軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

侯爵家の食卓

着替えとして用意されていたのは、紺色ワンピース。襟は丸く、リボンを結ぶようになっていて、腰部分で絞られたスカートは足首までの丈である。フリフリの子どもっぽい服だったらどうしようと思っていたけれど、杞憂に終わった。上品で落ち着いた 意匠(デザイン) であった。

食事はリーゼロッテと二人で取ることになる。

侯爵と一緒ならば、気まずいだろうと配慮してくれたのだ。

「すみません、助かったと言いますか……いえ、きちんとご挨拶をと思っていたのですが」

「いいのよ。今、お母様は慈善事業で地方に行っているし、お父様は気難しい人だから、わたくしも疲れている時は別で食事を取るの」

「そ、そうなんですね」

実の娘ですら避ける侯爵様。ちょっと可哀想かも。

「では、あとでご挨拶に行きますね」

「ごめんなさいね。ありがとう」

アメリアはさっきもらった果物でお腹がいっぱいになったというので、食べるのは私達だけ。

広い食堂で、アメリアは巨大クッションの上で丸くなっている。

大きな 鷹獅子(グリフォン) が座れるほどのクッションなど、どこに売ってあるのか。ちょっと気になった。

侯爵家の不思議に気を取られているうちに、給仕係の使用人が料理を卓に並べてくれる。

前菜、パンの盛り付けられた籠、スープ、メインの肉料理と魚料理、チーズの盛り合わせと、本来ならば一品一品運ばれてくるであろう料理を一気に準備してくれた。

きっと、街の食堂のやり方に倣って用意してくれたのだろう。正直、給仕されながら食べるのは落ち着かないので、ありがたかった。

神に祈りを捧げ、食事を戴く。

前菜は鶏肉のパテとチーズを混ぜた物をクラッカーに載せた物。あっさりした肉と濃厚なチーズに、サクサククラッカーの相性は抜群だ。

スープは芋を擦って三角牛の乳と煮込んだ物。舌触りは滑らかで、お上品な味がする。

パンは炒った木の実が練り込んであった。ザクッとした食感が楽しい。

お肉は三角牛のホホ肉の葡萄酒煮込み。ナイフを当てると、力をほとんど入れずともスッと刃が沈んでいく。一口大に切り分けて食べる。

「柔らか!!」

あまりの衝撃に、叫んでしまった。噛めばほろりと解けるお肉。がっつりとした肉の塊なのに、こんなにも柔らかくて、繊細な味わいがあるなんて。感動した。

ここに侯爵様がいたら、「私、ここの家の子になります!!」と叫んでいただろう。危なかった。

魚料理の前に、 森林檎(メーラ) のシャーベットが運ばれてくる。これで、濃厚なソースが残る口の中を元の状態に戻すのだとか。冷たくて甘酸っぱくてさっぱりとしていた。

魚料理は赤身にパン粉をまぶし、サッと揚げた物。

中は半生……。

「リーゼロッテ、これ、火が通っていないのですが?」

「大丈夫よ。新鮮なお魚だから。こういう料理なの」

「なるほど」

こんな調理法があったなんて。驚きだ。

生臭いんじゃないかとか疑っていたが、リーゼロッテは美味しそうに食べている。

美味しいのか……そうか、美味しいのか……。

私も勇気を出して、一口。

「――むっ!?」

サクっと揚げられたパン粉の香ばしい風味と共に感じたのは、香草の豊かな香り。それから、トロっととろける赤身。生臭さなんてぜんぜんない。脂が乗っていて、甘辛いソースが旨味を引き立てている。こんな料理があったなんて驚きだ。

「メル、どう?」

「おいし~~」

美食を前にすれば、語彙力など死したも同然だった。

チーズを軽く摘まんでいる途中に、食後の甘味が運ばれる。

もうお腹いっぱいだよと思っていたけれど、出て来たのは 冬苺(フレサ) の載った一口大のケーキ。

なぜ、宝石のように果物が輝いているのか。

満腹も忘れ、フォークで生地ごと刺して食べる。

まずは、 苺(フレサ) の強い酸味を感じる。けれど、すぐにクリームの優しい甘さに包まれ、ちょうど良くなった。それから生地のふんわり滑らかな食感が。こんなに上品なケーキを食べたことがない。舌がとろけそうになった。

