軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

半熟ゆでたまご

翌朝、ふわふわ枕の上で目覚める私。

「ううん……」

すぐ近くで艶めかしいお声が。と、ここでハッとなる。

ふわふわの枕だと思っていたのは、リーゼロッテの胸だった。

アメリアを挟んで眠っていたはずなのに、いつの間にか乗り越えてリーゼロッテを枕にしていたなんて。酷い寝相だ。

『クエエ~?』

アメリアももぞもぞしだす。

私はリーゼロッテに心の中で謝り、起き上がった。その瞬間、トントントンと扉が叩かれる。

「入ってます!」

元気よく返事をすると、侍女さんが寝室に入って来た。

「メル様、おはようございます」

「お、おはようございます」

恭しく頭を下げられ、こういう扱いに慣れない私はぎこちない返事を返す。

侍女さんは手押し車に茶器を乗せてやって来たようだ。どうやらお貴族様は、お目覚めの一杯とやらを飲むらしい。

私にも、香り高い紅茶を淹れてくれた。うむ、苦しゅうない。

リーゼロッテは朝が弱いようで、紅茶を飲んだあとも眠そうだった。

その後、用意された桶の水で顔を洗い、着替えをする。

本日は赤葡萄色のワンピース。胸元には大きな黒リボンが付いていて可愛い。

髪も編み込んで後頭部で纏める大人っぽいものにしてもらった。

アメリアは私が着替えている間に果物の盛り合わせを食べ、満足そうな顔で陽の当たる窓辺に座っている。

リーゼロッテは頬に掛かる長い紫色の髪を編み込みにして、ハーフアップにしていた。眼鏡も、仕事中に掛けている銀縁の物ではなく、珊瑚か何かで作った薄紅色の可愛らしい物を掛けている。服装はゆるふわな白いブラウスに、ベロア生地のワンピースを合わせた恰好でいた。貴族のお嬢様っぽい。

準備が整ったところで、朝食の時間となる。

せっかくなので、侯爵様とお食事をご一緒することに。

朝のご挨拶をすると、眉間に皺を寄せた表情で返してくれた。凄く怖いです。本当にありがとうございます。

給仕係の方々が、手際よく料理を並べてくれる。

メニューは三日月型のパンに、カリカリに焼かれた燻製肉、野菜たっぷりのスープに、サラダ、スライスされた 森林檎(メーラ) 。それから、卵の形に合わせて作られた容器に納められたゆで卵。

ゆで卵専用の容器なんて、初めて見た。じっと眺めていると、背後より声が掛かる。

「失礼いたします」

はさみに似た道具を持った給仕が、ゆで卵に手を伸ばす。何をするのかと思いきや――卵の上部を殻と身を一緒にカットしたのだ。よく見たら刃はドーナッツ状になっていて、卵の上部に嵌めこみ、もう片方の刃で削ぐ、という仕組みだった。そんな道具があるなんて。

リーゼロッテは匙で黄身を掬って食べていた。侯爵様は黄身にパンを浸して食べている。

「メル、卵は朝採れの新鮮な物だから、平気よ」

「あ、はい。ありがとうございます」

いや、半熟とか新鮮うんぬんよりも、卵の殻を剥かないで食べる文化を目の当たりにして、動揺していただけだ。敢えて追及はしないけれど。

侯爵家の裏手には鶏舎があるらしい。毎日新鮮な卵が食べられるのだとか。

私も優雅な方々に倣って、半熟茹で卵を食べる。

まずは黒胡椒を振った。三日月パンを一口大に千切り、卵の黄身に浸す。

垂れないよう、素早く口に運んだ。

「――!?」

まず、卵の濃厚さに驚く。手間暇かけられて作られたソースのようだった。

それに、三日月型のパンも美味しい。何十もの層になっていて、噛めばサクサクと軽い食感が。他にも、チョコレートの練り込まれたパンや、クリームの入ったパンなどがある。お菓子屋さんで売ってそうな、こってりした甘いパンだなんて初めてだ。

それを、無表情で食べる侯爵様。やっぱり、甘党のようだ。

朝食も素晴らしい料理の品々であった。

けれど、侯爵様の顔が怖かったので、養子縁組の件は心の中で辞退させていただく。

その後、しばらく休んで出かけることに。

ここで、信じられないできごとが。

『クエクエ、クエクエ~』

アメリアが「人混み苦手だから、ここで待っているね~」と言っていたのだ。

無理もない。

アメリアは侍女のお姉さん達に取り囲まれ、丁寧なブラッシングを受けていたのだ。なんか、良い匂いの精油も垂らしてもらっている。

女王様のような、非常に良い思いをしていたのだ。

人見知りで、「おかあさんと一緒じゃなきゃやだやだ!!」と言っていた甘えん坊のアメリアはどこに……。

「アメリアも親離れできたのね」

リーゼロッテの一言を聞いてハッとなる。

そうか、親離れか……。感慨深くなる。

でも、なんか寂しい。もう、私はアメリアにとって必要ないんじゃないかと思ったら……

「うわ~ん、アメリア~」

涙目で突然抱きつきに行ったら、「え!?」みたいな顔をされた。そうですよね。

寂しいけれど、仕方がない。今度は、私が子離れをしなければならないのだ。

「で、では、アメリア、行ってきますね」

『クエクエクエ~~』

「いってらっしゃ~い、楽しんできてね~」と、あっさり見送られる私。

けれど、実際問題、アメリアを街中へ連れて行くには無理がある大きさになってしまったのだ。いくら、幻獣保護局の庇護があるとはいえ、知らない人が 鷹獅子(グリフォン) をみたら驚くだろう。

