軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五ヶ月目

残りの休みを返上しロランはまた朝から出かけるようになった。

けれどジゼルにはロランが戦争に行っているのか、他の仕事なのか、それともシャルロットと会っているのか全くわからなかった。だが毎朝出かける時にロランは必ず「夜は帰る」と言うようになった。どこに出かけるかは言わないがそれだけでも言ってくれるロランの気遣いがジゼルを安心させた。

ロランの妻でいられる最後の一ヶ月が始まった。

ジゼルは離婚に向けて、身辺整理をし始めた。

特に荷物はない。旅立つ時に着る洋服と少しのお金とボロボロの鞄、そしてクレールがくれた小さなナイフだけ。

旅立つ時に着る洋服は畑で育てたハーブを売って買ったものだ。持ち出すお金も同じ。

毎月頂くお金は全てそのまま置いてゆく。一切手をつけていない。

そして毎週送られてくる封筒も持って行く。ここに置いてゆくわけにいかない。だが、鞄が占領され食糧すら入れることができない。

先ほど、ここに来た当初着ていた古びたドレスを邸宅の裏庭にある小さな焼却炉で燃やした。これは死んだ母親が若い時に着ていたドレスだ。この結婚が決まった朝に、義母が私が住んでいた小屋に投げ入れた。これを着て出て行けと言う意味だ。

それなりに質は良かったがデザインも古く今どき誰もこんなドレスを着ている貴族は居ない。けれどドレスなど一着も持っていなかったため、糸がほつれていた箇所を直しそれを着てここに来た。

あの日、実家を出る朝に垣間見た異母妹の真新しいドレスが眩しく見えた。

追い出されるように一人出てゆく私と、邸宅の窓から私を見下ろし笑っていた義母と異母妹。

悲しくは無かった。結婚に反対する人々が押し寄せ家から一歩も出られなくなった日から涙は枯れ果て、感情も無くなった。

……そんなことを思い出しながら焼却炉にそのドレスを入れると勢いよく燃え長い間縛られていたものが無くなったように感じた。それが嬉しいのか悲しいのかわからない。ただそう感じただけだった。

本当はこの記事も一緒に燃やしたいと思ったが、エミリーや他の使用人に見せるわけもいかず結局これは旅立つ時に持って出ることにした。こんなものが毎週届いていたと気づかれたくないし、心配もかけたくない。

ジゼルは膨れあがった鞄をクローゼットの奥に隠した。私がこの屋敷からいなくなればこれも届くことは無いだろう。

小さくため息を吐きクローゼットを閉めた。

日に日にジゼルの使っていたものがなくなって行き、とうとうエミリーは泣き出してしまった。

「エミリー、泣かないで、悲しいことじゃないわ、初めから決まっていたことだから、ね」

ジゼルは泣き出したエミリーを抱きしめた。

「でもジゼル様が居なくなるなんて考えたくありません」

エミリーもジゼルを抱きしめながら涙ながらに言った。ぽろぽろと涙を流すエミリーを見て目の奥が熱くなる。キュッと唇を結び熱を堪えた。一緒に泣いたら我慢していたものが崩れそうになる。今はその時ではない。一人になる時までは悲しいと言えない。

でも、私のために泣いてくれる人がいる。この結婚のため実家を出て行く私を泣いて見送ってくれた人はいない。早く出て行けと言わんばかりに、追い出されるように出て行った。でも今目の前に私がいなくなることを本気で悲しんでくれる人がいる。

ここに来て、皆から思いもよらない好意を受け私は幸せだった。そんな気持ちにしてくれたのはエミリーあなたがいたからよ。

ジゼルは自分の気持ちを表すようにエミリーを強く抱きしめ言った。

「エミリーありがとう。また、皆に会いにくるわ。それに悲しいことばかりじゃないわ。皆の敬愛するロラン様が愛する人と一緒になれるのよ」

エミリーはその言葉に表情を曇らせ言った。

「そうですけど……私たちはお仕えするならジゼル様が良いのです。ロラン様だってそう思っていると思います」

ジゼルはエミリーの言葉に喜びを感じたが、ロランがそう思っているとは思えなかった。

「エミリー、そう言ってくれて嬉しいわ。でもね、ロラン様はシャルロット様を愛していらっしゃるのよ」

ジゼルはエミリーを諭すような口調で言った。

「ジゼル様……私はそう思いません。あ、ジゼル様、最近話題の本をご存知ですか?貴族の夫婦の物語です」

エミリーは涙を拭いながらジゼルに聞いた。

「いいえ、知らないわ」

「凄く人気あるお話で、」

エミリーはジゼルの手を握り話し始めた。

とある国に政略結婚で結ばれた若い夫婦がいた。旦那は遊び人で長年付き合っている愛人がいる。結婚後も愛人を囲い妻のことを全く顧みない酷い男だが、妻は何も言わず陰で旦那を支え家を守っていた。そんな健気な妻を見て男も後ろめたかったのか、旅行に誘い二人は領地の山荘に出かけた。だが、どこで知ったのかそこに愛人が現れた。怒り狂った愛人は妻に飛びかかり、運悪く二人は崖から落ちそうになった。かろうじて二人は崖の岩を掴みそれぞれぶら下がっている状態だが、体力のない二人は今にも落ちそうになっている。どちらかを選ばなければならない究極な状況で男が選んだのは妻だった。その男は迷わず妻を選んだ。今まで見向きもしなかった妻の手を掴み二人は幸せになった。長年付き合っていたにも関わらず愛人はその男に選ばれなかった。

「暇な人間が好きそうな話ですが、何が言いたいかと言うと、究極の状態になった時、その人の心の本音がわかるんです」

エミリーは言った。それが私となんの関係があるのだろうか?

「エミリー、そのお話は何か意味があるの?」

ジセルは得意げな表情を浮かべるエミリーに聞いた。

「あります!ロラン様は最後にはジゼル様の手を掴むというお話ですよ!」

エミリーは自信たっぷりに言い放つ。ジゼルは大きなため息を吐いた。

「エミリー、それはないわ。そもそもそんな話をしてはダメよ。シャルロット様は皆から好かれるお方だからそんなことを言ったら私のように嫌われてしまうわ。もうこの話は終わり」

ジゼルはそう言って立ち上がり窓から外を眺めた。

毎晩繋いでくれるその手を掴みたいけれど、離されたらきっと生きていられない。

だから掴んではいけない。