軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

241.王都にて、屋台の宴

王都の路地裏は、真夜中を過ぎても、活気の余韻を留めていた。

屋台の提灯が、心許ないながらも橙色の光をずらりと並べ、夜闇に細い光の筋を描き出している。王国の中心たるこの大都市において、夜更けに出歩く人々がいるのは、理屈では割り切れない人間の業のようなものかもしれない。

それでも、夜更かしを好み、あるいは心に寂しさを抱える者たちにとって、酒と肴、そして袖振り合うも他生の縁と一夜の宴を求めて、この路地裏へと誘われるように足を向けてしまう場所なのだろう。

ロートシュタインからの出張組、五人の一行は、そんな夜の都の賑わいを、物珍しげに眺めながら進んでいた。時折、暗がりの水路の方から水面を打つ水音が響き、ふと目を向けると、酔いに任せた男が立ち小便をしている姿があった。その光景を目にした元聖女は、顔をたちまち赤く染め、慌てて目を背けた。ラルフは、思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ラーメンも、随分と浸透したんだな」

ファウスティン公爵は、どこか感慨深げに呟いた。

「ですねぇ! 王都にも、いつの間にかラーメンブームが届いていたようです。よしよし、素晴らしいことだ!」

ラルフは満足そうに頷く。彼が治めるロートシュタイン発祥のラーメン文化、そして屋台文化が王都にまで広がり、新しい文化として民衆の中で花開いている。その事実は、彼の領主としての成功を証明しているようだった。

「でも、やっぱり、『ロートシュタイン』のイメージは強いのね……」

そう言いながら、ダンジョン・マスターのスズが覗き込む屋台の看板には、大書された文字があった。

『本場ロートシュタイン魚醤ラーメン』。

「本当だ。一種の、ブランディングというやつだな」

ラルフは納得した。勝手に名乗っていようと、文化が根付く過程の一部だと捉えれば、特に構いやしない。

「カラアゲ専門の屋台までありますよ?」

メイドのアンナが、意外そうな声を上げた。

「ほう! なるほど、ひたすら唐揚げを頬張りながら、ビールとハイボールを楽しむ、と……」

その屋台の中では、油を満たした大鍋がジュウジュウと香ばしい湯気を立ち昇らせ、その周囲だけが熱気に包まれていた。立ち呑みに興じる客たちは、揚げたての唐揚げにマヨネーズをつけ、ブラックペッパーを振りかけ、あるいは、いかにも辛そうな真っ赤なソースを試すなど、味変を楽しみながらジョッキを傾けている。

「うわぁ~。本当に色々あって、迷いますねぇ~」

元聖女様は、まるで好奇心に満ちた子供のように目を輝かせ、どの屋台で何を食すかと思案していた。

「ファウストさん。何か食べたいものは?」

ラルフはファウスティン公爵に尋ねた。

「とりあえず、酒が飲みたい……。あと、夕方に教会が差し入れた弁当が予想外に豪華だったから、ちょっと、軽いものが嬉しいな……」

ラルフは、今宵の夕食を思い出した。今回の吸血鬼退治のバックアップを申し出た王都の教会で、なぜか非常に豪華な食事が提供されたのだ。

清貧を美徳とするイメージとは裏腹に、それは超豪華な幕の内弁当のようなもので、さらに「若い衆はこれでは腹が膨れないでしょう!」と、大皿に山盛りのフライドチキンとフライドポテトまで提供された。

教会の年老いたシスターまでが、豪快に骨付き肉を貪り、ワインボトルをラッパ飲みしていた光景は、ラルフにとって(シスターというより、盗賊の女頭領のようだ)と、新鮮さと呆れが混ざった複雑な印象を残していた。

「まあ、確かに。脂っこいものは避けたい気分ですねぇ……」

ふと、見ると、ダンジョン・マスターのスズの姿がない。

振り返ると、かなり後ろの方で、とある一軒の屋台をじっと覗き込んでいた。何か、彼女の琴線に触れる美味しそうなものを見つけたのだろうか?

