軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第37話:新規参入者の査定

ダンジョンの大穴から続く薄暗い連絡通路を抜け、探索者協会のロビーに入る。

肌にまとわりついていた湿気が、空調の乾いた冷気によって剥がれ落ちる。

私は立ち止まり、深く息を吐き出した。

「業務完了」

あとは回収した魔石を換金し、宿舎へ帰還するだけ——だったのだが。

私は微かに眉をひそめた。

ロビーを占拠している集団に気づいたからだ。

ざっと見て数十人。

真新しい、紺色で統一された防具を纏っている。

そして何より目立つのは、彼らが背や腰に、過剰な装飾の施された長大な魔導素材複合加工ブレード——通称、魔剣を装備していることだった。

探索者は基本、個人事業主である。

あのような統一された防具、魔剣を所持するなどということはない。

もちろん、私のように一般流通しているものを使用している者もいる以上、似通った装備になることはあり得るが、それでもどこかしらに個性というものが現れる。

しかし、その集団において、個性というものはどこにも感じられなかった。

これはなんだ?

そう思っていた時だった。

「鬱陶しいな」

私のすぐ横から、低い声が降ってきた。

壁に背を預け、大剣を背負った赤茶色の髪の青年、

「颯真くん」

だった。

私の呼びかけに、彼は視線を集団に向けたまま、

「あいつら、自分らは企業クラン『アルゴス』だとか名乗って、さっきから我が物顔でロビーを占拠してやがるんだ」

利のないところに企業は進出しない。

ならば、何かしらリターンが得られると思ってのことだろう。

だが、

「私には関係ないことですね」

彼らが何者であれ、私の業務プロセスには関係がない。

「いや、静河、お前、それって——————まあ、そうか」

颯真くんはさっきまでの鋭い視線を崩し、微苦笑を浮かべる。

「静河は相変わらず静河だなぁ」

今度は微苦笑ではなく、はっきりとわかる笑顔になって、彼はカウンターに向かう私の隣を歩き始めた。

集団の脇を抜け、私は颯真くんとともに換金カウンターの列の最後尾へと並んだ。

列が動き、颯真くんが次でいいというので、私が先に換金することになった。

カウンターの向こうで待機していた権藤さんに一礼し、バックパックから専用のハードケースを取り出す。

留め具の金属を弾き、蓋を開けた。

内側に敷き詰められたウレタンフォームの隙間に、今日回収したフォートレス・アイソポッドの魔石が整然と並んでいる。

権藤さんが一つを取り出し、専用のテスターにセット。

緑色のランプが点灯する。

「完全なA品だ。今日も見事な仕事ですね」

権藤さんの言葉に、私の後ろで見守っていた颯真くんが口笛を吹く。

すべての魔石の鑑定が終わる。

魔石の買取金は口座に振り込まれ、私が明細を受け取っていると、足音が近づいてきた。

それは私のすぐ隣で立ち止まった。

視線を向ける。

『アルゴス』から抜け出してきたのだろう。

彼女は彼らと同じ装備を身にまとっていた。

隙のない姿勢と、そして感情を排した冷徹な眼差しで、私が納品した魔石と、私の装備を交互に観察——いや、値踏みする。

「……見事な品質管理ですね。あなたの納品記録は、すでに分析済みです。対象エリアと納品頻度、そしてA品という結果」

彼女の口から漏れたのは、見た目から想像できるとおり、氷のように冷徹で、理知的な声だった。

「ですが、個人の手作業の時代は終わります」

その言葉に、後ろに立っていた颯真くんが反応した。

「なんだあんたは。いきなり難癖をつけてきて……!」

彼が前に出ようとするのを、私は手を伸ばして制止した。

「……颯真くん」

「けどよ、静河……!」

「私は気にしていません。それより、わざわざお声がけいただいたということは、何かご用があるということでしょうか?」

「わたしは企業クラン『アルゴス』のリーダーを務める 瀬能(せのう) 三咲(みさき) と申します」

彼女は名乗り、私の背後に控える自らの集団を視線で示した。

「わたしたちは当社の資本と独自の技術で、あなたが手作業で出しているその結果をシステム化し、業界の標準にします。あなたの聖域は、当社のシステムによって塗り替えられる運命にあるのです」

