軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

120 彼女の来訪

お城に行ってデルフィーヌ様との面会希望を出し、そのまま来客室で待った。王妃様の侍女さんに「今日は予定が詰まっていて何時間かかるかわからない」と言われたが、ひたすら待つ。

何時間が過ぎただろうか。窓から入る光がずいぶんと向きを変えた頃、やっと侍女さんが「王妃様がお呼びです」と言って迎えに来てくれた。

「長い時間待たせて悪かったわ、アッシャー子爵夫人」

「私の方こそご連絡も無しに失礼しました。さっそく本題に入らせて下さい」

うなずくデルフィーヌ様にここまでの経緯を全部話した。

第三騎士団が襲撃の情報を私に伝えなかったこと。私がハグルの特務隊と通じているかもと疑われていること。今後、第三騎士団の監視下に置かれるであろうこと。

デルフィーヌ様は最後まで聞いてから、意見を伝えてくれる。

「私は王妃としての教育しか受けていないから、第三騎士団のような組織のことは詳しくありません。それでも、あなたが私を裏切る人かどうかはわかるつもりよ。私はあなたを信じます。ですが、ハグルの特務隊が……いえ、もしかするとあなたの元上司個人が、あなたを取り戻したいと思っているのは本当かもしれない。アンナ、あなたはどうしたいの?」

「ハグルと無関係なことを証明するのは難しく、疑われるような情報だけが存在する今、近いうちに王都を離れようかと考えています」

「行くあてはあるの?」

「ありません」

デルフィーヌ様のお顔に同情が滲む。私は今、ちゃんと「こんなこと、たいしたことではない」という顔をできているだろうか。

「そう……。少し時間をくれるかしら。私の考えでは物足りないかもしれないけれど、あなたとあなたの家族にとって、一番安全で平和な道がないか考えてみます」

「ありがとうございます」

私は礼を述べて部屋を出た。

城を出て屋敷まで馬車で戻る最中に、後ろの小窓から外を見た。距離を置いて馬がついてくる。おそらく第三騎士団の監視だ。それを確認してから、背もたれに身体を預けてため息を吐く。

「もう、エドワード様とは、上辺だけの友好関係さえも無理みたい」

今まではジェフとエドワード様の関係を損ないたくないと考えて動いていたが、もうそれも無理だろう。

ジェフに正直に話をして……問題はそこからだ。

軍務副大臣のジェフは、数年後には軍務大臣になるはず。「私のためにその椅子を捨てて」と言うのが申し訳なさすぎるけど、きっとジェフは、私が遠くに行くと決めたら、軍務大臣の椅子をあっさり手放すだろう。

「もう、いいか」

そうつぶやいて窓の外を見る。ジェフは何度も私のために貴族の身分も捨てると言ってくれたのだ。もう、その言葉に素直に甘えればいいのかもしれない。ジェフに多くの物を投げ捨てさせて、二人でのんびり暮らして、張り合いのない暮らしが原因でジェフが後悔する日がきたとしても、別れる日がくるとしても、全ての原因となった私が受け止めればいいだけだ。

計画性のない、投げやりな、諦めの気持ちで帰宅した。

こんな気持ちになったのは初めてだ。いつだって私は「よりよい方向」を目指して生きてきたけど、その結果が今の状況だ。

私は……家族に縁がない運命なのかもしれない。

帰宅すると、バーサが慌てていた。

「奥様、お帰りなさいませ。お客様がお待ちでございます」

「どなたがいらっしゃっているの?」

「カミラ・ゴール様とおっしゃる方が、二時間ほどお待ちです」

バーサに返事をするのももどかしく、来客用の部屋へと走った。

私の現役時代から私のために情報を集めてくれていたレッド・ロビンことカミラ・ゴール。なぜランダルからはるばるアシュベリーの我が家に来ているのか。

不安で胸がざわざわする。

カミラは以前と変わらずに真っ赤な髪を顎のラインで切り揃えた髪型で、ピシリといい姿勢でソファーに座っていた。

「カミラ? いったいどうしたの?」

「久しぶりね。あなたのことを、今は何と呼べばいいの?」

「好きなように。クロエでもビクトリアでもアンナでも。でもまあ、誰に聞かれても安全なのはアンナかしら」

「じゃあアンナ。とんでもない情報を手に入れたの。暗号の手紙なんて書いていられないほどの情報よ」

ああ、やっぱりそうか。不安と嫌な予感は当たるものだ。

「聞かせて。できるだけ詳しくね」

「ハグルの特務隊に大異変が起きたわ」

「待って。それ、私に関係あるの?」

「ある」

思わず呻いた。話が大きすぎるし嫌な予感しかしない。

私が特務隊から逃げ出してからそろそろ七年近くたとうとしているのに、まだ私が関係するのか。

「あなたがというよりも、ランコムね。彼、特務隊の権力争いの結果、いったんは現場に左遷されたのよ。室長まで務めた人が現場の部隊に配属されるなんて、普通はない。ところがランコムの代わりに特務隊の室長になった人物が三年目に事故死したの。そしてナンバーツーだった人が室長に繰り上がったものの、その人物も就任後二年で自宅の階段から落ちて死亡。どちらの死因も本当のところはわからない」

