軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ニック(ニコラス)の逡巡

** ベルシアの王宮内 **

「客人を迎える準備は整った?」

「はい。王太后様。全て手配済みでございます。離宮を宿泊場所としてご用意しております。そこに配置する使用人たちも人選済みでございます。管理は私が行います」

「警備は?」

「ダニエルが隊長を務める部隊を当てました」

「そう、それなら完璧ね。ありがとう、サマンサ」

王太后の筆頭侍女サマンサは、深く頭を下げてから、キャロルを手招いた。

キャロルは急いでその横に並び、頭を下げる。

「キャロルを専属侍女として、クルス家の女性たちに付けます。目端の利く子なので、細かいことにも、良く気が付くでしょう」

キャロルが頭を下げて、ご挨拶した。

「しっかりと務めさせていただきます」

「そう、ではよく仕え、客人方の様子をこと細かく報告して頂戴。不審な行動がないか、それから……令嬢たちの様子も観察してね。どんな性格でどんなことに興味があるか」

しばらく考えてから付け足した。

「長女のマリア嬢は、結婚に失敗したばかりよ。それの関連のことも知りたいわ。以上よ。もう下がっていいわ」

サマンサとキャロルは、王太后様の部屋を後にした。しんとした廊下を歩きながら、サマンサは小声で言う。

「あなた以外の使用人は何も知らないから、そう思っておいてね。このお勤めを上手に終えたら、あなたの使用人ランクが上がるわよ。しっかりおやりなさい」

「承知いたしました」

キャロルは目を輝かせて言う。そんなキャロルに、サマンサは満足そうにうなずいた。

その日の夜。キャロルはニコラスの部屋にいた。

「クルス家の専属侍女か。いい位置についたな」

「はい、身近でマリア嬢をお守りできます。それに、この仕事が終わったら、侍女のランクが上がるそうです。いいことずくめです」

明るく笑うキャロルを見て、ニックは微笑んだ。

「お前は本心がまるで読めない。こうして対していても、お前がどちらの味方か迷うことがあるよ。大したものだ」

「私の特技です。でも私はニコラス様の配下で、マーカス様を主として仕えております。そこを疑うのはひどいですよ、ニコラス様」

「王太后に仕えて四年になるだろ。最近のあの方はどんな感じなんだ? お前はどう思う?」

キャロルは考えるように、軽く首を傾げた。

「怖い方です。色々なものをどん欲に求めます。愛もそうですね。そのせいか、王の愛は一番に王太后様に向けられ、王妃様と王太子殿下はその後です。そのあたりに少々ゆがみが感じられます」

「ゆがみとは?」

「王夫妻の仲は微妙です。王妃様の立場はかなり弱いですね。王太子殿下は十七歳ですから、私は十三歳の時から見てまいりました。少しですが、歪みを感じることがあります」

ニコラスは王族の様子を思い出していた。

以前は身近に接することもあったが、最近では報告で聞くばかりだ。

特に王妃と王太子の印象は、ぼやけている。

マーカス王が退位すると共に、従者のニコラスの仕事も質が変わった。

国を司る重責が取り払われ、のんびりとした暮らしになった。

ところが裏の密偵の仕事は、逆に忙しくなった。

王宮内では、王と王太后の専横が目立ち、王宮外では、周辺国との調和にヒビが入り始めた。

新王の治世は、少々強引なものだったので、それの火消しに、陰ながら動くことになる。

そうこうする内、マーカス前王直属の諜報組織は拡大していった。

マーカスが王だった時代は、五名ほどのこじんまりしたものだったが、今では三十人以上に膨れている。十名程の諜報員と、情報分析班、工作班などで構成され、ニコラスがその長だ。

