軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

462.無属性の魔法使い

南国の朝は、本来であれば、遮るもののない威勢のよい太陽の光が人々の瞼を心地よく透過し、南国特有の小鳥のさえずりとともに清々しい目覚めを約束してくれる――はずだった。

だが、現実は非情である。

「う……あ、頭が、割れる……」

「うー、だ、誰か、み、水を……」

パチパチと頼りなく爆ぜる朝の篝火の周囲には、ゲッソリとこけた頬で二日酔いの頭を抱え、文字通りゾンビのようにうめき声を上げる死屍累々の山が築かれていた。昨夜の狂乱の代償は、あまりにも重い。

そして勿論、ラルフもまた、その哀れな犠牲者の一人であった。

ラルフは朝霧の立ち込める河辺へと爆発したような寝癖と、だらしない猫背でフラフラと歩いていく。

草の上に体育座りをしながら、現地民から提供された酔い覚ましのココナッツ・ジュースを 茎(くき) ストローでちびちびとすすっていた。

果実の仄かな甘みと電解質が、アルコールで焼け野原になった五臓六腑にじんわりと染み渡っていく。

「ふぅ〜……。あー、マジで飲みすぎたわ……。あのギャル男、"ウワバミ"すぎるだろ……」

カッサカサに嗄れ果てた声をジャングルの湿った空気に吐き出す。

しかし、そんな文明人の体たらくを他所に、大自然の営みは健やかに回っていた。

視線を浅瀬へと向ければ、美しい黒い肌をしたダーク・エルフの子供たちが、朝の光を浴びてキラキラと輝く水面で元気に水浴びに興じており、色鮮やかな織物を身に纏った女性たちは、鼻歌交じりに河の水で洗濯をしている。

(なるほどな……。この雄大なダキヤラ河こそが、彼らダーク・エルフにとって、大自然の恩恵を五感で享受するためのライフラインであり、集落の営みを支える根幹なんだな……)

そんな、一丁前に歴史学者か何かっぽい深遠な感慨に浸っていた、その時だった。

ラルフの目の前で、それまで穏やかだった河の水面が、突如としてジャグジーのようにブクブクと不自然に泡立ち始めた。

「ん……?」

不思議に思った次の瞬間。

ザバァァァッッッ!!!

激しい水飛沫とともに、巨大な黒い影が爆発的な勢いで水面を割って姿を現した。

二日酔いで完全に鈍っていたラルフの心臓が、恐怖で痛烈に跳ね上がる。

「うおわぁっ?! な、何だ何だ?! ワニか?!」

あまりの恐怖に、ラルフは無様に後ろに向かってゴロゴロと転がった。泥まみれになりながら防衛魔法を展開しようと身構えたが、水飛沫の向こうに見えたのは、凶悪な牙を持つ魔獣などではなかった。

それは、ラルフにとっても見慣れた、鈍い光沢を放つ黒鉄のボディ――魔導機械技術の結晶たる「潜水艇」の上部ハッチだった。

案の定、金属音を立ててハッチが勢いよく開くと、中から見慣れた「我が道を突き進むコスプレ少女」がひょっこりと上半身を突き出した。

「ラルフ。ひどい。こんなに面白そうなディスカバリー・チャンネルみたいなイベントに、私だけを除け者にするなんて」

感情の起伏が家出をしたような平坦な声で、痛烈な非難を浴びせてくるのは、引きこもりダンジョン・マスターのスズだった。

「……いや、お前って、日光を浴びると灰になるタイプの重度の引きこもりだろ? こういうガチのアウトドアは苦手かなぁと思って気を遣ったんだよ。っていうか――なんだその格好は?!」

ラルフは泥を払いながら立ち上がり、彼女の姿に全力のツッコミを投げかけた。

今日のスズは、何をトチ狂ったのか、鮮やかな青髪のカツラを頭に戴き、どこぞの清らかな教団の「青色巫女見習い」を象徴するような、白と青のクラシカルで厳かな衣装を身に纏っていたのだ。

