作品タイトル不明
ベルへのプレゼント
私は、そのペンダントを買うことに決めた。ベルにプレゼントを贈るのは初めてだ。そのことに気付き、今更ながら自分を責めた。
あれだけ助けられ、支えられてきたのに、この数か月でなんのお返しもしていないのだ。結婚式のときに汚してしまった、高級ハンカチのお返しすらしていない。
この後すぐ、ハンカチも買いに行こう。
そう決めてから、自分用の品を改めて物色した。
私は指輪から選ぶことにした。指輪なら、きれいな青い光を自分で見ていられる。
指輪の中で、青い光の中心が濃紺に見えるほど、濃い色の石を見つけた。引き込まれそうだ。
他の物より少し高いけど、私には王宮で働いて頂いた俸給がある。今回の旅では、それを使ってみようと思っていた
いつもは現金を持って行って、何かを買うことがない。だからお金は数字であって、直接物と交換したことはほとんどない。そういえば、金額を意識したこともなかった。
この二か月の王宮勤めの俸給額は、この指輪を五個くらい買っても大丈夫なくらいあった。
その指輪を見せてもらい試す。デザインは日常に使いやすい、あっさりしたもので、かえって石の色が際立つ。
気に入ったので、それを購入してサイズ直しを頼んだ。
「まあ、素敵。お似合いですね」
エマが覗き込んで、言う。
振り向くと、エマの腰に吊っている、剣の飾りがキラッと光るのが目に入った。
この青い石の付いた飾り物が剣の鞘に巻かれている。
「それは、ここで買ったの? そうよね。いつの間に」
「素敵ですもの。騎士ならやはり、自分の剣にいいものを与えたいです」
そう言って示された方を見ると、兄が自分用に剣の飾りを選んでいた。
私が近付くと、兄は私を手招きする。
「これとこれ、どっちがいいと思う?」
二つの飾りを、目の前に突き出す。
どちらも少しゴテッとしていて、好みではない。
それでザッと見渡し、良さそうなものを二つ指差した。
「これとか、どうですか。スッキリとしてあか抜けています」
「女性ならな。男には線が細すぎるさ」
エマとベルが寄ってきた。
「マリア様。ブライアン様にも剣の飾りをお土産にされたらいかがですか」
エマは目を輝かせている。女性である前に騎士、そういった姿勢がはっきり分かる。
値段を見ると、アクセサリーより若干安めだが、やはり高い。
値札を見て、驚いてエマを振り返ると、エマがニヤッと笑った。
「皇室の女性騎士は高給取りなのですよ」
爽やかに言う。
「それはそうね。近衛騎士の倍は、仕事がありそうだもの」
私も釣られて、声を出して笑った。
ベルは剣飾りをじっくりと眺めていたが、二個を手に取った。
「こちらがブライアン様、こちらがエリック様にお似合いです」
ブライアン様のはシンプルで鋭い雰囲気、兄のはもう少しデコラティブでゴツイ。
兄がそれを手に取る。
とてもしっくりと似合っていた。
兄もそう思ったのだろう。自分が選んでいた二本を、ケースに戻した。
「では、こちらをブライアン様へのお土産に買うわ。ベル、一緒に来て」
それをお土産用に包んでもらうようお願いし、ペンダントのコーナーにベルを連れて行った。
「ペンダントをベルにプレゼントしたいの。どれでもいいから、一つ選んで」
ベルがギョッとしたような表情になる。
何か言いかける前に、私はそれを遮った。
「言葉にできないほど支えられてきたわ。だからこれは、今までのお礼よ」
「侍女として当たり前のことをしていただけですのに」
私は黙って首を振った。
「それ以上よ。それにね、王宮での仕事で、ベル個人に依頼が来る事が増えたでしょ。帰ったらベル個人の仕事にも、俸給を支払ってもらうよう交渉するわ」
「お嬢様ったら」
ベルが口元を手で押さえた。
泣きそうな笑い顔で、「しっかりされましたね」と言う。
さあ、と勧めると、ベルはさっき見ていたささやかなペンダントをそっと触る。
