軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

石舞台ダンジョン#side牧野ミルク

(どうしてこうなったんだろ……)

私――牧野ミルクはダンジョンの三階層で一人息を殺して、悔やんでいた。

今日、五月五日に誕生日を迎え、十八歳になった私は、生まれて初めてダンジョンに潜った。

といっても、午前中に行うのはダンジョンの講習のみ。

初心者用の講習で、最初はステータスの見方を教わった。

――――――――――――――――――

牧野ミルク:レベル7

換金額:0D(ランキング:-)

体力:30/30

魔力:52/52

攻撃:18

防御:16

技術:18

俊敏:16

幸運:5

スキル:炎石魔法

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最初からレベルが7だった。

覚醒者の中にはレベルが最初から高めの人もいるという話を聞いていた。

友だちのアヤメは最初からレベル15だったそうだし、レベル7から始まっていても不思議ではない。

これじゃ、泰良のこと追い抜いちゃってるよ。

今日の午後、一緒にダンジョンに行く泰良は覚醒者ではない。

レベルは高くてもまだ2だとおもう。

まだレベル1の可能性の方が高い。

一緒にレベルを上げたかったのに……と少し残念に思った。

その後も講習は続く。

そして、講師の探索者が大きな袋を引きずるように持ってきた。

中に入っていたのはスライムだった。

「じゃあ、みんな、これを倒していこう。午前中にレベル4まで上がるからね」

と棍棒を配ってスライムを置いていく。

スライムを倒すと次のスライムが置かれる。

まるでわんこそばだ。

これがダンジョンなのかな?