ジャングルの緑に対して、その青がこれでもかと浮いている。

「これ? これは、カイリーと協力して、この世界に木版画を使った禁断のボーイズラブという新たな概念の 聖書(バイブル) を生み出そうと、試行錯誤している最中だったから……。まずは形から入って、気持ちを高めるため」

どうやら、他作品の髪型や衣装を完璧に模倣することで、クリエイティブな電波を受信しようとしていたらしい。だが、ラルフとしては完全に聞き捨てならない爆弾発言だった。

「お前ら!! 僕が留守にしている隙を突いてかっ?! 僕の居ぬ間にロートシュタインを腐敗させるな!」

ラルフが声を大にして激怒するが、スズはどこ吹く風で、ふぃ、と視線を逸らした。

「それに……やっぱり、"この作品"がこれからお世話になる『TOブックス』様といえば、この『本好き幼女』が、至高にして絶対のアイコンじゃない? 今後のメディアミックスや大人の事情を鑑みるに、長いものには巻かれるべき。これ、商業的な生存戦略」

一切の躊躇もなく、世界線の壁をメリメリと踏み越えるメタ発言を放つスズ。

「おいバカやめろッ!! ちゃんと大元の偉い人たちに確認したのかッ?! 許可は取ったんだろうなっ?! 怒られるぞっ!!」

ラルフが頭を抱えて慌てふためく中、スズは不意にパタパタと自分の顔を手で仰ぎ始めた。

「やっぱり。ここ、湿度高すぎ。汗かくの無理。帰る……」

言うだけ言うと、スズは未練の「み」の字もなく、パタンっ! と内側からハッチを閉めてしまった。

直後、再び駆動音を響かせながら、滑らかに水中へと潜航を開始する黒鉄の船体。綺麗な波紋だけを水面に残し、嵐のように去っていった潜水艇の軌跡を、ラルフは呆然と見つめるしかなかった。

そして、悔し紛れに懐から「ある物」を取り出した。

それは、なぜか手元にあった赤いハチマキだった。

それを頭にギュッと、決意を込めて巻き付けると、ラルフは水中へと右手を突き出した。

「――《我は放つ光の白刃っ!!》」

ヤケクソ気味に叫ばれたその呪文とともに、眩い魔法の斬撃が水面に向かって放たれた。

もちろん、とっくに水中へと消えた潜水艇に届くはずもなく、虚しく水柱を一本立てただけである。

「はぁ……。何やってんだ、僕は……」

ラルフは我に返り、大きなため息を一つ。

これもまた、これからお世話になる出版社の、あの偉大なる「主人公」への最大級のオマージュ(というかただの現実逃避)だった。

完全に、他人のメタ行動を笑えないレベルのオタク気質を発揮してしまっている。

「……っていうか。アイツ、本当に何しにここまで来たんだ?」

ボソリと呟き、頭の赤いハチマキをシュルリと解いて懐に仕舞うと、ラルフはトボトボと踵を返した。二日酔いの頭痛が、スズのせいでさらに悪化した気がした。

生い茂る獣道を進み、ダーク・エルフたちの集落へと戻ってきたラルフ。

しかし、村の中心に足を踏み入れた瞬間、彼は己の目を疑った。

集落の中央、木材で頑丈に組まれた、まるで櫓のように高い位置にある玉座の頂点。そこに、見覚えのある金髪のドリルツインテールが不敵に揺れていた。

「オーホッホッホ! さあ、あたしを崇めなさい! そして、この地を統べる高貴なる『スパイス・クイーン』と呼びなさいな!」

朝日に照らされながら、傲慢な高笑いを響かせているのは、エリカだった。

そして驚くべきことに、その櫓の下では、

「「「ハハァ〜〜〜ッッッ!!」」」

と、昨日までラルフたちを警戒していたはずの屈強なダーク・エルフの戦士たちが、地面に額を擦り付けるようにしてエリカに対して平伏していたのである。

どうやら、昨夜の超絶過激なドラムセッションによって、彼らのハートを完全にハックし、部族最高の 打楽器奏者(レジェンド) として認められてしまった結果らしい。音楽の力による、あまりにも急速な文化的融和だった。

