作品タイトル不明
小麦生地の挽肉包み
しばらく待つように言われ、玄関先で待つ。
五分後、ザラさんは戻って来た。
「ごめんなさいね。ブランシュは二階にやったから、大丈夫だと思う」
「ありがとうございます」
悪い気もしたけれど、少しずつ慣れていけばいい。今日はとりあえず挨拶程度ということで。
おじゃましますと言い、中へと入る。
『クエクエ~』
アメリアもきちんとお邪魔しますと言っていた。
本日のザラさんの服装は髪の毛を一本の三つ編みにして、胸の前から垂らしている。
服装は灰色の詰襟の上着に、黒いズボン。
「今日も男装なんですね」
「ええ。最近はこちらのほうが楽で」
「なるほど」
多分、女装はザラさんの武装だったのかな、なんて。想像だけれど。
相変わらず、綺麗に整理整頓され、掃除も行き届いた家だ。何かお香を焚いていたのか。お花の良い香りもする。
今日は居間に案内された。
白い壁に真っ赤な絨毯。チョコレート色の卓子に白い長椅子。大きな暖炉には、薬缶が吊り下げられていた。ふつふつと、沸騰寸前のような音を立てている。
「オシャレなお部屋ですね」
「ありがとう」
すべて中古の家具で、吟味を重ねて購入したらしい。
卓布(テーブルクロス) はザラさんの故郷の織物。青地に白の雪模様が織り込まれている。
ここでお土産を手渡す。味見につられて購入した、豆の蜜絡め。
「あら、これ、私の故郷のお菓子だわ」
「そうなんですね」
なんという偶然だろう。ザラさんは懐かしいと言って、目を細めていた。目が潤んで見えるのは、気のせいか。
薬缶がピ~っと鳴る。どうやら沸騰したらしい。花の香りがするお茶を淹れてくれた。
お菓子を摘まみつつ、本題へと移る。
「そろそろ引っ越しをしようと思いまして」
「寮じゃ手狭でしょう」
「そうなんです」
以前、ザラさんの家に住むよう誘われたけれど、アメリアはこの家には住めない。なので、他を探す必要がある。
「実は、リヒテンベルガー侯爵家に養子に来ないかと、誘われていまして」
「それは――個人的な感情なんだけど、オススメできないわね」
「ええ、私も嫌です」
でも、アメリアの将来を考えれば、個人的なことも言ってられないのだ。
「だったら、うちのブランシュを預けている、エヴァハルト伯爵家の奥方に相談してみましょう」
「リーゼロッテのお祖母様ですね」
「ええ、でも気難しい方で」
頭を抱えながら話す。人当たりが良いザラさんがここまで言う、エヴァハルト家の奥方様とはいったい……。
「次の休みに、訪問できるように先触れを出しておくけれど、いい?」
「はい、よろしくお願いいたします」
相談がいったん落着したところで、今から昼食を作ろうと誘われる。
「ごめんなさいね、なんか準備しようと思っていたんだけれど」
「いえいえ!」
お昼はどこかに食べに行けばいいかな~っと思っていた。でも、アメリアをあまり連れ回したくなかったので、正直に言えばとても助かる。
さっそく、例の綺麗な台所に移動。本日もぴかぴかだ。
「今日は、小麦生地の挽肉包みを作ろうと思っているの」
「うわ、美味しそうですね」
言わずもがな、ザラさんの故郷の郷土料理である。小麦粉で作った皮に挽肉を包んだ物を茹でて、スープに入れて食べる物らしい。
「まずは皮からね」
小麦粉に水、卵、塩を入れ、しっかりと混ぜ合わせる。生地がツヤツヤになれば、濡れ布巾に包んで三十分ほど放置。
「次は具を作りましょう」
デン! と調理台の上に置かれたのは、猪豚の肉塊。どうやら包丁でみじん切りにするらしい。
「やっぱり、お肉の塊から挽肉作ったほうが美味しいですよね」
「あら、メルちゃんわかってる」
ザラさんはあっという間に、猪豚を挽肉にした。前も思ったけれど、料理に手慣れている。
「次は野菜ね」
擦った 玉葱(ルーク) と刻んだ 玉葱(ルーク) 、両方入れるらしい。
玉葱(ルーク) は切り刻むと涙が出てくる。
「涙が出てしまう現象、 玉葱(ルーク) の細胞が壊れて、別の物質が発生するかららしいわ」
「そうなんですね」
「涙が出ないコツは、調理前に 玉葱(ルーク) を冷やしておくこと。それから、良く切れるナイフを使うこと」
「ほうほう」
ザラさんは朝から 玉葱(ルーク) を外に吊るしていたらしい。準備万端だったというわけだ。
というわけで、 玉葱(ルーク) を切り刻む。けれど。
「…………うっ!」
「…………あら?」
なぜか涙目になる私とザラさん。
「ごめんなさい、メルちゃん。今日は、失敗したみたい」
「そ、そんな日もありますよ」
涙をほろほろと流しながら、 玉葱(ルーク) のすりおろしとみじん切りを作った。
他に薬草ニンニクと塩胡椒で味を調え、挽肉と一緒に混ぜ合わせる。
そろそろ皮作りに取り掛かる。