キャロルのように、王族の側に潜り込んでいる者は、後二人いる。

「マリア嬢が王太后様のターゲットになったのは、マリア嬢の祖母君とマーカス王の恋が許せないからだと聞いております。本当でしょうか」

「それは誰から聞いた?」

「王太后様が王家の密偵に話しておりました。私はまだそこまで信用されておりません。だから、棚の整理をしながら聞き耳を立てていました」

「無茶をしないでくれよ。君は荒事用の密偵ではない。潜入してゆっくりと、相手組織に馴染んでいくのが任務だ」

キャロルは不満げに頷く。

彼女は俊敏で戦闘力も優れているので、もっと動きのある仕事を望んでいる。

それはわかっているが、もう少しゆっくりと育てたい。

キャロルが出て行って、しばらくそのまま考え込んだ。

ニコラスは立ち上がると、本棚から一冊の本を抜き、その奥に手を入れて引いた。

本棚の一部が、扉のように開く。中は隠し戸棚になっており、いくつかの品がしまわれている。

その中から手紙を二通取り出し、マリア・クルス嬢へという宛名の字を見つめる。

マーカス様がマリア嬢に宛てた手紙。

これをいつ彼女に渡すか、判断しないといけない。

マーカス様からの依頼は二つ。

一つはマリア嬢への遺産相続。

もう一つは石の譲渡の手助け。

現在、石の秘密を知っているのは、ニコラスだけなのだ。

この手紙と共に、マーカス様から石に関することを伝えられた。

姿に関しても。

王太后はマーカス様との約束を破り、王の崩御後、すぐに国の諜報組織を動かした。

これは想定していたので、こちらの潜入要員を潜りこませた。

それが間違いだった。

まさか味方まで始末するとは、考えてもいなかった。それで一人犠牲になった。

彼らはマリア嬢とクルス家に攻撃を仕掛け、クルス家に派手に押し入り、石を盗んで戻ってきた。

だが案の定、石は王にも王太子にも反応していない。そのせいで、石が偽物だと疑っているようだ。

盗み出した石は、本物だ。

金色のキャッツアイ。

それこそがベルシア王族に伝わる宝。

宝と言っていいのかどうか……王太后と王はそう思っているようだが、本当は違うとニコラスは知っている。

王家は代々、強すぎるこの石の守り役を務めてきたのだ。あまりに強い力は、持つ者によっては不幸をまき散らす。だから……

王家の血筋なら引き継げる、というわけでないのは、そのためだ。

マリア嬢の人となりが気になる。

この石を所有する人物には、条件があるのだ。彼女がそれに合った人間かどうかは、わからない。

密偵からの情報によると、ひたすら大人しく控えめな性格らしい。ただ大人しいだけで、この強い力のある石を制御できるのかは、疑問だった。

一番怖いのは、身近な人間に利用されること。

それならば、彼女に渡すのは止める、そう決めていた。それはマーカス様とも話しあっていた。

石は今、無契約の状態だろう。

彼女に、この石を持つ適性があるかを見極める事。

その上で石の持つ力を彼女に伝え、契約を結ぶか問うのが私の役目。これは重責だ

――どうなるかは、会って見ないとわからない――

彼女が契約を結ぶなら、直接石に触れて願い事を唱えることになる。

本物の石を彼女の手に渡さなければならない。

そのため、ニコラスは隣国で似た石を探させている。それと入れ替える予定だ。

どうせ反応しないのだから、ベルシアに残す物が偽物でも、何の問題もない。

取り替えのタイミングは、クルス家がやってきて、ゴタゴタしている時がいいだろう。

さて、マリア嬢に接触するタイミングは、いつがいいだろう。あまり早いと目立つから……そう考えてから、ニコラスはまた物思いに沈んだ。

結局、マリア嬢がどんな人物なのか、全てはそこに掛かるのだ。

ニコラスは手紙を持ち上げて、もう一度眺めた。

「主を選ぶ秘宝か。確かに表には出しにくい」

ここに詳しい事が書かれている。

これを読んで、マリア嬢はどう思うのだろう。