軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十九話 観測者の憂鬱(side:ナイアロトプ)

「どうしよ、これ……」

上位世界の一つ……幾つもの次元の裂け目のある真っ白な空間で、ナイアロトプは頭を抱えていた。

緑の髪をワシワシと掻き毟る。

次元の裂け目から覗いているのはカナタの様子であった。

既にカナタがマザーを討伐してから数日が経過していた。

魔王の討伐報酬が出るかもしれないだのなんだのと、冒険者ギルドで騒いでいるのが見えていた。

マザーに《深淵の月》を渡したのは、ナイアロトプであった。

既存の魔王を強化し、カナタを処分させようと考えたのである。

正直、ナイアロトプも、ちょっとこのくらいでは足りないかな、と考えていた。

だが、本当に異世界ロークロアを崩壊させるわけにはいかないのだ。

対応できない化け物を投じれば、バグであるカナタだけではなく、世界そのものを吹っ飛ばしかねない。

マザーでは力不足だとは思っていた。

しかし、ナイアロトプに任されている権限にも制限がある。

それにできないといえば、主である上位神の反応が怖かった。

とりあえずその場凌ぎ的にどうにかして見せます、努力しますとは言ったが、ぶっちゃけ無理だろうな、奇跡起きないかな、とずっと念じていた。

奇跡は起きなかった。

ついでに、想定よりカナタとルナエールが遥かに強いことが明らかになった。

「これもう、今の僕の権限じゃ、手の出しようないんじゃ……嫌だなぁ、なんでこんなことに……。だから僕はあのとき、僕が直接始末しに行きますって言ったのに。前にカナタ・カンバラの《メモリースフィア》が出回ったときに、散々主様が馬鹿にされてたからなぁ……」

ナイアロトプは顔に手を当て、深く溜息を吐いた。

ナイアロトプは上位神に仕える下位神である。

ナイアロトプの失敗は、神界の世間的には、主の失敗として認知される。

そのため、ナイアロトプもこれまで散々、カナタの件では主から詰られていた。

カナタの《メモリースフィア》が配信された当初、異世界ロークロアはもうボロクソに叩かれていた。

元々複数人の転移者の旅の軌跡を追って、物語として提供するのがナイアロトプ達の役目なのだ。

それが一人、ナイアロトプの大ヘマでバランスブレイカーが投入されたことによって、他の転移者のドラマや成長を楽しみにしていた既存のファンが当然の如く大ブーイングを起こしたのだ。

神々の間で流行っているSNSの《ゴディッター》では、既存ファンと珍事を聞きつけて馬鹿にしに来ただけの野次馬の間で激しい論争が繰り広げられ、書き込まれた回数の多い人気ワードの一位がナイアロトプの主への罵倒となり、二位がカナタとなっていた。

神々は、基本的に暇を持て余した厄介な連中が多かった。

「全部僕のせいみたいな空気になっていたけど、あのときさっと僕が処分しとけば、今よりずっと傷が浅く済んでいたのに。そうだよ、僕は最善策を出していたんだ。なのに主様が、ぐちぐちと古い考えで文句をいって、それはダメこれはダメって難題吹っ掛けるから、ほら、こうしてダメージが大きくなった」