周囲の他の参加者を見る。

ミルクと同じ十八歳くらいの女性。

初めてダンジョンに入るらしい老夫婦。

ダンジョンに来ているとは思えないスーツ姿の男性。

彼らがただひたすらに置かれるスライムを叩き、また置かれたスライムを叩きを繰り返す。

変な世界だと思った。

「ねぇ、黄色いスライムがいるんだけど」

それは化粧の濃い30歳くらいの女性が言った台詞だった。

彼女の方を見ると、置かれているスライムとは別に黄色いスライムがこちらに向かってゆっくり這ってきていた。

普通、スライムは青色なのに、そのスライムは黄色だった。

あれ? 黄色いスライムって確か……とミルクが記憶を呼び戻す前に、そのスライムが何かの液体を近くに居た女性に向かって噴き出した。

途端に――その顔が溶けた。

声を上げる暇もない。

「あ、アシッドスライムだ! みんな、逃げろっ!」

講師の人がそう叫ぶと同時に、一目散に逃げ出した。

私も他の人たちも出口に向かうが、講師の人が先に出口の扉を抜けた次の瞬間、アシッドスライムが出口の扉の前に現れ、自分の周囲に黄色い水たまりを生み出す。

酸の池ができたのだ。

アシッドスライムの動きは遅い。

走れば逃げ切れる。

多少脚が火傷するかもしれないが、靴を履いているのだから死ぬことはない。

そう思ったのだろう、スーツの男が走った。

一瞬で靴が溶けた。

そして足の裏も溶けたみたいだ。

男が転んだ。

そして、最後にアシッドスライムが覆いかぶさる。

食べられていく。

その後の光景は言いたくない。

逃げられない。

私はそう悟った。

唯一の出口が塞がれたのだ。

そしてアシッドスライムは出口付近にさらに現れた。

逃げ出そうとする人たちを酸で溶かして捕食している。

外に逃げることができた人はいる。

アシッドスライムは酸を飛ばしてくるけれど速くない。

それでも、酸の毒素がこの階層に充満してきている。

このまま一階層にいたらその毒素で動けなくなる。

そう思った私は、

「みんな、奥に逃げて!」

出口の方に向かう人と逆方向に私は走った。

アシッドスライムを倒すことができないのなら、時間を稼ぐ。

そうすれば、きっと救援が来てくれるはずだと。

見つけたのは二階層に続く階段だった。

レベル10以上の人しか降りることのできないはずの階段。

だが、私は一か八か階段を降りてみることにした。

ダンプルが作ったという黒いダンジョン――あそこには安全マージンが存在しないと言う。

今回のアシッドスライムの出現がダンプルによるものなら、安全マージンもなく、レベル制限関係なく地下に降りれるのではないかと思ったからだ。

そして、その勘は正しかった。

二階層に降りることができたのだ。

「みんな、二階層に避難を――」

誰もついてきていなかった。

私の言葉に耳を傾ける余裕のある人はいなかったのだ。

私は助けに戻ろうかと悩み、そして首を振って二階層に降りた。

石舞台ダンジョンの二階層に出てくるのはハニワ人形と歩きキノコ。

レベル7の自分なら十分に倒せるはずだった。

アシッドスライムの酸の臭いもない。

希望を抱く。

だが、その希望は絶望に代わる。

二階層に現れるはずのない狼が現れたのだ。

(バイトウルフっ!? なんでレベル30相当の魔物が……)

バイトウルフはとても速く、なにより鼻が利く。

この距離で見つかったらもう逃げられない。

私は父から預かった杖を構え、無我夢中で魔法を解き放つ。

「解放: 熱石弾(ホットストーンブレット) 」

石の弾がバイトウルフの顔に直撃する。

しかし、右目を軽く傷つけただけだ。

バイトウルフはよろけているのは脳震盪を起こしたのかもしれない。

ミルクは今のうちに逃げることにした。

ダンジョンの中にも風は吹いている。逃げるのなら風下だと走る。

残念なことに、見つかったのは隠れるのに最適な場所ではなく、地下三階層への階段だった。

助けを求めるとして、一番近くにいるのはこのダンジョンに潜っている探索者だ。

レベル50越えの探索者グループが潜っていると聞いた。

外に逃げた人がホテルに連絡をとり、通信クリスタルを使って地上から救援を依頼している可能性は高い。

だとしたら、地下に逃げたほうがその人たちと早く合流できる。

地下三階層の敵なら今のミルクだと苦戦するかもしれないが、バイトウルフのいる二階層にいるよりマシだと、彼女は階段を降りていく。

出てきたのは一匹のコボルトだった。

さっきの狼とくらべたら小犬にも等しい。

だが、いまのままでは接近戦で戦うことはできない。

「解放: 熱石弾(ホットストーンブレット) 」

魔法を放つ。

コボルトは倒れなかった。

父から持っていくように言われたボウガンを構えて矢を放つ。

その矢が直撃してコボルトが倒れた。

(パパ、ありがとう)

「過保護だと思われようが持っていけ」という父の言葉に従って、絶対に必要ないと思いながら持ってきた魔力回復ポーションに助けられた。

連続で魔法を使うと気分が悪くなる。

今の私だと三回連続は難しいだろう。

この様子だと四階層に行くのは危険だ。

そう思いながら、どこか落ち着ける場所にいった。

袋小路の通路の奥。

さっきのバイトウルフは一階層に向かっている途中だった。

こちらを追うのを諦めて、そのまま一階層に行ってくれれば助かると思った。

逆にもしもここに降りてきたら終わりだと。

彼女はバイトウルフがいない方に賭けた。

私のくじ運はあまりいい方ではない。

先日もおみくじで凶を引いたばかりだった。

(そういえば、泰良は昔からくじ運はよかったな)

こんな時なのに思い出すのは幼馴染のことだった。

くじ運が良すぎて、当たりばっかり引くものだから駄菓子屋のお婆ちゃんにイカサマしているんだろうって怒られた。

(泰良はもう覚えていないかもしれないけれど、それから当たり付きのお菓子を一切買わなくなったっけ)

少し落ち着いてきた。

ここに逃げてからどれだけの時間が経過しただろう?

