軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17 これが新時代よ フローラ目線

テリウスが避暑地に来ると聞いたとき、わたしは胸がふわっと軽くなるのを感じた。

王都にいるときとは違う。避暑地では、空気も景色も、なにもかもがやさしい。湖はきらきらしているし、風は涼しいし、みんな少しだけ機嫌がいい。そんな場所にテリウスが来るのだ。楽しくならないわけがない。

しかも、今回はテリウスの別荘に、新時代の仲間たちが集まるという。王都で顔を合わせることはあっても、こうして気楽に集まるのはまた別だった。形式ばったお茶会でも、退屈な挨拶まわりでもない。好きな人たちと、好きなように話して笑える時間だ。

だからわたしは、朝から少しそわそわしていた。

鏡の前で髪を整えながら、どのリボンがいいか迷う。派手すぎるのは避けたかったけれど、地味すぎるのも嫌だった。せっかくなのだから、ちゃんと可愛く見えたい。

侍女が後ろで言う。

「本日は楽しみでいらっしゃいますか」

「ええ、とても」

わたしがそう答えると、侍女は少しだけ笑った。

「それはよろしゅうございました」

よろしいに決まっている。だって、今日は気詰まりな姉もいないのだから。

そのことを思うと、また胸が軽くなった。

お姉様が悪いわけではない。たぶん、悪いわけではないのだと思う。でも、お姉様がいると、空気が重くなることがある。

わたしが悪いわけじゃないはずなのに。

なにも言わなくても、じっとこちらを見ているような、責められているような気持ちになる。わたしは楽しくしているだけなのに、どうしてそんな顔をするのだろうと思っていた。

けれど今日は違う。

今日は、誰もわたしを咎めない。誰も、わたしの楽しさに水を差さない。

別荘に着くと、もう何人か集まっていた。

庭には椅子やテーブルが並べられ、炭の匂いが漂っている。空は明るく、木々の葉が風に揺れていた。避暑地の別荘らしい、のんびりした昼下がりだった。

「フローラ!」

友人のひとりが手を振った。

「やっと来た」

「そんなに待たせたかしら」

「待ったよ。だって君が来ると華やかになるもの」

そう言われて、わたしは笑う。

「まあ、お上手」

そのとき、後ろからテリウスの声がした。

「本当のことですよ」

振り向くと、テリウスが立っていた。

いつものように整った服装で、けれど王都にいるときより少しだけ気楽そうな顔をしている。その顔を見るだけで、胸が高鳴った。

「いらっしゃい、フローラ」

「お招きいただいてありがとうございます」

「そんなに堅苦しくしなくていい」

テリウスはそう言って笑った。

「今日は楽しみましょう」

その言い方が自然で、まるでわたしだけにそう言ってくれたように聞こえて、頬が少し熱くなった。

みんなで庭に出ると、さっそくバーベキューが始まった。

肉が焼ける音。香ばしい匂い。誰かがワインの瓶を開ける音。笑い声。

その賑やかさの中にいると、なんだか全部がうまくいっているような気がした。

だれかが焼けた肉を皿にのせてくれる。

「フローラ嬢、これ」

「ありがとう」

別の人が言う。

「君は座っていて。今日は客人なんだから」

「そんな、なにもしていないのに」

「君が笑ってるだけで十分だよ」

みんながそんなふうに言うものだから、ますます気分がよくなった。

グラスを持つと、テリウスがこちらを見た。

「飲みすぎないように」

「そんなに子どもじゃありません」

「そうかな」

「そうです」

言い返すと、テリウスは楽しそうに目を細めた。

そのやりとりを見て、まわりが囃し立てる。

「仲がいいな」

「ほんとに」

「見てるこっちが照れるよ」

わたしは少し笑って、でも悪い気はしなかった。

むしろ、そうでしょう、と思った。

だって、わたしたちは気が合うのだ。楽しいことも、おしゃれな店も、新しい時代の話も、退屈な古い考え方が嫌いなところも。お姉様とは、そういう話はひとつも弾まなかった。

