軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第57話:虚飾の剣と手巻きの平穏

朝のダンジョン前の準備広場には、いつもと変わらない冷たい空気が漂っていた。

私は壁際のいつものベンチに腰を下ろし、いつもの工程を行った。

いつもどおり、何も問題はない。

だが、油断はしない。

すべてがいつもどおりだったとしても、ダンジョンで生きていくためには、気を抜く理由はどこにもないからだ。

立ち上がり、ダンジョンへ向かおうとした時、大きな声が響いた。

「この最新の新型魔剣を持つ、この俺が! 誰よりも一番優れた探索者だって証明してやるぜ!」

視線を向ければ、真新しいブランド品の防具で身を固めた若い探索者が、取り巻きらしき数人を相手に得意げに語っていた。

彼の腰には、装飾過多な魔剣が下げられている。

周囲の探索者たちが、呆れたような視線を彼に向けていた。

また魔剣に振り回される人間が来た、という失笑が漏れ聞こえてくる。

だが、その若者は周囲の冷ややかな反応に対して、

「そうやって笑っていられるのも今のうちだ!」

と声を、そして胸を張っていた。

私は彼を一瞥し、息を吐き出した。

かつての『私』が経験したことを思い出す。

実力に見合わない最新ツールを導入した新入社員がいた。

『私』たちのやり方は古い、時代遅れだと豪語した彼だったが、彼は現場を混乱させた。

なぜか?

マニュアルも何も読まなかったからだ。

その時の新入社員が、彼に重なって見えた。

確かに彼が装備している魔剣は、見たことのない型だ。

新型というのも頷ける。

だが、たとえ新型だったとしても、高出力の魔剣は、適切なメンテナンスと慎重な運用が不可欠な機材である。

初心者が力任せに扱えば、そう遠くないうちに何らかの不具合を起こすことは間違いない。

彼らだけで終わる不具合ならいい。

厳しいが、探索者の世界は自己責任だ。

未帰還者リストの名簿が更新されるだけ。

だが、そうではなかったら?

私は彼らが向かうと宣言していたエリアを確認した。

そして、今日の自分の業務エリアをそこから完全に切り離された場所へと変更した。

自分の平穏な日常を守るために、それは絶対に必要なことだった。

ダンジョンでの業務は、予定通りに推移した。

変更したルートに問題はなく、想定通りに業務エリアに到着。

事前に予定していた数の魔石を無事に回収することができた。

そうして定時を迎えた私は、地上への帰路についた。

不測の事態も、予定外のトラブルも起こらない、平穏な日常。

今日だけでなく、明日も、その先もこうであって欲しいと思う。

そんなことを考えていたのがいけなかったのかどうかは、わからない。

問題が発生した。

探索者協会のロビーで。

私が足を踏み入れた時、人だかりができていた。

朝の準備広場で見かけたあの若い探索者が、怒鳴り散らしている。

「あいつらが! 『蒼穹の翼』の連中が! 怪しい動きをしてモンスターを誘発したんだ! 俺のこの怪我も! 壊れた装備も! 全部、あいつらが賠償するべきだ!」

確かに、彼の真新しかった防具は傷つき、泥にまみれている。

腰に下げられた魔剣は鞘に入っているためわからないが、彼の激情している様子から考えると大破していてもおかしくはない。

だが、果たして『蒼穹の翼』が、そのようなことをするだろうか。

私の知っている彼らは、確かに私の理屈とはかけ離れた行動を取ることがあった。

だが、それでも、彼らは今日まで、ここで、ダンジョンで生き残っている。

周りの探索者たちが話している。

若者が向かったエリアで、突発的なモンスターの狂乱が発生した。

複数のパーティーが巻き込まれ、負傷した。

『蒼穹の翼』がそんなことをするだろうか?

それは私だけの考えではなかった。

この場にいる他の探索者たちも同様であることは、『蒼穹の翼』を見る目でわかる。

しかし、ごく一部の探索者たちが、『蒼穹の翼』の日頃の行い——他の探索者にしてみれば奇妙としか思えない行動を取っていたこともあり、もしかしたらあり得るかもしれないと考えていることもわかった。

