作品タイトル不明
バイトウルフと基礎剣術
何とか間に合った。
今回はダンポン側の不手際ということで、石舞台ダンジョン三階層の詳細な地図とミルクが潜んでいる場所を教えてもらったお陰だ。教えてもらっている間はPDの中にいたため、時間のロスもほとんどなかったし。
しかし、こいつらがバイトウルフか。
不意をついて剣で殴り飛ばした(斬っていない。この剣は切れ味が悪すぎる)が、二度目はこうはいかないだろう。
だが、ここで 地獄の業火(ヘルファイア) を使うことはできない。
バイトウルフと俺たちの距離が近すぎる。
直接炎が当たったわけではないのに焼け死んだリザードマンを思い出した。
ここであの魔法を使えば俺たちも巻き添えになってしまう。
最強に思われたあの魔法の最大の弱点だな。接近戦になったらもう使えない。
「ミルク、大丈夫か?」
俺は剣をバイトウルフに向けて尋ねた。
ってあれ?
ミルクの反応がない。
さっき一瞬見たときは少し顔に赤みを帯びていたが怪我をしている様子はなかった。
もしかして魔物の毒にでもやられたのか?
アシッドスライムの酸には毒性もあるというし。
「ミルク、大丈夫なら返事しろ!」
「本当に泰良なの? 本物?」
「本物だ」
「だったら逃げてっ! バイトウルフはレベル30相当の魔物なんだから――」
「それは安全マージンの場合だろ! 普通に戦う分ならレベル20でも戦える」
「そう! だからレベル一桁の私たちじゃ――」
ミルクが叫ぶが、話はそれまでだった。
バイトウルフのうち二匹が襲い掛かってきたのだ。
基礎剣術其之壱。
「必中剣」
手前の一匹に必中剣を放つ。
威力は低いがバイトウルフ程度になら確実に命中する最初の一撃。
そして、俺の剣技は流れるように次の段階に移行する。
基礎剣術其之弐。
「燕返し」
下ろした剣の切っ先の向きを変えて、別の一匹のバイトウルフを上空に飛ばす。
この剣は両刃(というより両方刃がない気がする)なので切っ先を変える必要はないのだが、スキルとして使うとどうしてもこのモーションが出てしまうらしい。
残りのバイトウルフたちがさらに襲い掛かって来る。
このまま基礎剣術其之参に移る。
「薙ぎ払い」
剣を横向きにし、一斉に襲い掛かってきたバイトウルフを薙ぎ払う。
基礎剣術其之 肆(よん) 。
「真向斬り」
最後に一番後ろにいた目に傷のあるバイトウルフに剣を振り下ろす。
あらかた片付いたが、最初の必中剣で吹っ飛ばしたバイトウルフがまだ生き残っていた。
最初の一撃の踏み込みが浅かったか。
必中剣はただでさえ威力が低くなるのにな。
そう思ったときにはバイトウルフは鋭い牙を剥きだしにして俺に襲い掛かってきた。
俺は自分の腕を前に突き出す。
バイトウルフは俺の腕に噛みついた。
「泰良っ!」
「大丈夫だっ!」
激しい痛みが俺を襲うが、イビルオーガにウサギの角を飛ばされた時の方が遥かに痛かった。
剣を捨てて拳で自分の腕に噛みついたバイトウルフの横顔を殴りつけた。
バイトウルフは壁に激突して絶命する。
最初に噛みつかれたときより、バイトウルフを殴ったときのほうが腕への負担が激しかった。
かなり血が出ている。
狂犬病とか大丈夫だよな?
とりあえず回復薬を取り出して飲んだ。
最後は失敗したが、それでも使えるな。
この基礎剣術。
其之壱から其之肆。
一つ一つそれなりに使える技だけど、流れるような調子で放つこの技は一種のコンボ技だった。
その命中率はだんだんと落ちていき、一回でも攻撃が外れると連続して剣技を放つことができなくなってしまうのだが、その命中率というのが敵の俊敏値と、こちらの技術値と俊敏値と幸運値によって決まる。
幸運値が他人よりバカ高い俺が使うと、その命中率は他の人より遥かに高い。
リザードマン相手だとどんなに多くの群れを相手にしても薙ぎ払いをした時点で全部倒してしまうのだが、今回は真向斬りまで使えたのは実戦経験としては素晴らしい。
「ミルク、もう大丈夫だ。全部やっつけたから」
俺がそう言うと、ミルクが徐々にいつものミルクの表情に戻っていく。
さっきまで呆けたり叫んだりしていたからな。
そして、冷静になったミルクは、だからこそ一気に質問してきた。
「どういうこと? やっつけたって、でも泰良のレベルってまだ1とか2だよね?」
「俺のレベルは27だ。安全マージンレベル30のバイトウルフになら今の俺でもこの程度の怪我で勝てる」
「泰良がダンジョンに入ったのまだ二週間前だよね? 覚醒してたの?」
「話せば長くなるんだが、運がよかったんだ。以上」
「短い上になんの説明にもなってないよ。運だけでそんなにレベルが上がるの!? それに、どうやって入ってきたの!? 入り口、アシッドスライムいっぱいいたよね? 入り口、アシッドスライムの酸がいっぱいあって通れなかったよね?」
「一階層は通ってない。直接三階層に来た」
