軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

269.最強の魔導士

「なんで完璧に制圧しなかったんだよっ?!! めんどくせ~ことしやがって!!」

喧騒を破るラルフの問いかけ。

大教会を取り囲む、まるで聖域を守る外堀のような静謐な湖。その縁には、篝火に照らされた屋台が賑やかに立ち並び、さながらロートシュタインの歓楽街が出張してきたかのようだった。

ラルフは巨大な天幕の下、簡易コンロから立ち上る湯気の中で、忙しなくうどんを茹でている。

向かい側では、ダンジョン・マスターのスズが、"きつねうどん"のお揚げを満足げに頬張っている。

「正直、あれはヤバい……。あの教皇とやらが、どう出るか、まったく読めなかったから……」

「ヤバいって、そりゃあ、お前より強いってか?」

スズは人ならざる亜神に分類される存在だ。その戦闘力は、王国でも頂点に立つであろう。

その彼女が「ヤバい」と評する相手。ラルフは、得体の知れない不気味さに肌を粟立たせた。

「強いかどうかは、わからない……。だけど、あの女からは、何をしでかすか、予測不能な怖さがあった……。もしあの場で戦闘を開始してたら、……大教会の神官達にも、必ず犠牲が出てた」

「いや、偉大なる教皇様なんだろ? 敬虔な信徒が傷つくようなことは、しないんじゃないのか?」

ラルフは訝しの眼差しを向ける。

「違う……。私にはわかる。あの目は、最悪、神官達を盾にする可能性すら秘めていた……」

「まさか……」

「……独占欲が強い、この世のすべてが自分の思い通りになると勘違いしてる女はねぇ、本当に厄介なのよ……」

「含蓄が深いって!!!」

ラルフは激しい諦念に見舞われた。

"引きこもり気質のオタク女子"が、口にしたとは思えない皮肉は、ある意味真実としての側面を持っている気がしてしまった……。

「とにかく、あの場で全員を気遣いながらも、あの女だけに攻撃を加えるなんて芸当は、私には無理だと判断した……」

「なるほどなぁ……。つまり、敵である神官達も、人質に取られている……。という、ややこしい状況なわけだ……」

ラルフは眉間に深くシワを刻む。

すると、隣で"牛すきうどん"を平らげたカーライル騎士爵が、ふんっ! と豪快に鼻を鳴らした。

「ややこしいのは、お前の作戦のせいだろう! 普通の戦争なら、敵は敵、情け無用! すべて叩き潰す! これよ!! ……“犠牲者を皆無で”という、お前の甘さが、この状況を招いたのだ!」

歴戦の猛者としての無慈悲で豪快な意見は、ある種の真理を突いていた。

「いやぁ、さすがにそれは。ねぇ……」

ラルフは、譲れない矜持を滲ませて反論する。

「とにかく……。提案は受け入れられた。教皇の命令となれば、神官達も引くに引けない……。彼らを無力化し、順次捕縛……、最終的に教皇を引きずり出せば、犠牲は最小限で済む」

スズが、淡々と今後の見通しを説明した。

「なるほど……。しかし、まどろっこしいし、めんどくさすぎるっ! 絶対、お前、少年マンガみたいな熱い展開を狙っただろ?!」

「い、……いや……。それは、ないことも、ない……」

スズはしどろもどろだ。

だが、その言い分にも、確かに一理あるような気もする。

その時、大テントの入り口の天幕が持ち上がり、冒険者ギルマスのヒューズが姿を見せた。

「ラルフ様、奴らに、食糧と新しい武器、差し入れしてきたぜ……」

少し疲れた様子で、ドカリと椅子に腰を下ろす。

「すまんなぁ、ウチのスズが……。なんか食う?」

ラルフが尋ねる。

「焼きうどん、肉多め、目玉焼きトッピングで……」

「はいよー」

ラルフは、マジック・バッグからフライパンとソースを取り出した。

「とりあえず、食糧に関してはテキトーに見繕ったが、俺は聖教国の慣習には疎い。教義によって食えない、みたいなものってあるのか?」

ヒューズの質問に、スズが答える。

「特にないっぽい……。それに、教皇は、飲食を必要としないらしいし……」

それは、あまりにもとてつもなく驚愕の事実だった。

「はっ?!! 食べないの?!!」

ラルフは目を見開く。

"月見うどん"を啜っていたファウスティン公爵が、ふんっと鼻で笑った。

「ふんっ、やはりな。いよいよ、人間じゃなさそうだな……。ここにおわす、ダンジョン・マスターでも、食うのになぁ……」

公爵がニヤリと微笑むと、スズは稲荷寿司をモグモグと食べながら、

「美味しいは、正義!」

と、力強く言い放った。

「まあ、とにかく……。"プランB"だ。大教会から出てくる奴等を、あの橋の上で、各個撃破……。そんで、捕らえて保護する。そういうこったな?」

ラルフは投げやりながらも、スズの機転を利かせた“プランB”に乗ることにした。もっとも、元からBもCもないのだが。

「そういうこと! 先鋒は、ラルフがいいと思う……」

スズは言い放つ。

「はっ? どういうこった?」

ラルフが身を乗り出し質問した、その瞬間だった。

テントの外から、何やら大きなどよめきが聞こえてきた。

ラルフは、自分の背後、天幕の一部を片手で持ち上げ、その様子を窺う。

大教会へと続く、真っ白な石組みの大橋の上を、聖教魔導士の証であるローブをまとった一団が、まるで橋路を埋め尽くすように、威圧的な行進をしてきた。

そして、まるで背水の陣とも言える、勇ましい宣戦布告の声が、湖面に響き渡った。

「侵略者にして聖なる敵、かの偉大なる"殲滅の魔導士"、ラルフ・ドーソンよ。……同じ魔道を究めし者として、我々、聖教魔導士団が、その挑戦を拝命せん。いざ、勝敗を決する一戦に臨まれよ!」

