軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

187.犠牲

領主ラルフ・ドーソンは、執務室でウンウンと唸りながら、紙にペンを走らせ続けていた。ソファにはエリカがだらしなく座り、その隣には行儀よくスズが座っている。二人は揃って、ラルフの本棚にあった本を読んでいた。

やがて、スズはふーっと息を吐き、ページから目を離した。

「どうしよう……これ、スッゴイ面白い……」

彼女の呟きに、煎餅をバリッと噛み割ったエリカが応じる。

「ん? ああ、『夜の公爵は悪魔を憐れむ』シリーズね。確かに面白いわよねぇ。ヨハンっていう孤児が書いたのよ」

「へぇー。この世界にも、本好きが高じて下剋上しちゃった子がいるんだぁ」

スズはしみじみと呟いた。

「ヨハンも忙しいからねぇ。まだ三巻しか出てないけど、共和国でもかなり売れてるらしいわよ」

「でも、この主人公って、公爵だけど? これってラルフがモデルなの?」

「違うわよ! ハハハッ! アイツはそんなに格好良くないでしょうに。それはロートシュタインのお隣の領地の領主様がモデルらしいわよ!」

エリカは声を上げて笑った。その笑い声を聞いたラルフは、内心イラッとする。

「おーい! 誰か手伝ってくれよぉ! 手描きでこれはキツイってぇ!」

ラルフが音を上げた。彼が描いているのは、サブナード計画の要である設計図だ。立体製図、フロアプラン、そして断面図・立面図を組み合わせ、地上との位置関係や階層の深さ、通路や階段の配置を、すべて手描きで描いている。この世界にはパソコンがない。2DのCADや3DのBIMも存在しないのだ。

エリカがとととっとラルフの執務机にやって来て、広げられた紙を覗き込む。

「よくできてるじゃない? いいんじゃない? ざっくりで」

「ざっくりでいいわけないだろう!」

ラルフは慎重に慎重を期していた。サブナードに地上の人々を引き込む動線は的確か? 地下にも屋台を出店させるなら、資材や食材の搬入経路も別に造る必要がある。屋台や魔導車を引き入れるスロープ構造も必要だろう。しかし、その管理区画に一般人が進入しないようにするにはどうしたらいいか……悩みは尽きない。

そして、そもそもの根本的な問題。本当にダンジョン生成魔法で地下街建設など、上手くいくのだろうか? これは前代未聞の、この世界初の試みだった。

ふと、ラルフはペンを置き、ダンジョン・マスターであるスズに問いかけた。

「そういえば、ダンジョン生成に必要なモノって、なんかあるの?」

スズは読んでいた本をパタンと閉じ、ラルフを見据える。

「必要な物はそんなに多くない。たった二つだけ。でも、普通の人は難しい……。お金持ちのラルフなら問題ないけどね」

「その二つって?」

「まずは、ダンジョン・コア。魔力内包量の多い魔石があれば代用できるわ」

「ほう。じゃ、あれは?」

ラルフは窓から中庭を見下ろす。そこには、芝生の上に鎮座する、まん丸い巨大な魔石があった。それは海の怪物、ア・ベイラの体内から摘出されたものだ。何に使えるかは分からなかったが、ラルフが買い取っておいたものだった。

「多分、大丈夫。三階層程度だし、モンスターも生み出さないなら、あれでいける」

「んじゃあ、もう一つは?」

「それは、ダンジョン・マスター。つまり私のような、管理者が必要」

ラルフは軽く考えていた。

「ああ。じゃあ、誰かをマスターに任命すればいいと?」

スズは首を横に振る。

「まあ、そうとも言えるけど……。人間ならざる者になり、そのダンジョンの一部になる存在が必要……」

「えっ?! はっ?! ちょっと待って! えっ?! なんか、重くね? 人間辞めなきゃなの?!」

ラルフは慌てた。そういえば、スズは人間ではないのだ。一種の亜神。ダンジョンという、小さな世界を創造する者。

「そう。だから、そこが問題。だけど、貴方はお金持ちだから。やれるでしょ?」

「はぁぁぁっ? どうしろと?!!」

「奴隷を買えばいい。そして、その奴隷をダンジョンマスターにすればいい。……それとも、貴方がダンジョン・マスターになる? ラルフ・ドーソン?」

スズが問いかけるような言葉を投げかける。ラルフは、瞬時に答えを出した。

「どっちも無しだな……」

「そう。貴方なら、そう言うかもって、気がしてた……」

スズは少し寂しそうに呟いた。その声に、ラルフはハッと我に返り、唐突に問いかけた。

「スズ。お前はどうなんだ? 人間に戻りたくはないのか? もしかしたら、僕なら、その方法を見つけ出せるかもよ?」

スズは目を見開いた。だが、すぐにクスッと笑う。

「私、ゴーレムやロボットを生成できるこの能力は、手放したくないから……」

彼女は少しだけの嘘を自らの感情に混ぜて呟いた。人間ではないという孤独は、前世でも似たような孤独の中にいた。しかし、近頃はそんな孤独をあまり感じないのだ。ダンジョンの奥底で、趣味に没頭していたはずが、いつの間にか、誰かさんのせいで急に賑やかになったから……。 でも、それは、言わないでおいた。

「なんか、そう言うだろうなぁ、って気がしたけどな!」

ラルフはニカッと笑い、その言葉を軽く笑い飛ばしてくれた。スズは、この意地悪な領主に対する評価を、わずかに上方修正することにした。

バリボリと煎餅を咀嚼していたエリカが、事態を理解したように聞いてくる。

「じゃあ。どうすんのよ? 誰か犠牲にしなきゃなんでしょ? その……ダンジョン・マスター? 亜神? 誰にやらせんのよ?」

「よし! お前は僕の奴隷だったよな? だから、お前がやれ!」

「絶対ヤよ!!!」

エリカは恐怖で叫んだ。得体の知れない魔法の実験台にされて、人間ではない何者かになるなど、悪夢でしかない。

「安心しろ。冗談だ……。しかし、どうするかなぁ……。ゴブリンのブンタとかは?」

「ブンタは、私のダンジョンの一部よ」

「じゃあ、お前のダンジョンを延伸させる形で、できない?」

「できないことはない……。けど、誰でも入れるんでしょ? S級冒険者が入って来ちゃったり、良からぬ企みを持った者が、私のダンジョン・コアに辿りついて欲しくない……」

スズは不安を吐露した。ラルフもその気持ちは想像できた。やはり、彼女のダンジョンに繋がらない、独立した形で地下街を造るしかない。

では、どうするか? ラルフは深く思い悩む。

そして、ふと、スズが抱きしめている本の表紙が目に入った。彼は素早く、無理やりそれを取り上げる。

「えっ?!! あっ、ちょっとぉ!」

ラルフは、本の表紙を睨む。そこには、彼と同じく公爵である、隣の領地を治める、あの男の顔が描かれていた。そして、ある一つのアイデアが、閃光のようにラルフの脳裏を駆け抜けた。