作品タイトル不明
街へのお出かけ
「では、町の中を歩いてみたいです。お土産も見繕いたいので」
「まあ、いいわね。誰かご一緒した方が、見所がわかりやすいし、買い物も上手にできるわ。きっと手を上げる男性方がたくさんいるはずよ」
それを聞いて、エマが凛々しい顔の片頬だけをひきつらせた。
ベルは下を向いている。
兄は、貴公子の仮面をかぶっているのだろう。微笑みを張り付けたままだ。
「それはよろしいですね。男性用のお土産を見繕う時には、きっと助かることでしょう。女性用の品は、女性だけの方がよろしいでしょうけれど」
また助け舟を出してくれたのは外交官だった。
「そうですわね。兄の同僚の方々の土産を見繕う時には、ぜひ」
「そう。まあ考えておくわ」
王太后はしぶしぶと言う。
ああ、すごく疲れる。こんな方と長年連れ添ったマーカス王が気の毒になった。
外交団が去った次の日、私はポッカリと穴が空いたような気持ちを、持て余していた。
足元をうろつく可愛い姿もなければ、それとなく助けてくれる、頼もしい外交官もいない。
「さあ、これからが本番よ」と気合を入れ直しても、空気が抜けるように気持ちがしぼむ。
そんな私を見かねたのか、ベルが声をかけてきた。
「街に出てみませんか。お土産にする宝石の下調べは必要です」
そう言われて、少し気分が上向いたので、街に出ることにした。
「外出に、許可は必要なのかしら」
キャロルに問いかけると、少し考えてから返答が返ってきた。
「今日は初回なので、ご報告をしてからがよろしいでしょう。今後は前夜か朝に予定を教えていただけると、スムーズかと思います」
「わかったわ。そうするわね」
支度を整え終わった頃に、キャロルが戻ってきた。
「街を案内する方を御用意いたしました。馬車は王家のものをお使いください。離宮の前にご用意いたしました」
キャロルが礼儀正しく告げ、ちらっと私を伺う。相変わらず気持ちが見えやすく、何か困った事があるのが容易に分かった。
「ベル。お父様に王家の馬車に同乗されるか伺ってきて」
私の言葉に、ベルがさっと部屋を出る。
エマに忠告され、家族全員で出かける段取りを取り付けたのだ。
それを聞いて、キャロルがほっとした表情になる。
「伯爵様方は、ご厚意に甘えさせていただくそうです」
ベルが戻って報告した。それなら両親と妹の三人を、そちらに割り振ればいい。
「そう。では私とお兄様は別の馬車にしましょう」
離宮の前にはきらびやかな馬車が止まっていた。
私が外に出ると、男性が一人降りて来た。年齢は三十前後だろうか。
先日のお茶会で見たような気がする。
私の元に駆け寄り、立ち止まりもせずに、いきなり手を伸ばしてくる。
スッとエマが間に入り、私を優雅に後ろに移動させる。
「リース国では、そういう習慣がございません。申し訳ございませんが、ご配慮ください」
にこやかにきっぱりと言う。
男がぽかんとしている内に、私は丁寧に挨拶と、案内役のお礼を述べ、自分の馬車に向かった。
すると男が慌てて私に声をかけた。
「本日は王宮の馬車をご用意しております。こちらの馬車にお乗りください」
「すぐに両親たちが参ります。申し訳ございません。少しお待ち頂けますか」
私の言葉に目を丸くした男は、後ろから出てきた両親とノエルの姿を捉えたようだ。更にギョッとした表情になった。
「よろしくお願いします。助かりますわ」
そう告げ、エマのエスコートでさっさとその場をあとにした。男は私を追いかけたようだが、兄が挨拶の声をかけたため、足止めされている。
馬車に乗り込んで兄を待つ。
走ってきた兄が、「さあどこに行こうか」と私に聞く。
「ガイドの案内に従うのではないの?」
「母上が、大聖堂を見たいって言うので、俺は土産物の物色に行くと断ってきた」
