作品タイトル不明
水野さん家の自給自足事情
その日、俺は水野さんの家に向かっていた。
和歌山の親戚のおじさんの家から大量に桃が送られてきた。
桃と言えば、山梨や福島が有名だが、関西の桃も美味しい。
例えば大阪の岸和田では2015年にギネスで世界一甘いと認められた桃が栽培されているし、おじさんから送られてきた和歌山県の紀ノ川で栽培されているあら川の桃も甘味が強く香りが豊かでとても美味しい。
なんでも、父さんがお中元で送ったスライム酒のお返しらしい。
とてもありがたいが、食べきれる量ではないので、パーティメンバーに配ったあと、水野さんに電話して彼女の家にも持っていくことにした。
水野さんは取りに来てくれるって言ったけど、最近、鍛冶で忙しいだろうし、いつもうちに来てもらってばかりというのも悪い。
ということで、クロの散歩のついでに桃の入った袋を持って彼女の家に向かった。
途中の河川敷。
そういえば、シロを拾ったのもここだったな。
結局、元の飼い主は見つからなかった。
まぁ、犬を捨てるのは犯罪だってわかってるだろうし、自分から名乗り出るわけがないか。
そういや、チビ共に会うのも久しぶりだな。
水野さんの弟と妹を思い出す。
ドーナツの人って呼ばれていて、固焼きをまた持っていく約束をしていた。
今日は桃だが、喜んでくれるだろうか?
インベントリに何かお菓子とかないだろうか?
D缶からマシュマロや飴玉が出たことはあったが、全部食べてしまったからなぁ。
途中のコンビニで何か買っていくか。
と考えていたら、水野さんの家が見えてき…………ん?
なんか、水野さんの家の隣に豪邸が建っていた。
数カ月前に来たときは空き地だったはずだが。
と考えていたら、クロがその豪邸の方に向かって走っていく。
リードを持つ俺の身体が引っ張られる。
「おい、クロ。水野さんの家はそっちじゃない」
「わふ」
「……え? あっちからシロの匂いがする?」
豪邸の門に向かう。
表札には水野の文字が掲げられていた。
「壱野くん、いらっしゃい」
門が開いて、シロと水野さんが出てきた。
シロが庭の方に走って行き、クロが追いかけていく。
「水野さん、この家……」
「えっと、お父さんの知り合いの大工の人が張り切っちゃって――昨日受け渡しが終わったの」
「建てたんだ」
「うん。弟と妹もそろそろ思春期だし、自分の部屋が欲しいだろうと思って――」
それで家を建てたのか。
十八歳の女子高生が豪邸を建てちゃったかぁ。
まぁ、水野さんって捕獲玉と魔石融合機でかなり稼いでいるからな。
しかし、大工さんも張り切り過ぎじゃないか? 時空の壁とか歪んでそうな勢いだ。
俺たちもパーティ用のセカンドハウスを建設予定だが、土地の確保が終わったところで家を建てるのはこれからなのに。
「ごめん、全然知らなかったよ。引っ越し祝いとか用意しないと――」
「引っ越しって、隣から荷物を運んだだけだし――この家を建てられたのも壱野くんのお陰だから。あ、外暑かったでしょ。中に入って」
と水野さんが中に招いてくれる。
桃を渡したら帰るつもりだったんだが、クロがシロと遊び始めた。
直ぐに帰るとクロもシロもかわいそうだ。
せっかくなので言葉に甘えようと思って――
「ん?」
なんか庭が俺の知ってる庭じゃなかった。
「あぁ、あれ? 家庭菜園だよ。お母さんが趣味で始めたの。昔から作ってみたかったみたいで――」
趣味ってレベルじゃないと思う。
庭の片側が全部畑になっていた。
「あれはシロの家?」
屋根のある金網の柵が見えた。
かなり大きい。
俺の家の犬小屋の数十倍はある。
「ううん、鶏小屋だよ。シロちゃんの家はその奥。シロちゃんはいい子だから」
「にわと……え? マジ?」
「この辺り工場ばっかりだから近所迷惑にもならないよ。おかげで毎朝、生みたての新鮮な卵が食べられるってお父さん大喜びなんだ」
「へ、へぇ……」
さらに鶏小屋の横に水槽のようなものが見える。
彼女のことだ、観賞用の水槽ってことはないだろう。
近くの川で釣った魚の泥抜き用だろうか?
