軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【36】アンジェリーナとメルク

サンディカ様とシュリーゲン嬢を招き、ミーシャと共に歓迎するお茶会。

シュリーゲン嬢と正式にお話するのは今回が初めてだ。

とりあえず共通の話題から振ることにする。

「お二人には、謝りたいと思っていた事がありますの」

「……謝る?」

私がそう切り出すと思い当たる節がないのか、お二人は怪訝な顔をされた。

いいのよ。特に真剣な話じゃないから。まずは『掴み』の話。

「カルロスお兄様の相手は大変でしょう。もしかしたらお兄様と縁があるお二人という事で……。

身内の私からお兄様の奇行について謝らせていただくわ」

「奇行、ですか?」

サンディカ様が首を傾げられたわ。

「ええ。カルロスお兄様ったら、思春期の病がご卒業できないらしくて……。

未だに気取った態度を取られたりするんですよ」

「思春期、の? 病?」

「はい」

私は、少しだけ気取った風な表情を取り繕い、そして前髪を大げさにファサァ……っと手の平で弾いて流してみる。

「『アンジェリーナ。俺はお前に謝るべき事がある。だが謝るべきではないのだ。フッ……。貴族とは辛いものだな。公爵家とは……星々の真理とは……』」

と。カルロスお兄様の物真似をしてみた。

ミーシャは慣れているのか、口元を押さえて小さく笑っている。

サンディカ様とシュリーゲン嬢はキョトンとした顔を浮かべていた。

「一体どちらなのか。謝りたいのか、謝りたくないのか。とんと分かりませんの。

そうして煙に巻くような言葉使いが……おそらく『格好いい』と思われているんですわ。

それがカルロスお兄様の『流行り』なのだと思います。ええ。

外でも、ああいった言動をされているのかと思うと身内としては恥ずかしく……」

ええ、本当に。ああいった事は早目に卒業していただきたいものだけど。

だけど、ああいうことは外野から強く言っても余計に拗らせるそうだから。

私は、ただカルロスお兄様のそういった時期を見守るしか出来ないのだ。

「ええと」

「アッシュ様にご相談したところ、『男子にはそういう時期が誰にでもあるのだ』と。

温かい目で、長期的な視野で見守ってあげるといいそうです。

でなければ、余計に将来になってから拗らせてしまうものなのだとか」

ちなみに、このカルロスお兄様の物真似はアリアさんに大層、気に入られている。

反対にエルクくんや辺境の騎士たちは『やめて差し上げてください……』と辛そうな、居た堪れないような目を向けられる。

なので王立学園を卒業後。

私とアッシュ様の『結婚式』がすぐあって、そこにカルロスお兄様も呼ぶ予定なのだけど。

辺境の皆さんから、カルロスお兄様は『ああ、 あの(・・) ……』という生温かい目で見られる予定だ。

今も偶にバルツラインの者とカルロスお兄様が会う機会があるのだけど。

やはり、どの方も『ああ、噂の……』という生温かい視線を持って対応されている。

アッシュ様の反応はと言えば『……程々にな、アンジェ』だった。

見守る側の人らしい。アッシュ様にもそういう時期がおありだったかと尋ねると、はぐらかされてしまったわ。

ええ、まぁ。なので身内用の定番のお話ということで私もこれ以上は抑えておくつもりではある。

ただ、今回はこのお二人が相手だから。

お二人の内、どちらかがカルロスお兄様の伴侶となる可能性が高いため、今回は披露させていただいた。

「ええ。ですから。お二人には、カルロスお兄様にはそういった面があることを、はい。

ご配慮いただければと思います」

あれって、公爵令息がやっているから、まだ様になるのかもしれないけど。

そうでない方がしていると『痛い』と言われる仕草よね、きっと。

「……そう。そういった面は、まだ拝見した事がないわ」

「それは幸いです。ふふふ」

朗らかに微笑んでみせた。とりあえず、サンディカ様には驚きを味わっていただけたわね。

ご不快になられている様子はない。カルロスお兄様の思春期が役に立ったわ。

シュリーゲン嬢の方は、というと。

「……シュリーゲン嬢?」

彼女は、放心したように私のことを見つめていた。

どうも今回は、彼女が私に会いたかったみたいなのだけど。

「驚かれました? もちろん普段は、そういった事は控えて下さっているのです。

お仕事の方は心配要りませんよ。その点は、私たちのお父様がきちんと見ていますから」

公爵家嫡男としては、お父様がちゃんとその能力を磨かせている。

今の時点で問題はないはずだ。

問題があったなら、私に声が掛かるはずだもの。

「……あ、う。い、いえ。ただ、ア……シュタイゼン公女が想像していた方とは様子が違いましたから。

驚いてしまいました。申し訳ございません」

「私がですか? ふふ。思えば、シュリーゲン嬢とは言葉を交わした事もありませんでした。

この機会に話が出来れば嬉しいわ」

シュリーゲン家は寄り親をローディック家と決めた。