一時間経ったかもしれないしまだ五分も経っていないのかもしれない。

私は時間の感覚に自信があったが、死と隣り合わせのこの状況で正確な時間を把握しろという方が無理な話だ。

(さっきのバイトウルフが追いかけて来たとしたらとっくに追いつかれている。あのバイトウルフは一階層に向かった。ここには来ない)

できるだけ冷静に、楽観的に、でも危機感は切らさずに救援が来るのを待つ。

その間、私は助かった時のことを考える。

(大丈夫。絶対に大丈夫。このあと誰かが助けに来て、無事に脱出できて、お母さんが泣きながら私を抱きしめて、その後は外で待ってると思う泰良に愚痴をこぼして、お父さんが心配して富士山から駆け付けてくれるだろうから晩御飯には大きな誕生日ケーキを四人で食べて、こんなに食べたら太っちゃうよって笑いながら文句を言って)

私がさらに思い出したのは、友だちのアヤメのことだった。

アヤメも、つい最近万博公園ダンジョンでイビルオーガという絶対に勝てない魔物に襲われた。

その時は同じ年齢の男の子に助けてもらった。

イビルオーガはバイトウルフよりも強い。

そんな魔物に襲われても助かったんだ。

自分も助かると言い聞かす。

(アヤメはその男の人に一目惚れしたんだっけ)

そんなことを思い出したとき、何かの音が聞こえてきた。

息を切らせて走って来るような音。

それはだんだんとこちらに近付いてくる。

誰かが助けにやってきたのかと期待した。

もしも魔物だったら魔法を撃ちこんでやろうと構える。

三階層の魔物くらいなら倒せる。

さっきのバイトウルフだったら、魔法を連続で撃ちこんで逃げる。

そう思って。

複数の可能性の中で、結果は最悪だった。

やってきたのはさっき私が魔法を放ったバイトウルフだった。その証拠に顔に傷が残っている。

即座に魔法を使おうとするが、現実はこちらの想像する最悪を凌駕する。

バイトウルフが六頭もいたのだ。

そこで理解した。

さっき、バイトウルフが私を追いかけてこなかったのは一階層にいる人を狩るためじゃない。

私を確実に仕留めるために、仲間を集めていたのだと。

狼は本来、集団で狩りをする生き物だ。

それは野生の動物であっても魔物であっても変わらない。

そんな当たり前のことを忘れていた。

それでも魔法を放つ。

「解放: 熱石弾(ホットストーンブレット) 」

放たれた熱を帯びた石は、しかしバイトウルフに当たらない。

跳んで躱された。

今度はボウガンを放つ。

空中だと躱されない。

そう思ったのに、なんとバイトウルフはその矢を噛み砕き、そのまま襲い掛かって来る。

(もうダメーー)

死を覚悟した。

その瞬間。

その瞬間が引きのばされる。

所謂走馬灯を見るという感覚なのだろう。

『アヤメが一目惚れかぁ。うまくいくといいね』

『うん。ミルクもね。今度、幼馴染の男の子と一緒にダンジョンに行くんでしょ』

これはアヤメとの電話での会話だった。

走馬灯が見せる映像にしては最近の出来事過ぎる。

なんでこんなことを思い出しているのかわからない。

『彼はそんなんじゃないよ。ただの幼馴染だもん』

『でも、一緒にダンジョンに潜ったら気持ちが変わるかも』

『スライムから助けてもらってもね。でも、もしもその王子様のように現れて――』

とそこまで思い出した瞬間、引き伸ばされた一瞬の時間の流れが元の速度に戻った。

その時、私は無残に死ぬはずだった。

なのに、その死が訪れる気配はない。

なぜなら――

「……ふぅ、ギリギリ間に合ったな」

聞こえてきたのは、ここにいるはずのない男の子の声だった。

そんなはずはない。

まだ夢を見ているのではないか?

私はそんなことを考えるが、胸の鼓動がこれは現実だと告げる。

「お待たせ、ミルク」

バイトウルフを剣で殴り飛ばしながら彼がそこに立っていた。

その瞬間、顔が一気に赤くなっていくのを感じる。

「お前が無事でいてよかったよ。これで一緒に石舞台ダンジョンに入る約束を果たせそうだ」

と言って、彼は――歯を見せて笑いかけてくれた。

『もしもその王子様のように現れて私を助けてくれたら――もう彼以外の人を好きになれないと思う』