトル不明
出口を目指して
「月見里博士!? それに奈良市役所の。どうしてここに――それにその子供たちは――」
警察官のひとりがこちらを見てパニックになっているが――
「話は後だ。彼の容態は?」
「止血を試みていますが装備が足りません」
「壱野くん」
「はい、これを使ってください」
「ポーションかっ!? 感謝する!」
彼はそう言って、うわごとを言って苦悶の表情を浮かべていた警察官にポーションを飲ませる。
ポーションのおかげで止血はできた。
「壱野くん。その……腕は治らないの?」
「ああ。ポーションでできるのは体力の回復だけなんだよ。一応止血とか軽い打ち身、擦り傷くらいなら治せるけど」
レベルの高い探索者であるほど、攻撃を受けてもそれが表面に出ることは少ない。
よほどの実力差がなければ、体力がダメージを肩代わりしてくれているらしい。
さっき、ミミックに噛まれたとき、めっちゃ痛かったけど目立つ傷はなかった。
そのかわり体力が大きく減った。
さらに体力が減ってダメージを受ければ、大量出血や体の欠損が発生する可能性がある。
ポーションはその体力を治すためのものだ。
まぁ、かなりの実力差があれば体力が十分ある状態でも腕が切られたりするのだが。
「せめて彼の腕があればくっつけることができたかもしれないが」
「……魔物に食いちぎられた。もう残ってない」
「そうですか」
トカゲの尻尾を使った回復薬を使えば、簡単な欠損を治すことができるが、腕を生やすほどの力はない。
俺が知っている部位欠損の治療方法は二つ。
ひとつは肉体再生のスキル。
魔力を消費して怪我を治療できる。部位欠損の治療も可能。
スキル玉もある。
そして、もう一つは英雄の霊薬。
これもまたどんな怪我でも生きてさえいれば治せるという魔法の薬だ。
それも持っている。
だが、どちらも渡すつもりはない。
肉体再生のスキルも英雄の霊薬もどちらも貴重なアイテムだ。
もし、ここで使って、その後大切な人が――ミルクやアヤメ、姫が大怪我を負ったとき治療する手段がなかったら?
だから、予め仲間で話し合い、万が一その薬が必要な人がいたとしても使わないと決めた。
たとえそれが原因で死んだとしても。
その線引きは結構難しいがな。
トゥーナ、青木、水野さん。あと閑さんが英雄の霊薬が必要になったら俺は使うだろう。
だが、たとえばさっきの近藤。
あいつがミミックに食われて俺の肩代わりが間に合わず大怪我を負っていたら――俺は英雄の霊薬を使わず近藤を見殺しにする。
そのくらい覚悟を決めている。
もちろん、それ以外の俺にできる治療行為があれば可能な限り手助けするつもりだが。
「先生、どうですか?」
閑さんが警察官の容態を確認する。
「血が足りないな。すぐに輸血をする必要がある――」
輸血か。
血を補給するアイテムとかなかったよな。
何か方法は――
「……泰良様、寝袋を使えばいい」
トゥーナが提案する。
寝袋?
そうか、絶対安全仮死寝袋か!
ここで治療しなくてもこの状態のまま病院に連れていけばいいんだもんな。
俺はインベントリから絶対安全仮死寝袋を取り出し、効果を説明する。
「仮死状態? 危険じゃないのか?」
「安全ですよ。何度か使ったことがあります」
トゥーナと姫が。
怪我をした警察官を寝袋の中に入れ、インベントリに収納する。
インベントリについては、アイテムボックスと説明している。
これもかなりのレアスキルではあるが、名前だけは世間に知られているスキルだし、配信でもたびたび使っているので問題ないと思ったが、中に入ってる人ごと収納してしまったことには驚かれた。
そういえば、アイテムボックスもインベントリも通常生物を入れることはできないからな。
悪用しようとすれば、密入国の手助けとかやりたい放題だ。
もし、これが原因で世間のアイテムボックスのスキル持ち探索者に海外渡航の制限がかかる――なんてことになったらどうしよう?
怪我の治療を終えたところで、状況の確認をする。
さっき閑さんと話していたのが深山さんだったらしい。
『姫、深山さんと合流した』
『ええ。配信クリスタルで見てたわ。バスの手配と一緒に救急車も手配してるから地上に戻ったらすぐに搬送できるわよ。あと、高レベルの探索者が何人か未管理ダンジョンに向かってるけど、やっぱり時間がかかるわね」
『前みたいにヘリで移動は?』
『あそこは森になってるからヘリを止める場所がないわよ』
パラシュートで飛び降りたりロープで降下したりは――ってそれができるのは訓練を積んだ人間か。
探索者はダンジョンの専門家であって、ヘリからの降下訓練を受けているわけではない。
俺もできないし。
『私の分身とアヤメも向ってるわ』
『助かる。でも、アヤメももちろんだが、分身の姫も無理はするなよ』
『形代を飛ばすだけですから無茶はありませんよ。それに、一番無茶をしそうな壱野さんに言われたくありません』
『私だって、分身が死んだところで本体の私が死ぬわけじゃないんだから。それに危ないのは泰良の方よ。いくら泰良が強いと言っても、自分の命を一番に考えて行動しなさい』
姫に注意された。
さっき近藤のダメージを肩代わりで引き受けたって言ったら怒られるだろうか。
『で、ミルクはどうだ? ダンポンに会えたか?』
『ごめん、渋滞に巻き込まれてる。タクシーじゃなくて電車にすればよかったよ』
相変わらずここぞというときに運がない奴だ。
ダンポンが確実に情報を持っているとは限らないし、俺たちは移動するか。
「ちの太くん、そろそろ行くぞ」
「少し休んだ方がよくないですか? なんか空気も重いですし」
「確かに空気は最悪だな。死んだわけではないが、さすがに目の前で大怪我の警察官を見たらな。しかし、スタンピードまでの時間を考えると少しでも上の階層に急ぎたい」
閑さんもスタンピードがどれほどの規模になるかまだわからないが、わからないからこそ急ぎたいのだろう。
ダンジョン内では通常、階層を跨いで移動する魔物がいないため、階段は安全地帯と言われているが、スタンピードになったらそうとも言えなくなるかもしれないらしい。
いつぞやの万博公園ダンジョンのイビルオーガや黒のダンジョンのときのように、階層を跨いで移動する魔物が現れる危険があるそうだ。
全員で階段を上がり、出口を目指す。
地図はない。
俺の第六感が頼りだ。
「こっちだ」
迷いは見せない。
俺が迷えば、それがみんなの不安につながる。
いまのところ、体感最短ルートで階段を発見しているように思える。
俺の第六感スキルはかなりチートのようだ。
閑さんから速度を落とすように指示が来た。
遅れが出ているらしい。
休憩の頻度が多くなる。
そして、休憩と同じくらい多くなるのが――
「ストップ。魔物の気配だ」
徐々にだが、魔物の数が多くなっている気がする。
まだ出口は見えない。