軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185.シンクロニシティ

ロートシュタイン領で最も格式高い甘味処、ヘンリエッタ・カフェ。そのテラス席で、領主ラルフ・ドーソンと、ダンジョン・マスターのスズが、向かい合って座っていた。

「まあ、そういうことでだな……お前に協力を仰ぎたい」

ラルフはそう言って、対面に座るスズの様子を窺う。スズは、それまでパクついていたチョコバナナケーキからゆっくりと目を離し、冷え切った視線をラルフへと向けた。

「はぁぁぁぁ? 協力だぁ?! 散々やってきた私に対する嫌がらせ……いえ、イジメの数々を、忘れたとでも思ってるのかしらぁ? この公爵様はぁ……。都合が良すぎるのよ! 頭が高いのよ! 頭がぁ?!」

怒りを露わにするスズの言葉に、ラルフは平然と応じる。

「お互い転生者同士、過去のことは水に流して、な? 上手くやろうぜ。上手く」

そう言い放ち、手元のチョコバナナサンデーを一口。前世の懐かしのスイーツに、彼の表情は蕩けていた。

ちなみに、このバナナは、遠く東大陸の南方から海賊公社によって運ばれてきたもので、今、ロートシュタインではちょっとしたブームになりつつある。

「それが人様にモノを頼む態度かってのよ?! いい? まず、私は貴方を赦した覚えはないのよ! 赦して欲しければ、それなりの儀式が必要よねぇ?! 貴方も元日本人なら、わかるでしょ?!!」

「はい! すいやせんでしたぁ!」

ラルフはぞんざいに頭を下げた。普通の貴族であれば、他者に頭を下げて赦しを乞うなどありえない。面子がすべての貴族社会において、それは死も同然だ。だが、ラルフにはプライドや矜持という概念は無縁だった。

しかし、その軽々しい態度が、ダンジョン・マスターの怒りをさらに煽る。スズの額には青筋が浮かび上がっていた。

「誠意が感じられない! ……貴方、よく嫌われないわね? 貴方の周りに人が集まるのは、貴方がお金持ちで、領主で、大魔導士って肩書があるからなんじゃないの? その性格、問題だらけよ。……哀れな人……。ホントに哀れ。……力さえあれば、他人が自分の思い通りに動くとでも思ってるんでしょ? ……私、そういう人に、前世でいっぱい会ってきたからわかるの。貴方は結局……」

「やめてくれぇ!! なんか心がえぐられる! ……それに、なんか闇が深い! とんでもなく深い!!」

ラルフはなぜか半狂乱になった。自分自身の人間性と、目の前にいる少女の心の深淵が、彼のメンタルを黒く蝕むかのようだった。さすがのラルフも、これまでの自らの行いに反省点を見出さざるを得なかった。

「私は、そんな人を信じない。だから、誰とももう会いたくない……。引きこもって、自分の世界だけで生きたいの……」

スズの悲痛な声に、ラルフは冷静にツッコミを入れた。

「いや。じゃあ、ケーキ奢るからって、ホイホイついてくるなよ」

「うっ……」

図星を突かれたスズは、顔を赤くして、恥ずかしそうに明後日の方向を見た。

そして、覚悟を決めたラルフは、

「わかった! わかったよ。……やっとさ……。同士にやっと会えた嬉しさから、ちょっとハメを外したというか、はしゃいでしまいました。それで嫌な思いをさせてしまったのは、僕の至らぬ未熟さだ。同じ転生者同士、仲良くしたいと思っています……。どうか。これからもスズとは上手く付き合っていきたいと、本気でそう思ってる」

至極真剣な表情で、ラルフは改めて頭を下げた。その言葉に、スズは先ほどの怒りとは質の違う赤面で、再び明後日の方向を向きながら、フォークを咥える。

しかし、口八丁手八丁という言葉もある。スズの前世の辛い記憶には、調子の良さだけで周りの大人たちを欺く輩の姿があった。

だからこそ、スズは、履いていたローファーを脱ぎ、床に転がす。ソックスも脱いで、脚を組み、右の足先を差し出した。できる限り不遜さが滲み出るように、演技をする。

「なら。跪きなさい……。そして、私の足を舐めなさい!」

スズは、とんでもない要求を突きつけた。ラルフは眉をひそめ、ドン引きした表情を隠せない。

(このガキが、とんでもないことを言い出したぞ?!)

