作品タイトル不明
英雄の凱旋
PDの入り口で黒いウルフと向かい合う。
まさかダンジョンの中に魔物が入ってくるなんて。
いざとなったらPDの中に引きこもればいいと思っていたのに、これは想定の範囲外だ。
なんで魔物が入ってきているんだ!?
ダンポンは言ったじゃないか。
『通常の方法で他の人が入ることはできないのです』
……ん?
他の 人(・) ?
魔物が入れないなんて一言も言ってねぇっ!?
「ダークネスウルフなのですっ! レベル80相当の魔物なのですよ!」
「イビルオーガより20も上ってことか。ダンポン、手伝ってくれないか」
「僕はダンジョンの管理はできても戦闘力は皆無なのですよ。そいつはダンプルが生み出した魔物なので手出しできないのです」
「やっぱりダメか」
13階層に出てくるイビルオーガはレベル60相当。
レベル30の俺の倍のレベルか。
相手は 地獄の業火(ヘルファイア) の一撃を食らい、さらにさっきは気付かなかったが脚に切り傷がある。
俺の燕返しのものではない。
俺の剣の切れ味は皆無だ。
自衛隊の攻撃でもないだろう。
だとすると考えられるのは、たった一つ。
(牛蔵さん……)
あの人が付けた傷に違いない。
もしもあの傷がなかったら、俺が階段から地上に出る前にダークネスウルフにPDの中へ入ってこられていた。
寛いでいるところであの攻撃を食らっていたら死んでいただろう。
どうやら、俺はまた彼に助けられたようだ。
そして、魔物の移動にも説明がついてしまった。
このダークネスウルフは真っすぐ静岡県立総合病院に向かっていた。
きっと、牛蔵さんを追っていたのだろう。
このダークネスウルフとの戦い、彼からのバトンと考えるべきだ。
絶対に勝てない相手じゃない。
あのダークネスウルフは既に一発、 地獄の業火(ヘルファイア) が直撃している。
脚に怪我もしている。
こちらは魔力が皆無だが、相手も万全ではないってことだ。
「泰良、悠長にしている暇はないのですよ! ダークネスウルフが攻撃してこないのは、体力を回復するためなのです」
「ちっ、わかってる」
どのみちもう一度 地獄の業火(ヘルファイア) を打てるまで魔力は回復しない。
だったら、あいつの体力が回復する前に決めるしかない。
俺は剣を構えて、狼に向かっていく。
「必中剣!」
当たった。しかし、ダークネスウルフの身体はまるで大岩のように動かない。
だったら――
「燕返し!」
と流れるように下から上に切り上げる。
さっきもこれで弾き飛ばした。
今度も――
「っ!?」
ダークネスウルフが横に跳んで躱した。
そして俺に噛みつこうと襲い掛かって来る。
俺は咄嗟にD缶を取り出してダークネスウルフの口の中に押し込む。
が、肩に激しい痛みが。
鋭い爪で抉られたかと思ったが、掠っただけだ。
掠っただけでこの痛み。
俺の剣なんかより遥かに切れ味が鋭い。
だが、退いてはいられない。
時間を取って体力を回復されたらもう俺に勝ち目はない。
俺はD缶を投げる。
ダークネスウルフはもうその硬さを気付いているのだろう。
それを避ける。
やけに大袈裟に避けている気がする。
よく見ると、ダークネスウルフの牙が折れている。
D缶を噛んだせいだろう。
D缶は衝撃を受け流し、その向こうに伝わる。
そんなD缶に噛みついたのだ、そりゃ歯も無事では済まない。
D缶に苦手意識を持つには十分ってことか。
休ませるな。
少しでも奴の体力を消耗させろ。
投石スキルでD缶を投げる。
投げる。
投げる。
こっちにはD缶が山程あるんだ。
右腕を一本くれてやる。
せいぜい踊ってみせろ。
投石スキルはこの時のために手に入れたってことか。
とはいえ、これで解決するわけじゃない。
D缶は硬いが軽い。
当たったところで大したダメージはない。
ダークネスウルフがそのことに気付かないわけがない。
直ぐにでも――
(来たっ!)