ミルクの頭に疑問符がいっぱい浮かんでる。
そのことについては、今度詳しく説明するってことで片付けた。
そして、俺は落ちていたバイトウルフの毛皮とか牙とかDコインを拾い集める。
「ミルクが無事でよかったよ」
「ありがとう。今更だけど泰良がいなかったら私絶対に死んでたよ」
「今度、美味しい焼肉でも奢ってくれたらチャラにしてやる」
「うん」
「サクラユッケも付けてくれよ」
「うん。なんなら食後にアイスもつけちゃう」
焼肉の食後にアイスか。
食べ放題の焼き肉屋だと、無料のソフトクリームとか食べられたりするけど、こいつの行ってる焼肉屋だとハー〇ンダッツレベルのアイスが出てくるんだろうな。季節の果物が添えられていたりして。
とりあえず俺はミルクの隣に座り、鞄の中から缶詰を取り出す。
「飴玉舐めるか?」
「これ、ダンジョンドロップ? 高いんじゃないの?」
「知らない。缶いっぱいに入ってる。あ、これパイナップルと思ったらハッカだ。でもうまい」
「一個貰うね……あ、美味しい。いちご味だ」
二人で口の中で飴をころころ転がしながら、助けが来るのをひたすら待つ。
三階層にはバイトウルフ以外の普通の魔物がいたはずだけれど、ここに来る様子はない。
イビルオーガの時と同じだ。
強い魔物が現れると、本来の魔物が階層の隅に逃げてしまうんだろう。
「そうだ、これ。誕生日プレゼント。どうせダンジョンから出たら、説明やらなんやらで渡してる暇もないと思うから今のうちに渡しておくよ。それに、こういうのは早い方がいいからな」
俺はリュックから成長の指輪の入った箱を取り出す。
「もう、今度でもいいのに。でも嬉しいよ。開けてもいい?」
「いいぞ。結構いいものだから心して開けろ」
「普通、そういうのは『大したものじゃないぞ』って言うもんでしょ。でも、泰良らしい」
ミルクは笑いながら箱を開けて、そして固まった。
「泰良……これって」
「どうだ?」
「どうって……それって、早い方がいいって……そういう意味……なの?」
「そういう意味もどういう意味も、ほら、そこの鑑定書に書いてある通りだよ」
俺はミルクに箱の内側に入っていた鑑定書を読むように促す。
彼女は緊張しながら、その鑑定書を読み……何故か喜ぶどころか露骨にガッカリしたような表情を浮かべる。
え?
「凄くないか? 経験値2割増しだぞ? こういうのは早めに渡したほうがレベル上げしやすいと思って。本当は出発前に渡そうかと思ったんだけど、でも誕生日プレゼントを誕生日前に渡すのはどうかって思ってな」
「ウンソウダネ」
「うわ、ミルクの反応がやっぱりガッカリしてる。もしかして、もう持ってたのか? 情報サイトには載ってなかったけど、金持ちの間で秘密裏に取引されるマジックアイテムとして有名なのか?」
「違う違う。そういう意味じゃなくて……ものすごく珍しいよ。でも、本当にいいの? 泰良が使った方がいいんじゃない?」
「俺も使ってるぞ? ほら、小指に」
「あ、本当だ……お揃いなんだ」
「そこは我慢してくれ」
「うん、我慢してあげる」
ミルクはそう言って笑った。
そしてその指輪を――
「嵌めて」
といって俺に渡してくる。
「自分で嵌めろよ」
「男が女に指輪を送るときは嵌めてあげるものよ?」
「それ、婚約指輪とかの場合だろ……って、まぁいいか。小指でいいな?」
「うん。いまはそこでいい」
「そうだな。微調整はそっちでやってくれ。俺もいろいろと嵌める場所を考えて今の位置で落ち着いたから」
指輪をミルクの左手の小指に嵌める。
指輪は魔道具のため、自動的にその指にちょうどいいサイズに小さくなった。
彼女はその指輪を嬉しそうに見つめる。
プレゼント選びに失敗したかと思ったけれど、喜んでくれてよかった。
そして、「飴、もう一個舐める?」「うーん、喉が渇きそうだし、いまはいらないかな?」なんて話していると気配がした。
「ミルク――気を付けろ。何かくる」
「何かって魔物っ!?」
「いや――」
違う。
魔物じゃない。
でも、これは本当に人間なのか?
イビルオーガよりもさらに強大な気配がこっちに近付いてくる。
その気配には鬼気迫るなにかを感じた。
鬼(・) 気迫るって、漢字を見ればもうオーガじゃん。
こんなのに攻撃されたら殺されるってわかる気配だ。
その気配の主は俺たちの気配に気付いたのか、こっちに走ってきた。
そして、通路から現れたのは、金髪マッチョのおっさんだった。
目が血走ってる。
鼻息が荒い。
なにこの人、怖いっ!?
金髪マッチョのおじさんが、涙を流してこっちに走って来る。
ってあれ? あの顔って――
「ミルク! 無事でよかったぁぁぁぁっ! マイスイートエンジェーーーールっ!」
「パパっ! 来てくれたのっ!?」
やっぱりミルクの親父さんだっ!?
テレビで何度か見たことがあるぞ。
でも、ミルクの親父さんっていま富士山にいるんじゃなかったっけ?