軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【閑話】憧れの果てに#sideモブ学生

その日、俺――高校二年の 阿古河(あこが) 玲央(レオ) は、学校の担任の先生に呼び出され、駅前のミ〇ドに来ていた。

机の上にはハ〇ーチュロスとブラックコーヒーが置かれているが、まだ手を付けていない。

今回呼び出された原因はわかっている。

俺が学校を辞めたいと担任に退学届を提出したからだ。

きっと、俺に学校に行くように言うのだろう。

その退学届は受理されていない――退学届には親のサインと印鑑が必要だと言われた――が、俺はもう高校に行くつもりはない。

俺は来年の四月から、探索者になると決めたのだ。

チーム 救世主(メシア) ――今年の夏、颯爽と現れた彼らは全員が十八歳ながら、既に国に認められた超一流の探索者だ。

俺は彼らに憧れていた。

当然、彼らが出ている動画は何度も見ているし、普通に探索者をするだけでは彼らのようにはなれないこともわかっている。

だが、バットを一度も振ったことがない人間は世界に認められるメジャーリーガーにはなれないし、将棋のルールを知らない人間は八冠棋士になれないのと同じで、ダンジョンに潜らない人間は一流の探索者になれない。

スタートは早い方がいいし、ダンジョンに潜れる時間が長い方がいいに決まっている。

高校三年生になってから退学するのもいま退学するのも同じなら、いまから退学して、ダンジョンについてしっかり学ぶべきだと思う。

そして、十八歳になったら、一日十二時間、いや、チーム救世主の皆さんに追いつくように睡眠時間を除いて一日十八時間はダンジョンに潜れるようになりたい。

担任から少し遅くなるとアプリにメッセージが届いた。

時間が勿体ないと思っていると、隣の席から声が聞こえてきた。

「……支部長、自分もう七徹目っすよ……外回りは他の人に任せたらダメなんですか?」

「甘えたこと言うな。これはお前が始めた案件だろ……それに、こっちはもう九徹目だ。ほら、いまのうちに糖分を詰め込んでおけ。ドーナツくらいいくらでも奢ってやる」

「あの、有休を使い――」

「ほら、食べろ!」

「ぐっ、有休を――」

「これも食べろ!」

上司らしき男が部下らしき男の口にドーナツを詰め込んでいく。

「園原、一つだけ言っておく。もしもお前が有休を使いたいと言ったら、俺はそれを断ることができない。例外的に時季変更権を行使できるが、その場合、私は有休を認めなかった理由書を書かないといけなくなる。この仕事が忙しいときに、そんな面倒なことは御免だ。だから、お前の有休を認めることになるだろう」

「支部長! ありがとうござい――」

「そして、俺も支部を辞める。俺の辞表だ。お前が預かっていてくれ。有休申請の時は一緒に提出しろ」

「え!? 支部長、それってパワハラ――」

「ハラスメント講習を一緒に受けるか? それも悪くないな。もれなく業務が滞るがな。ほら、ドーナツ食え」

隣の席にいたまるでゾンビのような表情――このままハロウィンのパレードに行ったら特殊メイクと勘違いされそうだ――のサラリーマン風の男性二人はそう言ってエ〇ゼルクリームとポンデリングを腹に詰め込むと、ドーナツを20個程追加で纏め買いして帰っていった。

……あれがサラリーマンか。

支部長と呼ばれていたおじさんはきっとエリートなのだろう。

出世しても仕事のせいで碌に家に帰ることもできない。

少しブラック企業過ぎる気がするが、しかし、しっかりと勉強をし、受験をし、出世した先にいるのが彼らだというのなら、俺はやっぱり普通の就職をする気にはならない。

決意がさらに固まった。

探索者になる。

ただし、探索者は低レベルのうちはろくに稼げないと聞いたことがある。

親には、学校を辞めるのなら小遣いはやらない。

追い出しはしないが、月に3万入れないと食事も出さないと言われている。

アルバイトをする必要があるだろう。

アルバイトなんてしたことがないけれど、俺よりバカっぽい奴がコンビニで働いているし、なんとかなるだろう。

と思ったら、隣の席に女子校生らしき二人組が入ってきた。

一人は特徴的な白髪の少女だ。もしかして、覚醒者だろうか?

白の髪の覚醒者はなんだっただろう?

「花蓮ちゃん、アルバイト一カ月おめでとう! 花蓮ちゃんが入ってくれて本当によかったよ。正直、一人だと大変だったもんね」

「ありがとうございますっす。いやぁ、最初の一カ月は大変だったっすけど、慣れると案外行けるもんっすね」

アルバイトの話か。

しかも片方は新人のようだ。

きっと参考になるだろう。

俺は一緒に頼んでいたプラスチックのコップに入っている水を飲みながら耳を澄ませる。

「でも、最初は面食らったっすよ。初日から0.1ミリ単位の仕事を要求される上に、一度ミスったら百万単位の損害なんて……水野師匠、うち、これまで何千万の損害を出したっすか?」

「どうだろ? 初日で一千万円超えているのは確実だけど――これまで三千万円くらいじゃない?」

ぶっ!

思わず水を噴き出してしまった。

いま、なんて言った?

初日から高難度の仕事を要求して、それに失敗したせいで企業に何千万円も損害を出したように聞こえたが――それって本当のことなのか?

一体何の仕事をしているのか皆目見当がつかないが、アルバイトってそうなのか?

俺がもし彼女の立場だったらどうする?

