作品タイトル不明
132 王妃との握手
クラーク様も加わって、私たち五人は話を続けた。
「私は第三騎士団の構成を知りません。ハグルでは暗殺部隊と工作員に分かれていましたが、アシュベリーでも同じでしょうか」
「我が国の特殊任務組織に暗殺専門の部署はないよ。こちらから仕掛けて暗殺をしたのは、私が知る限り四十年ほど前だ。殺さずとも相手を動かすことはできる。私も前任者もそう考えてきた」
前任者。今もお城にいるのだろうか。
「前任者は高齢になって引退し、亡くなったよ。私はその人物に声をかけられて、文官からこの組織の長になった。前任者はとても聡明で穏健な人だったが、聡明すぎて怖いところもある人だった」
「そうでしたか」
「その人物は私の父が早々とアッシャー家の当主の座を譲ったことに疑問を抱いたんだ。色々調べる中で、我が家を辞めた使用人にも話を聞いたそうだ。私とジェフリーがどんな状況で育ったかも知っていた」
ジェフリーが驚いた顔をしているから、彼も初めて聞く話のようだ。
「人間の醜さと強さと優しさ。私はそれを兼ね備えていると言っていた。それと、王家への忠誠心かな。ずいぶんと見込まれて当時は困惑したが、私は自分で思うよりもこの仕事に向いていたようだ。ビクトリア、私は君もこの仕事に向いていると思っている。クラークが成長するために、隣で支えてくれる人が必要だ。君が参加してくれるなら、心強い。ジェフリーは納得しているんだろうね?」
「ええ。アンナがやりたいというのなら、私は応援します」
「では決まりだな。ただし、ノンナは関わらせないでくれ。抜きん出た身体能力はあるが、あの子はまだ、人間の醜さと弱さを知らない。バランスの悪さが命取りになる」
「関わらせないつもりです」
「もしノンナが関わりたいと言ったら?」
それは何度も考えた。
「成人した後のことはノンナが決めるべきことだと思っています。あの子は見た目よりもずっと賢いですし、自分の人生を自分で決めることが大人になるということですので」
「そう言うような気がしていたが、ずいぶん思い切りがいいんだな」
今思っていることを言うべきかどうか迷ったが、言うことにした。
「親は先に死にます。いつまでも我が子が歩く道から石をどけてやれるわけではありません。石ころだらけの道を、自分の足で歩けるように育てるのが親の役目だと思っています。いつかノンナがクラーク様の妻になっても、平穏で幸せな日々ばかりではないでしょう。その時に私が生きているかどうかはわかりませんし」
「そうだな。その言葉の意味が、今はよくわかるよ」
火事で亡くなった両親。世の中も知らずに人生を終えた妹。恋を叶えることなく死んだ若い後輩。
人生は「明日も続く」と信じて歩くには心許ない道だ。
「教官の仕事はいつから頼める?」
「明日からでも」
「わかった。では明日、十時にここに来てくれるかい? 私から訓練所の職員に紹介しよう。その後で訓練生に授業をしてほしい。まずは変装の授業を頼む」
「承知しました」
エドワード様は再び横になった。本当につらそうだ。
私はジェフに促されて部屋を出た。クラーク様が駆け寄って来た。
「僕がノンナを守ります」
「ええ。お願いしますね」
若い二人には支え合って生きてほしい。
クラーク様に見送られて北棟を出た。階段を下りても、なぜかジェフは私の手をつないだまま離さない。
「ジェフ? どうかした?」
「君があんな気持ちで暮らしていたことに気づかなかった」
ジェフの声が暗くて慌てた。
「刹那的な気持ちであなたと暮らしてきたわけじゃないわ。物事を先送りにせずに生きてきた、という意味よ。私はこの先もずっとあなたの妻だし、どこにも行かないわ」
「そうしてくれ。君は……俺と結婚した後も、ずっと強い覚悟で生きてきたんだな」
「ごめんなさい。言葉をもっと選ぶべきだったわね」
「いいんだ。いつでも真剣なところが君だよ」
二人でお城の庭を横切って馬車置き場に向かっていたのだが、見覚えのある人が私たちの方に走ってきた。あの男性はたしか、デルフィーヌ様についている人だ。
「アッシャー子爵、夫人、お待ちください。王妃様がお呼びです」
ジェフと顔を見合わせた。ジェフが「わかった。今から向かおう」と答えて進む方向を変えた。
私たちはその男性に先導されて、通い慣れたデルフィーヌ様の部屋に入った。デルフィーヌ様は笑顔で出迎えてくれた。
「アンナ。会いたかったわ。今、窓からあなたたちを見て、急いで呼んでもらったの」
「ご無沙汰しております。いろいろなことに巻き込まれておりまして」
「陛下から聞いたわ。あなたがいなくなるのではないかと不安でした」
「私もデルフィーヌ様との語学の時間が楽しみでしたので……」
もう会えないのかもと思った時、とても残念だった。こうしてまた顔を合わせることができて、今、自分でも驚くほど嬉しい。
「私ね、あなたが狙われていると知った時にあなたをイーガルに逃がそうと思ったの。でも、安心して頼める人が思い浮かばなかった。自分の力の無さに茫然としたわ」
「デルフィーヌ様、他国の元工作員を喜んで受け入れる人はいませんわ。それは覚悟の上ですから、お気になさらないでください」
デルフィーヌ様は表情を変えないように努力なさっているが、強い悲しみが漂い出ていた。
「私は無力でした。無力なことにもう一度気づいたと言うべきね。軍の反乱の時、私は自分が逃げるだけで精一杯でした。今回は大切な友人が苦境に立たされていたのに逃がしてあげることもできなかった」
その件はもう片付いたのだが、私の疑いが晴れて第三騎士団に参加することは私の口から伝えていいものではない。
私は「もう大丈夫なのです」と答えるだけにとどめた。
デルフィーヌ様はなにかを察したらしく「それならよかった」とだけおっしゃった。
「またあなたとお話をする時間が持てるのかしら」
「デルフィーヌ様がお声をかけてくだされば、私はいつでも必ず駆け付けます」
そう答えると、デルフィーヌ様の青く澄んだ瞳に涙が浮かんだ。
「あなたには助けられてばかりね。でも、見ていてほしい。私も必ず力を付けます。あなたや我が子やこの国の民を守れるような王妃になるわ。私は私のやり方で強くなります」
「はい」
デルフィーヌ様がスッと手を差し出した。なんだろうと思ったが、握手を求められているのだと気づいて握手をした。
「あなたに見放されないように、私は成長して力をつける。だからこれからも私の友人でいてほしい」
「ありがとうございます。光栄です」
そこで話を終わりにして部屋を出た。
ジェフが何か言いたそうに私をチラチラ見ている。
「なあに?」
「君は誰にでも好かれてしまうな」
「そんなことないわ。たまたまよ」
「みんなが君を大好きになってしまって、いつか取られるんじゃないかと心配だよ」
本気で言っているらしいジェフが愛しくて、思わずクスッと笑ってしまった。
「笑い事じゃない」
「笑い事です。私はあなた以外の男の人に興味が無いもの」
喜んでくれるかと思ったのに、ジェフは無表情だ。
「ダメだ。顔を引き締めていないとニヤけてしまう」
「もう結婚して六年なのに」
「まだ六年だよ」
「そうね。まだ六年ね。これから市場に行っていいかしら。明日の変装の授業で使うものを買いたいの」
「君が行きたいならどこへでも行くよ」
いっそうジェフが愛しくて、思わず笑ってしまった。