軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139 一軒家

三日後の約束の日、ノンナは夕方の待ち合わせに備えて北塔で着替えを済ませることになっていた。

「ノンナ、相手の拠点に行くまでは大人しくするのよ? 途中で頭に血を上らせてはダメ」

「わかってる。何があっても我慢して、怯える可憐な少女を演じます」

「それと……」

「お母さん。大丈夫。安心して家で待っていてください。クラーク様や第三騎士団のみんながついてきてくれるんだもの」

「そうね」

だが私は、全ての計画の二割くらいに予想外の出来事が起きることを知っている。第三騎士団の団員も知っているだろう。クラーク様はどうだろうか。現場で起きる想定外の展開を、知ってはいても経験していない気がする。

「いい? 自分の命を最優先で守るのよ?」

「わかりました。お母さん。じゃ、いってきます」

「いってらっしゃい。……本当にわかっているのかしらね」

ノンナは我が家の馬車で出発した。私は素早く自室に戻り、動きやすい服装に着替えた。ちょっと見ただけなら男性に見えるよう、ゆとりのあるシャツとジャケットとズボンを着て足元は編み上げのブーツ。髪はまとめてから帽子を被った。

ジェフはお城に出勤しているし、使用人たちはそれぞれの仕事で忙しい時間だ。私はするりと敷地を抜け出し、待ち合わせの場所に向かった。途中でパン店に入り、長くて硬いパンを二本買って抱えて歩くことにした。パンや野菜などの食べ物を持って歩いていると、不思議と警戒されにくい。

待ち合わせ場所は繁華街から少し外れた裏通り。ノンナとメルが男性と立ち話をしている。二人と話をしている笑顔の男は三十代。そこそこ整った身なりをしている。その男が飲食店を指さしてノンナたちに話しかけた。唇の動きを読むと、『出かける前に、何か食べない? 俺がご馳走するよ』と言っている。辺りが暗くなってきたから、唇を読むのもそろそろ難しい。

ノンナとメルは店に入った。周囲に視線を向けることなくうなずいたのは上出来だ。二人とも堂々としている。

周囲にはちょっと見て気づいただけでも第三騎士団員が八名いる。老人風に変装している人が二人、荷車を停めて休んでいるのが二人、夫婦を演じているカップルと商人風が二人。老人風の二人と夫婦を演じている二人がノンナたちに続いて店に入った。

(待って。これはもしかして)

私は過去、これに似た状況で対象者と共に敵の目の前から逃げたことがある。

急いで周囲の店の位置を思い浮かべた。背中合わせに精肉店、精肉店の二軒先が価格高めのレストランだ。

パンを放って一本裏の通りを目指したが、大回りしなければならない。間に合わないかもと焦る気持ちを抱えて全力で走った。これらの食べ物商売の地下保存庫がつながっている場合があるのだ。その抜け道を使われたかもしれない。

左に走って十字路を右に曲がると、かなり前方に少女二人と男の三人が見えた。少女の背後にぴたりと張り付く男が二人いる。おそらく後ろからナイフでノンナとメルを脅しているのだろう。五人は停めてあった馬車に向かい、乗ったのは最初の男とノンナたちの三人だけ。馬車はすぐに出発した。

私が指笛を鳴らそうとしたら、鳴らす前に馬が一頭走ってきて私の脇で止まった。その馬に飛び乗り、男性の腰につかまった。

「お待たせしました」

「絶対にあの馬車を見失わないでね」

「お任せください」

ジェフからは「兄がミルズを配置させると言っていた。君の援護役だそうだ」と聞いている。私が走り出したのを見て、第三騎士団から派遣された九人目、ミルズが駆け付けたのだ。

二人乗りでも馬は馬車より速いから、私たちはかなりの距離を置いて尾行を始めた。馬車は移動を続けて王都の門を出た。やがて王都からそこそこ離れた森の中の一軒家で止まった。辺りはすっかり暗い。