つまり、決定的な証拠は何もない。

『蒼穹の翼』のリーダーである伊織くんが、怒りに肩を震わせながら彼に反論していた。

自分たちはそんなことをしていないと。

むしろ若者の魔剣が暴走しているのが見えたと。

なるほど、その言葉には説得力があった。

壊れた魔剣がダンジョン内に残った際、ビーコンとなってモンスターをおびき寄せることがあるように、魔剣は扱い方を間違えるとそうなってしまう可能性がある。

だからこそ、その取り扱いは慎重であるべきなのだが、英雄志願の探索者たちは、魔剣を伝説の武器のように勘違いして、過信する。

「自分の罪を俺に押し付けようとするな!」

若者が反論する。

魔剣のせいなのかもしれないし、『蒼穹の翼』の動きがモンスターをおびき寄せてしまったのかもしれない。

どちらが正しいのか。

それはわからない。

ダンジョンも、モンスターも、私たちはわかっているつもりになっているだけで、本当のこと——真実、真相は、何一つわかっていないのだから。

普段の私であれば、どちらも等しく自分のことではないと損切りし、魔石を換金して、宿舎に戻っていたことだろう。

だが——。

伊織くんが私に気づいた。

目が合った。

それだけだった。

彼は私に助けを求めなかった。

すぐに若者に向き直り、自分たちの行動はすべて安全マージンを図るためのものであり、モンスターを誘発するようなことはないと主張した。

「これまでそうやってきたんだ!」

伊織くんの声には、揺るぎない自信が感じられた。

彼らとの出会いは変な形だったが、それでも彼らと過ごした時間は少なくない。

……彼らのような探索者が増えることは、好ましい傾向だ。

それは私が動くには充分な理由だった。

私は胸の奥に広がった熱を、息とともに吐き出した。

喧騒の中心へと向かう。

「失礼します」

私の声に、周囲の探索者たちが道を開けた。

伊織くんが驚いたように私を見て、慌てて顔をそむけた。

乱暴に目元を拭っている。

私は少しだけ間をおいてから、彼らと周囲の探索者たちに向かって、事実だけを尋ねた。

「狂乱が発生した時の状況を詳しく教えてください」

その場にいたという探索者が負傷した傷を押さえながら、現場の様子を語り始めた。

直前に甲高い金属音が響き渡ったこと。

その直後から、周囲のモンスターが異常な興奮状態に陥ったこと。

その探索者だけでなく、伊織くんも含め、他にも現場に居合わせ、負傷した探索者たちによる複数の証言から情報を集め、私は若者へと向き直った。

「話を聞く限り、あなたの持っていた新型魔剣の過剰出力によるオーバーロードが、高周波ノイズを発生させ、モンスターの狂乱を引き起こしたとするのが妥当だと考えるのですが」

私の言葉に、若者の顔から余裕が消える。

「事実確認のため、あなたの魔剣を見せてください」

私が求めると、若者は顔を赤くして後ずさった。

「な、なんだお前は!」

若者はハッとなり、

「そうか、新人潰しだな! 有望な俺が目障りになって、全員で俺を潰そうとしてるんだ! そうに違いない!」

その大声に、騒ぎを聞きつけた権藤さんが協会の職員を伴って現れた。

権藤さんもまた、若者に魔剣の提示を求めた。

だが、若者は、周囲を睨みつけながら喚き散らした。

「協会もグルなんだな! 俺が信じられるのは一人だけだ!」

そこで若者が得意げな顔をする。

「堅実で正しい彼なら、俺が正しいことを理解して、味方してくれるはずだ!」

「それは誰かね?」

権藤さんの言葉に、若者が応える。

「静河さんに決まってるだろ!!」

一瞬にして、ロビーに沈黙が訪れ——そして、誰かが吹き出す声が響き渡った。

それは連鎖反応を起こし、探索者たちが大声で笑い始める。

「な、何だよ!? なんでお前らそんなに笑って——」

権藤さんが、冷え切った声で告げた。

「あなたに今、魔剣を提示しろと言った相手が、その静河さんだが」

その言葉が落ちた瞬間、若者は絶句し、顔から完全に血の気が引いていくのがわかった。

何かを取り繕おうと口をパクパクさせていたが、言葉は出てこない。

彼が呆然としている間に協会の人間が魔剣の提出を求め、彼が拒否しなかったことで魔剣を確認した。

結果、彼の魔剣が暴走したことが判明した。

「……自らのミスを他者に転嫁し、虚偽の申告で業務を妨害した責任は重い」

権藤さんは冷徹に言い切り、若者は探索者ライセンスの停止を言い渡され、職員たちに連行されていった。

若者が私にすがるような視線を向けてきたが、私は『蒼穹の翼』のメンバーたちに向き直っていた。

「あなたたちに怪我がなくて何よりです」

私がそう声をかけると、伊織くんは気まずそうに、しかしどこか晴れやかな顔で言った。

「……師匠にとんだ迷惑をかけちまって。俺たち、まだまだだ」

彼は自分の装備を軽く叩き、笑みを見せる。

「師匠が安心して見ていられるようになってみせるからさ!」

彼らは確実に、自分たちの足で立とうとしている。

その真っ直ぐな言葉と表情を、私は少しだけ眩しく思った。

魔石の換金を終え、私は宿舎への帰路についた。

スーパーマーケットに立ち寄り、今日の夕食の食材を選ぶ。

新鮮な刺身の盛り合わせ、海苔、そして酢飯用の材料。

宿舎の自室に戻ると、テーブルの上に食材を並べた。

本日の夕食は手巻き寿司だ。

刺身と薬味の組み合わせによって得られる味覚のバリエーションと、テーブルの上の色鮮やかな見た目が、心を穏やかに満たしてくれる。

私は冷蔵庫から、買っておいたノンアルコールビールを取り出し、栓を開けた。

グラスに注ぐ。

『蒼穹の翼』がこの先、どのように成長していくのかはわからない。

だが、今日のあの光景は、決して悪いものではなかった。

「彼らに」

グラスを掲げてから、私は一気に飲み干した。