しばらくして、だれかが園遊会の話を始めた。

「あの日は傑作だったね」

「たしかに」

「フローラ嬢、かなり言われていたでしょう」

そう聞かれて、わたしは肩をすくめた。

「言われましたわ。ずいぶん」

「腹が立つね」

「ほんとに古い人たちって嫌だな」

「新しい時代を認めたくないのよ」

口々にそう言ってくれるものだから、わたしは少し気持ちが大きくなった。

「だって、ひどいでしょう」

わたしはグラスを持ったまま言った。

「お姉様のことを気の毒だとか、わたしのことを恥知らずだとか、勝手なことばかり。こっちはちゃんと好きな人と一緒にいるだけなのに」

「そうだよ」

「誰にも迷惑かけてない」

「恋愛くらい自由でいいじゃないか」

みんながうなずく。

その勢いに押されるように、わたしは続けた。

「お姉様だって、そこまでテリウスのことを好きだったわけではないと思うんです。なのに、まるで全部わたしが奪ったみたいな顔をされるのは、ちょっと違うじゃないですか」

言ったあとで、胸の奥が少しだけちくりとした。

でも、その小さな痛みは、すぐにまわりの声に消された。

「その通りだよ」

「婚約なんて、気分で変わるものでしょ? 古い人は大げさなんだよ」

「形だけ守って不幸になるよりずっといい」

「フローラ嬢は悪くない」

悪くない。

そう何度も言ってもらえると、本当にそうなのだと思えてくる。

わたしはうなずいた。

「そうですよね」

そして隣にいたテリウスを見る。

テリウスもグラスを持ったまま、静かに言った。

「……後悔はしていませんよ」

テリウスは少しだけ視線をそらして言った。

そのひと言で、胸がいっぱいになった。

後悔していない。

それはつまり、わたしを選んだことを間違いだと思っていないということだ。

わたしはうれしくなって、少しだけテリウスの方へ体を寄せた。

「わたしもです」

そのあとも、食べて、飲んで、笑って、話した。

だれかが古い貴族の悪口を言って、だれかが役所の面倒な手続きを笑い飛ばし、だれかが次は湖で舟遊びをしようと言い出す。話題はくるくる変わって、そのたびに笑いが起きた。

いつのまにか陽が傾きはじめていた。

それでもだれも帰ろうとは言わなかった。

炭を足して、また肉を焼く。ワインもあく。笑い声も大きくなる。

すると、庭の端に控えていた使用人が、少し困ったような顔でテリウスに近づいた。

「旦那様」

「どうした」

「その……近隣の別荘より、少々」

「少々?」

使用人は言いにくそうに続けた。

「お静かにとのお話が」

一瞬だけ沈黙が落ちた。

それから、だれかが呆れたように笑った。

「このくらいで?」

別の人が言う。

「避暑地ってほんと、気取った人が多いね」

「楽しんでる人間がいると気に入らないのよ」

「息が詰まりそう」

わたしもつい口を挟んだ。

「せっかくの別荘なのに、静かに座っているだけなら来る意味がないじゃない」

みんなが笑う。

テリウスも少し口元をゆるめた。

「そうかもしれないな」

それで、結局、わたしたちはそのまま騒ぎ続けた。

前より少しだけ声が大きくなった気さえする。

笑いすぎて頬が痛くなって、飲みすぎて頭が少しふわふわして、それでも楽しかった。

だって、わたしたちは間違っていないのだから。

古い考え方に遠慮する必要なんてない。

そう思っていた。

夜もずいぶん更けてから、ようやくお開きになった。

帰る支度をしながら、わたしはまだ笑っていた。

「楽しかった」

そう言うと、友人が大きくうなずく。

「最高だった」

「またやろう」

「次はもっと派手にね」

テリウスが苦笑する。

「ほどほどにしてくれ」

「えー」

みんなが不満そうな声を出す。

その様子もおかしくて、わたしはまた笑った。

馬車に乗りこむ前、振り返ると、別荘の灯りがやわらかく庭を照らしていた。

ああ、いい夜だったと思った。

こんなふうに、好きな人たちと、好きなことだけして、嫌なものを笑い飛ばしていられたらいいのに。

翌朝、母に昨日のことを少しだけ話した。

「まあ、楽しかったのね」

母はそう言って笑った。

「ええ、とても」

すると、家の者が言った。

「テリウス様のお屋敷では、今朝早くから家令が詫びの品を持って近隣を回っておられるそうです」

わたしは思わず目をぱちぱちさせた。

「詫びの品?」

「昨日の件でございます」

なんだか少しだけ気まずいような、でも納得できないような気持ちになった。

たしかに騒いだかもしれない。けれど、あそこまでしなくてもいいのではないか。

わたしが黙っていると、母が扇を閉じながら言った。

「避暑地には、うるさい方もいるものよ」

「でも」

わたしは言った。

「そんなに悪いことだったでしょうか」

母は少しだけ曖昧に笑った。

「さあ。人によるわね」

人による。

その言い方が、胸の奥に小さな影を落とした。

でも、考えないようにした。

けれど、昨日の楽しさを思い出すと、そんな小さな棘はすぐに薄れていく。

テリウスはわたしを選んだ。

仲間たちはわたしを慰めてくれた。

みんな、わたしは悪くないと言ってくれた。

それなら、それでいいではないか。

窓の外には、避暑地のやわらかな光が広がっていた。

わたしはその景色を見ながら、小さく笑った。

どうせなら、この夏はもっと楽しく過ごしたい。

もう、だれかの影に隠れるつもりなんてないのだから。