すると、スズの元へ、厳つい体躯の男二人が歩み寄っていくのが見えた。

「けっへっへ……。どうしたんだい? お嬢ちゃん。こんな所で一人で」

「いくら王都とはいえ、夜中に一人じゃ危険だぜぇ」

「一人じゃない……」

そう言いながら、スズは腰に提げた日本刀の鯉口を左手で切った。カチャリ、と微かに鍔鳴りが響く。

「おーおー! 勇ましいお嬢ちゃんだぜ!」

「けっへっへ、安心しな……。俺達が、パパとママの所に連れてってやるからよぉ」

男たちは、下卑た笑みを浮かべた。

その時、二人の男の背後に、影が落ちた。

「どうも。その子のパパです」

「どうも。ママです」

ラルフとファウスティン。

二人の公爵が、冗談めいたセリフを言いながら、唐突に声をかけた。

「うぉっ?! なんだテメェらは!」

「驚かせるな! 怪しい奴等だなぁ!」

ラルフとファウスティンは顔を見合わせると、寸分違わぬ一足一挙動で、懐から短剣を取り出した。それぞれの家名と紋章が刻まれた、貴族の証を静かに示す。

そして、

「どうも。私、ラルフ・ドーソン公爵です。……お前ら、僕の"連れ"になんか用か?」

「はじめまして。俺ぁ、ファウスティン・ド・ノアレイン公爵だ。……"俺の女"に手ぇ出してんじゃねーよ」

気だるげな声色とは裏腹に、見下すような鋭い眼光を向けた。

二人の公爵のセリフを聞いたスズは、胸の奥で、トゥンク!!! と、音を立てるようなときめきを感じ、目を潤ませ、顔を赤く染めた。

しかし、そのときめきを、

「スズ様、くれぐれも悪い男に騙されぬよう。その軽々しいトキメキをお引っ込め下さいまし……」

メイドのアンナが、微動だにしない無表情のまま、彼女の将来を静かに憂い、釘を差した。

「こ、こ、こ、公爵さまぁ!」

「嘘だろ!『殲滅の魔導師』と、『黒の公爵』様だ!!!」

二人組の男は、恐怖に腰を抜かした。

「お前たち、何を企んでいた? スズをどうする気だった?」

ラルフが問い詰める。

「いや、俺達はただ……」

「そ、そ、そ、そう。幼い女の子が、一人っきりだったから、心配になっただけで……」

男たちは声も震えだしている。

言われてみれば、彼らは一貫してスズの身を案じるかのような発言をしていた気もする。少々、誤解を生みやすい口調ではあったが……。

「ああー。なんか、すまん……」

ラルフは、素直に頭を下げた。

「俺もすまんな……。疑って悪かった……」

ファウスティンもそれに倣い、頭を下げる。

二人の男は、信じられない思いだった。貴族、しかも名のある公爵が、平民である自分たちに非を認め、頭を下げたのだ。

「いや、いやいやいやいや! 誤解が解けたならそれでいいんすよ! むしろ、有名人にお会いできて感激ですぜ! 是非、酒を一杯奢らせて頂けませんか?!」

「そうだぜ! あの伝説の魔導師と最強の退魔師に、酒を奢ったとなると、俺もいい話のネタになるぜ!!」

男たちは、一転して興奮した。

そして、ラルフは、

「そういえば、ここは何の屋台だ?」

と、小さな暖簾を右手の甲で割るように上げた。

「いらっしゃい」

屋台の店主の声。

大鍋には、灰色の麺が踊り、並べられた揚げ物や、いなり寿司が見える。

どうやら、スズはこのいなり寿司を見ていたらしい。彼女の大好物だから。

すると、後ろから、

「おー。蕎麦じゃねーか? ちょうどいい。ここにしようぜ」

ファウスティンは、一同の同意も取らずに、ドカリと簡素なベンチに腰掛けた。

「私もここがいい! かけ蕎麦と、いなり寿司を二つ!」

スズはファウスティンの隣に座り、オーダーを通した。

「店主。焼酎はあるか? 出汁割りで頼む」

ファウスティンは早速、通好みの渋い注文をする。

元聖女も、

「海老天だぁ!! あっ、ちくわの磯辺揚げもある! 店主様! あと、私はおすすめの米酒を!」

「はいよー」

大好物を見つけた元聖女の興奮に、店主は蕎麦を茹でながら応じた。