「……うん、朝からこれは、なんか重い」

ラルフはそっと目を逸らし、気配を消してその場をスルーすることを選択した。

するとそこへ、反対側のジャングルから、草をかき分けて一人の男が血相を変えて走ってきた。

「ラルフ! 大変だ、凄いぞ! 朝から色々と驚くべき発見があったんだ!」

興奮気味に眼鏡を押し上げながらまくしたてるのは、アルフレッドだった。彼は二日酔いの波に呑まれることなく、朝早くから周囲のジャングルでのフィールド・ワークや、現地民への執拗な聞き込みを行っていたらしい。その飽くなき探求心と、錬金薬学に対する深い知見は、この過酷な南国の地であっても正しく発揮されていた。

「ハァぁぁ、朝から元気だな〜」

「これを見てくれ! どうやら、この集落のダーク・エルフたちは、この野生の『トウガラシ』を食料としてではなく、単なる『強力な虫除け』としてしか使っていないとのことなのだ!」

アルフレッドが差し出してきた手のひらには、真っ赤に熟した立派なトウガラシが乗っていた。

「あー。まあ、確かにトウガラシのカプサイシン成分には強力な防虫効果があるからな」

前世でも 米櫃(こめびつ) にトウガラシを入れておくという、おばあちゃんの知恵袋的な生活の技があったし、理には敵っている。

ラルフが納得の表情で頷く。

しかし、その会話が聞こえたのだろう。ラルフたちのずーっと背後、遥か高い位置にある玉座から、凄まじい地獄耳を発揮したエリカが、みょーんと首を限界まで伸ばしてこちらを凝視する気配が伝わってきた。

そんな視線に気づかぬまま、アルフレッドは興奮の冷めやらぬ様子で続ける。

「さらにだ! 彼らが、我々にも勧めてきた『二日酔い醒ましの黄色い粉』があるだろう? あれの成分を簡易分析したところ、『ウコン』であることが判明した!」

「お、マジか。つまり『ターメリック』だな?」

「その通りだ! つまり、これは『カレースパイス』の必須原料でもある……!」

アルフレッドが確信に満ちた表情で深く頷いた、その瞬間。

ついにエリカの我慢の限界が爆発した。

「ちょっとぉぉぉーーーっ!! アンタたち、そこで何をコソコソと重大な話を大声で喋ってるのよ?! それ、今すぐアタシにも見せなさい!!」

櫓の上から怒鳴り散らすスパイス・クイーン。

そういえば、彼女がこの調査隊に参加した本来の目的は「未知のスパイス探索」であったはずだ。決して、打楽器奏者として異種族の戦士たちから神聖視され、崇め奉られることではなかったのだ。本分を思い出した彼女は、慌てて玉座から下りようとする。

しかし。

エリカが君臨しているのは、現地民が適当な丸太で組んだ、無駄に高くて心許ない高床式の玉座だ。側面に設置された木の梯子は、細くて酷く頼りない。

先ほどまでの女王然とした態度はどこへやら、エリカは頼りない梯子にしがみつき、まるで生まれたての子鹿のように手足をプルプルと激しく震わせながら、涙目で一歩一歩、地上を目指してへっぴり腰で下りてくる。

そのあまりにもポンコツな姿を見上げて、ラルフは深いため息をついた。

「やっぱりな……。スッゴイ不便だろうなぁ、とは最初から思っていたよ……」

そんな、呆れるラルフに、駆け寄ってくる清々しい声。

「おーい、ラルフっち〜! 朝飯の準備できたけど、一緒に食べる〜?」

広場の方から、気さくに手を振って声をかけてきたのは、長のダルドーズだった。昨夜のノリは健在で、すっかりラルフとは親密なマブダチの距離感である。

ちょうどその頃、夜明けとともに河へと釣りに出ていたウラデュウス国王やその家臣たちも、大物をいくつか携えて意気揚々と戻ってきた。

こうして、村総出による、まるで祭りのような賑やかな朝食の時間が始まった。

ダーク・エルフたちの調理方法は、極めて合理的でありながらも異国情緒に溢れていた。

地面に大きな深い穴を掘り、その中にバナナの大きな葉で厳重に包んだ、新鮮な肉や魚、さらにはバナナや豆類などの食材を隙間なく敷き詰めていく。

それを見ていたラルフは、再び前世の記憶の引き出しを開けた。

(なるほど……。これは『アース・オーブン』か!)