ナイアロトプは頭を抱える。

次元の歪の一つを手で動かし、世界時間を確かめる。

世界時間は、時間の流れが違う多数の次元を考慮したものであり、絶対の指標になるものである。

確認したナイアロトプは、はあ、と溜め息を吐いた。

カナタ・カンバラの最新の《メモリースフィア》が公開されてから、もう二時間近く経過していた。

《ゴディッター》でナイアロトプの主が馬鹿にされているピークである。

「やだなぁ……また僕が怒られるんだろうなぁ……。なんでニンゲン一人のせいで、この僕がこんな目に遭わないといけないんだ……。神だぞ、僕は……神なんだぞ……?」

ロークロアのルールとして、生きている限り転移者の《メモリースフィア》は更新し続けることになっていた。

破ってしまえばいいのに、ナイアロトプの主はルールは『守らなければならない』といって律義に作業を続けさせている。

神々は基本的になんでもできるが故に、暇を持て余している。

世界を一つ使って行うこのロークロアの企画でも、神々の干渉する範囲に細かく制約を設けることで、他の神々の関心を得ていたのだ。

なので、思い通りにいかなかったとしても、権限で捻じ曲げるようなことはしてはいけない。

一度でもそれを行ってしまえば、他の神々は一気にロークロアへの関心を失ってしまう。

ナイアロトプもそれはわかる。

わかっているつもりだった。

だが、さすがにここまで来たら、もうルールを破ってでもカナタを排除した方がよかったに違いないと、考えるようになっていた。

「見ないわけにもいかないからなぁ……ああ……」

ナイアロトプは片目を閉じながら、次元の歪の一つを指で押し広げた。

中では複数の文字列が飛び交っている。

《ゴディッター》である。

見たくなかったが、主からロークロアの反響を定期的に確かめておけと命令を受けていた。

『カナタ強すぎでしょ』

『最近しょうもない敵に引っ張る奴が多かったから助かる』

『このまま行ったら人魔竜滅びそう、笑』

『ルナエール不憫かわいい。このまま報われずにいてほしい』

『ミツル嫌いだからカナタぶつけといて』

ナイアロトプは《ゴディッター》を眺めながら、首を傾げる。

その後、強張っていた表情を段々と和らげていった。

「あ、あれ……もしかしてこれ、許されてる……?」

他の転移者のファンも、文句を言っているのは一部の少数となり、ひとまずは鎮火の動きを見せ始めていた。

ナイアロトプは《ゴディッター》を追うにつれ、段々と引き吊っていた顔に笑みが生まれ始めていた。

これまで、状態が悪化すれば消されかねない勢いだったのだ。

上位神の眷属である下位神は、主の神の怒りを買えばその瞬間消されてもおかしくないのだ。

「我が眷属よ」

そこへ、主の声が響いてきた。

ナイアロトプは、笑顔で次元の歪を指差した。

「見ましたか、主様! 《ゴディッター》! 《ゴディッター》を開いてください! なんだか許されている流れになってきていますよ、ほら! 騒ぎは落ち着いてきましたし……これ、結構人気出るんじゃないですか! 野次馬も、このままファンとして定着してくれそうな勢いです!」

「愚か者め、そんなぬるい認識だったのか……」

「え……?」

意気揚々と報告するナイアロトプに対し、上位神の反応は冷たかった。

「カナタ・カンバラが受けているのは、お前や他の下位神、そして我が、頭を捻り、手間を掛けて撒いてきた種……布石を、高速で踏み潰しているからに過ぎない。お前は、カナタ・カンバラが他の魔王と《人魔竜》を全て滅ぼしても、同じことが言えるのか?」

「そそ、それは……し、しかし、とりあえず炎上は止まりましたよ! ほら! とりあえずいいではありませんか! とりあえず!」

「《ゴディッター》など、そんなものは初めからどうでもよいのだ」

主からそう告げられ、ナイアロトプは閉口する。

手に握り拳を作り、唇を噛んで俯いた。

「まったく……その場凌ぎに、ほとんど無意味に《深淵の月》をロークロアに撒きおったのか。神のルールとして、グレー行為であるぞ。あんなものが、偶然魔王の手に渡るものか」

「お、お言葉ですが……主様。《ゴディッター》一位に名前が出たとき、随分と怒っていらしましたよね? 気になさっていなかったと?」

「それはロークロアのバランスを、お前がヘマで崩したからだ」

「それだけではなかったはずです! 第一、僕はロークロアに行って始末すると、そう言ったではありませんか! そんなに気にするのなら、僕の言うとおりにしておけばよかったんです! 功績は全部自分のもので、失態は全部僕のせいですか! そうですか! いい御身分ですねぇえ!」

ナイアロトプはそう言い切って、肩を震わせた。

上位神の怒りを買えば、眷属の下位神は消されかねない。

それはわかっていたが、それでも言わざるを得なかった。

恐怖より、今は怒りの方が大きかった。

確かに始まりこそ自分のヘマだが、今の失態続きは上位神の判断ミスもあると、ナイアロトプはそう考えていた。

「ほ、ほら、何も言い返せない! はっ! ぼ、僕が気に食わないなら、だっ、黙らせたいなら、消して黙らせたらどうですか! もっとも、主様の失態はそれでは消えませんけどねぇ!」

ナイアロトプは苛立ちと恐怖に声を震えさせながら、そう言い切った。

「はぁ……いいか、我が眷属よ。方針は変えん、最低限の干渉で、カナタ・カンバラとルナエールは始末しろ。世界に置いている布石を活かしきるのだ。マザーに駄目元で《深淵の月》を投げたような、しょうもない真似はやめろ。グレー行為に手を出すなら、徹底的にやってしっかりと潰しきれ。それができなければ……消えるのは、お前の方になるかもしれんぞ」

上位神は、呆れたようにそれだけ言い残し、声が途切れた。

気配が去っていた。

元々姿は見えなかったが、どうやらナイアロトプから意識を逸らしたようだった。

「クッ、クソ! クソ! カナタ・カンバラめ!」

ナイアロトプは激情のままに、足許の次元の歪を一つ、蹴り飛ばした。

それから頭を抱え、ヘナヘナと力なくその場に座り込んだ。