ラルフも並んで腰掛ける。

メイドのアンナが、静かに言った。

「旦那様、あの、麺の箱……」

そう言われて、屋台の隅に積まれた木箱をチラリと見た。そこに書かれている文字。『ロートシュタイン製麺所』。

ラルフは、店主の横顔をまじまじと見つめた。そして、記憶の糸が一本繋がる。

「あー! ねぇ、貴方! 居酒屋領主館の常連だったよねぇ! 冒険者の?!!」

ふと、その面影を思い出した。

「へっへぇ、気づいてくれましたか。ラルフ様……」

中年の男は、頭に巻いたバンダナを取り去り、深々と頭を下げた。

「やっぱり! そうだったんだ、開業したんだねぇ!」

ラルフは心底嬉しくなってしまった。

「元々、この王都の出身でして。冒険者は引退して。今はこうして、気ままな屋台をやっとります」

「いやぁ~。元気そうでなにより」

よくよく見れば、この屋台で提供される品々は、ロートシュタインから仕入れているものが多そうだった。彼の文化が、また一つ王都で花開いている。

「私は、かけ蕎麦に、ワカメとコロッケトッピングで。旦那様、私も飲んでいいですか?」

アンナも注文する。

「ああ! 飲め飲め! 僕は、……あれ? カレーもあるじゃん!!」

ラルフは目を見開いた。

「へっへっへぇ。エリカさんに、いつか食べて貰いたくてねぇ」

店主は、少し照れくさそうに鼻の下をかいた。

「じゃあ、そのうちエリカを連れてきてやるよ!」

と、ラルフは気軽に応じた。

スズに声を掛けた二人組の男も、

「俺らもお付き合いさせて下せぇ!」

「俺は、もり蕎麦だ! 寒夜でももり蕎麦が、"通"の食べ方よ!」

と、完全に合流し、和気あいあいとした空気が流れる。秋の夜空の下、小さな屋台で小さな宴が始まった。

しばらく、酒を飲み、他愛もないバカ話に花を咲かせていると、

「あっ! いた! ラルフ殿ぉ。なかなか来ないからと、探しに来てみれば。こんな所でぇ。……店主! 儂は鶏天と、白ワインを!」

デューゼンバーグ伯爵も姿を現し、この謎の飲み会に加わった。こうして、冷たい風すらも避けて通るかのような熱気を帯びた小さな屋台で、王都の夜は更けていく。

「ハッハッ。吸血鬼ってのも、大したことなかったなぁ!」

ファウスティンが豪快に笑う。

「私は、日本刀を振れて楽しかった……」

スズは醤油ダレの染みたちくわを頬張りながら、小さな満足感を口にした。

「それ。カーライル騎士爵が見たら、うるさいぞぉ」

ラルフは苦笑する。

「ギャッハッハー! 本当に亡命してよかったわー。こんなに美味しくて楽しい思いできるんだからぁ」

元聖女は、陽気に笑い、米酒を呷る。

「それは、ちくわと大根をタレで煮てるのか? それも食べたいのだが」

デューゼンバーグ伯爵が、店主の私物のツマミにまで手を伸ばす。

「あっ、いや、これは、自分のツマミでして……」

「それも食べたい……」

「……はい……」

そんな平和な会話が繰り広げられた。

ふと、ラルフはスズに質問した。

「日本刀なんて、いつの間に作ったんだ?」

「ドワーフの鍛冶師、トニスさんに、オーダーしてあった……」

スズは、ちくわをモグモグしながら答えた。

「なるほどね……」

ラルフは合点がいった。引きこもり気質だった少女は、居酒屋領主館に出入りするようになってから、随分と交友関係を広げているようだ。ラルフは、少し安堵した。

スズは、ちくわをゴクリと飲み下し、

「一応、こんなのも用意はしていたのだけど……」

と、マジック・バッグの中から、緑色と黒色の市松模様の羽織を取り出した。

それを見たラルフは、ぐい呑みを「トン!」とカウンターに置き、

「しまいなさい。すぐにしまいなさい。……とにかく、すぐに!」

無表情ながらも、鬼気迫る勢いで言い募った。どうやら、大手出版社の版権元は、彼でも今更ながらに怖いらしい……。スズは、慌ててそのコスプレ衣装をマジック・バッグに押し込んだのだった。