ですので、と彼女は笑みすら浮かべていった。

「市場からの退場を準備することをお勧めします」

「宣戦布告か?」

颯真くんの呟きは、言い得て妙だった。

彼は彼女に敵対心をむき出しにしているが、対して私はどうかと言えば、怒りは湧かなかった。

他者の事業計画に対して感情的になることは、エネルギーの浪費でしかないからだ。

私は彼女の言葉と、その背後にある意図を頭の中で並べ、思考する。

「……私が出しているA品の量産化という結果を、企業資本による独自の最適化アプローチで再現できると判断されたわけですね」

私が事実を推測して確認すると、瀬能氏は自信に満ちた表情で頷いた。

「どのようなアプローチであれ、変数を解析し、マニュアルに落とし込めば量産は可能です。圧倒的な資本とデータがあれば、あなた一人が細々と作っていた市場は、瞬く間に当社のインフラに飲み込まれます」

「企業による市場の標準化とインフラ整備。それは私がどうこうできるものではありませんし、干渉する理由もありません」

「……強がりですか?」

私の言葉に、彼女の眉が微かに動く。

「事実です。もしあなたの言う通り、私の工程が完全にシステム化され、A品の魔石が市場に溢れるのであれば、社会全体のインフラが底上げされることになります。それは私にとっても好ましい傾向です」

ですが、と続けて、私は彼女の目を真っ直ぐに見据えた。

「ここは完全に管理された工場ではなく、ダンジョンという不規則な環境下です。対象の個体差や、微細な環境変動といった『外れ値』をすべてマニュアルに落とし込むには、膨大な検証コストと、現場で蓄積された一次データが不可欠です」

瀬能氏の表情から、先程までの余裕が僅かに剥がれ落ちるのがわかった。

「それを机上のデータだけで運用し、効率化を優先して安全マージンを切り捨てれば、必ずどこかで致命的なエラーが発生します。その際、現場の運用リスクと製造物責任を負う覚悟が、あなたのシステムにあるのなら、ご自由に」

彼女は私の指摘に一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに表情を繕ってみせた。

「……ご心配なく。当社のシステムは、個人の経験則など遥かに凌駕します」

強気な返答だが、そこには先程までの氷のような冷徹さはなく、微かな熱が混じっていた。

これ以上、彼女の事業計画について対話に時間を割く理由はない。

私は明細をポケットに仕舞うと、

「では、失礼します」

彼女に一礼し、踵を返す。

「相変わらず、お前の言うことは容赦ねえな」

いつの間にか換金を終えた颯真くんが隣に並び歩き出したところで、権藤さんの低い声が響いた。

「瀬能さん。当協会で活動するにあたり、ここ最近でダンジョン中層の安全基準が大幅に改訂されていることをご承知おきください」

「……誰が改訂したんですか?」

「今、あなたが退場を勧めた、個人事業主です」

「——ッ」

息を呑む気配があったが、私には関係のないことだった。

颯真くんと一緒に外に出れば、町が夕暮れに染まる。

今日は鶏肉の特売日だったはずだ。

根菜と一緒にじっくりと煮込むのはどうだろう。

巨大な企業がどれほど市場を席巻しようとも、私が私として生きていくための、この平穏な生活の維持という目的は、一歩も揺らぐことはない。

「で?」

私の隣を歩き続ける颯真くんが言う。

「で、とは?」

「夕食、誘ってくれねえの? 静河の作る飯、美味いからさ。ご相伴に預かろうと思ってるんだけど」

「……ただの煮込み料理ですよ?」

「それがいいんだって。よっしゃ、いくぞ!」

先導する颯真くんに、私は苦い笑みを浮かべて、その後を追った。