軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

360.最終決戦

揺らめく赤色の魔力光が、左の眼窩から熱病のようにほとばしる。

ラルフ・ドーソンは、確かな足取りで一歩を踏み出した。

「いっけぇぇ! ラルフさまぁっ!」

「やっちゃいなさい! わからせてやるのよ!」

「大魔導士、ラルフ・ドーソン! 新たな伝説を刻めぇ!!」

「ラルフさまぁ!」

「ラルフ様ぁ!!」

背後から突き刺さるロートシュタイン領民たちの声援は、もはや単なる音の塊ではない。それは熱を帯びた津波となって、ラルフの背を力強く、そして容赦なく押し流していく。

対峙するコール・ディッキンソンは、濁った殺意を煮詰めたような瞳で、右手に握った剣をだらりと下げていた。

まさに今、時代の特異点となる最終決戦が幕を開けようとしていた。

どこまでも高く晴れ渡った草原のただ中に、二人の男が対峙する。

これから行われるのは、洗練された礼法に基づいた決闘などではない。

ましてや、互いの実力を確かめ合う模擬戦でもない。どちらかの鼓動が止まるまで終わらない、泥沼の殺し合いだ。

勝者に与えられるのは、勝者という空虚な名誉のみ。

反乱の首謀者であるコールにとって、この戦いの先に未来など存在しない。たとえこの場で生き延びたとしても、王国騎士団に捕縛され、断頭台へと送られる運命は揺るぎようのない事実だった。

だが、今の彼にとって、破綻し、灰燼に帰した新生カドス国の建国という野望など、もはやどうでもよかった。

肺の奥に溜まった澱のような絶望はすべて、目の前の男――ラルフ・ドーソンへの純粋な殺意へと転嫁されていた。

「ラルフ・ドーソン……! お前だ、お前さえ……っ! お前さえいなければ、俺の玉座も、名誉も、何もかもがこの手に収まっていたんだ! 返せ、俺の人生を……俺の輝かしい未来を返せッ!!」

絞り出すような絶叫。それは敗北者の呪詛であった。

対するラルフは、ほんの一拍の間を置いて、憐れみを含んだ溜息をついた。

「コール・ディッキンソン……ああ。君がそうなってしまったのは、確かに僕のせいだ。それは認めよう」

ラルフはそこで言葉を切り、冷徹なまでの静寂を置いた。

「……だけど、今の君の惨めさまで僕のせいにするのは、ただの甘えだよ。……相変わらず、吐き気がするほど、みっともないね。――コール陛下……。いや、"何者"にもなれなかった――コール・ディッキンソン?」

口角を吊り上げ、ラルフがニヤリと不敵に微笑む。

その瞬間、彼の左眼に宿る紅蓮の光が一際強く拍動した。その辛辣な挑発に、コールの理性の糸は断たれた。

「貴様はもう、塵すら残さん! 《 滑空斬(スリザード) 》!!」

激情と共に振り下ろされた剣。

放たれたのは、大気を裂く不可視の斬撃。業風が草原を薙ぎ払い、土塊を巻き上げる。地面を深く抉りながら迫る魔法剣の一撃は、常人の動体視力では捉えることすら叶わない。

しかし、ラルフは――。

「おー……。確かにこの『目』は便利だね。斬撃の軌跡どころか、発動直前の魔力の揺らぎまで、スローモーションみたいに見えるぞ!」

彼は、ダンスのステップでも踏むかのように、ほんの半歩だけ横へ身をずらした。

真空の刃が鼻先を通り抜けていく。

ラルフはその最中でさえ、自身の左眼に宿る『名もなき神霊の涙』の能力を、冷徹な魔導研究者の視点で分析していた。

「くっ! 《 滑空斬(スリザード) 》! 死ねッ、《 滑空斬(スリザード) 》!!」

コールが死に物狂いで二連撃を放つ。

だが、次の瞬間、コールの視界からラルフの姿が消えた。

あろうことか、ラルフは振り抜かれた直後の、水平に静止したコールの剣身の上に、軽やかな鳥のようにしゃがみ込んでいたのだ。

「ほう。なるほど……。この目は単なる視覚補助じゃない。一種の"インターフェース"であり、"外部演算ユニット"として機能しているわけか……。つまり、僕の脳に、超高性能な魔法の杖を直接プラグインして運用しているようなもの? ……ということは、"レイテンシー"は実質"0"か。……ん? もしかして、これ、念じるだけで"魔法構成"を完結させられるのか?」

