作品タイトル不明
140 誘拐犯の正体とデルフィーヌ
王城に到着し、私はノンナとメルを連れて馬車を降りた。
ミルズは捕えた男三人を尋問室に連れて行くと言う。
「デルフィーヌ様への報告は副部長から上げてもらいますか?」
「いえ、私がこれから直接報告します」
「では、お願いします」
ミルズはそのまま馬車で進んでいく。私は少女たちと共に第三騎士団の部屋を目指した。
深夜に近い時刻だったが北塔には明かりがついていて、諸制度維持管理部のドアを開けると第三騎士団員が数名とクラーク様がいた。
クラーク様がガタタッと椅子の音を立てて立ち上がり、口を開けて何か言おうとしたが何も言わずにキュッと口を引き締め、表情を整えてから話し始めた。
「おかえりなさい。首尾は?」
「予想通り、誘拐でした。しかもかなり 質(たち) の悪い誘拐で、これまでにさらわれた少女の行方が非常に心配です。実行犯と依頼側の人間を捕まえたので、ミルズが尋問室に連れて行きました」
「ご協力をありがとうございました、先生。では僕も尋問室に向かいます。メルはここで報告を頼む。ノンナ、協力をありがとう」
「どういたしまして、クラーク様」
クラーク様が私たちの脇を通って階段を下りていく。すれ違う際に、クラーク様がほんの一瞬だけノンナを見た。心配そうな眼差しだった。クラーク様は目の下にはっきりとクマができていた。
階段を下りながら、ノンナが尋ねてきた。
「お母さん、私はあれでよかったの? 結局私はなんにもしなかったけど」
「ええ、あれでよかったの。何かあった場合に備えてノンナが選ばれたわけで、相手を倒すために選ばれたわけじゃないもの。指示役を捕まえるためのノンナよ。さて、私はデルフィーヌ様とお話があるの。一緒に来る? 先に帰る?」
「お母さんと一緒に行く」
王族の居住区域に向かい、護衛騎士に「アンナ・アッシャーです。デルフィーヌ様に重要なご報告があります」と伝言を頼んだ。夜中だから明日にしろと門前払いされるかなと思ったが、待たされることなくデルフィーヌ様の私室に通された。廊下を歩きながら護衛騎士が「アッシャー夫人のご訪問は、いついかなる時でもお伝えするよう、命じられております」と説明してくれた。
デルフィーヌ様は夜着の上に絹のガウンを羽織って、お化粧をしていない状態で待っていた。お化粧をしないと逆に若く見えるなと、そんな感想が浮かんだ。
「夜遅くに申し訳ございません」
「いいの。夜更けであってもあなたが報告しようと思う内容なのでしょう? さあ、聞かせて?」
まずは庶民の少女が何年にもわたって少しずつ姿を消していたことから話した。直近では第三騎士団の養成所の少女が声をかけられたこと。ノンナがそれに同行し、私とミルズが実行犯と指示役を捕まえたこと。指示役の発音から、イーガルの人間だと思ったこと。この国の国境警備に誘拐側の仲間がいると推測していること。
「なんてこと……。その貴族が誰かわかり次第、イーガルの父にすぐに連絡を取るわ。ありがとう、アンナ。ノンナはさぞ怖かったでしょう? 軍の反乱の時も、私と一緒に行動してくれたわね。少女のあなたを何度も巻き込んでしまって、申し訳ないと思っています」
するとノンナが私をちらりと見た。何か言いたいらしい。その様子に気づいたデルフィーヌ様が「今は私たちだけだもの、自由に話していいのよ」と微笑んだ。ノンナが両手をギュッと握って話し始めた。
「私とメルを殺すつもりがないことは相手の様子からわかりましたので、怖くはありませんでした。第三騎士団とお母様の役に立てたことを誇りに思います。ただ……家族のために働こうとした少女たちをさらった人は、少女たちが成長したらどうしたのか。それを心配しています。口封じされていないことを願うばかりです」
デルフィーヌ様が「私もそれを案じているわ」と苦し気につぶやいた。
「今夜はもう遅い。家に帰って体を休めて。私はこれから陛下に報告します。報告をありがとう」
「失礼いたします」
庭を横切って歩いていたら、ミルズがスッと近寄ってきて、「馬車でお送りします」と言う。
遠慮なく馬車に乗ると、ミルズが「ノンナさん、本当に怪我はないんですね?」と聞いてきた。