南国特有のワイルドで原始的な調理風景に、ラルフの胃袋からは自然とキュルルと音が鳴り、期待が膨らむ。

しかし、そんな平和な調理場に、先ほどやっとの思いで梯子を下りてきたエリカが、さっそく文化的侵略の牙を剥いていた。

「いいから! 試しにアタシがブレンドしたこのウコンとトウガラシの粉も、一緒に肉にまぶして入れてみなさいってば!! 絶対美味しくなるから!」

「わいーっ?! おなご、何してらのや! したな虫除けの粉と薬の粉ば、肉に振りかけて食う奴がどこにいるんだじゃ?!」

エリカから謎の着色粉末を押し付けられそうになり、ダーク・エルフの調理担当の男が本気で嫌そうな顔をして驚いている。

「うっさいわね! 四の五の言わずに一度試してみなさいな! アンタたちってば、食に関しては保守的すぎるのよ!」

無邪気というか、傲慢というか、エリカは平然と現地の食文化への強硬なアップデートを試みていた。

その朝食の支度は、文字通り村人総出の大がかりなものだった。

男も女も、小さな子供たちまでもが、楽しそうに笑いながら葉で食材を包み、穴の中へと丁寧に並べていく。

ラルフ一行は、基本的には手出しをせず、客人としてその様子を穏やかに眺めていた(エリカという例外を除いて)。現地の調理の作法や宗教的なタブーがわからない以上、下手に手伝うのは邪魔になりかねないという、大人の配慮である。

しかし、その作業風景を改めて観察していたラルフの脳裏に、ふと、ある「暗い仮説」が浮かび上がってしまった。

(……それにしても、改めて見れば見るほど、ダーク・エルフというのは男も女も、一様に恐ろしいほど容姿が美しいな……)

集落を見渡しても、過度な肥満体型の者は一人もおらず、引き締まったしなやかな肉体を持っている。そして人間のように、年齢とともに分かりやすく老いさらばえていくような兆候も見られない。その高い身体能力と、永遠とも思える美貌。

(まさか……かつてこの世界には、彼らのその『美貌』や『長命』、そして『高い身体能力』に着目し、彼らを『高級奴隷』として不当に重宝し、搾取していた凄惨な文明が存在したのではないか……?)

もしそうだとすれば、彼らがこのような過酷で未開のジャングルの奥地に引きこもり、外部の人間を極度に警戒しながら、独自の排他的な文化圏を必死に守ってきた歴史的背景の辻褄が、あまりにも完璧に合ってしまう。

歴史や民俗学に関しては専門外の門外漢ではあるが、王国に帰還した暁には、一度王立図書館の文献を漁ってみよう、とラルフは心の中で静かに決意した。

そうして、アース・オーブンの穴の中に食材が敷き詰められ、その上に蓋の役割を果たすと思われる大小の平らな石が綺麗に敷き詰められた。

すると、長である、ダルドーズが、一歩前へと歩み出た。

彼はいつになく真剣な表情を浮かべると、地面の石に向かって両手を突き出すように構えた。

「――《エスフェラ・フラミヘラ》」

流暢な詠唱とともに彼が呪文を唱えた瞬間、その両手のひらの前に、メラメラと赤く燃え盛る巨大な炎の球体が出現した。

まさかの、木を擦り合わせるような地道な焚き火ではなく、純粋な攻撃魔法をそのまま料理の熱源として使うスタイルのようだ。

そして、その光景を見た調査隊の一人が、驚愕に目を見開いた。

「お、おい……っ! 嘘だろ、魔導士だったのかよ?!」

コール・ディッキンソンが、驚きのあまり顎が外れそうなほど口を開けている。

ダルドーズが展開している火球の、その洗練された魔力制御の技術と密度の高さは、もしかすると大魔導士であるラルフと比べても、遜色のないレベルに達しているかもしれない。

