軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

退席

ロランは会場の空気が先ほどと全く違うことに気がついた。

(一体何が起きた!?)

嫌な予感がし、近くにいた使用人に事情を聞く。使用人はロランを見て言いづらそうに言葉を詰まらせながら言った。

「あ、あの……シャルロット様と……ジ、ジゼル様がトラブルを……」

ロランはその言葉に恐れていたことが起きたのだと両手を握りしめ天井を仰ぐ。

(シャルロット!ジゼルに何をした!?)

ロランは鋭い眼差しで辺りを見回す。ジゼルが腰掛けていたテーブル付近に視線を送った時、人だかりのできていることに気が付いた。

(あそこだ!)

ロランは血相を変え走り出した。

人だかりの向こうにジゼルが見える。

目を疑うような光景が目に飛び込みロランの息は止まった。

ジゼルは額から大量に流血し血だらけの状態で立っている。

ドレスは破れ、血で汚れ、髪も乱れてそれでも気丈に立っていたのだ。

ロランの頭の中は真っ白になる。見たくない光景。大切な人が血を流している!

胸が押しつぶされ、全身の血液が沸騰し、体が震える。

ジゼルの目の前にはベルトランがいる。ベルトランの握りしめた両手は怒りで震え、その隣にいるクレール伯爵がジゼルに魔法を使おうとしていた。

ジゼルの斜め前にはシャルロットと、その取り巻きが冷たい眼差しをジゼルに向けていた。

「ベルトラン様、流血はしていますが傷は大したことはありません。治療はしなくても大丈夫です。私の不注意で大切なお茶会を混乱させてしまい申し訳ありません」

ジゼルの穏やかな声が会場に響く。ジゼルは微笑みを浮かべ、申し訳なさそうに謝っている。

その声を聞き、ロランは冷静さを取り戻す。ジゼルは自分の怪我は大したことはないと言うように話している。だが、ロランにはジゼルの気持ちがわかる。

本当は、怖くて悲しくて泣きたい。立っていることもやっとで、一刻も早くここから去りたいと思っているのだ。

(ジゼル!今すぐに助けに行く!)

ロランは群がる人々をかき分けジゼルの元に走った。

周りに集まっていた貴族たちは急ぐロランを見て、騒ぎの中心にいるシャルロットを庇う為に急いでいるのだと思い込んでいる。

悪女に背中を押され倒れたシャルロットを心配し、悪女から守るために急いでいるのだと、皆、ロランのために左右によけ、道を作った。

皆が注目する中、ロランはジゼルの背後に近づいて行く。

シャルロットはロランの姿に気が付き、当然自分の元に来るのだろうと顔をあげ悲しげな表情を浮かべ、ロランを見る。ローズ達もベルトランに凄まれ萎縮していたが、ロランの姿を見て笑顔を取り戻す。

だが、ロランはシャルロットに視線を送ることはない。

ロランが見ているのはジゼルだけだ。

「ジゼル、ああ、そうだった、医者に見せよう。もう我慢しなくていいんだ、わしが……」

ベルトランがジゼルに声をかけた時、ロランが現れた。

ベルトランはロランを見て驚いた。ロランの髪は乱れ、急いでここに来たのだと分かったからだ。

ロランは髪を振り乱しながらも冷静を装いベルトランに一礼した。

「お祖父様失礼します」

ロランはそう言いながらジゼルの背後に立つ。

ジゼルはロランの声に振り返り驚いたような、ほっとしたような表情を浮かべ、ポロポロと涙をこぼし始めた。

(ああ、ジゼル!!)

ロランは泣き始めたジゼルを見て胸が張り裂けそうになった。ジゼルは申し訳なさそうに俯き、涙をこぼしている。俯いたジゼルの血と涙がポタポタとドレスに落ちる。誰にも頼れず、ずっとずっとジゼルは一人で我慢していたのだ。

その姿を見たロランの心臓は握りつぶされるほど苦しくなった。

(私がもっと早くに全てを片付けていれば……)

深い後悔がロランを襲う、だが今は一刻も早く怪我をしたジゼルの手当をしなければならない。

肩を震わせ泣いているジゼルをロランはそっと抱き上げた。

その姿を見た周りの貴族はどよめき、シャルロットは顔色を変え、ベルトランは目を見開きながらも口角を上げた。

「お祖父様、申し訳ありませんがこのまま退席致します」

短く言ったロランの言葉は有無を言わせぬ圧力があった。誰一人その言葉に意見できる者はいない。会場は物音一つ聞こえないほど静かになり、見ていた貴族達は言葉を失った。

一方ジゼルは驚きと戸惑いで一瞬体を硬直させたが、安心したのかそれとも放心したのかロランに体を預けた。

ロランは胸の中で震えるジゼルを見つめ、ゆっくりと歩き出す。すぐ近くにいるシャルロットには一切目を向けないロランの姿は周りの貴族達を混乱させた。

一体何が起きたのか、誰一人理解できない。

ジゼルしか見ていないロランの姿はあまりにも衝撃的だったのだ。

そして、ロランは常に感情を表さない鏡面のような眼差しをシャルロットに向けていた。愛する人にもそんな眼差しを向けるロランは、誰に対しても感情を表さない人間だと誰もが思い込んでいた。が、それは違った。

ジゼルを優しく見つめるロランの瞳は、ジゼルだけが特別であると明確に表しているのだ。

ジゼルを糾弾していた貴族達は混乱し始めた。ロランの態度と眼差しは明らかにジゼルに対し特別な感情が垣間見られる。ジゼルを攻撃した事、それは取り返しのつかない大きな過ちを犯したかもしれないと気が付き始めたのだ。

ローズ達もロランの気持ちを察しながらも、それでも確信がない。だが、シャルロットの顔色が明らかに変わっている様子を見てシャルロット自身も衝撃を受けているのだとわかった。

だが、まだ何一つ明確なことはない。取り巻き達は、とりあえずはシャルロットを擁護する言葉を口にした。

「ロラン様は血がお嫌いなシャルロット様のために行動なさったのですわ」

「そうです。これもシャルロット様を思うが故の行動ですわ」

令嬢達は口々にシャルロットに声を掛けるが内心は揺れている。ロランのあの姿はあまりにも衝撃的だったからだ。

「顔に怪我をされたようでお気の毒ですわ。ロラン様も立場上お助けしないとなりませんから……」

シャルロットは去ってゆくロランの後ろ姿を見つめながらも、ロランの突然の変化に対応できないでいる。笑顔を浮かべ堪えるが、シャルロットの心中はこの先起こるかもしれない何かに対する不安で埋め尽くされた。

一方ベルトランはロランの変化に感じるものがあったが、とりあえず、お茶会を再開させることにし、ロランからの報告を待つことにした。