「僕が正面から入ります」

「いいえ、まだよ。ここが終点のわけがない。ここに誰かが来るはず。それまで待ちましょう」

「しかしビクトリアさん、その間に二人が何をされるかわかりませんよ」

「ノンナなら大丈夫。安全を脅かされるまで黙って待っている子じゃないわ」

少なくとも馬車に乗るまでは縛られていなかった。狭い馬車の中で、ノンナに薬物を無理やり摂取させるのも無理だ。あの子の実力ならそれはないと断言できる。ただ、メルを使って脅されたら、という不安はある。だがメルだって養成所の生徒だ。騒ぎも起こさず人質になることは考えにくい。馬車は揺れることなく静かに進んでここまで来た。

何時間も待つのは得意だ。いつでもすぐに動けるよう、静かに体の強張りをほぐしながら待った。

ミルズがごく小さな声で話しかけてきた。

「ビクトリアさんはなぜ違う場所から三人が出てくるとわかったんですか?」

「ランダルで仕事をしたときに、同じ手を私が使ったの」

「へえ。それはどんな……」

「シッ! 来たわ」

深夜になってやっと目当ての馬車が来た。私とミルズは気配を消して様子を窺う。

馬車から痩せた男性が一人降りて家に入った。それを見届けてからミルズが御者に近づき、一瞬で昏倒させて縛り上げた。私は今、家の窓側に回って中の声を聞いている。

「おや、一人と聞いていたけれど、二人になったんだね。しかもどちらも可愛らしい」

「はい、金色の髪の方は自分からやってきました」

「くくく。君たちは丁寧に扱われるから安心しなさい。これから移動して、新しい職場で働いてもらう。なに、仕事はごく普通の侍女だ。ただ、ご主人様がお好みになる年齢の幅が狭くてね。毎年のように入れ替えが必要なんだよ。さあ、出発しよう。君たちは馬車の中で眠っていればいい」

(へえ。ごく普通の侍女ねえ。成長してお役御免になった侍女はどうなるのかしら。拉致を隠したかったら、少女たちの行く末はひとつか二つよね)

貴族だったら庶民相手になんでもできると思わないことだ。男の訛りでイーガル出身だとわかった。

(あなたは貴族の使用人だろうけど、今度はあなたが拉致される番だからね)

ノンナをここに連れて来た男も逃がしはしない。あなたたち二人まとめて姿を消すことになるわ。

「お気をつけてお帰り下さい。今後ともどうぞよろしくお願いします」

「ああ、また頼むよ。おおい、樽を運んでくれ!」

声をかけると、御者席からミルズが降りてきた。

「ん? 待て、止まれ! お前、誰だ?」

気づかれたか。では行動開始。

私は男たちに駆け寄り、三十代の男に飛びかかった。相手がナイフを取り出す前に腹に蹴りを入れ、倒れた相手の胸に拳を入れた。男が「グッ」と呻いて意識を失った。ミルズは? と振り返ると、こちらも問題なく貴族の使用人らしき男を縛り上げている。

二つの樽がゴトゴト動いているから、ダガーの持ち手で蓋を叩き割った。口に布を噛ませられていたノンナとメルが立ち上がる。手早く縄を切って口に噛ませてある布を外した。

「ぷはぁ。空気穴が小さくて息苦しかったぁ」

「私もです」

「二人とも冷静だったわね」

「殺されることはないってわかってたから、怯えた振りをしてた」

ノンナがそう言って笑う。顔に殴られた跡もなければ薬を盛られた様子もない。よかった。

「ビクトリアさん、戻りますか」

「そうね。デルフィーヌ様に一刻も早くお知らせしないと」

「デルフィーヌ様ですか?」

「ええ。後から来た男はデルフィーヌ様の母国、イーガルの人間だわ」

「うっへえ」

しょっぱい顔になったミルズが馬車を操り、私は馬に乗って王城を目指した。

何年も少女たちを拉致していながら見つからなかったのは、相手が他国の貴族というだけではないだろう。この国の国境を守る人間の中に、協力者がいるはずだ。