大人になってくれた我が子に、感謝をしなければ。

侯爵家から馬車で中央区まで移動した。

お貴族様御用達のお店が並ぶ通りではなく、王都民が利用する商店街に向かう。

「この辺とか、初めて来るわ」

「でしょうね。あそこの通りを曲がれば、いつもの食堂ですよ」

「そうなの」

まずは宝飾店から。

リーゼロッテ付きの侍女さんが、お店の扉を開いてくれる。カランカランと、扉に付けられていた鈴が鳴った。

「いらっしゃいませ」

身なりの良いご婦人に出迎えられる。リーゼロッテのほうに、にこにこと微笑んでいた。

「買い物に来たのはわたくしではないわ」

「あらあら、失礼を」

私はきっと、お嬢様のお供その一と思われているのだろう。

店内にはガラスケースに入った宝飾品が所狭しと並べられていた。

「本日は何をお求めで?」

「えっと、耳飾りを」

「贈り物用でございますか?」

「はい、男性用の物とかありますか?」

「もちろんでございます」

話をしながら、お金は足りるだろうかと、ドキドキしていた。

幻獣保護局の報酬で懐は温かくなったけれど、この先アメリアと暮らしていくことを考えたら、そんなに大きな額は使えないのだ。

店員さんがいくつか耳飾りを選んで持って来てくれた。

ドロップ状の物や、花細工に宝石がはめ込まれた物など、派手な物が多く、種類も豊富だった。

しかし、大振りな物だと、邪魔になりそうだし、シンプルな物を選ぼうと思う。

「メル、これがいいんじゃない?」

リーゼロッテが指差したのは、サファイアの耳飾り。表面にカットが入っただけの、シンプルな 意匠(デザイン) だ。

「こちら、金貨六枚となります」

私の給料六か月分……。無理無理、却下!

「すみません、女性用でもいいので、こういう小粒の宝石の耳飾りをいくつか見せてもらえますか?」

「はい。少々お待ちくださいませ」

先ほど値段を知らされてから、心臓がバクバク鳴っている。

ちゃちゃっと決めて、早く帰りたいと思った。

「こちらになります」

勧められた物の中で、すぐに目に付く商品があった。

群青色の石で円型に整えられている耳飾り。

深い青が、ザラさんの目の色によく似ていた。

「あの、これにします」

値段は聞かずに即決した。払えないようであれば、分割払いにすればいいと思ったのだ。

「こちらはラピスラズリを磨いた品で、半銀貨となります」

「あ、はい」

金貨三枚です! とか言われたらどうしようとビクビクしていたが、案外お手頃な値段だった。よかった。

支払いをして、包装してもらう。

リーゼロッテも侍女さんと物色していたようで、首飾りを購入していた。

「メル、それ、いつ渡すの?」

「そうですね~」

明日渡すか。けれど、伯爵家で手渡すのもどうかなと。

「ザラさんの家、近所ですし、今から持って行ってもいいですか?」

「ええ、よろしくってよ」

「リーゼロッテは帰ります?」

「付き合うわ」

ここで、ハッと思いつく。そういえば、ザラさんに肉団子のシチューを作る約束をしていたのだ。ついでなので、材料を買って押しかけるのはどうだろう。

「って、さすがに図々しいですよね」

「私はメルが突然やって来て、食事を作ってくれるって言ったら、嬉しいけれど」

「ふうむ」

なかなか三日間のお休みなどないし、せっかくの機会なので、ザラさんの家にシチューを作りに行くことにした。

お断りをされたら、侯爵家でシチューを作ろうという話になった。

市場で材料を買い、ザラさんの家に向かう。

訪問は三度目だ。商店街を抜け、色鮮やかなお宅に到着する。

トントントンと扉を叩いた。

『にゃ~~ん』

ザラさんの愛猫、ブランシュの鳴き声だけが聞こえる。

「この声は、 山猫(イルベス) !」

幻獣大好きなリーゼロッテが、反応を示す。

もう一度、扉を叩いてみたが、ザラさんの返事はない。留守なのだろうか?

『にゃう、にゃう!』

その代わり、ブランシュが鳴いているが、いつもと様子が違うような。

「何か、訴えているような?」

「わたくしもそう思うわ」

もしかして、ザラさんに何かあった?

どこか、部屋を覗くところなどあるだろうか。

そんな風に考えていたら、ギイと音を立てて、突然扉が開く。

ザラさんかと思ったが、顔を出したのはブランシュだった。

『にゃん』

僅かに顔を覗かせ、扉から片方の足を出し、ちょいちょいと動かして家の中へと招く。

これが本当の招き猫だと思った。