生地を一口大に千切り、麺棒で平たくする。三十枚ほど作った。
その皮に、先ほど作った挽肉の種を包んでいくのだ。一口大の小さな挽肉包みが完成する。
包み終わったら茹でる。ぷわぷわと浮いてくれば、茹で上がった状態なので、掬い取った。
お湯を切ってお皿に盛りつけ、上から野菜の澄ましスープを注げば完成。
台所にある机で戴く。
アメリアには、家から持って来ていた果物を与えた。ブランシュは朝と夜しか食べないらしい。
「そういえば、前にブランシュのお食事代が結構掛かるって言っていましたけれど、幻獣保護局から支援はないのですか?」
「私、記録とかの協力をしていないの。だから、ほとんど自己負担しなきゃいけなくて」
「そうだったのですね」
幻獣保護局の厚い支援は、条件があったらしい。私みたいに毎日記録を提出していないと、保障対象外になるようだ。
「あの子の飼育費が掛かるのは今に始まった話ではないし、手続きも面倒だから、いいかなって」
「なるほど」
皆、いろいろな事情を抱えているのだ。
「冷えないうちに食べましょう」
「はい」
こういう、小麦粉の皮を茹でた料理は初めてだ。果たして、どんな味がするのか。
匙で挽肉包みを掬い、一口で食べる。
「うわっ、熱っ……」
本日二度目のアツアツ。まったく学習能力がない。
舌で冷えたのを確認してから、皮を噛む。
「――!」
口の中がいっぱいなので、発言できないけれど、凄く美味しい!!
皮はほどよい厚さで、モッチモチな食感。裂けた部分から肉汁がジュワ~と溢れ、お肉の旨みが広がっていく。
玉葱(ルーク) はシャキシャキで、甘味がある。
「メルちゃん、どう?」
「最高です!」
雪国料理は想像を絶する美味しさだった。
◇◇◇
帰り際、玄関に置いている水晶が目に付く。手の平よりも少し小さい、 群生(クラスター) 状の物だ。
「ザラさん、これは?」
「ああ、それは魔力測定晶」
なんでも、入隊時に医術師から魔力測定を受けていない人は魔力量の検査をするらしい。
「触れた時の色によって、魔力量を量るの」
これは、魔法研究所が作った発明品だとか。
魔法適正がない時は何も光らず、多少ある場合は黄色。そこそこある場合は緑。多い場合は青。
「確か、赤く光れば研究所送りだと言っていたわ」
「どういう意味ですか?」
「ありえない魔力量だから、観察対象になってしまうらしいの」
「うわ、恐ろしいですね」
ザラさんは入隊時、淡い黄色に光ったらしい。
「世界的に魔法使いは減少傾向でしょう? だから、完全な黄色になれば連絡して欲しいって言われていて」
黄色が出たら、魔法の教育を受けなければならないとか。
「で、毎日調べるようにって、渡されたわけ」
「そうなんですね。でもこれ、高そうに見えます」
「某幻獣保護局と同じで、魔法研究所もお金持ちが支援しているらしいわ」
「そうなんですね」
ザラさんが手に取ると、仄かに黄色く光る。
「魔法なんて、なくても生活できるのに、どうしてこう、固執する人が多いのでしょうね」
「……」
それについては、今もなお、なんともいえない状態でいる。いろいろと複雑なのだ。
玄関の花台に置けば、水晶はまた透明に戻る。
「あの、触ってもいいですか?」
「ええ、構わないわ。なんだったら、壊してもいいけれど」
「いやいや、そんなことは」
なんとなく綺麗だから触りたいだけであって、ザラさんみたいにほんのり黄色に染まらないかな~なんて下心はない。絶対に。
手のひらに水晶をちょこんと乗せる。
表面のつるりとした手触りを堪能して、花台に置こうと思っていたら――
「え?」
「嘘」
じわじわと、発光しだす水晶。
黄色く染まったあと緑色に変化し、しだいに青くなる、そして……
「メルちゃん、放して!」
「え!?」
水晶が赤くなるのと同時に、ヒビが入った。
ザラさんが私の手の平にあった水晶を掴み、玄関の床に向かって投げる。地面に落ちた瞬間に、割れてバラバラに散った。
ザラさんは私を引き寄せ、破片が刺さらないように庇ってくれる。
「ザ、ザラさん、怪我は!?」
「大丈夫。そこまで飛び散らなかったみたい」
ひとますホッ。背後にいたアメリアも無事だったようだ。
「しかし、あれはいったい――」
私を抱いたまま、ザラさんは耳元で囁く。
「さっき見たことは、誰にも言っちゃダメだから」
「さっきの、とは?」
「魔力量の赤」
いや、あれは見間違いだろう。そう言っても、ザラさんは首を横に振る。
「メルちゃんの村の医術師さんは、魔力なしと診察したみたいだけど、逆だったようね」
「いや、ありえないですよ」
「申し訳ないけれど、測定晶は正確だから」
「そ、そんな……!」
と、いうことは、私は魔力なしではなかったと?
ザラさんはコクリと頷く。
「な、なんだって~~!」
あまりのことに、そう叫ぶしかなかった。