軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

356.土と血

カドス王国の誇る 魔導兵装(カスカラッド) は、その巨躯をただの鉄塊へと変え、次々と沈黙していった。

「へ、陛下……。どうか、お下がりください!」

絶望的な戦力差。もはや壊滅は自明の理であった。

側近の兵たちは、激情に駆られたコール・ディッキンソンの周囲を固め、重厚な大門の中へと彼を押し戻そうとする。

「クソが、クソがぁぁぁ! ラルフ・ドーソンめぇぇぇ!!」

コールの叫びは、もはや王としての威厳を失い、獣の咆哮に近い狂気を帯びていた。血管を浮き上がらせ、瞳を血走らせるその姿は、まさにご乱心。

「総員、剣を抜け! 我がカドスに、不滅の栄光をッ!!」

隊長の悲痛な号令が響く。

この武力蜂起の主軸であった魔導兵装を失った今、彼らに残されたのは、鉄の刃と己の肉体という、あまりに原始的な暴力のみ。歩兵の全軍投入――それは、戦術ではなく、ただの悪あがきであった。

対するは、ラルフ・ドーソンが率いる王国寄せ集め部隊。

だが、その異形なる新型魔導戦車は、今まさに真の輝きを放とうとしていた。

「うぉぉぉぉぉ!」

「カドスに栄光あれ!」

大門から雪崩を打って溢れ出す歩兵たちは、死の恐怖を熱狂で塗りつぶし、無謀な突撃を開始する。

戦車の狭い操縦席で、ラルフの唇が不敵に吊り上がった。

「よっしゃ! 全車、主砲装填。……十分に引きつけろよ。―― 撃(て) ッ!」

刹那、冬の草原に落雷を思わせる激震が走った。

だが、放たれたのは肉を裂き、骨を砕く無慈悲な鋼鉄の礫ではなかった。

飛来したのは、鈍い音を立てて弾ける「何か」だった。

「ちょっと、何よアレ!?」

キューポラから身を乗り出していたエリカが、呆気に取られた声を上げる。

カドス兵の鎧に、盾に、顔面に、――ベチャリ、ベチャリと不気味な塊が張り付いていく。

「はっはー! アレか? 特製『泥団子弾』だ! 花屋のジャンバティスタさんに無理を言って仕入れた、最高級の粘土質だぜ!」

ラルフは操縦桿を握ったまま、愉快そうに高笑いした。

それが戦場でどう機能するかは、即座に証明された。

極寒の風が吹くこの季節、粘り気の強い泥を浴びればどうなるか。泥は鎧の継ぎ目から容赦なく侵入し、体温を奪い、重くまとわりつく。さらには草原を滑りやすい泥濘へと変え、兵たちの足元を奪った。

後方で静観していた錬金薬学の権威、アルフレッドが双眼鏡を覗きながら、独り言ちる。

「……あの泥には、海藻から抽出したヌルヌル成分――特製ローションを配合してある。相変わらず、吐き気がするほど悪辣な発想だ。……いいぞ、やれ、ラルフ」

かつての同級生の「らしい」戦い方に、彼は微かな苦笑を浮かべてエールを送った。

しかし、戦場には常に不確定要素が潜んでいる。

泥の地獄を潜り抜け、狂気に突き動かされた一人の兵が、ラルフの戦車へとしがみついた。

「おのれぇぇ!」

「きゃぁっ!?」

むき出しの殺意が、エリカへと振り下ろされる。

「エリカっ!?」

ラルフが叫ぶ。だが、その白刃が届くより早く、鋭い風切り音が空気を割った。

「ぐわっ!」

兵士の手首に、一本の矢が深く突き刺さる。

「ふんっ!」

エリカはその好機を逃さず、手にしていた麺打ち棒を渾身の力で振り下ろした。ポコンっ! と、鈍い打撃音と共に、兵士は戦車から転げ落ちていく。

ラルフは即座に操縦桿を操り、砂埃を一直線に巻き上げながら、見事なスライドブレーキで車体を停止させた。

「誰だっ!?」

小窓から視線を走らせる。五十メートルほど先、立木の枝に、凛とした姿勢で弓を構える人影があった。

長い耳。しなやかな肢体。それは、森の民、エルフ族。

彼女は一瞬、伝説の狩人のように気高く微笑んだが――。

「あ~はっハッハッハ! ほれ、当たったろ? 弓は得意なんさぁ!」

口を開いた瞬間、神秘性は霧散した。

「お前かよ! ミュリエル?! なんか格好いい新キャラが登場したのかと思ったじゃねーかよ!!」

「助かったわよー!」

ラルフのツッコミとエリカの感謝が交錯する。ロートシュタインで発酵食品作りに勤しむエルフたちまでもが、この戦いに参戦していた。

再び、戦車の主砲から泥団子弾が放たれる。

「ぶべらっ!」

「ぶおっ!」

泥に塗れ、無様に転がる敵兵たち。阿鼻叫喚の地獄図のはずだが、どこか喜劇的な空気が戦場を支配し始めていた。

だが、その均衡は突如として破られた。

重低音を響かせ、大門が、今度こそ「真の絶望」を吐き出すために開かれた。

「ラルフ! 何か来るわよ、とんでもないのが!」

エリカの警告と共に、それは現れた。

「――グギャァァァァァァァァァ!!」

鼓膜を震わせる咆哮。

巨躯を包むのは、鈍色に光る魔導装甲。岩のように硬質な黒き肌を持つ、ワイバーンの変異種――"ゲータースキン"である。

「おいおい……、コールのスポンサーとやらは、どうなってんだ? あんな化け物、どこから引っ張ってきたんだよ?!」

ラルフの顔から、余裕が消える。

「レッドフォードとぶつけてみるしかないわよっ!」

エリカが、ラルフの愛獣である紅蓮のワイバーンを想起して叫ぶ。だが、ラルフは冷静だった。

「ちっ! 向こうにも、テイマーがいるようだな。しかし、あの装甲は厄介だ。魔導耐性まで付与されてやがる。恐らく、レッドフォードのブレスも通らんぞ! ……だが、やるしかねえか! 全車、実弾装填! 遠慮はいらん、ぶち込め!」