改めて思う。毎日こんなに美味しい物を食べていたので、リーゼロッテはあのようにご立派に育ったのだろうと。

私はきっと、手遅れなのだろう。無念なり。

食後はリーゼロッテと共に、侯爵様のもとへ挨拶に行く。

向かったのは私室だ。中に入ると――

『ワ~~、パンケーキノ娘ジャン!』

なぜか、天井から吊るされた鳥籠の中にいるアルブム。もしかして、おしおきをされているのか。まあ、どうでもいいか。

侯爵様は長椅子に腕を組んで座っていた。眉間にはしっかりと皺が刻まれている。

「ど、どうも、こんばんは」

「 鷹獅子(グリフォン) はどうした?」

挨拶を返すよりもまず幻獣。本当、このお方は揺るがない。

アメリアは「あのいじわるおじさんには会いたくな~い」と言ったので、リーゼロッテの部屋でお留守番している。可哀想なのでそれを伝えるわけにはいかないと思っていたが――

「アメリア、お父様には会いたくないそうよ」

「!?」

リーゼロッテ、言っちゃった。

侯爵様は目を見開き、微かに肩が震えているように見えた。可哀想に。

いい加減許してやるよう、言わなければ。

とりあえず、居住まいを正してお礼を言う。

「あの、侯爵様、突然押しかけたのに、温かく受け入れてくださり、ありがとうございました」

「別に構わん。部屋は腐るほどある」

以降、シンと部屋が静まり返る。

なんて言うか、もっと気安い雰囲気であれば、話しかけられるのに。

眉間にはガッツリと皺が刻まれ、腕を組んで誰も受け入れんとばかりの姿勢を取っている。はあ、とても気まずい。

どうしようかと考えていると、鳥籠の中のアルブムがとんでもないことを言ってくれた。

『ゴ主人様、顔コワ~イ』

「なんだと!?」

即座に反応を示す侯爵様。立ち上がり、ずんずんとアルブムのもとへ近付く。

『イヤアアアア、コッチ来ナイデ~~、コワイコワイ!!』

「うるさい!」

侯爵様は天井から吊るしていたアルブムの入った鳥籠を乱暴に掴むと、部屋から出て行った。

『ナナメ、ナナメニ、籠ヲ、持タナイデ~~、侯爵様、アルブムチャンノ持チ方ガ、雑イ!!』

アルブムの悲鳴が廊下に響き渡る。

「メル、わたくし達も部屋に戻りましょう」

「そうですね」

今日はリーゼロッテの部屋で一晩お世話になる。アメリアと一緒に眠りたかったらしい。

寝室に到着する。

鷹獅子(グリフォン) が乗っても大丈夫だという寝台は、大人が五人くらい寝転がっても大丈夫そうな大きな物だった。

爪でシーツなどを引っかけないよう、アメリアの手足に手袋を装着させる。

『クエ、クエエ~~』

寝台の上に乗り、ふかふかだと喜ぶアメリア。

飛び跳ねるわけではなく、足先でふみふみして触感を確認していた。

『クエクエ~~?』

リーゼロッテに「凄いふわふわの布団だね、ここで寝てもいいの?」と言っているけれどと伝えた。

「――ッ!」

リーゼロッテは、口もとを押さえ、頬を赤らめている。

まあ、寝台の上ではしゃぐ 鷹獅子(グリフォン) 、可愛いよね。

「も、もちろんよ、アメリア。もう、毎日、そこで寝てもいいから!!」

鼻息荒く言っていたけれど、アメリアには「寝てもいいって」と軽く伝えておいた。

寝間着に着替え、就寝。

「アメリアって温かいのね」

『クエ~~』

「寒い日は暖を取っていました」

アメリアを真ん中にして、眠る。

大きくなって寝台に上がれなくなり、床に敷物を敷いて、その上で眠ってもらっていたのだ。なので、こうして並んで眠るのは久々。

アメリアの胸元の羽毛に顔を埋め、ぐっすりと眠る。

翌朝、ザラさんから手紙が届く。

エヴァハルト伯爵家へは、明日行くことになった。

「だったらメル、今日はどうする?」

「えっと、ちょっと街に買い物に行きたいなと」

「商人だったら、家に呼べばいいじゃない」

「いえ……」

なんだろう、パンがなければお菓子を食べればいいじゃないみたいな物言いは。

「パンがなければって、それ、なんなの?」

「確か、『異国の女王様物語』という絵本のお話だったかと。貧しくてパンを食べることができない民草に、ケーキを食べればいいじゃないと言うんです」

「酷い話ね」

「まあ、作り話ですし」

侯爵家に出入りするような商人から買える商品なんてあるわけがない。

街に行って、私が買える金額の物を選ぶしかないのだ。

「わかったわ。私もついて行ってあげる」

「わあ、ありがとうございます」

「で、何を買うの?」

「耳飾りを」

ずっと、ザラさんの寂しくなった耳が気になっていたのだ。