軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の勝負

結果的に、黒のダンジョンの被害はほぼ皆無と言ってもいい。

自衛官の一人が亀を便所ブラシ――もとい、木の棒に括り付けた魔法のタワシでブラックタートルの幼体を退治しているときに指を噛まれたり、初期対応時に怪我を負った人間はいたが、しかし全て回復薬で治せるレベルの怪我だった。

俺たちが琵琶湖ダンジョンに戻った後、魔物の大量発生の第二波があったらしいが、その頃には竹内さんを含め日本最強探索者パーティが異変に気付いて階段を駆け上がって一階層に戻っていたので、問題なく対処することができたらしい。

ただ、この被害皆無は日本での話だ。

今回の黒のダンジョンの建設と魔物の大量発生事案は日本国内に限った話ではない。

世界中の色々な場所で黒のダンジョンが生まれ、そして魔物のスタンピードのダンジョンもまた発生した。

それに上手に対処できた国は決して多くはなく、甚大な被害を生み出した。当然、それを隠していた政府にも怒りの矛先は向けられることになる。

結果よければ全て良し、とはいかず、石田総理は総理在任中の報酬の三割カット、そして上松防衛大臣が責任を取って更迭された。つまり、大臣の職を辞することになった。

上松大臣の苦労を知らないマスコミやSNSが彼のことを散々叩いていたから、こうなる予感はしていたが、正直当たってほしくなかった。

「上松大臣が辞めることになるなんて」

「私はもう大臣ではないよ、壱野くん。それに、気にする必要はない。こうなることは予想ついていた。むしろ、バカな上層部とこれ以上揉める必要もなくなり清々している。退職金もしっかり貰ったからな」

と彼は拳を振りながら言った。

記者会見中、石田総理の眼鏡が割れていたのは、つまりはそういうことなんだろうな。

彼が怪我をしていないのは、回復薬を使ったからだろう。

「上松大臣――上松さんはこれから何を」

「心配しなくていい。実は既にスカウトを貰っていてな。GDCグループの新しい部署に行くことになる」

「ダンジョン専門傭兵部隊、DDS――Dungeon Defense Serviceですか?」

「さすがは現役の探索者だ。よく勉強しているな」

「そのくらい探索者じゃなくても知ってますよ。散々ニュースになってましたし、それに、お世話になりましたから」

今回の件の後、テイムした魔物の扱いがやはり問題になった。

石田総理を始め国の上層部は、国が保護するべきだと言い、上松大臣はそれに反対。

アメリカ政府を始め諸外国にまで話が行き、国際問題に発展しそうになったとき、GDCグループがその魔物を預かると打診してきた。というか、姫が密かにコンタクトを取っていたらしい。

そしてGDCグループはDDSを編成し、所属している高レベル探索者とGDCグループが開発してきた地上でも使える対魔物兵器、そして俺たちがテイムした魔物たちの力を持って、世界中の地上に現れた魔物の駆除とその地域の解放を無料で行うと宣言。

アメリカの民間組織がそのような戦力を保持することに渋った日本政府だったが、どういう経緯かアメリカを始め各国の首脳がそれに賛成。結果、石田総理もその決定に従うことになった。

でも、大丈夫なのだろうか?

元といっても、国の防衛の要の防衛大臣の経験者が、民間とはいえ他国の企業に就職なんて。

いや、しかしDDSには各国の有力者たちも集まっているらしいし、上松元大臣のような人が行った方が日本国民としては安心か。

揉めたとしても、彼なら拳で黙らせることくらいするだろう。

「じゃあ、日本を去るんですか?」

「今すぐというわけではない。後任の須藤にも防衛大臣のなんたるかを身体に叩き込んでやる必要があるからな」

……それは比喩ですよね?