「もっと豪華な物でもいいのよ」
私の言葉に、ベルの表情がキリッと変わった。
「私にはこれが似合います。だからこれがいいのです。決して、これでいい、と思って決めたのではありません」
さすがだ。
そしてそのペンダントを店員が着けてくれたのを見て、深く納得した。似合う。何というか、ベルのために作られた品という感じがする。
「この後、ハンカチを探しに行かないとね。ごめんなさい。かわりの品を買うのがこんなに遅くなってしまったわ」
ベルも思い出したのか、「そんなこともありましたね」と言う。
その後、小さく笑い始めた。
「まだたった三カ月ほどしか経っていないなんて。ずうっと昔の出来事みたいです」
「本当ね。なんだか変な気分になるわ」
ベルは向こうから私たちの方に向かってくる兄とエマを見て、うんと一つ頷く。
「色々なことが変わりました。エリック様は頼もしい味方になったし、更に頼もしい女性騎士までいます。あの当時にはなかったものが、お嬢様の周りに増えましたね」
兄が、「何か言っているな」と言いながら割り込んできた。
なんとなく照れくさくなって、「大したことじゃないの」と濁した。
私はベルの分も支払いを済ませ、綺麗に包んでもらった。
それから王妃様と公爵夫人の分について、店員に相談した。
「それでしたら、一週間後に高級品が何点も入荷します。お時間が取れるのでしたら、それからにされたらいかがでしょうか。こちらから品物を持って伺うこともできます」
買い物や街歩きが気に入ったので、また訪ねてくることにする。
ついでに、とびっきり上等なハンカチが欲しいと言ったら、一軒のお店を勧めてくれた。
私は店を出ると、兄に告げた。
「次は素敵なハンカチを買いに行きます。真っ白いのを二枚よ。ね、ベル」
「一枚だけで十分です」
二人だけに通じる話を、兄とエマは曖昧な表情で聞いている。
そしてエマは軽く苦笑して髪の毛を振りはらった。
「何やら事情があったり、秘密があったりしそうですね。マリア嬢のうぶさ加減も半端じゃないし、退屈しない職場です」
ハンカチを見に入った店は、私にとって聖地のようなものだった。
非常に精巧で、私の知らない技巧を凝らした刺繍が何種類もある。
自分の参考に、そしてエミール嬢へのお土産にと何枚も買い込んだ。
ベルにはもちろん、とびっきりの品を二枚選んで、感謝を込めて贈った。
美しいハンカチに感動し、ベルは上ずったような声で言う。
「お嬢様の婚約式と、本当の結婚式に、これを持っていきます。それまで大事にしまっておきますね」
この店には、刺繍の材料も置いてあった。
私は久しぶりに刺繍がしたくなってしまい、ウズウズし始めた。
それで上質なハンカチを数枚と、刺繍の糸を何種類も選んだ。
選ぶうちに、刺繍をしたハンカチをキャロルにあげようと思いつく。
快活なキャロルには、どの色が似合うだろう。
ベルに聞いてみると、カラフルで楽しいものがいいだろうと言う。そのアドバイスに従い、たくさんの明るい色を選んだ。
刺繍糸の束は、すでに花束のようだ。これは傑作になる。
糸を握る手に、グッと力が入った。
大満足して離宮に戻ると、既に両親たちは戻っていたようで、母の侍女がやってきた。
侍女に渡された手紙には、王太后さまからのお誘いについて書かれていた。
「お茶会と夜会、別荘への誘いですって。断れないわよね」
気が重いが、何とかくぐり抜けていくしかない。
石についての疑いが晴れ、その石自体も遠くに送ってしまった。もうそれに関する心配は要らない。
石を手放してよかったと、心の底から思う。
後は、祖母への、祖母への….…
嫉妬なのだろうか。
どうにも納得がいかない。
だけど、そういったトラブルに慣れた、頼もしい護衛がいる。
勝算はある。
この分なら、無事に帰国できる。そんな気がしてきた。