ダークネスウルフが突っ込んでくる。
D缶に当たるのもお構いなしに。
俺はD缶を投げた。
直後、その蓋が開き、中からそれが飛び出した。
「ガウっ!」
初めてダークネスウルフが悲鳴らしい鳴き声を上げた。
いい悲鳴を上げてくれる。
中に入っていたのは俺が作った薬だ。
薬といっても、体にいい物ばかりではない。
それは毒薬だった。
キノコの中には毒キノコも混じっていた。
そして、その毒キノコにも様々なものがある。
毒状態にするもの、麻痺させるものなど。
俺が投げたのは、その中の一つ――とにかく臭いものだ。
魔物が接近したとき、これを投げたら進路を変えるのではないかと思っていたが、まさかPDの中で使うことになるとは……くそ、俺も臭い。
ダンポンも涙目になっていると思う。
「卑怯だなんて思う――ごほっ、がはっ、おえぇぇぇ」
決め台詞も言えない。
口から激臭が入って来る。
納豆100パックとくさやとシュールストレミングを濃縮して詰めたような臭いだ。
シュールストレミングの臭いを俺は知らないけれど。
俺もこんな状態になっている。
当然、人間の何百倍も嗅覚の優れているお前には辛いよな、ダークネスウルフ。
俺はその臭いに耐えながら、剣を握った。
それでも勝負が楽だったかといえばそんなことはない。
牛蔵さんが与えた脚の傷、 地獄の業火(ヘルファイア) の一撃、毒キノコから作った激臭。
このどれか一つでも欠けていたら、負けていたのは俺の方だっただろう。
「あ……そうだ、この時はあれだ」
俺は父さんから読ませてもらった漫画の台詞を思い出して言った。
「ハナクソほじる力も残っちゃいねぇや」
そう言ったら笑えてきた。
漫画の力って凄いな。
「ダンポン、ちょっと寝る。二時間経ったら起こしてくれ。次の魔法を放つから」
「わかったのです。でも、もう魔法を放つ必要はないと思うのです」
「どういうことだ?」
「んー、二時間後にわかると思うのですよ」
そっか、二時間後か。
じゃあ、少し寝るとする。
あぁ、寝る前にトイレに行きたい……排泄物だけならスライムが食べてくれるけれど、トイレットペーパーがないんだよな。
そう思いながら、俺は寝袋にくるまった。
ダンポンがファ〇リーズをあちこちにかけていた。
あぁ、そういえば悪臭に満ちているんだったな。
戦いの中ですっかり慣れてしまった。
もう臭いとかどうでもいい。
とにかく寝たいよ。
※ ※ ※
ダンポンに起こされ、地上に向かった俺が見たのは、撤退する魔物の群れだった。
地上に出る前にダンポンが言った通りだったな。
俺が倒したダークネスウルフは、今回の魔物たちのリーダーだった。
その魔物が倒された現在、魔物はダンジョンに戻っていく。
無事に終わったな。
自衛隊の皆さんから歓声が上がる。
俺は片手を上げてそれに応えた。
俺は姫の乗っているヘリの方を見て手を振る。
それで伝わったのだろう。
ヘリがこちらに向かって降下してくる。
道路の真ん中に再度着地する。
そして扉が開き、姫が降りてきた。
「泰良、最高よ! あなたは本当に……臭いっ!?」
「え?」
褒められるどころか悪口を言われた。
「なに、この臭い。ニュージーランドで食べたエピキュアーチーズより臭い!」
「ダークネスウルフを倒すのにとっても臭い毒薬を使ったんだ。身体に害はないから大丈夫だぞ」
「そんなに臭くて大丈夫なわけないでしょ! お風呂に行くわよ! この近くに押野リゾート系列のホテルがあるわ。他の客は避難しているはずだから、そこのお風呂で身体を清めなさい!」
「俺は帰って本格的に寝たいんだが――」
「そんな状態でヘリに乗せてあげられるわけないでしょ」
俺はもう慣れたが、この臭いだと姫と操縦士の人がかわいそうか。
仕方がないので俺たちはホテルに移動を開始する。
移動手段は徒歩だ。
すると、自衛隊員の一人がこっちに走って来た。
「探索者殿、お待ちください。詳しく話をお伺いしたく――」
「どきなさい。防衛大臣から話を聞いているでしょ? 私たちに関わらないで。これから彼をお風呂に入れないといけないのよ。それともキング・キャンベルを、米国を敵に回したいの?」
姫が毅然とした態度で言うと、自衛隊員は一歩引き下がる。
「これは私一個人の発言をさせていただきます」
彼はそう前置きをし、敬礼した。
「我々を、そして魔物の進行方向にいたと思われる国民の命を救ってくださりありがとうございます。どこのどなたかは存じませんが、あなたはこの国の英雄です」
英雄……か。
なんか気恥ずかしいな。
さて、そろそろ行くか。
「あぁ、それとこのスマホ、さっきから着信音が鳴りっぱなしだったわよ?」
と姫がスマホを俺に渡してくれる。
着信履歴75件っ!?
母さん、父さん、ミルク、それにアヤメもっ!?
とりあえず、母さんに電話をかける。
『泰良、今何時だと思ってるの! いくら男の子でも連絡も無しに。一体、今どこにいるの!?』
「えっと、静岡?」
『静岡っ!? あんた、一体何を考えて――』
「ごめん、明日ゆっくり説明するから」
『ゆっくりって、あんた、今日は母の日で――』
「ごめんね、母さん。着信があったから。また明日――」
そして着信のあったミルクの通話に出る。
『泰良、パパが目を覚ましたの。泰良のお陰で――』
「ああ、うん、よかったな」
『それで泰良はどこにいったの? もしかして帰ったの? パパが会いたいって』
「悪い、これから姫と一緒に風呂に向かうんだ。終わったらそっちに一度行くから」
『姫っ!? え、誰? 一緒にダンジョンに行くって言ってた女の子っ!? 一緒にお風呂って、そんなの不潔よ』
「不潔なのはわかってる。だから風呂に行くんだよ。あぁ、電話が掛かってきたから切るぞ」
母さんかと思ったらアヤメだった。
『壱野さん、テレビの魔法、壱野さんの魔法ですよね!? 顔は全然違いますけど、ヘリにも押野グループのロゴが書いてありましたし』
「あぁ、うん。気のせい気のせい。俺はいま家にいるから静岡になんていないよ」
『本当ですか? でも、いま電話をしている仮面の人の姿がテレビに映ってるんですけど』
「え? テレビにっ!? ごめんね! 今度、今度詳しく話をするから」
『ちょっと待ってください、壱野さん⁉ 壱――』
通話終了。
ごめんね、アヤメ。
近くにテレビのカメラはない。
てことは、遠く離れた場所から望遠レンズで?
「姫、テレビに映ってるらしい。急いで逃げないと」
「わかったわ。自衛隊員さん、この人は目立ちたくないの。各テレビ局にこの人のことは映さないように言っておいてちょうだい。もちろん追いかけるなんてもってのほかよ」
姫がそう言うと、自衛隊員の人は「かしこまりました。上に伝えます」と言って無線機で連絡を取り始めた。
俺たちは改めて風呂屋に向かう。
「ホテルの風呂に凱旋だ」