「では、私はそろそろ行くとしよう」

「試合を見に来て下さったのではなかったのですか?」

「いや、君が緊張しているようなら解そうかと思って来たのだが、既に覚悟を決めているようなのでな。奴の愚痴に付き合うのは御免だ」

「そうですか。ありがとうございました」

彼はそう言って俺に大きな背を向けて去っていく。

俺は彼に向かって大きく頭を下げ、扉が閉まっても暫くそのままでいた。

そして、顔を上げると、気合いを入れたところで、アヤメが待合室に入ってきた。

「壱野さん」

「アヤメ。身体は大丈夫?」

「また聞くんですか? 壱野さんが見つけてくれた聖女の霊薬のお陰でなんともありません。ミコト様とおばあちゃんからも、完全に呪いが解けているとお墨付きをもらいました」

「そうか、それはよかった」

ほっと胸をなでおろす。

そして、俺は立ち上がる。

「壱野さん、緊張はしていませんか?」

「それ、さっき上松大臣――上松さんにも言われた。不思議と落ち着いてる。前回の方が緊張したかな」

強くなったってのもあるけれど、それより、今は彼に強くなった俺を見せたい気分だ。

「ミルクは囚われのお姫様の席として、姫は?」

「姫が重なってわかりにくいですね。押野さんはまだアメリカから帰ってないから来られないと思いますよ。晴れ着を用意していたので、明日には必ず帰ってくると思いますが――」

姫は魔物寄せの笛を返すため、アメリカに行っている。

間に合わないかもって言っていたが、やっぱりダメだったか。

DDS関連の仕事があるって言ってたもんな。

観客はアヤメだけか。

「もしよかったら、観客にゼンちゃんを呼びましょうか?」

「いや、いいって。見世物じゃないし」

俺はそう言って気合いを入れた。

そろそろ時間だ。

「壱野さん、怪我だけはしないでください」

「いや、無理だって。『負けないでください』にしてくれない?」

「負けてもいいから怪我はしないでください」

アヤメが条件を緩めてきたが、緩めているようで全然緩まっていない。

怪我をするなって、また無茶な話を。

これから俺が戦う相手、知ってるだろ?

「じゃあ、行ってくる」

頑張っても言ってくれないか。

まぁ、アヤメにとってはこの試合、俺が勝っても負けても――

「応援してます」

彼女がそう言った。

アヤメがそう言うと、一気に気合いが入った。

相手が神でも倒せそうな勢いだ。

俺は待合室から続く廊下を通り過ぎ、闘技場の舞台に出た。

同時に彼も舞台に現れる。

「こんな日に戦いに応じてくれてありがとうございます、牛蔵さん」

「いや、君の頼みとあれば応じないわけにはいかない。準備はできているかね?」

「もちろんです」

俺は横目で囚われのお姫様席こと、特等席に座っているミルクを見た。

いつでも薬魔法を使える状態で待機してくれている。

彼女に無様な所を見せるわけにはいかないな。

「今日、俺は牛蔵さんを越えます。そして、あなたをお義父さんと呼ばせてもらいます!」

「君に義父と呼ばれるのは悪くないが、しかしまだミルクを嫁にやるつもりはない!」

今日は12月31日大晦日。

俺が探索者になった記念すべき年は彼との戦いで終わりを迎える。

勝負の合図はミルクに託す。

俺は真正面だけを見た。

アヤメの気配が観客席についた。

ゴングが掠って変な音が鳴った。

思わず気が抜けて笑ってしまった。

ミルクの奴、最後の最後にやってくれた。

なんて運の無い奴だ。

これで俺が負けたらどうしてくれる。

と思っていたら、牛蔵さんが笑っていた。

気の抜けたスタートだ。

しかし、俺は気合いを入れ直す。

世界一位の探索者になるとか、エルフの世界を救うだとか、ダンジョンの奥底に流れていったこの世界を救ってくれた勇者のパートナーの行方を追うとか関係なく、今この時、あなたを越えるために戦う。

そして、二度目のゴングが鳴らぬまま、俺と牛蔵さんとの勝負は始まった。