作品タイトル不明
王家との対立
早朝目覚め、ジゼルからそっと離れる。
ジゼルは眠りにつくと朝まで起きることはない。起きている時、精神的な消耗が激しいのだろう。
その反動が眠りに出ている、だが……
ロランは眠っているジゼルの頬に触れた。
うっすらと涙の跡がある。
ジゼルは時々、眠りながら涙を流す。
『ロラン様……ごめんなさい』
その言葉を聞くたびに、流れる涙を拭うたびに、心臓を素手で握り潰されるような苦しさに耐えられなくなる。罪悪感が心を覆い尽くし、冷たく接していた自分を消し去りたくなる。
ジゼルは何一つ悪くない。
謝らなくていい、涙など流してほしくない。
全て私の過ちだった。
だから自分を責めないでくれ。
そう叫びたくなる気持ちを堪え唇を噛む。
地道な努力しかない。
いつか、ごめんなさいが喜びの言葉に変わるように、努力をし続ける。
そんな想いを胸にジゼルの額の傷にキスをする。
今日もそんな目覚め、できるだけ早くジゼルを安心させられる環境を整えなければならないと唇を結んだ。
ロランはベッドを出て着替え、執務室へ向かった。
「ヤニック、城に行く。ドミニク陛下に会いに行く」
ヤニックは覚悟を決めたようなロランの表情を見てその心情を察し、すぐに手配を始めた。
ロランはジゼルの夫として妻の名誉を守るため、裁判を起こそうとしている。
一連の事件をドミニク王に報告し、シャルロットを裁判にかけると伝える。その結果、ドミニク王から不興を買っても仕方がないと覚悟している。
裁判を起こされる前に反省しているふりをするシャルロットを野放しには出来ない。
彼女は驚くほどしたたかで、息を吐くように嘘をつく。
人の気持ちを操る高いスキル。今は断罪されているが、見た目の美しさと華やかさに人は再び惑わされるだろう。
その前に、早々に決着をつけなければならない。
ロランは正装に着替え、食堂に行く。
程なくしジゼルが起き、共に朝食を摂った。
別邸を出る時、見送りに来たジゼルに、夜には帰る、と、だけ伝えた。
その何気ない言葉にジゼルは嬉しそうに目を輝かせる。
こんな、なんでもない事が何より大切だったと、また一つ気がつくことが出来た。
本音を言えば、このままジゼルを抱きしめ行ってくると言いたい。
だが、今そんなことをしたらジゼルが驚いてしまう。
けれど嬉しいことに、目の前のジゼルは微笑みを向けてくれる。
それだけで十分、離れていた距離がまた少し縮まったと感じた。
馬車の中で過ぎゆく景色を見つめながらジゼルのことを考える。
ジゼルはこの生活に慣れ始めたようで、話をしなくとも緊張することなく穏やかな時間を共に過ごせるようになってきた。
(ゆっくりと、焦ることなくこの愛を育てたい)
ロランはジゼルとの関係に光を見出し、これからどのような方向に進むことがジゼルにとって負担がないのか、馬車の中で考え続けた。
城に到着し、国王と謁見する。開口一番ドミニク王がロランに謝罪を始める。
「ロラン、本来ならこちらが謝罪したいと申し出さなければならないところを……シャルロットが行った愚行を許して欲しい。シャルロットは世間知らずに育った子だ。今回の件で十分に反省し今日も神殿で謝罪の祈りを捧げている、ロランを手放したくない一心で……」
その言葉を制するようにロランは口を開く。
「謝罪は結構です。謝罪されても妻が受けた傷は癒えません。一生残る傷を心と体に負わせたその罪はしかるべき場所で明らかにしたいと思っています」
ロランは先手を打って簡単に済まそうと考えるドミニク王に怒りを覚える。
断固とした態度で拒否をした。
「ロラン、シャルロットを訴えるということか?」
ドミニク王の顔色が変わる。
ロランはその変化を見ながら淡々と話す。
「妻はあらぬ噂に外にも出られないほどの精神的暴力を受けた上に、顔に傷を負ったのです。これを、笑って許す夫がいるでしょうか?」
ロランは至って冷静に話しているが、堪えきれない静かなる怒りがドミニク王の警戒心を煽る。にこやかだったその表情が厳しく変わった。
「ロラン! ではロランがニコラ伯爵を跡形なく殺したことは如何弁明するのだ!?」
ドミニク王は感情を露わにしロランを責め始める。
(都合が悪くなるとこの切り返し、冷静に会話することも出来ぬとは、器の小さい……お祖父様のいう通りだな)
感情を表すドミニク王を見て、内心呆れながらも、冷静に切り返す。
「弁明はしません。ただ、国を裏切っていた証拠は全てこの手にございますので、これを公表し民の判断を仰ぎたいと思っております」
冷静に話すロランのその言葉にドミニクは黙った。
民を動かすつもりだと分かったドミニク王は分が悪い。ロランは大魔法使いとして民に絶大な人気がある。そしてあの事件以来ジゼルも悲劇の白百合の聖女などと言われ、崇められている。
ドミニク王はロランの堂々とした態度と言葉に圧倒され黙ったままだ。
(もっと責め立てると思ったが、こんなものなのか?)
ロランはドミニク王を見つめながら、その昔ベルトランがドミニク王とやり合ったことを思い出した。国が分断する一歩手前まで行った危機的状況だった時も、ドミニク王は折れた。
その理由、ジュベール公爵家はこの国の重要な機関を押さえている。これは初代ジュベール公爵がこの国の王になるはずだった歴史。ドミニク王はそれをベルトランから突きつけられジュベールを蔑ろにはできないと痛感している。
だが、それでもドミニク王は自己中心的な人間だ。今ここで黙ったとしてもロランとジュベール一族に亀裂がある今油断はできない。
それに、ロラン自身もこのドミニク王についてわからないところがあった。
シャルロットが毒を飲んだ日、ドミニク王と王妃は娘の命の危機に駆け付けてこなかった。
ロランの魔法で助かったとしても、夜になりやっと現れた二人の行動が不思議でならなかった。
娘を愛する父親として今ロランに許してもらえないかと話した姿と、あの日の姿が一致しない。
「ロラン、ニコラのことはわかった。不問にする。しかしシャルロットのことをもう一度考えてほしい。許さないというのはそれはジュベール公爵家の意思なのか? それともロラン個人の意思?」
ドミニク王は再び厳しい視線をロランに向けた。
ロランはジュベール公爵家の名を出されたことに少し心がざわついた。現公爵である父と母、ジゼルを認めない一族。ロランは一旦唇を結んだ。ジュベールの不和を悟られたくない。
ロランは小さくため息を吐き、ドミニク王に言った。
「これは魔力の無い娘を守る大魔法使いとしての意思、そして妻を守る夫としての意思。ジュベールは関係ありません」
「だが、実はな、先ほどリオネル、現ジュベール公爵が来てな、シャルロットの件の謝罪を受け入れてくれたのだよ」
(何!?)
ロランが目を見開きドミニク王を見ると、その表情を見たドミニク王は笑みを浮かべた。
笑顔の中のその瞳に策略の影が見えた。