作品タイトル不明
09 魔法のインク
翌朝。乗馬を終えたあと、朝食の席についた。
マーガレットがパンをちぎりながら言う。
「ミネルバ、昨日のインク、試しました?」
「えぇ」
わたしはうなずいた。
そして持ってきた紙を取り出す。
「書いてみました」
アレクサンダーの前に紙を二枚差し出した。
彼はそれを受け取る。
「これは……」
一枚目は青から始まっている。
だが途中から、インクの色が変わる。
青。それから紫。さらに深い緑。やがて青へ。
文字の流れに合わせて、色がゆっくり変化していた。
アレクサンダーが目を見開く。
「……こんなふうに変わるのか! 知らなかった」
マーガレットが吹き出した。
「叔父様、自分で仕入れたんでしょう」
「えぇ」
アレクサンダーが苦笑する。
「だが、こんなふうに使えるとは思わなかった」
彼は紙をもう一度見た。
「それに、この字は……」
しばらく黙って見ている。
「見事ですね」
「ありがとうございます」
わたしが言うと、マーガレットが身を乗り出した。
「ミネルバの字、きれいでしょう! わたし、習っているの。芸術ですよね」
「確かに」
彼はもう一枚の紙を見る。
こちらは緑から黄緑、黄色になり、茶になって黄緑。
文字の流れに合わせて、インクの色が少しずつ変わる。
まるで水の流れのようだった。
「これは売れる」
マーガレットが笑う。
「そのつもりで、仕入れたのでは?」
「そうだが、思惑が外れた。えっといい意味だ。追加で仕入れる」
そして紙をテーブルに置く。
「このインクは珍しい」
「だが、それ以上に」
彼はわたしを見る。
「あなたの書き方が……とても興味深い」
「インクの変化を計算して書いている」
わたしは少し驚いた。
「わかるのですか」
「えぇ」
アレクサンダーが言う。
「文字の流れが変化の位置に合っている」
「何枚か書いて気が付きました。ペンの角度を変えると色が変わります。とりあえず、それはわかりました」
「さすがは、ミネルバです」
アレクサンダーが笑う。
「確かに、そうだね」
少し沈黙があった。
マーガレットがふと思い出したように言う。
「そうだ」
マーガレットが言う。
「ミネルバ、まだ、湖のまわりは歩いてないでしょ?」
「まだですね。乗馬のとき、ちらっとだけ」
マーガレットはぱっと顔を明るくした。
「それはもったいない!」
そして叔父を見る。
「叔父様」
「なんだ」
「案内してあげてください」
アレクサンダー様が少し目を細める。
「わたしが?」
マーガレットは平然と言う。
「叔父様はこの辺に詳しいでしょう。時間もおありだわ」
「理屈が乱暴だな」
「でも間違っていません」
マーガレットが威張って言う。
「ミネルバ、湖の奥の道、とてもきれいなんです。わたしも好きなんですよ」
マーガレットはにこにこしている。
アレクサンダー様はわたしを見る。
「もしよければ、午後に案内しましょう」
わたしは少し迷った。
だがマーガレットが言う。
「ミネルバ、行って来てください!わたし、見せたいの」
その目は、きらきらしていた。
わたしは思わず笑った。
「……では、お言葉に甘えて」
マーガレットは満足そうにうなずいた。
「決まりです。絶対に損はさせませんから」
思わず、吹き出してしまった。
マーガレットが小さな声でつぶやいたのが聞こえた。
「絶対きれいなんだから」
ありがとう、マーガレット。