軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第103話:独りよがりな正義と、今日のシフォンケーキの味

特異地下資源管理協会と名を変えた協会のロビーに新設された保安検査の列に、私は並んでいた。

順番が来て、トレイにバックパックを置き、提出すべき成分データの書類を差し出す。

そこにいたのは、昨日、私に疑惑の目を向けてきた保安職員だった。

彼は私を見ると、微かに口角を吊り上げた。

私のバックパックのファスナーを乱暴に開けると、中身をトレイにぶちまけた。

あり得ない対応だ。

私が彼を見れば、

「何か言いたそうですね?」

彼が不敵に笑った。

一切の反応示さず、彼を見返せば、彼は不服そうに鼻を鳴らし、自らの業務を再開させた。

ポーション、冷却スプレー、楔、ハンマー、予備のライト、ロープ、固定用金具、特殊ワイヤー。

他にも業務に必要な資材がトレイの上にぶちまけられていた。

彼は書類と、目の前にある実物を、まるで粗探しをするように舐め回すような視線で照合していく。

すべて手に取り、確認を終えた——はずだった。

だが、彼は、それで終わらなかった。

すでに確認を終えたはずの資材を再び手に取り、確認作業を始めたのである。

二度、三度、四度と。

明らかな遅延行為であり、嫌がらせに他ならない。

ここでため息の一つでも漏らせば、彼はそれを口実に、確認の回数を増やすだろう。

私に何かやましいことがあるに違いないと、そんなデマをでっち上げて。

普通に考えればやらないことでも、今の彼なら間違いなくやるだろう。

私は先程同様、何の反応も示さず、彼の行為をただ見ていた。

私にやましいところは何もない。

書類に記載されたものは、現場に持ち込む実物と完全に一致している。

彼がどれほど執拗に調べようとも、不正の証拠など出てくるはずがない。

彼の気の済むまで確認作業を続ければいい。

だが、私が彼の異常な行為を黙認したとしても、周囲がそれを許さなかった。

「おい、いい加減にしろよ!」

背後から怒声が響いた。

颯真くんだ。

見れば、彼はようやくこの煩雑な書類手続きに慣れたのだろう。

列の後方に並んでいて、私に気づくと、その時は表情を緩めたが、すぐに怒りのそれになって、

「さっきから何度も何度も馬鹿みてえに確認してるけど、問題なんかねえだろ!?」

検査を受けているのが私だとわかっているからか、彼の言葉には、私に対する信頼みたいなものがあり、この状況にあって、少しだけ心が落ち着いた。

だが、それは私だけだ。

過酷なダンジョン探索を前に、不要な足止めを食わされている探索者たちの苛立ちは、すでに頂点に達している。

現状、保安検査を受けるためのゲートは一つしかないからだ。

颯真くんの声に同調するように、次々と不満の声が上がる。

しかし、目の前の保安職員は、探索者たちの怒号を意に介するどころか、むしろ、彼らを見下すような薄い笑みを浮かべて、こう告げた。

「保安検査に対して、非協力的な態度ですか。……なるほど。貴方がたは公務執行妨害で逮捕されたいらしいですね!」

公権力を盾にした、あからさまな威嚇である。

だが、そのような威嚇に動じる探索者たちばかりではない。

中にはその言葉に怖気づく探索者もいたが、むしろ反発を強める者もいた。

その筆頭が颯真くんだった。

「やれるもんならやってみろよ!」

激昂した颯真くんが一歩を踏み出した。

その時だった。

「いい加減にしろ! 南塚原(みなみつかはら) ……!!」

騒ぎを聞きつけたのだろう。

奥の扉から、厳しい顔をした別の保安職員が駆け足で現れた。

彼は私の目の前にいる職員——南塚原の腕を掴み、強引にその作業を止めさせた。

「話は聞いた。お前のやっていることは、明らかな業務の逸脱だ!」

現れた職員の叱責に対し、南塚原は顔を赤くして反論した。

「何を聞かれたのかわかりませんが、すべてでたらめです! こいつは不正行為をしているんです! そうでなければ、あれだけの魔石を、しかもA品のものを、毎日持ち込めるわけがありません!」

「……証拠は?」

「え」

「お前は、そちらの方が不正をしていると断定したな?」

南塚原の腕を掴んだままの職員は私を見て、続けた。

「断定した以上、証拠はあるんだな?」

「…………」

「答えろ! 証拠はあるんだな……!!」

「…………あ、ありません」

彼は、呆れたような表情を浮かべなかった。

ただ、疲れたような表情になって、こう続けた。

「不正の証拠がない。なのに、不正があると断定した。それをなんというか知っているか。それは、公権力を笠に着た、悪質な冤罪の捏造というんだ」

「ち、違……! そんな、私は……!!」

「自分たちはダンジョンの安全を管理するためにいて、探索者を脅かすためではないんだぞ……」

職員は悲しげにため息を吐き出し、新しく現れた別の職員に南塚原を引き渡した。

「正義感を持って職務に当たることを否定しない。だが、お前のそれは度が過ぎている。まるで世界中で自分だけが正しいとでも思っているみたいじゃないか。少し頭を冷やしてこい」

