作品タイトル不明
453.その男、厄介につき
コールは激怒した。
「で……。いったい何をしにここまで来たんだ、お前は?」
静かに、しかし内側からフツフツと湧き上がるドス黒い感情をかろうじて押し殺しながら。だが、その瞳の奥には、隠しきれない確かな怒りの炎が灯っていた。
「いや〜、ハッハッハッハッ! ……っていうかさぁ、コール。これ、一体どういう状況なわけ?」
対照的に、緊張感の欠片もない呑気な笑い声を上げたのは、彼の旧友であるラルフだった。
「う……」
あまりにも痛いところを突かれたように、コールはぐうの音も出ずに押し黙った。
周囲を見渡せば、そこは実に南国情緒に溢れた空間だった。
眩い太陽の光を遮る大きな屋根と、床に敷き詰められた瑞々しい大ぶりな葉。風通しを最優先した結果、壁という概念が一切存在しないその建物は、牧歌的でありながらも、この南国の地を統べる王の館にふさわしい広さと圧倒的な開放感を誇っていた。
だが、ラルフが目を丸くして問い詰めているのは、建物の豪華さではない。コールの周囲を文字通り「取り囲んで」いる、艶やかな女性たちの存在だった。
「いや……そ、そのだな……。まあ、なんというか、その……お付きの、だな。俺の身の回りの世話をしてくれる係、というか……」
「いやいや、おかしいだろ? あのさー、彼女たち、明らかにカドス民じゃないよね?」
ラルフの指摘は極めて正確だった。
燦々と降り注ぐ太陽に育まれた、健康的な小麦色の肌。
そして、男性の視線を釘付けにする極めて扇情的な装い――身に纏う布の面積が絶望的に少ない、野生味溢れる衣装の女性たちが、総勢八人。
彼女たちはコールを団扇代わりの大きな葉で扇いで涼しい風を送ったり、甲斐甲斐しく熟した果実を彼の唇へと運んだりしているのだ。
その装いは、隠すべき最低限の場所は辛うじて隠れているものの、肢体の大部分が惜しげもなく露出した、健全な男性陣にとって目のやり場に困るというレベルを遥かに超越していた。
「ヘーカ、コレ、アーン!」
「あ……あ〜ん……」
「何を見せられてるんだ、僕は……っ!?」
あまりの光景に、ラルフは頭を抱えて床をごろごろと転げ回った。
それは、凄まじい 嫉妬心(ジェラシー) と、当事者であるコール自身が抱いている「どうしようもない照れ」を、ラルフの無駄に感受性豊かな脳がダイレクトに受信してしまったがゆえの拒絶反応だった。
「モグモグ……いや! そ、その……これには深いわけがあるんだ。実はな、この島の少し南に、先住民族の部族がいてだな……」
「ほう、なるほど! よく分かったぞ。そこからうら若き乙女たちを力ずくで拐ってきたわけだな? この極悪非道な略奪者が!」
ラルフは己の瞬間的な思い込みを微塵も疑わず、眉間に深い皺を寄せてコールを睨みつける。どうやって社会的・肉体的に制裁してくれようか、という思考が透けて見えるようだ。
「違う違う! 断じて違う! 先に仕掛けてきたのはヤツらの方だ! ある日突然、小舟に乗って、槍を手にした屈強な男たちがここに上陸してきたんだよ!」
「ほぅ〜、なるほど? その『先制攻撃をされた』という大義名分を盾にして、相手の島の男どもを文字通り根絶やしにし、富も女も略奪の限りを尽くした、と? ……なんということだ。戦争における、強者の論理が生み出す悲劇的な現場に、僕は今、立ち会ってしまったというのか……っ!」
ラルフはわざとらしく両手を広げ、 救世主(メシア) の如く天を仰ぐ。
「だーかーら! 話を最後まで聞けと言っているだろうが! 俺たちは奴らを一人も殺しちゃいない! ただ、徹底的かつ完膚なきまでにボッコボコにして、返り討ちにしただけだ!」
「で、その勢いのまま相手の島に乗り込んで、略奪を……」
「お前はぁぁぁぁ! 人の話をちゃんと聞けやっっ!!」
せっかちに妄想の翼を広げるラルフに対し、コール渾身のツッコミが炸裂した。
コールの説明を要約すると、事の真相はこうだった。
近隣の島に住む部族が襲来し、それをコールたちが完璧に返り討ちにしたところ、なぜか「圧倒的な強者」として畏怖と尊敬を集めることになったらしい。挙句の果てに、そこの族長から直々に認められ、この女性たちは自ら進んでコールの元へやってきたというのだ。
単に「力」と「統率力」という、オスとしての原始的な魅力が至高とされる社会。それが、この南国の地における正常な 社会性(ルール) だった。
「それにしても……なんか、納得がいかねーんだよな〜、僕は……っ!!」
ラルフの胸の奥から、理不尽な怒りがフツフツと湧き上がってくる。
この男は、かつての旧友であり、テロリストでもあった。そのコールに対して、様々な温情や策謀を巡らせてこの島へと送ったのだ。
しかし、その結果が、コールをこんな夢のようなハーレム生活に誘うことになるとは、一体誰が予想できただろうか。
奥歯が軋むほどにギリギリとコールを睨みつけていると、一人の女性が怯えたようにコールに寄り添った。
「ヘイカ……アノヒト、コワイ……。ワタシノコトミルメ、ケダモノ……」
片言の言葉で、豊満な身体をコールにすり寄せる。
「ああ、心配いらないよ、ヨヤーナ。確かにアイツはケダモノだ。その見立ては完全に正しい。だけど大丈夫さ、俺が君を守ってあげるからね」