なにより、そのような実戦用の高等魔法を、一切の躊躇なく「ただの料理の加熱」に使用するその不届きなスタイルは――。

「……おい、ラルフ。どうだ?」

何故か、いたずらっ子のような意地の悪い笑みを浮かべ、肘でラルフの脇腹を小突いて挑発してくる者がいた。ウラデュウス国王である。

「まさかとは思うが、お前より、あの男の方が魔法の腕が上、なんてことはあるまいな?」

「……は?」

その挑発的な一言に、ラルフの眉間がピキリと動いた。

大魔導士としての、そして前世からのオタクとしての、無駄に高いプライドにガチで火がついた瞬間だった。

ラルフの顔に、見る者が恐怖で縮み上がるような、自信満々かつ極悪非道な笑みがニタリと浮かび上がる。

彼をよく知るアルフレッドやアンナたちは、その胸中で(あ、これは絶対に何か大人げない面白いことが始まるぞ)と確信し、一歩後ろに下がった。

ラルフは悠然とした足取りで、火球を維持しているダルドーズの正面へと歩み寄った。

「なるほどね……。ダルっちさぁ、属性の概念に囚われない、極めてユニークで無駄のない魔導術式を組むじゃん。僕の魔導に対するアティテュードと、かなり似てて親近感湧くわー」

声をかけられたダルドーズは、両手で火球をコントロールしながら、気楽に首を傾げた。

「はぁ? ラルフっち、また朝からそんな難しいこと考えるわけ〜? 俺、昔から感覚でコレしかできねーし。ほら、いい感じに石が温まってきたっしょ?」

アース・オーブンの石の隙間からは、すでに美味しそうな湯気と、食材の少し甘い香りが漂い始めていた。

「え? ちょっと待って。火の魔法を使っているのに、火属性の魔導士ではないのか?」

ギャラリーの一人として成り行きを見守っていたメリッサ船長が、不思議そうに呟く。

それは、ラルフ以外の全員が抱いた疑問だった。現に目の前で巨大な炎を生み出し、それしかできないと言っている以上、彼は一介の優秀な"火属性の魔法使い"であるはずだ。

しかし、ラルフの全知の眼はその本質を完全に見抜いていた。

「なるほどね……。ダルっちはさ、無意識のうちに、火という現象を『熱エネルギー』だと正確に理解して出力しているんだ。だから術式の根底にあるのは火属性じゃない。分子の運動を操作する『無属性』の魔法なんだよ」

「いや、だから俺っち、そういう小難しいこと、マジでわけわかんねーし」

「ハハッ! 無自覚無意識の、完全なる野良の天才かよ! ……よし、じゃあ僕も手伝ってやるよ、"マブダチ"のよしみとしてなっ!」

ラルフが不敵に笑い、ダルドーズの火球に向かって片手をかざした。

その瞬間、彼の左目――“名も無き神霊の涙”が、禍々しいほど鮮やかな紅い輝きを放った。

ドンッッッ!!!

次の瞬間、ダルドーズの展開していた大人しい火球が、まるでガソリンのプールにダイナマイトを放り込んだかのような業火へと変貌し、天に向かって激しい火柱を燃え上がらせた。

「うオッ?! え、えええええっ?! 何これ、何したのラルフっちぃぃぃーーーっ?! 俺の火球が暴走してんだけど?!」

ダルドーズが腰を抜かしそうになりながら悲鳴を上げる。

「ダルっちはさ、空気中の分子を超高速で振動させることで、摩擦熱から火というエネルギーを発生させている。……だからそこに、僕が魔法で生成した『純粋な高濃度酸素』を、ピンポイントで大量にぶち込んでやったのさ。燃焼効率が数万倍になるのは当然だろ?」