なんだろう。
俺の想像している豪邸とイメージが違うんだが。
彼女は自宅で自給自足生活を目指すのだろうか?
「そのうち豚でも飼いそうだね」
「いいね、豚。私は牛肉より豚肉の方が好きだよ。でも、解体してもらっても一頭丸ごとは食べきれないし……業務用の冷凍庫を買おうかな」
「ははは」
面白い冗談だ……冗談だよね?
水野さんの演技力が凄いのか本気で思案しているように見える。
水野さんの家に入った。
凄い――玄関も豪華だ。
そして飾ってあるのは――前衛芸術だろうか?
子どもの落書きのように見えるが、かなり高そうな額に飾られているから、きっと凄い巨匠が描いた絵なのだろう。
豪邸の玄関に飾ってある絵だ――数百万――いや、数千万円はするかもしれない。
「玄関に何もないのは寂しくて……妹にそれっぽく見える落書きを描いてもらったの」
本当に子どもの落書きだった。
そのままリビングに案内される。
家具の配置は以前来たときとそんなに変わっていない。
というかそのままだった。
そのまますぎて、全ての家具がリビングの四分の一に集約していて残りが何もない空間になっていた。
「広すぎて落ち着かないでしょ? お茶をどうぞ」
と前回同様、プリンの容器に麦茶を入れて出してくれた。
水野さんが年季の入った冷蔵庫に桃を入れる。
「もしかして他の部屋も?」
「うん……恥ずかしいけど似たような感じ。というかほとんど空き部屋。お風呂も広すぎて落ち着かないから、前の家に入りに行ってるくらいだし――」
急に大金が手に入っても使い方が分からないって感じか。
まぁ、俺も似たような感じだからな。
「あ、ドーナツの人だ!」
「ドーナツの人だ!」
チビ共がやってきた。
手にはそれぞれゲー〇ボーイを持っていた。
もしかして――
「ポ〇モンで遊んでたのか?」
「「うん!」」
「そ、そうか」
D缶を開けるために水野さんに渡した奴だ。
水野さんが貰ってもいいかって聞かれきたので、そのまま渡した奴だ。
充電式の電池も結構な数を渡しているので安い電気代で長時間遊べる。
それを弟と妹がやってることは気付いていたが――
「(お金もあるんだし、ス〇ッチを買ってやったらどうだ?)」
「(えっと……いきなり最新のゲームをすると古いの遊べなくなるでしょ? だから徐々に……ね)」
よそ様の教育方針に口出しするつもりはないが。
「二人とも。壱野さんに桃を貰ったの。お礼を言いなさい」
「「ありがとうございます!」」
と二人が礼儀正しく頭を下げた。
さすがに固焼きの時みたいに勝手に食べたりはしないか。
その後、弟くんと妹ちゃんに案内されて一緒に鶏の卵採り体験をさせてもらい、帰りにその採れたばかりの鶏の卵を四つもらった。
※ ※ ※
「へぇ、水野さんの家、鶏を飼ってるのね。とても美味しいわ。やっぱり卵は生みたてよね」
貰った卵は母さんによってスクランブルエッグへと生まれ変わった。
生みたての卵の使い方としてはあまりよくない気がするが、確かに美味しい。
しかし、自給自足みたいな生活をするって――お金があっても人間ってそう簡単に変わるものじゃないんだなぁとしみじみと思った。
「ねぇ、泰良。PDに鶏卵の手に入るダンジョンはないのかしら? あったら用意できない?」
「まぁ、卵なら近いうちに手に入るようになるかも。卵の殻を安定して入手したいって言ってたし」
母さんがそんなことを言うので、俺は思い出すように言った。
市場に出回っている卵の殻をだいぶ買い占めてしまったので、捕獲玉の素材として卵の殻を安定して入手したいと思っていたところだった。
ただ、卵といっても――
「鶏とは限らないけど……」
と呟くように言い、そして目の前の食事を見た。
魔法の水筒から出てくるカレーと、魔法の水筒から出てきた牛乳から作ったラッシー。
カレーの具材はダンジョンで採れた玉ねぎと牛肉。
そしてうまキノコのサラダ。
自給率70%くらいの食事だった。
あんまり水野さんのことを言えないなぁ――そう思いながら今月五度目くらいのカレーを食べる。
尚、デザートの桃は絶品だった。