コールは、その艶めかしい細い腰をぐっと抱き寄せ、彼女の耳元で甘く囁いた。
「ヘイカ……」
ポッ……。
「テメーらなぁ……全部聞こえてんだよっ、コラァァァ!! 誰がケダモノだ、誰がっ!?」
今度はラルフが沸点を突破して激怒する番だった。
しかし、コールも負けてはいない。
「お前こそ、一国の公爵様だろうが! いつもその隣にいるメイドに、"あんなことやこんなこと"、その権威を利用して、破廉恥な命令を下してるんじゃないのか!? あぁん!?」
コールがラルフの傍らに控えるお馴染みのメイドを指差す。
すると、そのメイド――アンナは、極めて無表情に、そして極めて淡々と、静かに口を開いた。
「……旦那様は、恥ずかしがり屋でいらっしゃいますので。『アーン』などという大それた真似は、させてくれません。本当に、 初心(うぶ) なお方なのです……」
堂々と、一切の揺らぎなく言い放たれる身内の暴露。
一瞬にして、室内の空気が凍りついたように静まり返った。
ラルフはといえば。
「…………っ」
なぜだか分からないが、計り知れないほどの謎の羞恥心と精神的ダメージを受け、みるみるうちに顔面を真っ赤に染め上げた。
そして、その顔を両手で覆い隠し、文字通り縮こまる。それはそれで、見ている方が不安になるくらいに、ヤバいレベルで恥ずかしがっていた。
しかし、そこは流石のラルフである。
「――ということでだ。色々と差し入れを持ってきた。ありがたく受け取れ」
「切り替えが早すぎるわっ!!」
コールのツッコミが響く中、ラルフは平然とした顔に戻っていた。コールは心の中で深くため息をつく。
そうだ、このラルフという男と付き合うのは、信じられないほど精神力を消耗するんだった、と。
コールは、マジック・バッグごと手渡された差し入れの中身を吟味しながら、久しぶりの他愛のない近況報告に興じることにした。
「お? ワインか。それに……なんだこのデカい肉は?」
「その肉、ベヒモスのだよ!」
「え、マジで!? これ、超高級食材じゃねーか?」
二人の会話は、まるで幼い頃の少年時代に回帰したかのように、邪気のない、本当に他愛のないものへと変わっていった。
「それにしても、この邸宅は凄いな? どうやって建てたんだ?」
ラルフが、風の通る天井を見上げながら素朴な疑問を口にする。
「ああ、これか? こちらにはな、若き巨匠――いや、まだ幼いと言える年齢なんだが、凄まじい才能を持った設計士がいるんだ」
その言葉に、ラルフの脳裏にある光景が蘇った。
着岸した砂浜からコールの館へと向かう道中、大の大人たちを顎で使うようにして、巨大な水車の建造を堂々と指揮していた勇ましい少年の背中。
そしてその隣には、彼と同じようにこの島へと流されたのであろう、同い年ほどの少女が、そっと手を繋いで寄り添っていた。
(なんだかんだ言って、この連中、ここで大繁栄しそうだなぁ……)
ラルフは密かにそんな予感を抱いていた。
男と女がいて、知恵と力がある。
もしこのまま発展していけば、未来のいつか、この島は素晴らしい観光地としての価値が生まれるかもしれない――。
しかし、そんな真面目な思考の裏で、ラルフの脳裏にふと、とんでもなく下品で下世話な疑問がよぎってしまった。
(コールの奴、ハメハメハ大王気取りで悦に浸ってる
ようだが……この壁が一切ない住居で、夜はいったいどうやって“ハメハメ”してるんだ〜?)
その瞬間。
――スバーーーーん!!
乾いた、しかし強烈な破壊音と共に、ラルフの頭頂部へ鋭いハリセンが打ち落とされた。
容赦ない一撃を見舞ったのは、言うまでもなくアンナである。
「ちょっ、痛っ!? なんでー!? え、ちょっと待って、なんで叩かれたの、僕!? 何も言ってないよね、声に出してないよね!?」
ラルフは涙目で頭頂部を押さえながら必死に抗議する。
するとアンナは、何事もなかったかのようにすました顔で、
「あら? 何故でしょう? 無性に叩きたくなってしまいまして。この腕が、私の意思に反して勝手に動いたのです……」
と、およそ弁明になっていない弁明を口にする。ラルフは、彼女の持つ謎のレーダーと容赦のなさが恐ろしくてたまらなかった。
だが、痛む頭をさすっている最中、ある決定的な閃きが、ラルフの脊髄を電撃のようにぶち抜いた。
「ん? 待てよ。コール、もしかして……お前、タララヤ島の言葉って、喋れるのか?」
「ん? ああ。この娘たちの言葉も、ほぼ同じ言語だからな。……その、色々あってな……。まあ、その、本当に、色々と、必要だからな。……それで、必死に勉強したら、いつの間にか喋れるようになっていた……」
コールは、苦労なのか、甘く気怠い時なのか、を思い出して、少し恥ずかしそうに視線を泳がせる。
「あ、そう……。なら、通訳として、ちょうどいい人材が見つかったな。お前も来い」
「……ん? ……えっ?」
コールが怪訝そうに首を傾げた、
――その数分後のこと。
どこまでも広がる美しい海原を、白波を立てて進むアビエラ・グレイス号。
その船尾から、絶叫が響き渡った。
「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ?!!!」
ラルフによって有無を言わさず拉致されたコールの、魂の雄叫びが、どこまでも青い紺碧の海と空に、ただ虚しくこだまするのだった。