軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第33話 はじめての露天風呂

盗賊騒ぎのあと、荷馬車が無くなったので、予定より一日早くルミナ町に着いた。

そして私は、今、一人で露天風呂というものにつかっている。

旅日記や書物の挿絵で見たことはあった。

でも、見るのと入るのではまったく違う。

気持ちよすぎる。

青い空。

鳥の声。

山から吹いてくる風。

その中で、湯につかっている。

最初に服を脱ぐ時は、少し身構えた。

私の部屋の露天風呂には、ちゃんと目隠しの壁がある。

けれど、宿の人によると、山側に目隠しのない露天風呂付きの部屋もあるらしい。

そちらの方が、山も空もよく見えるので人気だという。

私は少し驚いた。

見られそうで落ち着かない気がするのに、町の人たちは景色がよい方を選ぶらしい。

考えてみれば、私が気にしすぎなのかもしれない。

町の人たちは、赤子に乳をやる時には、どこでも自然に胸を出す。

誰もそれをじろじろ見たりしない。

私はそういう場面を見ると、いつも微笑ましい気分になった。

体を洗うことも、湯に入ることも、町の人たちにとっては生活の一部なのだろう。

私が恥ずかしいと思うのは、裸そのものよりも、伯爵家で身についた作法のせいなのかもしれない。

実際、一度湯に入ってしまうと、恥ずかしさなどすぐにどうでもよくなった。

お湯が、肩までじんわりと包み込む。

体の奥に残っていた疲れが、ゆっくりほどけていく。

盗賊のこと。

馬車のこと。

石を投げたこと。

大声を上げたこと。

全部、湯気に溶けていくようだった。

この宿は高かった。

個室に温泉がついているのだ。

でも、死にかけたのだからと奮発した。

乗合馬車代がただになったこともよかった。

荷主の人が、私たちへ頭を下げたのだ。

皆さんを守る余裕がなかった。

盗賊退治で少し報奨金も出る。

荷は燃えて大損だが、命が助かったのは皆さんのおかげだ。

そう言って、乗合馬車の料金を全員分、返してくれた。

ロウェルさんは、当然じゃ、といつもの調子だった。

ガイは、とても嬉しそうだった。

有り金をはたいて馬車に乗ったのだという。

歩こうとも思ったらしいけれど、途中で腹が減って動けなくなる、と自分で判断したそうだ。

ガイは、自分のことをよく分かっている。

やはり、頭が悪いのではないのだと思う。

温泉は、本当に気持ちがよい。

全てを忘れられる。

温度も変えられると聞いて驚いた。

初めての人はぬるめがよいと言われたので、私はぬるめにしてもらった。

それでも十分温かい。

宿の人によると、地下水が熱いところで熱せられ、湧き出してくるのだという。

本当に不思議だ。

なぜ、地面からお湯が出るのだろう。

地面の下には、何があるのだろう。

そう考えると、ロウェルさんが遺跡や地面の下に興味を持つ気持ちが、ほんの少しだけ分かった気がした。

貴族でも、お湯はとても貴重だ。

私の伯爵家でも、湯につかれるのは週に一度くらいだった。

湯を沸かすには、人手も燃料もいる。

毎日ゆっくり湯につかれるのは、王家か、よほどの豪商くらいだと思う。

それが、ここでは一日中つかれる。

なんて贅沢なのだろう。

老夫婦が何日もかけてここへ来た理由も、少し分かった気がした。

これは、来たくなる。

何度でも来たくなる。

私は湯の中で、ふう、と息を吐いた。

空が青い。

白い雲がゆっくり流れていく。

木々の間から鳥の声がする。

伯爵家の浴室には、こんな空はなかった。

壁と天井があり、侍女がいて、決められた時間の中で体を洗う。

それはそれで清潔で、整っていて、不便などなかった。

でも、今の方がずっといい。

顔に当たる風が冷たい。

でも、湯が温かい。

知らない町で、知らない宿で、一人で空を見上げている。

それだけなのに、胸の奥が軽くなる。

私は、自由なのだ。

そう思ったところで、少しのぼせてきた。

気持ちよくて、長く入りすぎたのかもしれない。

そろそろ上がろう。

出入りの時は少し恥ずかしいので、宿に用意されていた布を体に巻いた。

湯から上がった途端、風が肌に触れる。

ひやりとして、それがまた気持ちいい。

私は濡れた髪を軽く押さえながら、部屋に戻ろうとした。

その時だった。

足元が、つるりと滑った。

「キャー!」

思わず声が出た。

転びはしなかった。

なんとかバランスを立て直し、踏みとどまる。

でも。

う。

恥ずかしい。

これは、恥ずかしすぎる。

裸を見られたわけではない。

けれど、足を滑らせて叫んだ。

しかも、布を巻いただけの姿で。

私は何事もなかったように、そろそろと歩き出そうとした。

すると、隣の露天風呂の方から声がした。

「大丈夫ですか」

若い男の人の声だった。

聞かれた。

今の、聞かれた。

どうしよう。

答えないといけないだろうか。

でも、答えなければ心配して宿の人を呼ばれるかもしれない。

それはもっと恥ずかしい。

私は、できるだけ冷静な声を作った。

「大丈夫です。何でもありません」

少し間があった。

「それは良かった。安心しました」

それ以上は聞かれなかった。

声の感じからして、礼儀のある人のようだった。

そこはありがたい。

ありがたいけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。

私はそっと息を吐いた。

まったく。

自分のドジな性格には呆れてしまう。

伯爵家で身についた作法がどうとか、町の人は大らかだとか、さっきまで偉そうに考えていたのに。

結局、私は足を滑らせて叫ぶのだ。

でも、転ばなかった。

それでよしとしよう。

私はそう自分に言い聞かせて、部屋へ戻った。

明日はどこへ行こう。

宿には、なんと地図まで用意されていた。

それをもう一度よく見て、考えることにした。

ルミナ町には、古代ルミナ遺跡がある。

宿へ来る途中に見えた通りは、人が多くて賑わっていた。

おいしそうな匂いもした。

地図には、景色のよい場所や、遺跡から出た物を見せる建物の印もある。

明日、どこへ行こうか。

そう考えるだけで、少し楽しくなった。

一人で歩くのは、思っていたよりずっと大変だ。

でも、やっぱり楽しい。

明日は、やっぱり、にぎやかな町を歩いてみよう。