「それで?」

「ランコムはそれでも返り咲くことができなかった。でも、現場にはランコムを慕う隊員が多かった。そこで起きたのがランコム派の独立よ。ランコムは失敗すれば処刑、成功すれば独自の組織の長となる流れに身を置いたの。結果、ランコムは勝利して国から独立した諜報組織のトップに立った」

ハグルの特務隊の長は国王だ。冷酷なことで知られているあの国王が、反乱を起こすような人間を放置するだろうか。

「おかしいわよ。あの国王なら暗殺部隊全員にランコムとその仲間を殺せと命じるはずだわ」

「そうはいかなかったの。だって、ランコムの組織に参加した人間の半数近くは、暗殺部隊の人間だもの。それも腕のいい者から順番にごっそり抜けたの。だからそう簡単に始末されない」

「本当にとんでもない事態ね」

「ええ、とんでもないわ。自国の情報も他国の秘密も、全部知ってる人間が国王の支配から離れたのよ? ある意味、小規模の戦争なんかよりも国にとっては痛手のはずよ」

ふと、カミラはこの情報をどうやって手に入れたのか、と思った。

特務隊と暗殺部隊内部の人間と国王しか知らないはずの情報を、どうやって……。

「ねえ、カミラ……」

「ストップ。情報源は、たとえアンナでも明かせないわよ?」

カミラは片方の眉だけを器用に持ち上げて、口角を上げて私を見る。

彼女はもう、幼子を抱えて私の支援を当てにしている母親ではない。凄腕の情報収集専門家だ。教えてもらえないのは当然だ。だけど……。

「私のためになら、無理をしてハグルの特務隊を探るのはもうやめてね? 私はあなたに長生きをしてもらいたいんだから」

「アンナったら。忘れたの? ハグルの特務隊のことは、私に調べる理由があるじゃない」

「あ……」

彼女の夫は、ハグルの特務隊に殺された。その仕事に同行したのが私だ。

「ハグルの特務隊の情報は、押さえておきたいの。特務隊の長である国王は、私の 仇(かたき) だもの」

「……そうね」

「だから、アンナは余計な心配をしないで。それでね、今回ランコムが独立するにあたって、理由を全て知っているのはランコム本人だけ。でも、噂される独立理由のひとつが、あなた」

「教えて。知っていることを全部」

「そのつもりで来たわ」

カミラの話では、ランコム独立の原因は、国王が私の殺害にこだわったせいだと言う。

私が自殺に見せかけて姿を消した後、私の生存を知らせる情報がハグルに入った。国王は激怒して、暗殺部隊をこの国に送り、ヨラナ様の離れを襲わせた。

それは第三騎士団とジェフの手により制圧され、暗殺部隊の人間は取り押さえられた。

しかし国王はその後も、「クロエを始末した証拠を持ち帰れ」とこだわったらしい。

暗殺部隊も特務隊も、通常の仕事の他に私を始末するための人員を割かねばならなかった。その頃にはもう、私とジェフとノンナはさっさとシェン国に逃げていたのだが。

「ランコムはあなたのことを殺したくなかったし、無理な量の仕事を課す国王に見切りをつけたらしい。疲弊して不満を抱えていた仲間を集めて、独立したの。そして今、ランコムの組織の一番のお得意様はハグル国王らしいわ」

「なぜ? ランコムと国王は、敵同士になったんじゃないの?」

「そこがランコムが切れ者である 所以(ゆえん) よ。今までとさほど変わらない経費でハグル国王の指令を受ける。でも断る権利もあるのよ。あなたの殺害に関しては拒否している」

なぜそこまでランコムは私にこだわるのだ。便利な道具にすぎなかった私に、なぜだ。

そこでドアがノックされ、ノンナが入ってきた。

「こんにちは、カミラさん。お久しぶりです」

「あら、ノンナさん。お元気そうね。それにどんどん淑女らしくなって」

「ありがとうございます。お母様の淑女教育のおかげですわ」

上品ににっこり笑っているが、この子が昨夜遅くに窓から抜け出して木を伝わり、厩舎に行って愛馬と触れ合っていたのを知っている。玄関まで回るのが面倒だったのだろう。ノンナが自分の部屋に戻るのを確認してから、私も寝室に戻った。窓から。

ノンナは私の視線に気がつくと、一瞬目が泳いでから視線を外した。

「そうだ、カミラ。私は今、第三騎士団の監視下に置かれているの。今はまだ監視員が一人だけなのだけど、この家からあなたが出て行けば、あなたに尾行がつく。どうする? あなたに案がなければ、私が何とかして監視員を引き離すけど」

「あら、そうなの? じゃあ、念のためにあなたが監視員を連れて家を離れてくれたら、その隙にここを出るわ」

「一人で大丈夫?」

カミラが「ふふっ」と笑う。

「私が情報を集めるのに、他人に頼ってばかりだと思ってる? あなたほどじゃないけれど、私もそれなりなのよ」

カミラがボブカットの赤い髪をサラリと動かして不敵に笑った。