狂気的な決闘の最中にあって、ラルフを支配していたのは、抗い難い知識への渇望だった。彼は己の命を狙う刃の上で、新得の魔導能力を悦悦と解剖していく。

そのあまりに人を食った、冒涜的なまでの余裕。

「死ねえええッ!! コラアアアッ!!」

絶叫と共にコールが剣を力任せに振り抜く。

しかし、そこにいたはずのラルフの輪郭は、陽炎のようにゆらりと歪み、虚空へと溶け去った。

「な、なに……っ?!」

手応えのない空振りに、コールは驚愕で目を見開く。

ふと横を見れば、そこには背中を丸めて、破壊された 魔導兵装(カスカラッド) の残骸に、腰を下ろしているラルフの姿があった。

「モグモグ……。ほう、やはりリグドラシル産のバナナは絶品だなぁ。糖度といい粘りといい、いくらでも食べられそうだ……」

あろうことか、彼は戦場の中心で優雅にバナナを貪っていた。

「ば、馬鹿にしおってぇぇぇぇぇぇ!!」

屈辱に顔を真っ赤に染め、コールは剣を翻した。横薙ぎの一閃を見舞おうと、右足に渾身の力を込めて踏み出す。

その瞬間、彼の足裏が、物理法則を無視したような滑らかな滑走を見せた。

「おっ?! う、うわっ?!」

無様に宙を舞い、ドンッ! という情けない音を立てて尻もちをつくコール。

それを見届けて、ラルフは満足げに立ち上がった。

「ハーッハッハ! "古典的なズッコケ"……一度やってみたかったんだよねぇ〜」

コールの足元には、いつの間にか大量のバナナの皮が、計算された配置で散らばっていた。

「な、なんだこれは……いつの間に……っ?!」

コールは戦慄した。地面に這いつくばりながら、今、この一瞬に何が起きたのかを必死に脳内で補完しようとする。

ラルフは口元を拭いながら、どこか飽きたような、退屈そうな表情で告げた。

「うっぷ……。この『目』の演算能力を流用して、全身の身体強化を並列起動。一秒の間に、二十三本のバナナを完食してやったぜ……! うっぷ、食いすぎた……」

その光景を遠巻きに見ていたロートシュタインの面々は、一様に押し黙った。

(なんという……魔法の、……いや、パワーアップの無駄遣い……)

期待と興奮は、一瞬にして深い呆れへと塗り替えられていく。

しかし、コールはすぐさま弾かれたように起き上がり、最後のリミッターを外した。

「《 衝爆滑空斬(フレア・スリザード) 》!!」

太陽の欠片を宿したような、灼熱の炎を纏った一撃。

だが、ラルフは逃げなかった。ガシィッ! と、素手でその燃え盛る刃を掴み取ったのだ。

立ち込める焦熱の臭い。

しかし、ラルフの腕からは凄まじい斥力が放たれ、逆にコールを押し返していく。

コールの全身から滝のような汗が流れ落ちる。

必死に抗おうとするが、眼前に迫るのは、魔王のような笑みを浮かべたラルフの顔だった。

「コール……。もう諦めなよ? どうにもならないことに、意地を張るのは、バカのすることだよ? ……お前には、お前にしかできない生き方や、小さな幸せを見つけるチャンスがあったはずなんだよ……」

紅い左眼が、網膜を焼くほどの魔力光を爆発的に放つ。

だが、コールはその光の中に、己の全存在を賭した否定を叫んだ。

「う、うるさい! 貴様さえ、貴様さえいなければ! 俺は幸せになれたのだっ! どうにもならなくなったのは……すべて、ラルフ! 貴様のせいだぁぁぁぁぁ!! 俺は、王になる! それがすべてだ! 王にさえなれば……すべてが叶うはずだったんだっ!!!」

喉を焼き切らんばかりの、血を吐くような慟哭。

それを受け、ラルフは底冷えのする視線で男を見下ろした。

「だから……お前はバカなんだよ。王になる? そんなめんどくさいこと、僕なら、……御免だね!」

「それは! お前が常に『奪う側』にいるからだ! 俺のような、奪われ続けた側の気持ちなど……貴様は結局、ただ運が良かっただけだ! 王国に生まれ、公爵家に生まれ、民に慕われる貴様になど、わかるはずがないっ!! 祖国を、そして父上を奪われた、俺の絶望がなっ!!」

その言葉が、ラルフの逆鱗に触れた。

眉間に深い皺が刻まれ、左眼から溢れる魔力は、もはや制御不能な激流と化す。

「知るかよ! バーカっ!! 僕だってなぁ、公爵なんて重苦しいもん、やりたくてやってるわけじゃないんだよ!! ……ただ、酒を飲んで、笑って、楽しく暮らせれば、それでいいんだ! お前こそ、僕の苦労の何がわかるっていうんだっ?!!」

「ならば! 俺にこのロートシュタインを明け渡せ! その重責から、貴様を解放してやるッ!!」

「へへーん、やーなこった! ……めんどくさいのは事実だけどさ。……でもな、この"ロートシュタインだけ"はな……」

ラルフは言葉を切り、ふっと視線を落とした。

脳裏をよぎるのは、居酒屋領主館の、喧騒に満ちた日常。

酒の匂い、笑い声、くだらない言い合い。

どこまでも喧しくて、救いようのない間抜けな連中。

その客たちの騒がしさに、誰よりも救われていたのは、

――ラルフ自身だった。

そこは彼が、作り出し、守り抜いた、誰もが馬鹿でいられる唯一無二の居場所だ。

「……お前なんかには、絶対に渡したくないなぁ。……だって、お前が治めたって、……誰も幸せそうに、酒を飲めなそうだもん!」

刹那、ラルフの左眼から波動が爆発した。

物理的な質量を持った魔力の奔流がコールの身体を軽々と吹き飛ばし、彼は背後の崩れかけた大門へと、大砲の弾丸のように激突した。

「が、は……っ!」

血と共に、すべての野望を吐き出すコール。

その決闘の終焉は、あまりに静寂だった。

ただ、草原を吹き抜ける風の音だけが、勝者の耳を撫でていった。