ラルフの指示が、通信用の魔石を通じて全車に飛ぶ。

だが、ゲータースキンは予想を上回る速さで地を蹴った。

「ちょっと、ラルフ! こっち来るわよぉぉぉぉぉ!?」

「えっ? えぇ~!! ヤバっ!」

ドォォォォォンッ!

地響きと共に迫った巨獣の蹴りが、ラルフたちの戦車を軽々と吹き飛ばした。

「ウワァァァァァ!」

「キャぁぁぁぁぁぁぁ!!」

視界が上下に激しく回転する。鉄の箱の中で二人はもみくちゃになり、戦車は草原を転がってようやく停止した。

すると、戦車の天蓋から「シュポッ!」と小気味よい音が響いた。

ひょっこりと掲げられたのは、小さな白旗。

「ちょっとぉ! 何よこれ!? 何のためにこんな機能付いてんのよ!」

「痛てて……。いやぁ、……ロマン、かな……」

ひっくり返った車内で言い放つラルフに、エリカの額には青筋が浮かぶ。

周囲の戦車から一斉に砲撃が開始されるが、ゲータースキンの魔導装甲は火花を散らすだけで、致命傷には至らない。

「こうなったら、奥の手だ。……来い、レッドフォード!!」

空を裂いて、紅蓮の翼が舞い降りた。

「グギャァァァァァ!!」

「よっしゃ、僕たちを運べ!」

「はぁ!? どうする気よ?!」

「ブレスも魔法の火力も通らないなら、ゼロ距離で物理攻撃を叩き込むだけだ! プランB、『空飛ぶ戦車』作戦だぜ!」

レッドフォードの鉤爪が戦車を掴み、力強く羽ばたく。重力から解放され、戦車は宙へと浮き上がった。

「うわっ、ちょっとぉ!」

あまりにも型破りな空中輸送。エリカが叫ぶ中、眼前には咆哮するゲータースキンの頭部が迫る。

「グギャァァァァァァァァァ!」

「よし、主砲で――って、あれっ、えっ?! 壊れてるっ!?」

「どうすんのよ、このバカぁ!」

目前に迫る巨躯。ラルフは咄嗟に、座席の下から一球の塊を掴み出した。

「これだ! こんな時のために作っておいた『特製トウガラシ爆弾』! こいつを奴の鼻先で炸裂させてやる!」

ラルフは不安定な戦車の上へと這い出し、身体強化の魔力を全身に巡らせた。

「くらえっ! 大リーグボール一号――ッ!!」

片足を天高く突き上げる、伝説の野球漫画の魔球を彷彿とさせる投球フォーム。放たれた爆弾は鋭い弧を描くが――。

「あ」

爆弾は無情にも右へ逸れ、空を切った。そして、地面に向かい視界から消えていった。

「全然ダメじゃない! 何やってんのよ?!」

「いや、実は……左目がまだよく見えてなくて、遠近感が……」

「そんな状態で運転してたの!? もう、あたしに貸しなさい!!」

エリカがラルフの手から予備の爆弾をひったくった。

彼女は左手で球体を掲げ、右手の麺打ち棒を肩に担ぎ――深く、腰を落とす。

「これでも……喰らいなさいっ!!」

放った球体を、目にも留まらぬ速さでフルスイングした。

カキィィィィィィンッ!!

麺打ち棒が捉えた爆弾は、光り輝く弾丸となって直進する。

「ビッグフライ! オオォォォタニサァァァン!!」

ラルフの謎の叫びと共に、爆弾はゲータースキンの鼻先で見事に炸裂した。

刺激臭を伴う赤い粉塵が、巨獣の感覚を麻痺させる。

「ギィィィィィァァァァァ!」

悶絶し、首を振り回すゲータースキン。

「エリカっ! よくやったぞ!!」

勝機。

誰もがそう確信した、その一瞬。

ラルフの瞳に、不吉な輝きが映った。

それは、追い詰められた、仮初の王の、最後にして最悪の足掻き。

大門の頂。剣を抜き放ち、狂気と嘲笑を顔に張り付かせたコール・ディッキンソンが、その凶刃を振るう。

「《 滑空斬(スリザード) 》――ッ!」

放たれたのは、彼の得意とする、唯一無二の魔法剣。

空気を断ち切る不可視の刃が、重力を無視した軌道でラルフに迫る。

「《 魔導障(プロテクシ) ……》……ッ!?」

展開が、コンマ数秒遅れた。

不可視の斬撃は、未完成の障壁を紙のように切り裂き、ラルフの左顔面、その目を抉った。

鮮血が、舞う。

「……ぁ」

衝撃に弾かれ、ラルフの身体が戦車から離れ、虚空へと投げ出された。

「ラルフぅぅぅぅぅぅ――――ッ!!!」

エリカの絶叫が、戦場の喧騒を突き抜け、誰もがその最悪の光景を見つめた。