軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

花蓮とキサイチくん(その2)

「キサイチくん、着いたっすよ。ここがあたしの部屋っす」

あたしはそう言って背負っていた鞄を下ろし、中からパペットのキサイチくんを取り出した。

少し重かったけれど、さすがにキサイチくんを連れて歩くのは目立ちすぎる。

キサイチくんは人間の言葉は大体把握しているし、人間と同じような知能も持っているらしい。

水野先輩はキサイチくんに「花蓮ちゃんの命令を聞くように」と簡易な命令をしたのだけど、本当に理解しているのだろうか?

「キサイチくん、何か食べるっすか?」

キサイチくんは首を横に振る。

パペットだから何も食べられないらしい。

「そうっすか。ちょっとお風呂に入ってくるっすよ」

あたしの部屋にはトイレはあるけれどお風呂はない。

お風呂は寮の大浴場を利用する。

二十人くらい一緒に入っても余裕な大きな浴槽付きのお風呂だ。

電気、水道、ガスは全て魔石によって賄われているとはいえ、寮に住んでいるのはあたし、桃っち、鏡さんの三人だけだから、随分贅沢な話だと思う。

「花蓮さんもお風呂?」

「鏡さんお疲れ様っす。今日も門限ギリギリまでダンジョンっすか?」

「ええ、そうよ。花蓮さんはアルバイ……ところで、そのかわいい木の人形はなに?」

「え?」

鏡さんの視線の先にいたのは、キサイチくんだった。

「わっ!? キサイチくん付いてきたっすかっ!?」

「キサイチくん? これ、ゴーレムなの? テイムした魔物はダンジョンの外に持ち出せないはずだけど」

「これは水野先輩がスキルで作ったパペットっすよ」

パペットについては学園の人には説明してもいいと言われたので、あたしは鏡さんに説明した。

「へぇ、そんなものが……さすがは天下無双の専属鍛冶師ね。どのくらい強いの?」

「二十一階層の魔物くらいっす。元々がエルダートレントっすからね」

「二十一階層……人間でいうとレベル80くらいかしら。私より遥かに強いわね」

キサイチくんは私たちが話している横でスポンジにボディーソープを付けて泡立てる。

「背中流してくれるっすか? ありがとうっす」

お風呂の椅子に座ったらキサイチくんがちょうどいい加減で背中を洗ってくれる。

気持ちいいっ。

「よく背中を任せられるわね」

「どういうことっすか?」

「その子はレベル80相当の力を持ってるのよ。対してあなたはいまはダンジョンの外。その防御値はレベル1の頃と変わっていないわ。その子が少し力加減を間違えたら――」

「ひっ!?」

洗い終わった背中を温かいお湯で流してもらったのに、背筋が凍った。

「その様子だと力加減の調整を間違えることはなさそうよ。優秀ね」

「そ、そうっすか。それを聞いて安心したっす。鏡さんも背中流してもらうっすか?」

「そうね、じゃあお願いするわ。パペットに背中を洗ってもらうなんて滅多にできないもの」

彼女はそう言って、その白い肌をキサイチくんに向けた。

うーん。

あたしはキサイチくんに洗われている鏡さんの背中を見た。

「ちょっと、花蓮さんっ!? なにしてるの?」

「いやぁ、鏡さんの背中。同性のあたしが見ても撫で撫でしたいくらい綺麗だなって思って」

「思うだけにして。そんな風に触られたらくすぐったいわ」

「もう」と鏡さんは色っぽい声で文句を言う。

普段はクールだからそのギャップがかわいい。

「ダンジョンばっかり潜ってるから、もっと筋肉質になるのかと思ってたっすよ」

「不思議だけど、ダンジョンで鍛えても肉体が変わったりしないのよ」

「え? そうなんっすか? まぁ、あたしもそんなに変わってないっすけど。でも、謎の引退をした最強鈴原とか、ニューヨーク留学から帰ってきた牧野牛蔵さんとかマッチョな探索者が多いイメージっすけど」

「彼らはダンジョンに潜る前からそういう人たちだったのよ。特に牧野氏は元プロボクサーでしょ?」

「鏡さんのパパさんはどうだったんっすか? トップランカーなんっすよね?」

「……父は普通だったわよ」

鏡さんの表情が曇った。

確か、桃っちから、鏡さんは実家から仕送りを貰ってるって聞いていたけど、パパさんとは仲が悪いのかもしれない。

プライベートな部分には踏み込まないことにする。

「明日はアルバイトは休みだったのよね? 放課後はダンジョンに連れていくの?」

「そうするつもりっす。さすがに授業には連れていけないっすからね。用事がない時間は寮で家事全般をしてもらうつもりっす」

湯舟につかりながら、あたしは言った。

仕事帰りのお風呂は気持ちいい。

そして翌朝。

目が覚めて直ぐに、キサイチくんがいないことに気付いた。

「キサイチくん!? キサイチくん!? どこっすか、キサイチくんっ!?」

部屋を探しても、キサイチくんの姿がどこにもなかった。

もしかして、昨日あたしが寝ているうちに水野先輩のところに帰った?

キサイチくんが一人で大阪の町の中を歩いて移動したなんてなったら、大騒ぎになること間違いない。

そんなことになったら水野先輩にも迷惑がかかる。

スマホでSNSを確認する。

木の人形、未確認生物、ロボットなどを検索して情報を探す。

あの子が道を歩いていたら、誰かが写真を撮ってSNSにアップするはずだ。

そう思ったのだが、キサイチくんらしい写真はどこにもアップされていない。

とするのなら、部屋を出てまだ間もないのかもしれない。

あたしは急いで着替えて寮を出ようと――

「花蓮ちゃん。もう出ていくの? 朝ご飯ができてるわよ?」

寮母のおばちゃんが声をかけてきた。

「ごめんねおばちゃん。急いでるから――」

「そう? キサイチちゃんのお礼を言いたかったんだけど」

「帰ってから話を――え?」

キサイチくんが箒を持って、掃除をしていた。

「キサイチくんっ!?」

あたしが声を上げたら、キサイチくんは手を振って返した。

「この子が朝ご飯の準備に寮の掃除にいろいろ手伝ってくれていたのよ。最初は驚いたけど、筆談で事情を教えてもらってね。花蓮ちゃんが寮の家事全般のお手伝いを頼んだんでしょ?」

あ……確かにそう言った。

自分の部屋での掃除を頼んだつもりだったけれど、キサイチくんは寮の全ての家事、寮母のおばちゃんの補佐をしようと朝から頑張っていたんだ。

「おばちゃんはダンジョンの魔道具ってよく知らないんだけど、こんな便利な子もいるのね」

おばちゃんはそう言ってキサイチくんの頭を撫でたのだった。