つまりサンディカ様と彼女は、私とミーシャのような関係という事だ。

以前の彼女は、学年の成績で最上位に位置していたのだけど。やはり王妃教育は厳しいのだろう。

今は少しだけ、その成績が落ちてしまっている。

それでも上位30位には入っているのだから十分に立派と言えるだろう。

それに現段階まで、めげずに王妃教育を受け続けている。

だから仮にレオンハルト殿下の伴侶となれず、またカルロスお兄様の伴侶にもなれなかったとしても。

シュリーゲン嬢の、令嬢としての『価値』は既に示されていると言っていい。

……といって私が、この点を褒めるのは嫌味になりかねない。

何故なら現在、3年生の学年首席も私が取っているから。

2年生の3回分の期末考査でも、私は、きちんと首席を取っている。

そう、あとこの3年生の2学期と3学期の考査で首席を取れれば、私は在学時代は常に首席だったという箔がつくのだ。

今の時点で十分でもあるが、気は抜けないところである。

「今回、カルロスお兄様はシュリーゲン嬢と会うようにおっしゃいました。

何か私にご用事があったのでしょうか」

「用事、とは違います。ただ……ただ、私は、貴方に会いたかった。

会って話したかったのです。シュタイゼン公女。

貴方がどういう人なのか。貴方は……何を思っていらっしゃるのか。それが知りたかった」

「ええ?」

どういう事だろう。

彼女は、私の何にそこまで興味を抱いたのだろうか。

私はミーシャと視線を合わせてから、次いでサンディカ様にも視線を送る。

サンディカ様は曖昧な表情で誤魔化されたわ。

どうやら今、吐露された思いはサンディカ様やローディックの思惑ではなく、シュリーゲン嬢個人のものであるらしい。

「お話ですか。構いませんよ。私に何をお聞きになりたいの?」

「……はい。シュタイゼン公女は、その。かつてレオンハルト様と婚約する予定であったと。そう聞いています」

「あら。ご存知なのね」

「……はい」

レオンハルト殿下が、彼女にご執心であるのは有名な話だ。

まぁ、別に婚約者が居ない殿下だ。一人の女性にだけ一途というのは評価に値するだろう。

そして、シュリーゲン嬢から殿下への気持ちはというと……謎に包まれている。

当然、身分の関係で王太子相手にはっきりとした態度を取れないから、とも言えるが。

サンディカ様が彼女を庇護し、また王妃教育を継続している事から『その意思はアリ』と見られている。

サンディカ様が粛々と彼女に庇護を与えていることも今の状況を維持する原因となっている。

と言うのは、やっぱり彼女は男爵令嬢だから。

サンディカ様が庇っていなければ、何らかの……圧力があった事だろう。

私だったらどうしていたか、などと考えても仕方ないわね。

とにかく彼女は、そういった話が私にあった事は気にしているらしい。

サンディカ様が何やら割り切られているご様子だし。

もう一人の公爵令嬢である私が、レオンハルト殿下についてどう思っているか知りたかったという事なのだろう。

「ええ。確かにそういった話が一時期、挙がりました。私も公爵令嬢ですからね。ですが」

「……はい」

「今の私は、アッシュ・バルツライン辺境伯閣下の婚約者です。

それ以上でも、それ以下でもありません。

レオンハルト殿下と、ベルツーリ王家と縁を結ぶ事はありませんよ。

その意思もありません。私が男性として愛しているのは、アッシュ様唯一人ですから」

嘘偽りなく。彼女の安心に繋がるように。私の本音を聞かせてあげた。

「……!」

「ふふ。それにシュタイゼン家も同じですよ。今更、私と殿下の縁を結ぶことはありえません。

辺境伯家との結婚を半年後に控えた令嬢を横から奪おうなどと、王家であっても出来ませんから」

「……シュタイゼン公女に、そのお気持ちは……ありませんか?」

「はい。全くありません。私がお慕いしているのはアッシュ様です。

レオンハルト殿下とは、あまり関わる機会もありませんでしたし……。それに」

「それに?」

私は、微笑みを浮かべてシュリーゲン嬢に語り掛けた。

優しく諭すように。

「きっと私、レオンハルト殿下は好みではありませんわ」

「……好みじゃ、ない?」

「ええ。アッシュ様と出会って分かってしまいました。私、どちらかと言えば逞しい、というか。

男らしい方が好みのようで。レオンハルト殿下は、まぁその。私からはあまり……ええ。

もちろん王族としての敬意は払いますけれど。

男性としてのレオンハルト殿下に興味がありません」

「レオンハルト様に興味が……ない。アンジェリーナ、様が」

あら。名前を呼ばれてしまったわ。放心気味だから無意識?

まぁ、面と向かっていない時はきっと名前で呼ばれることもあるでしょうね。

「メルクさん。アンジェリーナ様の名前を呼ぶ許可は与えられていませんよ」

と、私よりも先にサンディカ様が窘める。

「あ、も、申し訳ございません。シュタイゼン公女」

「いえ」

でも、そう言えば。どうかしら?