「ないよ。むしろ相手をやっつけたいのを我慢していたから、モヤモヤが溜まってる。ミルズは? 怪我してないの?」
「俺はしてないよ。弱いやつを縛り上げただけだしな。あ、いや、縛り上げただけですし」
「ぷっ。丁寧にしゃべらなくていいよ。私だもん」
ミルズがチラリと私を見て、私が小さくうなずくと白い歯を見せて笑った。
「よかった。ノンナに丁寧なしゃべり方をするのはどうも落ち着かなかったんだ。俺よりクラーク様の心配をしてやってくれ。クラーク様はちゃんと寝ていない。いくら若くても、あんなに仕事をしていたらいずれ体を壊すだろうな」
「そうだね。クラーク様、目の下にクマができてた」
「もうずっとだよ。部長の代わりを完璧にこなそうとしているけど、あの若さでそんなことは無理なんだよ。どんなに優秀でもできることじゃない。なにしろ関わっている年月が違うんだから」
「ねえ、ミルズは私が第三騎士団に入ったら、少しはクラーク様を楽にしてあげられると思う?」
「いいや。逆だな。おそらく心労でもっと早く倒れる。家で待っていてやれよ」
私もそう思う。夫婦で工作員という例がないわけじゃないけれど、クラーク様はノンナを敵の中へ潜入させるには、まだ若すぎる。ノンナは家で待てと言われて怒るかと思ったら「そうだね」とうなずいた。
「私もそんな気がした。エドワード伯父様は家に帰ると、ブライズ様の前でとってもくつろいだお顔になるの。私もブライズ様みたいにクラーク様の疲れを取ってあげられる人を目指すよ」
「うん、それがいい」
ノンナよ。あなた成長したわね……。
家に着くと、家じゅうの明かりがついていた。馬車の音を聞きつけて、ジェフが玄関の外に出てきた。ノンナが馬車から飛び降りて、すごい速さで走っていく。そのままドーンと抱きつこうとして、ジェフに持ち上げられた。ジェフはノンナをそっと下ろすと、私に歩み寄ってくる。ギュッと私を抱きしめて「二人が無事でよかった」とささやいた。
その後はジェフにデルフィーヌ様にしたのと同じ報告をした。軍務副大臣としては、国境警備の人間に裏切者がいるのは許しがたいことだろう。表情が一気に硬くなった。
「シェン国から買い付けている自白剤が、真実を明らかにしてくれる」
「そうね」
私たちの言葉はすぐに現実となった。マイクさんとクラーク様二人が立ち会った尋問で、ノンナたちを運び出そうとしていた男は、イーガル王国のグリムヴァルド侯爵家の使用人だと白状した。
その情報はすぐ軍務大臣、副大臣のジェフ、国王夫妻に届けられ、私がジェフから極秘扱いの連絡を受けた後でデルフィーヌ様に呼び出された。
「アンナ、あなたには本当に感謝します」
最初にそう言ったデルフィーヌ様は、疲れたお顔をしている。昨夜はほとんど眠っていないのではと思う顔色の悪さで目も赤い。
「グリムヴァルド侯爵家は、父が中心になっている王家派の古参なの。八年前に当主が代替わりしたけれど、誘拐が始まったのはおそらく現当主のクロヴィス・グリムヴァルドになって以降だと思う。尊大で皮肉っぽく振る舞う人物という噂は聞いたことがあるけれど、まさかアシュベリーの子供をさらっていたなんて……」
「ご実家に影響が出そうですか?」
「出させないために、昨夜のうちに父に知らせを書きました。これが表沙汰になる前に知ることができて本当によかった。第三騎士団からの報告だと、あなたが機転を利かせなかったら、誘拐した者たちに逃げられたかもしれないそうね」
「いえ、もし国境を超えるようなら、ノンナが男たちを倒して縛り上げ、自力で戻ってきたと思います。御者も使用人も武術の嗜みはありませんでしたので」
デルフィーヌ様が「ほうっ」と息を吐いた。
「ノンナの強さを信頼しているのね。人生はなにが起きるかわからないのだから、私の息子たちも身を守る 術(すべ) を身につけさせるべきね」
「いえ、殿下方には護衛がたくさん付くのですから、その必要はあまりないかと」
「でも、セドリック公爵は剣も体術もなかなかの腕前だと陛下がおっしゃっていたわよ?」
そうですね。でも武の腕前への強い執着のせいで、私に肋骨を二本も折られていますよ。
「私、息子たちに武術の指導をもう少し本格的に受けさせようと思うわ」
私は無言で微笑んだが、いつものように上手く微笑めたか少し自信がなかった。