南塚原は奥へと連行される際、抵抗はしなかったが、私に対して明確な敵意を持って睨みつけてきた。

彼のことはすでに意識から切り離しはしたが、それでも歪んだ正義感による疲弊は無視できないものだった。

「申し訳ありませんでした」

職員が背中が見えるほど深く腰を曲げて謝罪する。

「……通っても?」

「もちろんです」

私は許可証を受け取り、トレイに散乱していた装備をバックパックに収め、ゲートをくぐった。

ダンジョンに入り、まず向かったのは、新たな手順を構築することができたエリアだ。

私は岩壁の突起に軽量固定用金具を噛ませ、特殊ワイヤーを張り渡した。

昨日思いついた検証を行うためだ。

私が構築したこの物理的なトラップという手順に対し、ダンジョン自体が何らかの免疫反応——干渉を示してくるのかどうか。

泥の中から現れた 酸性粘体(アシッドスライム) が、跳躍してワイヤーに激突する。

ワイヤーが変色することも、溶解することもなかった。

私は確立した手順どおりに対象を処理し、落ちた魔石を拾い上げる。

その後、繰り返し、何度か検証してみたが、特に何事も起こらなかった。

では、これで完全に安全が証明されたかといえば、そうではない。

固定金具が変色し、ワイヤーも同様に変色し、溶解した原因が何なのか判明していない。

また、今回通用した手順が、次回も同じように通用するとは限らないのが、変容し続ける今のダンジョンなのだ。

同じ場所に留まり、同じ手順を繰り返し続けることで、ダンジョンが何かしら反応示す可能性はゼロではない。

私はワイヤーを回収し、このエリアから離脱した。

私が足を向けたのは、エリアB-4。

引き出しの奥に封印した手帳の記録で言えば、第4エリアだ。

地下水脈が染み出し、音を吸収する 吸音苔(サイレント・モス) の群生により、異常なほどの静寂に包まれた空間だ。

現時点においてもダンジョンは変容し続けている以上、その全貌を確認することはできない。

それでも他エリアで観測してきた一次データの蓄積によって、変容の方向性みたいなものは見えてきた。

変容が起こっていても手順が確立できたことが、その証である。

このエリアで業務を行うために必須の、金具のフェルト巻きや、バックパックのサイレント仕様の処置は問題ない。

私は静寂の中、滑りやすい苔の上を一歩ずつ、慎重に進んでいく。

頭上の暗がりに、それはいた。

共鳴蝙蝠(エコー・バット) だ。

息を殺し、観察する。

これまでもこのエリアで、私は彼らを処理し、魔石を回収してきた。

彼らが反応するのは、金属音や悲鳴などの特定の高周波だ。

吸音苔の性質を利用して自身の動作音を完全に殺し、的確に処理する。

変容が発生する前、私が確立した手順だ。

だが、今はどうか?

……なるほど。

以前の個体と比べて翼が異常に発達して、表面が硬質化している。

他のエリアで確認した、装甲硬質化の変容パターンだ。

当然、その分、重量は増しているだろう。

つまり、以前のような俊敏な飛翔は不可能で、代わりに、自重を活かした直線的な落下攻撃を仕掛けてくるのではないか。

私はそう予測した。

もちろん、その予測が外れることも考慮して、対処しなければならない。

予測が的中した場合、対象の地面への激突音が周囲に響き、他の個体が殺到するリスクが生じる。

私は足元に密生する吸音苔を静かに掻き集め、落下による激突音を吸収させるための分厚いクッション状の層を構築した。

無音を強く意識しながらサバイバルナイフをゆっくりと鞘から引き抜き、構える。

どのような手段でかはわからないが、対象が私に気づいたようだ。

その体躯が微かに揺れ、行動を始める。

私は事前予測と、予測が外れることも視野に入れ、足元の滑りを計算し、斜め前方へと身体を滑らせた。

直後、私が構築した分厚い苔のクッションの上に、対象が激突した。

音は周囲に響くことなく完全に吸収された。

予測したとおりである。

対象の動きは鈍く、私はその隙を見逃さなかった。

硬質化した翼の根元、柔らかい関節部分へ、引き抜いたナイフを突き入れた。

「……無事、処理できましたね」

音を立てないように慎重に魔石を拾い上げ、同様に慎重にケースに収める。

未知の変容であっても、今日までに蓄積してきたデータで対応することができた。

その事実に確かな手応えを感じながらも、私は気を緩めるような真似はしなかった。

上手くいったのは今回だけである可能性を、完全に排除できないからだ。

何より、私の目標は、ダンジョンの攻略や制覇ではなく、ダンジョンで今日も生き残ること。

喜びに浸るのは、今ではない。

予定していたノルマを達成することができた私は、定時にロビーへと戻ってきた。

「……よし」

小さく息を吐き出す。

ゆっくりとした足取りで換金カウンターへ向かうと、今日の担当は井葉さんだった。

彼女は私が提出した魔石をテスターにかけながら、少し心配そうな表情で言った。

「おかえりなさい、静河さん。今朝のこと、聞きました。南塚原さんの検査、大変でしたね」

「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。問題ありません」

私は彼女の気遣いに、口元を僅かに緩ませる。

「私自身、何ら不正を犯しているわけではありませんから。彼がどれほど調べようと、存在しない証拠は出てきません」

私の言葉に、井葉さんはほっとしたように表情を和らげた。

「そうですよね。静河さんが不正なんてするはずがないって、私は知っていますから」

彼女は明細を打ち出し、手渡してくれた。

「お疲れ様でした。今日はいつもより疲れたと思いますので、ゆっくり休んでくださいね!」

いつもより疲れたというのが何を指しているのかは、明白だろう。

私は礼を言い、彼女に一礼してから協会を後にした。

外は、夕暮れの柔らかい光に包まれていた。

今日の夕食は朝から決めていた。

『ごはん処 ふたば』

昨日、選ばなかったメニューにするのだ。

シフォンケーキが想像以上に美味く、特にできがいいと妹さんは言っていた。

なら、今日も試してみるのもいいかもしれない。

井葉さんは心配してくれていたが、この時の私の頭の中には、朝の出来事——南塚原のことなどは、もう微塵も存在していなかった。