彼女、殿下かお兄様の伴侶となる可能性があるのよね。

これを機会にある程度、距離を縮めておくのもいいかしら。

いくら私が王都を離れると言ってもだ。

「……構いませんよ。名前で呼ぶ方が楽ですか? であれば、私の名前を呼んでくださって構いません」

「あ、ありがとう、ございます。アンジェリーナ、様」

「ふふ。緊張なさらないでいいのに」

彼女の聞きたかった事は、私のレオンハルト殿下へのスタンスだったらしい。

それから少し放心していらしたので……私から強く言うことはしなかった。

サンディカ様にお任せするのが筋よね。

別に今のところ、特に不快という印象もない。

可愛らしいものだと思うくらいだ。

ただ、王妃教育を受けたにしては少し……でも、それは初めて会う公女相手に緊張しているからだろう。

「シュリーゲン嬢。私も貴方のことを名前で呼んでもよろしい?」

「は、はい! もちろんです。アンジェリーナ様」

「ふふ。ありがとうございます。では、メルク様。サンディカ様も。新しいお菓子を用意していますから。楽しんでください」

侍女に指示を出し、食べ易いように並べて貰う。

もちろん他意はないので私から手を出して食べて見せたわ。

「メルク様が私に尋ねたかった事は聞けました?」

「え、と。その……」

「ええ」

「アンジェリーナ様は……、『日本』という国を、ご存知でしょうか?」

うん? ニホン? 国?

私は首を傾げる。

「ニホン、ですか。聞いた事がありませんわ。どちらの国でしょうか」

「……そう、ですよね……」

私がそう答えると、メルク様は……がっかりとされた様子だ。

あら。何か期待に沿えなかったみたいね。

「それは、どこにある国? なのでしょう。メルク様」

「…………私の、故郷……みたいな、ものです」

「みたいな?」

「はい。遠く、幼い頃に見た夢のような、場所で。……もしも」

「ええ」

「…………もしも、私がレオンハルト様に選ばれた、なら」

ピクリ、とサンディカ様がその言葉に反応した。

私とミーシャも反応するけれど、冷静に微笑みを維持したわ。

「きっと、その国の知識を役立てる事が……出来るかもしれません。新しい発想が出来ます。この国に、今はない、事が。それが実現できるかは分かりませんけれど」

「…………そう」

つまり。彼女はこう言っているのだ。私たち、公爵令嬢を相手に。

『自分には王妃となった後の 未来像(ビジョン) がある』と。

そうか。意外と……ふふ。彼女は野心家であるらしい。

男爵令嬢であったとしても。

ただ、王妃となって王子に娶られ、愛されるだけで満足せず。

このベルツーリ王国を良きものへ変えていかんとする志が。

「ふふ。そう。やりたい事がある、ということ? 貴方が王妃となった後」

「……いえ、その。やれる事があるかもしれない、というだけ、なんです、けど」

「良いではありませんか。それぐらいでなければ今日まで頑張れはしなかったでしょう。

貴方も、もう分かっていらっしゃるでしょう? 王妃とは、ただ王子に、国王に愛される者ではないと」

「……はい。弁えています」

メルク様は、真剣な表情でそう告げた。

ええ。その目は、表情は、公爵令嬢を前にしても曇っていない。

十分に見込みのある女性だ。

私としても嬉しいこと。王国を支えてくれる女性が、また一人現れたのだから。

「……本当は」

「ええ」

「アンジェリーナ様にも。その『日本』の記憶が……あればいいな、と。そう思っていました」

「私に?」

はて、と。私は首を傾げた。

もちろん、そんな国の名前は知らない。記憶のどこにも思い当たるものはなかった。

「はい。故郷の話を……少しだけでも、したかったから」

「……そう。でも残念だけど。知らない国の名前だわ。そもそも、実際にある国なの?

貴方の、言っては何だけど。心の中にあるものではなくて?」

「どう、でしょう。証明できなくて。ただ、知っている人が居てもおかしくないって。

そして知っているならアンジェリーナ様だろうな、と。そう思っていました。

でも、違った。最後の一欠片まで私の思い込みで……。

今、ようやく私の中で……本当の意味で終わりに出来ました。

ありがとうございます、アンジェリーナ様。今日、貴方と話が出来て……良かった」

メルク様は何やら諦念のようなものを感じさせる表情だった。

瞳には薄っすらと涙が滲んでいる。あらあら。

「メルク様。どうかお気に病まず。力になれなかったのは心苦しいですけれど。

何か悩みを抱えていらっしゃるなら、お聞きしますよ……」

「いえ。いえ……。大丈夫です。ただ、前に踏み出すには……必要だと思ったから。

私の気持ちに……納得出来て。覚悟を決めるためには、どうしたって、必要だと、そう思って」

彼女は困ったように、笑顔を浮かべる。

涙を滲ませながらのその表情には切なさを感じた。

私たちは彼女のことを慰めようとして、その時だ。

「──アンジェリーナ! とうとう本性を現したか!」

大きな声を上げながら、公爵家の中庭に招かれざる客が来た。

そんな事が出来る人間は一体、誰か。そう、それは。

「レオンハルト様!? なぜっ……!」

メルク様が驚いたように彼の名を呼ぶ。

そう、そこに居たのは、ベルツーリ王国の王太子。

レオンハルト・ベルツーリ殿下だった。