軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

時来たる

ある朝、覚めたジゼルが繋がれている手をそっと引いた。ロランはその瞬間その手を強く握りジゼルを見て微笑む。ジゼルは驚いたような表情を浮かべたが、握った手を見て目を細め、ロランはそのままジゼルを胸元に引っ張った。

「今日は休みだ、お前もゆっくりしろ」

その言葉が意外だったのかジゼルは首を傾げロランを見つめたが、すぐに瞳を輝かせ笑った。素直な気持ちがそのまま表情に現れるジゼルを見つめ、ロランも微笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。」

ジゼルはもう一度ベットに横になりロランを見つめた。その瞳に涙が滲んでいる。

なんでもない一言にジゼルは心から喜び、幸せを感じてくれている。

(何も言えず、どれほど待たせてしまっているか)

ロランは奥歯を噛み締めジゼルを見つめた。

ジゼルは不可解な表情を浮かべたが、寂しげな笑顔をロランに向ける。その笑顔を見てロランの感情も揺れる。

(すまない……)

ロランは瞼を閉じた。繋いだこの手だけが二人を繋いでいる細い細い糸のように感じ、切れないよう力を込める。けれどジゼルは込み上げる感情を止めるように握る手を緩めた。

ジゼルの心に食い込んでいる何か。けれど、せめて一緒にいる時だけはこの時間を信じてほしい。気にすることなど何一つない二人だけの時間。

「気にするな」

思わずロランはジゼルに言った。

「ありがとうございます」

ジゼルは声を震わせ答えた。一緒にいても分かり合えない現実にロランは唇を結んだ。

それから数日が経ったある日、飛来を続けるドラゴンと国民の怒りに追い詰められたドミニク王は噂を認め、公式にロランに謝罪した。

『大魔法使いならば少ない兵でもその力で簡単に戦えるだろうと考え、できるだけ犠牲者を出さない選択をしたつもりだったがそれは間違いだった』

ドミニク王は、ロランを一人で戦うように追い込んだ本当の理由『シャルロットとの結婚』を口にすることはできなかった。これを言ってしまえばそれこそ王家は終わると思ったのだろう。

これこそがロランの思惑だ。

王の謝罪を聞いたロラン派の貴族は怒り狂ったが、ロランはこの状況をずっと待っていた。

王が事実を隠し謝罪した現実は大きな切り札になる。

今、ロランがジゼルと結婚を継続すると宣言しても、王もジュベール夫妻も反対できなくなったのだ。

もし反対すれば、シャルロットとの結婚を強要し、従わなければ一人で戦うように追いつめられた事実をロランは公表する。そして、国民が誰を信じるかは明らかなのだ。

そんな博打を王は打てない。これこそ王家もジュベール公爵夫妻も信頼を失ってしまう。

そして、ロランも実際それを望んでいない。ジゼルと共に生きると宣言しても、本当の原因をジゼルに知ってほしくないからだ。ロランが一人で戦った理由は全てジゼルが絡んでいる。もしそれをジゼルが知ってしまえばその性格から負担を感じロランの元から去っていくだろう。

その事実を隠すにはこの嘘が必要だった。

さらに誰もが危惧している王家とロラン派の溝はガブリエルが王位につけば解消される。できるならここまで持ってゆきたいが、焦ることはない。まずはジゼルと平穏に暮らせる状況を整えることが先だ。

ロランは城の周りに集まっていた国民の前に姿を現しその思いに胸に手を当て感謝の意を表した。

国民はロランの姿を見て歓喜の声を上げる。美しい大魔法使いが、高貴なロラン・ジュベールが国民に頭を下げたのだ。その姿を見た国民はロランに熱狂し、ますますロランの置かれる状況は盤石になる。

(これでジゼルを表に出すことができる!!)

ロランは万感の思いを胸に笑顔を浮かべた。

ロランの隣にいたグレアムは、シャルロットとの結婚を強要したことを言わなかった王に不満の愚痴をこぼす。だがロランはグレアムにいった。

「グレアム、国民を完全に味方にした今、聖女であるジゼルとこの先も共に生きてゆくと宣言しても王家もジュベールも何も言えないだろう。もし、口出しされたら私は国民に真実を言う。真実を知った国民はどう思う? これは私にとって大きな切り札となったんだ」

「しかし、ロラン。死にかけたんだぞ? 悔しくないのか? 本当にこれで良かったのか?」

ロランは軽やかな笑顔を浮かべ頷く。

「王は私に弱みを握られたとわかっている。そして王に逆らえないジュベール公爵。そしてその原因を作ったシャルロット。私にとってこれ以上の朗報はない」

「……そっか。そう考えるとそうだな! もう五ヶ月は目の前だしな。早々にジゼル様に話をしたらどうだ? 心配事もドラゴン王の卵だけだろ?」

その言葉を聞いたロランは頷く。

「ああ、そうだ。ドラゴン王の卵は見つかっていないが今の状況を考えるとシャルロットは下手に動けないだろう。王が謝罪してもドラゴンはやってくるしな。今度はシャルロットがジゼルに謝罪させるような噂を流す。ジュベール公爵が勝手にシャルロットの謝罪を受け入れたが私は受け入れていない。ましてやジゼルは何も知らない」

「ロラン、お前意外に策士だな」

「策士、そうだな、これはシャルロットから唯一学んだことだ」

ロランは笑顔を浮かべる。

「おお、それは有能。早速ジゼル様に話せ! これからも一緒に生きたいと!」

「ヤニック、ジゼルをマグノリアの丘に誘い出すから、その間に部屋の調度品からドレスまで全てを整えておいてくれ」

朝の準備をしながらロランはヤニックに声をかける。

「ロラン様なりのサプライズですか?」

ヤニックは希望に満ちた笑顔を浮かべるロランに、微笑みながら言葉を返す。

「ああ、上手くいくよう祈っててくれ」

ヤニックはロランの素直な言葉に涙を滲ませ頭を下げた。

「……長い間心配かけたな」

ロランはヤニックの肩に手を置き感謝の思いを込め言った。

五ヶ月まで残り十日。ロランはジゼルに全てを話そうと決め、部屋を出た。

「今晩出かけるぞ、外出する用意をしておけ」

ロランは出かける直前、ジゼルに声をかける。その瞬間、エミリーの目に涙が滲み、使用人達の顔が輝いた。皆待ちに待ったこの日が来たのだと察したのだ。

「外出、いつもの格好に外套を着た方がいいでしょうか?」

何も知らないジゼルは不思議そうな表情を浮かべロランに聞く。

「ああ、それで良い」

ロランは戸惑うジゼルに笑いかけ馬車に乗り込んだ。

馬車の窓からジゼルを見ているとエミリーが不満げな視線をロランに向ける。どこか素敵な場所に連れて行けと言っているようなその視線に苦笑いを浮かべた。

ロランにとって素敵な場所はマグノリアの丘。誰も連れて行ったことのないロランの聖域。

そして五百年前、 ジゼル(カミーユ) と愛し合った場所。そして ジゼル(カミーユ) を失った場所。

ここはロランの想いが詰まった特別な場所なのだ。

五回目の契りはまだ交わしていない。

最後の契りは始まりの契り。