初日から会社に数千万円の損害を出して、なんで笑っていられるんだ? なんで笑ってドーナツを食べていられるんだ?

「それで、花蓮ちゃん。バイト、週に4回に増やすのでいいかな?」

「はいっす。最近は寝ている間も仕事をしている夢しか見ないっすから、それなら仕事を増やして睡眠時間を減らしても同じことっすよ」

「わかるわかる。最初はそう思うよね? でも、ちゃんと慣れたら、仕事しながら寝ているときと同じように頭を休めることができるようになるから安心して」

安心できねぇよっ!

仕事しながら寝てるって、単純に寝落ちしてるだけだろうがっ!

「本当っすかっ!? あたし、その域になれるように頑張るっす!」

頑張るなっ! お前は頑張らずに休め!

それ以上頑張ったらなんかいろいろ終わりだから!

もしかして……これがアルバイトなのか?

これが働くってことなのか?

俺はカウンターのレジ処理をしている女性を見る。

あの人もこんな過酷な仕事をしているのか?

いやいや、そんなわけがない。

彼女たちが、いや、彼女たちとさっきのサラリーマンが特殊なだけだ。

……やっぱり、親に土下座して、探索者として稼げるようになるまで小遣いを出してもらおうか。

さっきの二人組が帰ったら、別の二人が入ってきた。

「嘘っ!?」

俺は思わず声を上げた。

その二人組は一瞬怪訝な表情を見せたが、直ぐに意識を逸らし、ドーナツを選び始める。

ただ、俺が驚いたのは無理からぬことだ。

なにしろ、入ってきたのはあのチーム救世主のベータさんとデルタさんだったのだ。

動画サイトで最強鈴原とのガチンコバトルを何度も見たから間違いない。

この辺りに住んでいるという噂もあったが――うわぁ、雲の上の人たちだと思ったのにミ〇ドに来るのか。

担任になんで呼び出しなんてするんだって恨んだが、こうなってくると嬉しい。

一体何を買うのだろう?

と思っていたら、デルタさんはハ〇ーディップを、ベータさんはフ〇ンチクルーラーと一緒に大量にザ〇もっちドッグカレーを買っていた。

「このもっちドッグは持ち帰りでお願いします」

最初から本物だと思っていたが、さらに本物だと確信する。

きっと、あのもっちドッグはエルフの女王へのお土産だろう。

エルフの女王がカレー好きだというのは、チーム 救世主(メシア) ファンの中では常識だ。

『カレーに貴賤は無し』という名言は記憶に新しい。

そして飲み物はベータさんがりんごジュースを、デルタさんがアイスミルクを頼んでいた。

二人のプライベートを見ることができて俺は少し満足する。

このまま近くに座ってくれないかな? と思ったら、二人はまさかの俺の後ろの席に座った。

憧れの二人が直ぐ隣にいるなんて。

「レベル130達成おめでとう!」

「ありがとう。でも、レベル130でスキルを覚えられなかったのは残念だったな」

……え? レベル130?

うわぁ、レベル100越えだってのは知っていたけど、デルタさんレベル130ってマジか。

これ、SNSでみんなに報告をしたらダメかな……いや、ダメだ。

憧れの人に迷惑をかけるのはよくないな。

「次は覚えられるさ。頑張ってるのは神様もちゃんと見てるって」

「神様って言ってもミコトちゃんだったりして」

「それはそれでご利益あると思うぞ」

よくわからないが、仲がいいのはわかる。

ベータさん、もしかしてデルタさんと付き合ってるのだろうか?

俺はベータさん×アルファさん派なんだけど、この二人の雰囲気もいいよな。

と感動をして水を飲もうとして――

「ダンジョン探索、一日二十時間程度だと頑張ってるとは言えないよ」

「まぁ、これから増やしていけばいいさ。お前、試験期間だったから仕方ないよ」

――ぶっ!?

なんて言った?

一日二十時間?

え? マジで!?

いや、でもチーム救世主の皆さんのレベルを考えるとそのくらいは潜ってもおかしくはない……か。

チーム救世主の三人は現役高校生だって聞いていたけれど、日本を救っている三人なら特例で通学を免除されている可能性もある……ってあれ? 試験期間だから二十時間って、じゃあ試験がなかったらどうなってるの?

それだけやって頑張ってるって言えないの?

気付いたらベータさんとデルタさんはいなくなっていた。

一人残された俺の前には、空っぽのカップと、温くなったブラックコーヒーが残っていた。

「あの、やっぱり砂糖とミルクもらっていいですか?」

「はい、どうぞ」

俺は店員さんに礼を言い、コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて飲む。

苦くて、甘い。

「阿古河! 遅くなってすまん! それで、お前――」

「先生! 生意気言ってすみませんでした! 俺、学校辞めません! というか、これから大学進学を目指したいんです! 今からでも間に合いますかっ!?」

「急にどうした!?」

「お願いします、俺、学生でいることが幸せだって気付いたんです! あと五年半、いえ、大学院を目指して七年半頑張ります! どうか俺を導いてください!」

俺は先生に頭を下げて言った。

俺は死ぬ思いで勉強をし、労働基準監督署に就職した後、出馬して政治家になり、異次元の働き方改革を提唱することになる。

ある日、秘書が尋ねた。

『阿古河大臣、ほとんど休みなく働いているようですが、何があなたをそこまでさせるのですか?』

『その質問は正しくないな。何故なら、私はまだまだ働いているとはいえないからだ。そして、皆がいまの私以上に働かなくてもいい社会になるように私は働いているのだよ』