真昼間のカフェで、このような痴態を晒せば、貴族として、……いや、人として終わりだ。

「いや、さすがに、それは……」

「跪け!!!」

「はい!」

スズの放った、ラルフが前世で好きだったアニメのロシアンマフィアの女頭領のような台詞に、ラルフは思わず華麗なジャンピング土下座を披露してしまう。

なかなかに奇妙な光景だった。領主であるラルフが跪き、年端もいかない少女が脚を組んで、チラリと見える太ももを凝視してしまった近くの貴族が、奥方から、スパーン!、と頭を叩かれている。

ラルフは悩んだ。そこまでしていいのか? と。

スズも悩んだ。勢いに任せてここまで言ってしまったが、本当にいいのだろうか?と。

しかし、ラルフの方が一枚上手だった。

「わかった……。いいんだな?」

「えっ? はっ?!」

ラルフの真剣な眼差しに、スズは戸惑う。

「僕は、君の足を舐める。いいんだな?!」

ラルフは勢いに任せた。

「い、い、いいも何も、そうしろって、言ってんだけど?!」

さすがのスズも、気圧されてきた。

「じゃあ。わかった。……舐める。いや、むしろ、むしゃぶりつく! 指の隙間の隙間まで、存分に……!」

ラルフのヤバイ言葉を、スズは慌てて遮る。

「わ、わかった……。とりあえず、貴方の本気は、伝わった。……とりあえず、椅子に座りなさいよ!」

気持ち悪がったり、戸惑う素振りを見せれば負けだと思ったからだ。ラルフは心の中で(勝った!)と密かに思った。かなり危険な賭けだったが、結果的に上手くいった。そのヤバイ光景を期待していた、近くのテーブルに座る貴族の男は、なんだかガッカリしていて、またもや奥方にバチぃぃぃぃぃん!と、頬を平手打ちされていた。

「とりあえずさ。空に浮かぶ島と、地下都市……、つまり、サブナードだな。どっちが良いと思う?」

ラルフは、何事もなかったかのように通常運転に戻る。

「変わり身が早い! 早すぎ! ……でも、空中都市は魅力的……」

スズは、色々と諦めた。

「だよなぁ……。ダンジョン生成魔法ならさ、やれるんかなぁ?って!」

「……うーん。やれなくはない。けど……。人は……、ど

んなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ?」

スズは、どこかで聞いたことがあるような台詞を口にする。それに対してラルフは、ドワーフの鍛冶職人から買っておいた、薄い色の硝子板が嵌め込まれた眼鏡、つまりサングラスをかけた。

「……その大砲で私と勝負するかね?」

ラルフがそう言い放つと、スズは堪えきれずに爆笑した。そして、ハニートーストを追加注文する。どうやら、これで仲直り、ということに落ち着いたようだ。

スズは、別の提案もする。

「観光地と床面積の問題なら、ひょうたん型の浮いてる島を海に造るのは?」

「いやさ、なんか、古いよね……。いや! 懐かしいよ! 懐かしいけどさ! 漂流して、どっかに流されていっちゃ、意味ないんだよ」

ラルフは、前世の幼き日に見た人形劇を思い出し、苦笑いを浮かべる。

「じゃあ。やっぱり。島、空に浮かす?」

スズがそう言った、まさにその時だった。ひょっこりと、エルフのミュリエルが顔を出した。

「なんかぁ、空浮島の話してながったぁ? 懐かしいなぁ! なん? 今、このロートシュタインに来てるん?」

ミュリエルは、呑気な様子で空を眺める。しかし、その言葉を、ラルフもスズも聞き捨てならない。

「ちょ、ちょっとぉ?! ミュリエル? 空浮島って、なに?!!!」

「あんれまぁ? その話でねぇの? オラが小っちぇ頃、オラの村の空にも流れて来てたんさぁ!」

「ちょっと待って?! 何? その話?!!!」

ラルフはもはやパニックに陥っていた。

「うんにゃあ? 婆さまに聞いた話だとさぁ。大昔の、人間の魔導士様が、空にお城さ浮かべたんだってよぉ。それが、住む人がいなくなった今でも、浮かび続けてんだってさぁ!」

ミュリエルは、事もなげにそう言い放った。

確かに、エルフは長命種だ。人間たちの伝承から失われてしまった歴史的事実を多く知っている。おそらく、滅亡した 魔導国家(カランディア) の遺物だろうと推察できたが、ラルフとスズは、そんな理屈よりも、大いなるロマンしか感じなかった。

心の中で、(飛行艇の開発を急がねば!)という、無言の共通目標が芽生えていた。しかし、現実的なロートシュタインの再開発は……。

(でも、まあ。とりあえずは……、 地下都市(サブナード) かなぁ?)

二人の転生者には、奇妙なシンクロニシティが発生していた。