思わず、プッと噴き出した。
あの男は、さぞ困惑しているだろう。
笑っている私を、ベルが心配そうに見ている。
「婚約したばかりの令嬢に、怪しげな男を近づけようなんて、何を考えているのでしょう」
「それは嫌がらせと、評判を落とすための策です。よくある宮廷での足の引っ張り合いですね」
冷静に言うエマに、ベルが問いかける。
「女性騎士って、すごいと思いますけど、人間不信にならないですか?」
エマは困ったように笑った。
「そういうことをする人は一部です。だから大丈夫ですよ。でも、その一部が引き起こすことが厄介なのです。とんでもない醜聞をまき散らされることもありますから。私たちは、いつも細やかに観察して、問題が起こる前にそれをつぶします」
「へえ、女性は大変だな」
兄が人ごとのように言うのに、エマがニヤッと皮肉っぽい笑い方をした。
「私たちは、男性の評判もお守りしているのですよ。大胆な手口に出る令嬢や奥方も多いのです。危険は殿方にも同じだけ降りかかります。どなたかに対する責任を取らされて、いきなり結婚とかどう思われますか?」
兄が首をすくめた。
覚えがあるのだろうか。
私が横目で見ると、兄は素早く、横を向いて視線を避けた。
「お兄様も気を付けてくださいね。クルス家の次期女主人は、それなりの方を据えていただきたいわ」
「生意気なことを言うようになったな。いっぱしの貴族女性の発言だ。母上と同じことを言うとは」
顔をしかめて、すごく嫌そうに言う。そういえば、もうそんなに先のことではないのだ。私が婚約し、結婚して家を出る。ノエルは......もう数年後になるだろう。その前に教育だわ!
そして兄が奥方を迎える。
私に子供ができ、私は母親になる。
甥っ子や姪っ子ができて、兄も父親になる。
そういうことが急に現実味を帯びて感じられるようになった。以前は、ただ流されるままで、未来はいつもぼんやりとしていた。
「おい、着いたぞ。町の中央広場だ。俺がもらった地図だと、あの通りが一番の高級店が並んでいるそうだ」
兄がそう言って、東の方に伸びる道を指さす。そこに並ぶ建物はどれも大きく立派なもので、ドアの前にドアマンが立っている店が多い。
「さあ、行くぞ。まずはあの宝石を扱っている店だな。レーベ嬢からいい店を教わってある。あの3件目の店だ」
兄を先頭に、私とベルとエマ、ダリルはゆっくりとお店を見ながら歩いた。どこも素敵な店構えで、片っ端から入ってみたい。
そこで、ブライアン様に渡すお土産を選びたい。
それに、エミール嬢には珍しい本か刺繍の品物。俄然やる気が盛り上がってきた。
兄の指定した店の前に立つと、ドアマンが真鍮のドアノブを静かに回し、ゆっくりドアを開けた。
店の中では、数組の客が店員と話し込んでいる。
一人の店員が、にっこりとほほ笑んで、こちらに向かってきた。
「お越しいただきありがとうございます。本日はどのような品をお探しでしょうか」
兄が、「シスリーを使った宝飾品を見せてもらえないか。リース国への土産にしたいんだ」
「それは、よろしいですね。シスリー鉱山でしか採れない貴重な宝石です。目を射るような鋭い光を放つ宝石ですから、小さくとも存在感がございます。こちらへどうぞ。数点展示してございます」
そう言って、奥のショーケースに案内してくれた。濃紺のビロード張りの台に、あの青い石を使った指輪やネックレス、ブローチなどが、二十点くらいずつ並べられている。
小さな石なのにすごく存在感が強い。私は夢中でケースの中の品を見て回った。
ふと気付くと、ベルが一つの品をじっと見ている。青い石の周りを銀細工で囲んだ小ぶりのペンダントだ。
少ししてベルは軽くため息をつき、そのペンダントから目をそらした。
一番控えめなそれですら、簡単に買える値段の品ではない。