女性魔導士長、オルティ・イルの声だ。

それを目の当たりにしたラルフは、

「おいおい〜、何人いるんだよー?! あれで正々堂々勝負って、あいつら、プライドってもんがないのかよ〜?!!!」

と、とてつもなく面倒くさそうに呻いた。

しかし、スズは、微塵も動じない。

「ラルフなら、やれるんでしょ? どうせ……」

「ふん……」

ラルフは肯定も否定もせず、ただ鼻を鳴らす。

「良いではないか?! わかりやすい!! 実にわかりやすい! どうかね? ファウスティン公、賭けでもしないか?」

カーライル騎士爵が膝を叩き笑うが、

「賭けになりませんぜ! どうせ、アンタも、ラルフに賭けるんでしょ?」

「それもそうか……」

と、つまらなそうに、火酒を注ぎ出した。

自分の出番が来るかもしれないのに、普通に酒を飲み出す騎士爵に、ラルフは頭痛を覚えた。

「というか、なんて言って奴等をけしかけたんだ? 一度は諦めたんだろ?」

ラルフが尋ねる。

「勝ったら、撤退してあげる。って、言った……」

なるほど。シンプル。恐ろしくシンプル……。

ラルフとしては、スズの策略と趣味趣向に乗るのは、なんだか癪だが、仕方なくテントの外に歩み出た。

その姿を見た、ロートシュタインから来た人々は、

「ふぉぉぉぉぉぉっ!」

「我等が領主さま、出陣だぜ!!」

「こりゃあ、見ものだぜぇ!!!」

と、ボルテージを滾らせる。

彼らは、敬愛する領主の、晴れ舞台を一目見ようと、押し寄せる。

白い橋に、ゆっくりゆっくりと歩みを進めるラルフ。

その眼前には、精鋭の魔導士部隊。

普通ならば、無謀な行為。

しかし、ラルフ・ドーソンは、あの"殲滅の魔導士"なのだ。

橋の真ん中、聖教魔導士団の中央にいる魔導士長の、魔導攻撃ギリギリの間合いに、ラルフは立つ。

二人の魔導士が、向かい合う。

「やあ、オルティ魔導士長……。めんどくせ~けど、……"再戦"といこうか……ね?」

ラルフは、不敵な笑みを浮かべる。

しかし、その不可解な言葉に、オルティは声を上げた。

「……何故、私の名前を知っているのだ? ……それに、"再戦"とは?」

「……うん。まあ、そりゃあ、忘れてるよね〜。なんたって、僕が"記憶を消した"んだもん!! ……いやぁ、"あの時"は焦ったなぁ。いきなり襲って来るんだもん! …………まあ、つまり、君ら全員、一度僕に負けてるのさ!」

ラルフは、まるで理解不能な冗談を口にするかのように、事もなげに言い放った。

しかし、オルティの側頭部、こめかみの奥が、チリ……チリリと、鋭い痛みを訴えた。

それは、既視感に似た、まるで霞がかった記憶の断片が、無理やり接続されようとする時の感覚。夢の中で見たかのような、ぼんやりとした景色。

『あんたらさぁ、ちょっと今は勘弁願いたかったねぇ……。こっちの都合悪いのよ! なので、悪く思わんでね……。まあ、この事、忘れるんだけどね!!! ケーケッケッケッ!!! では、《 記憶消去(ニューラライズ) 》』

そうして、未知の魔法の光と共に、まるで、悪戯を仕掛けた幼子のような、無邪気な笑みを浮かべたこの男の顔を、確かに見たことがある。

そんな確信にも似た予感が、オルティの胸をざわつかせる。

それは、一体いつ、どこでだったか?

――異端分子が潜んでいる可能性があると、各地に放っていた助祭から報告を受けたのは、いつのことだった?

――そして、打ち捨てられた村、その中央に立つ廃教会を取り囲んだのは、いつだった?

――そして、その結末は、どうなったのだった??

途切れ途切れに浮かび上がる記憶の断片に、オルティは混乱の淵に立たされる。

この男に、会ったことがある?

そして、負け、た……??

いや、この男は、共和国との戦争をたった一人の力で終結させたと噂される魔導士、ラルフ・ドーソン。

その彼が、先ほど、真実を口にしたではないか。

"僕が記憶を消したんだもん!"

と。

オルティは愕然とした。

同時に、抑えようのない、どうしようもない怒りが、心の底から噴き上がってきた。

情をかけられたことへの怒りか?

違う。

侵略者に踊らされていたことへの怒りか?

そうかもしれない。

彼に勝てなかったからか?

それは当たり前だ!

しかし、この軽薄で傲慢な男が、自分の記憶、さらには生まれ持った魔導士としての才能、自分がこの世界に生まれた理由、そして生きる理由すらも、まるで、

まるで……、

遊び半分に片手で弄ばれたかのような感覚……。

それは、堪えがたい、どうしようもない悔しさとなって、オルティの魂を灼いた。

一言でいうなら、

屈辱……。

「……ラ、ラルフ・ドーソン! きさ、貴様ぁ……私の、記憶を奪ったのかぁああああ……? 許さない……。許さないぃぃぃぃぃぃぃい! お前は、殺す! 絶対に殺す!! そして、私が! 私こそが!!! この世界で最強の魔導士だと、証明してやる!!!!」

オルティの殺意が、純粋な魔力となって白い橋の上で炸裂した。

それは、開戦の狼煙だった。