しかし、ラルフの神技はそれだけにとどまらない。

その爆発的とも言える超高温の威力を、ラルフは並行して無詠唱発動させた、目に見えない強固な『魔力障壁』によって、綺麗な円柱形に完璧に囲い込んでいた。

でなければ、高濃度酸素でブーストされた数万度の熱風によって、この場にいる全員が瞬時に消し炭になって焼け死んでいるところだ。暴走するエネルギーを完璧に飼い慣らす、圧倒的な格の違い。

「なにそれっ?! 意味わかんねーけど、マジでヤバい! えー、ラルフっち、もしかしてガチの天才じゃん!!」

ダルドーズが目を輝かせて叫ぶ。

それに対して、ラルフは圧倒的な実力差を見せつけた満足感から、ドヤ顔を隠そうともしなかった。ラルフは実に、子供相手のゲームにも全力で勝ちに行くタイプの“オトナゲナイ”大人である。

しかし、そこは前世が日本人。

一定の、形だけの謙虚さも一応は持ち合わせていた。

「いやいや! 何の手本もない環境で、感覚だけでその原理原則――つまり、魔法による科学的アプローチを確立しているダルっちの方が、よっぽど天才だよ。……属性という狭いシステムに縛られないその姿、まさに『無属性の魔法使い』と名乗るに相応しいね!」

「えへっ! えへぇ〜、マジで?! 俺ってそんな天才だったのぉ〜? いや〜、薄々そうなんじゃないかなぁ、って、自分でも思ってたんだよね〜! ラルフっちが言うなら、そーなんだろーなー!」

ダルドーズは顔をクシャクシャにして破顔した。すると、長年の劣等感を払拭されたかのような彼の感情の昂りと呼応するように、魔力が爆発し、さらに一段と火柱の威力が跳ね上がった。

「ほう……? その魔導圧力、まだそれほどの余力を残していたか。面白い、ならばこれならどうだ、ついてこれるか!!!」

もはや、二人がかりで弄ばれる炎は、ジャングルの木々を遥かに追い抜き、天を衝く巨大な光の柱と化していた。

壮絶な魔力の激突。

その時、限界を迎えた金切り声が、二人の世界を引き裂いた。

「もう!! この魔法バカどもーーーっ!! そこまで火力を上げたら、中の食材が、丸焦げになっちゃうでしょーーーがっっっ!!!」

エリカの怒髪天を衝くツッコミが炸裂する。

「おっと……。そういえばこれ、料理だったわ」

ラルフは呑気に首をすくめると、あくびでもするような軽さで魔法の術式をキャンセルした。

直後、轟々と鳴り響いていた炎の音が消え去り、周囲には静まり返った静寂だけが残された。

調査隊のメンバーも、現地のダーク・エルフたちも、目の前で繰り広げられた「世界の終わり」みたいな高密度魔導士対決に完全に思考が停止し、魂が抜けたような顔で固まっている。

「あー。でもこれ、長年の勘でわかるわ! 中の肉、マジで最高の焼き加減になってる! いや〜、こんな一瞬で調理できるならさ、もうラルフっち、王国とか帰らないでここに住んじゃいなよ!」

ダルドーズは嬉しそうに、ラルフの手をブンブンとちぎれんばかりの勢いで握り合っている。

しかし、その光景を遠巻きに眺めていた王国からの一行――特にウラデュウス国王やアルフレッド、コールたちの脳裏には、ある共通の、身も蓋もない仮説が浮かび上がっていた。

(……まさか、彼がこの戦闘力の高そうなダーク・エルフの里で『長』に選ばれた本当の理由って…………魔法を応用した、この『効率的な飯炊き係』として、一番適任だったからなんじゃ……?)

それは、公爵であり、大魔導士でありながら、自領で『居酒屋領主館』を経営し、日々厨房で包丁を握って常連客に料理を振る舞っている、"どこぞの誰か"とあまりにも酷似した、哀しきシンクロニシティであった。

(――なるほどなぁ〜。そりゃあ、初対面から気が合うわけだわ……)

調査隊の全員が、深い確信とともに心の中でそう納得し、南国の熱い朝の宴へと、静かに席を進めるのだった。